【解説記事】ドゥテルテ政権の支持率がずっと「高い」のはなぜか(補論)

横山正樹(フェリス女学院大学名誉教授)

 ドゥテルテ政権は超法規的殺害(EJK)や対中国弱腰外交などの批判を国内外から受け続けてきた。ところがすでに2回連載の「ドゥテルテ政権の支持率がずっと『高い』のはなぜか」でみてきたように、世論調査の支持率にはあまり響いていない。その事情を検討していこう。

― 超法規的殺害(EJK)は他人事

 民衆の多くにとって、EJKは自分や身近な親族・友人にかかわる問題ではないと意識されている。むしろ麻薬取り締まりの強化は治安維持につながり、自分たちはより安全になったと受け止めている人は少なくない。麻薬売人として殺害された人や家族はその居住コミュニティーでトラブルをかかえて浮いた存在であることもある。いやそれゆえに告げ口され、取り締まりのターゲットにされかねない。

 またフィリピン共産党・新人民軍・民族民主戦線およびその支持勢力を大多数の人びとから切り離す政策が一定の成果をあげている。作戦ごとに政府から資金が供給される国軍・警察とその手先たちは、SNSやマスコミを宣伝に動員して恐怖感をあおりながら、自分たちの存在感を高め、予算や人員増の正当化をはかってきた。ドゥテルテ政権初期には共産党との融和路線を政府側も模索しているとみられたが、和平交渉の決裂後、国軍は攻勢を強めている。前回説明したように、政府批判勢力が大きく分断され、それが30年近くも続いているため、共産党支持者とレッテル貼りされた活動者らの人権が侵害されたり殺害されたりしても非共産党系の人びとにとってはおよそ他人事なのだ。明日は我が身となるかもしれないのに…。

― コロナ禍の選挙とコミュニティーの明暗

 EJK現場となりがちな低所得層のコミュニティーは、空間的にも心理的にも密な関係だけに、団結し協力し合う美点もよく見られるが、諍いも頻発する。ボス支配も派閥抗争もある。金銭や日用品の貸借・賭け事・詐欺・盗みなどによる人間関係のもつれは茶飯事だ。警察に届け出て家族が恥をかかされたといった恨みを買ってしまうと、逆恨みであっても刃傷沙汰に及びかねない。たびたび住み込んで暮らした筆者の長い経験からは、つましい庶民生活に温かく受け入れられているようでも、よく観察してみると外来者の訪問を近隣住民は特別視し、ときに嫉妬さえする。派閥や人脈が異なったりするとなおさらだ。

 政府が貧困層に現金や食料、医療の提供といったアプローチを浸透させてきたことも前回述べたが、自治の最小単位のバランガイ(村)がその受け皿になる。バランガイ・キャプテン(村長)や役員選挙は村内権力の組み換えの機会で、より上位の自治体や国政選挙の場合と同様に買収・供応も動員圧力も暴力行為もある。米国植民地だったためか、手製を含めた銃器も出回っている。政府の麻薬撲滅作戦は、不都合な対象を排除する絶好の口実を与えたともいえる。

 こうしてみると、EJKへ積極的に賛意を寄せる者は少ないとしても、多くは他人事と受け流し、かならずしも政権批判にはつながらないことが理解されるだろう。そしてコロナ禍のなかで選挙の季節を迎えたいま、EJK続発への危惧はつのるばかりだ。

― 米中対立のはざまで柔軟さをみせる対外政策

 2016年6月30日発足のドゥテルテ政権は、翌年1月からの米国トランプ政権と時期が重なる。その後、緊張が深刻化する米中の狭間で難しい政策かじ取りを迫られてきた。さらに中国による南シナ海(西フィリピン海)・南沙諸島の基地化やフィリピン漁民への妨害などが続き、今年7月には中国の南シナ海領有権主張を却下したハーグの仲裁裁判所による判決から5年を迎えた。

 こうした中、ドゥテルテ大統領は7月26日の任期中最後の施政方針演説で、ハーグ仲裁裁判所判決は「国際法の一部で妥協の余地はない」と言明したうえで、それを「拘束力のない文書」とし、「中国のミサイルはフィリピンに数分で到達する。中国と戦争をすれば虐殺されるだけだ」と、中国との紛争回避の方針を明示した。

 さらに7月末にはオースティン米国防長官がマニラを訪問、ドゥテルテ大統領との会談で訪問米軍地位協定(VFA)の存続に合意した。この協定はフィリピン側が2020年2月に破棄を表明していた。

 ドゥテルテ政権の対外政策はこのように米中間で揺れ動いているように見え、それゆえ批判も浴びてきた。だが大国に挟まれた小国が生き延びる外交術としては、どちら付かずの曖昧さを保ちつつ、時と場合によって揺れ動くようにも見える柔軟さが肝心ということもできよう。

― 印象操作にたけたドゥテルテ政権

 フィリピン・デイリー・インクワイアラー紙のリチャード・ヘイダリアン記者はシンガポールのストレーツ・タイムズ紙に寄稿し、「空虚な表現(empty signifier)」という概念を用いてドゥテルテ政権の高い支持率の理由解明を試みる。すなわち、印象管理(impression management)のほうが実際の成果に優越する現代の「ポストモダン的見せかけ(postmodern simulacrum)」横行の中にあって、ドゥテルテ大統領は指導力の見せ方を心得ているのだという。著名なポピュリズム研究者エルネスト・ラクラウを援用しながら同記者はそう解説する。この種の政治指導力は学者たちのいう「演技的統治(performative governance)」なのであり、SNS全盛のなかで我々の注意力が消費され尽くすこの時代に、だれが詳細な事実に即した分析を求めるだろうか、と。

 ここまでみてきたように、EJKや対中国外交などへの批判はあるものの、政権支持率にそれが大きく影響を及ぼしているとは考えにくい。

 世界各国でポピュリズムが強まっている。その典型例のひとつとして、今後もフィリピンの情勢を見守っていきたい。

〈筆者紹介〉
フェリス女学院大学名誉教授(平和学・アジア太平洋地域における開発と環境問題の平和研究)
フィリピンなどで実施の政府開発援助(ODA)事業が現場へおよぼす影響を調査分析しつつ、各地域の住民運動・NGOなどによる自力更生努力と国境を越えた市民連帯ネットワークに関心をもって当事者たちとの交流やエクスポージャー(現場学習)を長く続けてきた。

〈Source〉
Ernesto Laclau “Populism: What’s in a Name?” Begoña Aretxaga, Dennis Dworkin, Joseba Gabilondo, & Joseba Zulaika, eds., Empire & Terror: Nationalism/Postnationalism in the New Millennium published by Center for Basque Studies, University of Nevada, 2004, pp.103-114.
TIMELINE: Duterte’s threats to terminate the Visiting Forces Agreement, Rappler, February 11, 2020.
Why Duterte’s approval rating stands at 91%: Philippine President knows how to project leadership where ‘impression management’ trumps real performance, Inquirer, October 18, 2020.
【解説記事】全2回連載 ドゥテルテ政権の支持率がずっと「高い」のはなぜか(1), Stop the Attacks Campaign, 2021年9月18日 2021年9月21日.
【解説記事】ドゥテルテ政権の支持率がずっと「高い」のはなぜか(2) , Stop the Attacks Campaign,2021年9月27日 2021年9月27日.
フィリピン大統領 国際的な仲裁裁判の判断価値認めず, NHK, 2021年7月27日.

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