【報告】日本平和学会分科会報告:国軍による巨額の村落開発プロジェクトと超法規的殺害は表裏一体だった

横山正樹(フェリス女学院大学名誉教授)

 日本平和学会で「フィリピンの超法規的殺害と人権侵害」をテーマに分科会が開かれた。同学会は11月6日と7日にオンラインで開催され、7日昼のアジアと平和分科会にて、まず、福岡女子大学の山根健至氏が「フィリピンにおける国軍の反乱鎮圧作戦と超法規的殺害」、そしてSAC:NGO Stop the Attacks Campaignの勅使川原香世子氏が「“Whole of Nation Approach”の現場で何が起こっているのか:フィリピン・ネグロス島の事例を中心に」と題する報告をし、立教大学の石井正子氏が討論に立った。司会は立教大学の日下部尚徳氏。その内容をまとめてお伝えしたい。

 まず司会者が、「リベラル国際秩序の揺らぎ、変化はどのように顕在化するのか」と全般的な問題提起をした。

― 超法規的殺害(EJK)を正当化する仕組みの制度化

 これを受けて山根報告では、フィリピンのこれまでの「諸政権を貫く中長期的・構造的要因として」①国軍の反乱鎮圧作戦、②国軍の政権に対する影響を説明したうえで、「2000年以降に、政治的な超法規的殺害を正当化する仕組みの制度化」が進んだことを示した。超法規的殺害(EJK)は現政権だけでなく、過去の政権でも多発してきた。

 フィリピン共産党(CPP)とその軍事部門の新人民軍(NPA)が最大の脅威と国軍は認識して反乱鎮圧作戦を展開、その中核に民軍作戦(Civil Military Operations:CMO)がある。コミュニティ開発やインフラ整備などによって民心掌握をはかり、同時にCPP/NPAの支持基盤拡大を担う民族民主戦線(NDF)などの「フロント組織」を攻撃して弱体化させる、いわばアメとムチの作戦だ。CPP/NPAと関係があろうとなかろうと、国軍に批判的な組織や個人は鎮圧の対象となる。

 国軍は民主化後のフィリピンで政治に大きな影響力をもち続け、クーデタ未遂が多発、文民統制は機能していない。アロヨ政権やドゥテルテ政権で、左派勢力による政権批判が高まったり、CPP/NPAとの和平交渉が決裂したりした時期には政・軍の利害が一致し、EJKの増加もみられた。

 2001年の9.11同時多発テロ事件以降の「対テロ戦争」に乗じて政権・国軍はCPP/NPAを「テロ組織」と位置づけた。米政府もNPAをテロ組織に指定。これはフィリピン政府の働きかけによる。左派政党・組織にテロ支援組織の烙印を押して、農民・労働運動、教会、人権活動、シャーナリズム等の関係者を作戦の標的にした。現政権はこうしたレッテル張り、「red-tagging」を加速、さらに取り締まりの法的根拠となる通称「反テロ法」を制定した。テロリスト指定にあたる反テロ評議会は強硬な軍人がメンバーで、その恣意性も問題視される。

 こうして「左派組織関係者、農民、ジャーナリスト=CPP/NPAの手先=テロリスト」の構図がつくられ、殺害を含む弾圧や人権侵害の対象拡大およびそれらの正当化・合法化が進んでいると結論された。

― 「全国民的アプローチ」の制度化とその実情

 つづいて勅使川原報告は、ドゥテルテ政権が「地方共産党の武力紛争を終わらせるための全国タスクフォース(NTF-ELCAC)」設置(2018年12月)を軸に展開した「共産主義勢力との紛争を終わらせるため」の作戦「全国民的アプローチ」の実情解明を試みる。NPA拠点822カ所、計2276件の村落開発プロジェクトに355億円を投じて、計1万8433人のNPA兵士が投降、生活再建を果たしたとの政府発表も、NPA兵士数3700人(公安調査庁推計)との矛盾を指摘。この政策実施のなかで治安当局の暴力が深刻化していく。内外人権団体によれば政治的理由によるEJKは394人(その8割は農民)で、農地改革実施における地主と行政による遅延や不徹底を司法に訴え出た農民らへの攻撃が多い。それにくわえて、麻薬捜査で約3万人(政府発表で6117人)が超法規的に殺害された。

 2018年11月以来、政府はNTF-ELCAC設置をふくむ安全保障関連の諸法令や2020年7月の反テロ法制定など、対政府批判勢力への弾圧を制度化し、国軍や国家警察の増員配置を進めていった。その結果、村落開発プロジェクト資金受取額5位までの地方で多くの人権侵害、つまりEJKの50%、強制失踪(Enforced Disappearance: ED)の33%が発生している。

 さらに報告者は全国民的アプローチの実態がいかに圧迫と欺瞞に満ちているか、具体例の列挙によって示す。NGOから農地改革推進支援を受けている農民グループが国軍の支援への切り替えを迫られたり、一群の農業労働者たちが国軍に呼び出され、テーブル上に前もって用意された武器を前に、「自首したNPA」として捏造の写真を撮られたりしている。また村落開発予算の配分基準が不明瞭で、そのうえ、現政権における主要開発プロジェクトの執行率の低さなどからプロジェクトの実効性に疑問が呈される。村落開発プロジェクトの多くは地主層を潤し、さらに2022年大統領選など統一国政・地方選挙へむけた資金へ流用されるとの批判すらある。

 NPAの犯行例とされ、治安当局増員の施行令制定理由に含められた、サガイ9事件(農業労働者9人殺害事件、2018年10月)も、土地紛争でハラスメントを長年受け続けていた被害者たちの背景から、むしろ地主側の関与が疑われる。

 日本政府はフィリピンを戦略的パートナーとし、軍事的連携を強化、防衛装備品を含む多額の援助をしている。ところが同国は軍事化された社会で、治安当局による暴力が横行し、その人権状況から「民主化の定着、法の支配、基本的人権の保障」といった開発協力大綱の開発協力の適正確保のための原則等に適合しない。さらにバナナプランテーション等、日本の輸入品生産にも人権侵害があり、これらは私たちに直結した問題で取り組みが必要ではないかと報告者は示唆した。

― 開発事業と人権侵害の関連性

 討論者の石井正子氏は各報告の要点を整理し、背景説明を加えたのち、山根報告に対して、主として民軍作戦(CMO)の展開と成否について、反乱鎮圧作戦の中核CMOが広報・民生・心理作戦として民衆の心を捉えることに成功したのか、国軍はEJKをどうCMOに位置付けているのか、などの問いを発した。

 勅使川原報告へは、外務省ODA評価アドバイザーを務めた経験から、報告内容関連で沿岸警備用船舶供与や警察の研修受け入れを含むさまざまなODA事業があったことを述べたうえで、開発事業と人権侵害の関連性について質問した。また問題解決へ向けて、方法としての人権アプローチや平和構築アプローチを挙げ、消費者として、納税者として、私たちに何ができるのか問いかけた。

 両報告へ共通して、国軍vs反乱軍・テロ組織という構図以外に、各地元では政治家と結びつき腐敗した国軍・警察、私兵・自警団(CAFGU)、村落警備員などもからむ状況の複雑さを指摘のうえ、EJKが不処罰のまま免罪されている問題への対処法は何かと求めた。

― 国軍の民心掌握作戦は不成功

 討論者の質問に対し、国軍はCMOの中にEJKを位置づけていないと山根氏は答えた。また、EJKとの関係は明確でなく、ローカルにはいろいろあり、アキノ3世政権期にもEJKはあって、対テロ作戦のレトリックが活用され、ドゥテルテ政権になってEJK正当化の仕組みが制度化されてきたが、CMOはそんなに成功していないと述べた。

 勅使川原氏は、ODAと人権侵害の相関関係は明確でなく、ODAが国軍にわたっている証拠はみつかっていないと応答した。国軍が実施している貧困対策プロジェクトに虚偽があるだけでなく、村の中に分断を生んでいる現実もある。NPAと国軍の間で板挟みとなりバランスをとってきた村が困難に直面している。日本側ではODA政策の見直しへ向け国会議員を交えた勉強会などを実施してきたが、今回の総選挙で中心の議員が落選してしまったという。

 その後、参加者から、軍事クーデタで新規ODAを停止したミャンマーとフィリピンとはどう違うのか、ODAが外務省マターでなく官邸主導に移り、日本の市民社会弱体化もあるなか、平和研究がどのようにオルタナティブを提示できるか、などの発言があった。ミャンマーほどフィリピンの実情が知られていないと勅使川原氏は指摘した。

 ここに紹介しきれないほど、たくさんの質疑応答やコメントがシェアされ、活発で内容豊富な分科会となった。

― バージョンアップした越境連帯活動を今こそ!

 1980年代のマルコス政権末期から、コラソン・アキノ政権、1990年代のラモス政権まではフィリピンへの関心が日本でも欧米でも非常に高まっていた。日本の進出企業やODA事業の環境・人権問題も注目された。フィリピン問題にかかわる国際ネットワークが活発で、欧米・香港等とならび日本にもフィリピン問題情報センター(RCPC)が置かれ、フィリピンの運動関係者が常駐していた。キリスト教会組織や市民運動の支援のもと、フィリピンから運動代表者を招く全国キャラバン実施といった連携活動が何度も展開された。日本からも国会議員や弁護士団体等によるフィリピン現地調査団が派遣され、特定の問題ODA事業が一時停止されるなど、フィリピン政府側も対応が迫られた。不当逮捕で拘留中の活動者らへ日本から獄中訪問を重ね、早期釈放につながった事例もある。

 現代は高度なネット社会で、コロナ禍にあっても国際会合がオンラインで頻繁に開かれている。しかしフェイクニュースの拡散やSNSによる攻撃などの弊害も大きい。多くの国と地域で格差拡大や環境破壊の進行が止まらず、苦境にある人びとを救うはずの民主政治は後退が目立つ。パンデミック対策でも、強権統治が民主制より効率的で優位に立つとの旧来の議論さえ蒸し返された。中国の影響力拡大がASEAN諸国などに欧米寄りでない別の選択肢を与えている。何十年か前の対抗手段や方法がそのままで通用しないのは明らかだ。  フィリピンだけでなく、ミャンマー、インドネシア、東ティモール、カンボジア、アフガニスタン、香港、中国の被抑圧民をはじめ、各地の先住諸民族、ほか、さまざまな地の人びとに関心をもって思いを寄せる市民たちが相互に情報共有し、効果的な活動に結び付けつつ、すでにある国境を超えたネットワークにも参加していくことが解決へのひとつの道筋となるだろう。たとえば、アジア太平洋資料センター(PARC)、アジア女性資料センター、日本平和学会、Stop the Attacks Campaign (SAC)などへの参加はその入り口になるはずだ。この分科会開催がそうした方向への一歩となっていくことを筆者は確信している。

〈Source〉
Stop the Attacks Campaign (SAC).
アジア女性資料センター.
アジア太平洋資料センタ(PARC).
勅使川原香世子, “Whole of Nation Approach”の現場で何が起こっているのか:フィリピン・ネグロス島の事例を中心に, 2021年11月.
日本平和学会 (ことにアジアと平和分科会).
山根健至, フィリピンにおける国軍の反乱鎮圧作戦と超法規的殺害,  2021年11月.
2021年 秋季研究集会 分科会プログラム.

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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