【解説記事】全2回連載 サガイ・ナイン事件から3年 何十年も変わらない農民を取り巻く不条理(1)

【写真】サトウキビ大農場(アシェンダ)で仕事の合間に一息つく労働者たち=2019年、フィリピン西ネグロス州、勅使川原香世子提供

勅使川原香世子(明治学院大学国際平和研究所)

 今から3年前の2018年10月20日、フィリピン西ネグロス州北部サガイ市のサトウキビ大農場(アシェンダ)ネネで、そこで働く9人の農場労働者が虐殺された。この事件は、サガイ・ナインと呼ばれている。農民虐殺はこの他にも、エスカランテ虐殺(1985年)[1]、メンジョーラ橋虐殺(1987年)[2]などが知られる。

 2021年3月現在、異論の封じ込めが目的と想定される超法規的殺害の被害者は394人[3]で、そのうち313人[4]は農民だ。こんなにも標的にされながら、一部の農民たちは不公正に抗うことを止めない。政治家や国軍は異論を唱える人びとを「共産主義者」と一括りにし、「共産主義者らは現在の社会の仕組みを変え、自らのイデオロギーに基づく社会を創ろうとしている」と発言したりする。だが実際、農民たちが求めていることは、家族に十分に食べさせたい、学校へ行かせたい、安心したいといったごくシンプルなことだ。

 今回から2回にわたり、農民たちを貧困におとしめる幾重にも重なる不条理について、サガイ・ナインをとおしてお伝えしたい。今回は、サガイ・ナイン事件とその背景にあった土地紛争について、次回は、農場労働者の労働環境と農地改革の実態について取り上げる。

― サガイ・ナイン、何があったのか

 2018年10月20日、アシェンダ・ネネの労働者約30人(以下、農民グループ)は、包括農地改革計画(CARP)に従うならば自分たちが分配されるはずの農地の一角に、自家消費用の作物を植えようと土を耕し始めた。CARPは1988年に制定され、地主の元で働く農民への農地分配をとおして、不公正な社会の是正や農民の福祉向上、地方の発展などを目指している。CARPの実態については、次回取り上げる。

 彼らは6年もの間、このCARPに基づき、地主トレンティーノ家に対して農地分配を求めてきた。だが、一向に話が進まず、これ以上生活苦に耐えられないと行動を起こしたのだった。この活動はブンカランという土地占拠運動で、食糧確保と同時に、その土地は本来自分たちが分配されるはずのものであると地主にアピールする目的もある。

 農民グループは一日の作業を終え、15人ほどが農地に張ったテントの下で休んでいた。すると、22時ごろ突然、武装グループが農民たちを銃撃し始めた。数人は這ってテントから離れたが、その場で9人が殺された。銃撃後、犯人は灯油を撒いて火を放ち、9人のうち3人が燃やされた。農民グループが襲われた時、グループのリーダー二人は、近所で携帯電話の充電をしていたために、命拾いした。

 事件後、この事件には共産党軍事部門新人民軍(NPA)が関与していると国軍は主張した。さらに国軍は、「このリーダー二人が、罪をきせて国軍の評判をおとしめようと、カネを払って農民たちをブンカランに参加させ虐殺した」と仄めかす内容の発言を何度もした[5]。その挙句、このリーダー二人に多重殺人と多重殺人未遂の容疑をかけた。二人には、すでに逮捕状が出ている。さらに、フィリピン政府は、2018年11月にネグロスなどへ国軍や警察を増派する際、その理由の一つとしてこの事件を挙げた。

【写真】9人のアシェンダ労働者が殺害されたテント=2018年、フィリピン西ネグロス州サガイ市アシェンダ・ネネ/via Justice chief orders deeper NBI probe into Sagay massacre, ABS-CBN News, November 8, 2018.

― 実は、農民グループは長年にわたる土地紛争を抱えていた

 事件のあと国軍は、NPAとリーダー二人のサガイ・ナイン事件への関与をにおわす他方で、ある事実を公表しなかった。それが、この農民グループと地主トレンティーノ家との間にあった土地紛争なのである。少し聞き取りすればすぐに明らかになるような、ネグロスではありふれた事実であるにもかかわらず。

 農民グループは、アシェンダ・ネネがCARPの対象地と認定されていることを知り、2012年に、農地分配の手続きを進めるよう農地改革省へ要望書を提出した。本来、農地改革省から労働者に、「あなたの働いているアシェンダは分配の対象地に認定されました。あなたはその土地分配の対象者(受益者)になりました」と通知するのがガイドラインに沿った手順だ。だが、受益者側がアクションを起こさない限り、農地分配の手続きは進まないのが常なのだ。

 農民グループは全国砂糖労働者連盟(NFSW)の支援を受けながら、農地改革省と何度も討議の場を持ち、手続きの進捗を確認してきた。

ところが2年後、突然、農地改革省が農民グループに告げた。
 「アシェンダはすでに25人に贈与されていた。だからCARPの対象地ではない」と。

― 「25人への贈与」はダミーだ

 農民グループと、彼らへCARPに必要な法的支援をしていたNFSWは、その「25人への贈与」は地主が農地分配を回避するための方便、ダミーだと考えている。次のような理由があるからだ。

①贈与されたという25人の何人かは、贈与された事実を知らなかった

②アシェンダ・ネネの借地人は地代をトレンティーノ家に支払っている

③「25人に贈与した」という地主の言い分は農地分配回避のためによく使われる方便

 農民グループとNFSWは、CARPを担当する農地改革省地域事務所と継続的に討議の場を持ち、「25人への贈与」について実態を調査するよう訴え続けた。だが、2018年10月15日と16日、彼らが設定した討議の場に、農地改革省は姿を現さなかった。この時、事実上、農民グループの訴えは葬られた。

 農民グループは、農地分配を要求して以来、さまざまなハラスメントを経験しながらも、農地改革省を介して地主との交渉を続けてきた。だが結果的に、地主による詐欺と言える手法によって訴えは反故にされ、労働者の生活改善を目的とする農地改革省はその調査もせず、黙殺して交渉を終わらせたのである。

 その4日後、農地分配を訴える最後の手段として実行したブンカランの初日、彼らは殺害された。

〈ブンカラン〉
 ブンカランは、飢餓に対処するために、包括農地改革計画(CARP)に従えば分配されるはずの農地に、小作人や農場労働者が自家消費用の作物を植える運動だ。フィリピン各地で実施されており、その歴史は1970年代に遡る。
 ネグロスでは、全国砂糖労働者連盟(NFSW)が舵をとり、全国的にブンカランと呼ばれていた耕作運動をファーム・ロット・プログラムという名称で1983年に開始した。1980年代、国際砂糖市場暴落の影響を受け、ネグロス島の砂糖関連産業で働く労働者の中に深刻な飢餓が発生した。NFSWは、それに対応する必要があった。1988年に包括農地改革計画が開始されると、ファーム・ロット・プログラムの現場がCARPの対象地となっていったため、この運動は縮小した 。
 2008年になると、NFSWは、ランド・カルチベーション・アクションというプロジェクト名で耕作運動をあらたに開始した。CARPの進捗があまりに鈍いため、大方のアシェンダで発生する飢餓に対応する必要があったからだ。特に、死の季節と呼ばれる農閑期(5~9月中旬)に、労働者世帯の生活状況はいっそう深刻になる。
(Source:NFSWへのインタビュー、2019年1月、フィリピン西ネグロス州バコロド市)

〈筆者紹介〉看護師としての勤務、ネパールでの医療支援活動などを経て、2004年、国際交流学部へ編入、その後博士課程へ。フィリピンや平和学と出会う。フィリピン、特にネグロス島での数週間から数か月の滞在、人びととの交流をとおして、医療や健康、人権に関する問題について学んできた。もっとも虐げられた人びとの視点から社会を捉えなおしてみる、ということを大切にしたいと思っている。



[1]ネグロス島のエスカランテ市で1985年に発生し、治安当局が農民のデモ隊に発砲し27人を殺害した。

[2]民主化のシンボルだったアキノ政権下1987年に発生し、国軍が農地改革を求めて大統領府へ抗議に来た農民デモ隊に発砲し12人を殺害した。

[3] Karapatan, 2021, KARAPATAN Monitor Janualy-March 2021, https://www.karapatan.org/karapatan-monitor1-2021

[4] Karapatan, 2021, KARAPATAN Monitor Janualy-March 2021, https://www.karapatan.org/karapatan-monitor1-2021

[5] Albayalde: NPA used farmer’s group in Sagay slay case as legal front, INQUIRER NET. October 23, 2018. https://newsinfo.inquirer.net/1045922/albayalde-npa-used-farmers-group-in-sagay-slay-case-as-legal-front : PNP files murder raps vs. 2 Sagay massacre suspects, PHILIPPINE NEWS AGENCY, October 28, 2018. https://www.pna.gov.ph/articles/1052334 など

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