菅首相がメッセージ 超法規的殺害には言及せず 現地からは批判も

【写真】ビデオメッセージを発表した菅義偉首相/外務省のYoutubeから

【30日=東京】菅義偉首相は28日、フィリピンとの国交正常化65年に際し、ビデオメッセージを発表した。ドゥテルテ政権下の5年間で1兆円の官民投融資を実現したことを成果として強調する一方、国際機関から批判されている超法規的殺害については言及しなかった。

 菅首相はメッセージで「日本とフィリピンは、自由、民主、法の支配といった普遍的価値を共有する戦略的パートナー」と述べ、両国の関係を「黄金時代」と表現した。だが、ドゥテルテ政権発足以降、違法薬物撲滅戦争(ドラッグ・ウォー)に関連して公式発表で8000人以上が殺害されている。人権擁護NGOの調査では殺害者数は3万人近いとされている。超法規的殺害だ。国際刑事裁判所も捜査を開始している。ドゥテルテ政権は、政府に異を唱える人権アクティビストや弁護士、ジャーナリスト、農民、先住民族らを「共産主義者」「テロリスト」とレッテル貼りし、攻撃している。レッテル貼りされた者は実際に何者かに襲撃されたり、殺害されたりしている。

 菅首相はこうした人権侵害については触れず、ドゥテルテ政権が進める経済政策「ビルド・ビルド・ビルド」を「官民あげて支援」していることを挙げるなど、今後もドゥテルテ政権への支援を継続していく方針を堅持した。

─「今ここで起きている事実を意図的に無視しているのか」

 フィリピンで人権擁護の活動を続ける人たちは菅首相のメッセージをどう受け止めたのか──。

 ネグロス島を拠点にする全国砂糖労働者同盟(NFSW)のジョン・ミルトン・ロサンデ事務局長は取材に対して、「菅首相の発言は見当違いだと思う。あるいは、今ここで起きている事実を意図的に無視しているのかもしれない」と批判した。

 法律に基づいて小作農への土地の返還などを支援する全国砂糖労働者同盟では、中心メンバーや支援する農民たちの多くが殺害されたり、国軍と国家警察の合同部隊によって不当逮捕されたりしてきた。全国砂糖労働者同盟は6月、農業労働者連盟(UMA)とともに、ドゥテルテ政権が関与したとみられる農民に対する権利侵害事件について、国際労働機関(ILO、本部・ジュネーブ)に救済を求める申し立てをした。

 ロサンデ事務局長は「ドラッグ・ウォーで約3万人が殺害され、農民の土地の権利や人権を守るために活動する400人以上の人権アクティビストが法の適正な手続き(デュー・プロセス)を経ずに殺害されている。不処罰の文化と国軍の支配が今日のフィリピン社会を支配しているのに、どうして『自由、民主、法の支配』が機能していると言えるのか」と語った。

─「フィリピンの実情とは全く逆のことを言っている」

「菅首相の主張は、おかしな誤りだ。フィリピンの実情とは全く逆のことを言っている。ドゥテルテ氏は、大統領に就任して以来、言論の自由を侵害し、法律をそのための武器にし、民主主義を圧殺する独自の手法を用いている」

 そう批判するのは、ポール・ジョン・ディゾン氏。ディゾン氏は、ミダナオ島にある日本向けバナナの出荷工場を解雇された労働者で組織する統一労組ナマスファの委員長を務めている。日本のスーパーなどで「スミフル(Sumifuru)」のブランドで売られているバナナを出荷していた。スミフル側に、雇用契約書の不在▽産休・緊急時における有給休暇の不在▽出荷工場で4時間の超過勤務の強要などの問題点を指摘したが、改善されなかった。そのため、2018年10月にストライキに入ったところ、ディゾン委員長を含むストの参加者749人全員が解雇された。3年近く経った今も復職には至っていない。

 ディゾン委員長は2019年12月、解雇された労働者の窮状と、国の治安部隊や会社側が行った人権侵害に関する調査を要求する要請書を大統領府に直接送ったが、何も進展はないという。「労働者、アクティビスト、人権擁護者、弁護士、教会関係者ら、政府に批判的な人たちがこぞって攻撃の対象となり、危険な反テロ法の対象にされている」

 ディゾン委員長は「殺害や司法の嫌がらせ、そして、超法規的殺害に見られる血なまぐさいドラッグ・ウォーなど、任期を終えるドゥテルテ大統領が遺した遺産は確かに今も存在し続けているが、それは決して民主主義ではない。法の支配? それは口先だけのレトリックだ」としている

〈Source〉
日・フィリピン国交正常化65周年」に際しての 菅総理大臣によるビデオメッセージ, 外務省, 2021年7月28日.
〈関連記事〉
解雇の労組委員長 日本の消費者へメッセージ, SAC, 2021年5月19日.
クラリッサ・シングソン, 2021, 「ネグロスからの手紙──虐殺と弾圧の島で 第4回 砂糖の島、農民の涙はかれず」『世界』岩波書店, 942: 278-283.
サガイ・ナイン農民虐殺事件の真相──プロローグ 阻まれる農地分配, Negros Exposure, 2020年10月19日.
農民への人権侵害の救済を ILOに申し立て, SAC, 2021年6月28日.

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