【解説記事】鉱物資源に呪われた国フィリピン(2)〜大きな懸念と希望〜

栗田英幸(愛媛大学准教授)

 前回(10月2日掲載)は、鉱山開発の影響を受けて混乱してきたフィリピン社会の40年間を概観した。今回は、最近決定された鉱山開発手続き凍結解除がもたらし得る影響について、凍結直前の主要鉱山の状況とその後に生じた変化を整理した上で、近い将来に起こり得る変化を考える一助となるような情報としたい。

― 国土の30~40%で秩序破壊の可能性

 結論の一つを先に述べるならば、フィリピンという国は、非常に危険なバランスの上に立った国と言えよう。政府は、あえて不透明な情報環境を許容し、地方政治家の自領地での超法規的な裁量を容認すると同時に、地方へ軍隊や警察を派遣することによってそれを支えている。そして、その裁量の容認と支援との引き換えとして、フィリピンという法治国家の一員であるという表面的な振る舞いと大統領派であるという政治的な行動を地方政治家から獲得して、何とか国としての体裁を保っている。
 鉱山地域の多くは、その特徴を顕著に示す。フィリピンでは、優良鉱物資源が国土の30~40%を占めると言われている。そのほとんどの地域において、既に資源開発を目的とした企業と中央・地方政治家が交渉を始めている。2017年以降、鉱山地域を取り巻く条件に大きな変化がないのであれば、これまで以上に広い地域で秩序の破壊された混乱状態を引き起こすことにもなりかねない。

― 情報ソース

 筆者は、1994年から2017年までに30を超える中・大規模鉱山および数多くの小規模鉱山で現地調査を実施してきた。本稿は、その現地調査を元にしたものである。なお、情報提供者の安全のため、いくつかの情報に関して、あえて情報源や鉱山名、地域を記載しない。また、ここでは、確たる証拠のない情報をいくつも紹介するが、断りがない限り、複数の情報源を精査した上で、真実に近いと筆者が判断したもののみに絞っている。

― 不透明な稼働状況

フィリピン公式発表  

 現在、フィリピンにて中・大規模に産出されている鉱物資源は、金額順に金、ニッケル、銅、銀、鉄、クロマイトである。フィリピン政府による統計資料では、2018~20年の3年間に稼働している中・大規模鉱山は50鉱山前後、生産額はGDPの0.6%弱、輸出が全輸出の6~8%程度、労働者が全労働人口の0.5%弱で安定的に推移している。

実は把握不可能な実態

 実は、この稼働鉱山数の数値からして、かなり怪しい。この10年で統計データの拡充が進んでいるとはいえ、未だ重要な統計データの誤字すら目立つ状況でもある。50鉱山のうち、実際には、小規模鉱山の寄せ集めのようなものや休止中のもの、試掘段階のものもあり、実質的に稼働中で中規模以上と言えるようなものは、おそらく30あるかないか程度である。 加えて、環境天然資源省の役人から聞いた話では、小規模で登録しているが、役人が監視できないことを利用して規模を拡大している「自称」小規模鉱山も少なくないのではないかとのこと。ミンダナオ島の2つの支部から聞いた話によると、役人が山奥の現場に行こうとするとフィリピン人のみならず、中国人っぽい武装勢力にまで攻撃されて辿りつけず、その後上司から確認不要との連絡を受けた。

膨れ上がる中国の影

 小規模金採掘者の採取した金のほとんどは、いまだにブラックマーケットに流れ続け、中国に流出されていると言われている。ザンバレス州、ミンダナオ各地、ディナガット島では、金、ニッケル、クロマイトに関して、操業していないはずの鉱山から次々と鉱物資源が船に積み込まれ、沖に停泊中の大型船に運び込まれているとの報告が、地方自治体、市民団体、新聞記事等でしばしば報告されている。2014年から16年の間に私が調べ得た限りでは、その全てが中国への輸出もしくは、中国人が買い取りをしている。
 アロヨ政権時代には、裁判所から操業凍結命令を受けた中国輸出用ニッケル銅山が全く意に介さず操業を継続し、フィリピン政府もそれを容認した。さらに、マグネタイトに関して、白昼堂々と中国船が海岸を採掘している映像がフィリピン国内で報道されていたのは、記憶に新しい。ドゥテルテ大統領への中国に対する弱腰外交、中国の傀儡という不名誉なレッテルの信憑性を高める出来事でもある。

武装勢力と政府軍地方部隊の収入に?

 上記のような状況を鑑みるに、生産量や生産額の実態も、公式統計データよりかなり大きいとみて間違いない。金に関しては、ミンダナオ島やルソン島では、少なくない鉱山が反政府武装勢力に「革命税」を支払い、また、政府軍に保護料を支払っている。小規模金鉱山では、政府軍は本来の目的である反政府武装勢力を排除する気配を見せずに、利益の一部を受け取る時だけ定期的に顔を出す。現場判断なのか本社の指示を受けてか本人は知らされていないが、武装勢力への支払いに反対を表明する多国籍企業が出資する鉱山で働く現地スタッフの二人は、上司の指示通りに山の中に入り、武装勢力に「革命税」を支払った恐怖の経験を語ってくれた。

― 破壊される鉱山地域の秩序  

 表は、2020年に本格的な操業・輸出を行なっていたとされる27鉱山と周辺を含めた地域の鉱山を巡る秩序に関して、2016年末までの状況をまとめたものである。

武装勢力の蔓延

 27鉱山のうち、筆者が実際に現地調査したのは20鉱山である。共産党軍事部門新人民軍(NPA)によって攻撃を受けたのは5鉱山であるが、セブ島とディナガット島以外の鉱山もしくは周辺コミュニティでは、NPAやイスラム系武装組織のMILF、アブサヤフが活動している。余談であるが、NPAとMILFは地域住民のためという目的が明確で、私の調査を陰ながら支援してくれる部隊も少なくないが、アブサヤフは身代金目当てで問答無用に誘拐されるのではないかと感じており、接触したことはない。

超法規的抑圧

 他方、表に示した「EJO」(=超法規的抑圧)該当の17鉱山では、被害を訴える住民たちへの軍・警察や政治家の私設軍隊による強力な抑圧行為、もしくは、鉱山から住民に分配されるはずの利益の独占を目的とした地方政治家による抑圧行為が行われている。アロヨ政権とドゥテルテ政権の下、対テロ対策の下で軍人が一軒一軒訪問して鉱山開発への反対者リストを作成し、または、軍・警察・地方政治家が鉱業利益受け取り代表者となる先住民族リーダーを無理矢理従わせている。意に沿わないリーダーには、正当な手続きを無視した強引なリーダーのすげ替えが行われ、先住民族の権利を保護するはずの先住民族委員会も見てみぬふりをする、もしくは、積極的にリーダーのすげ替えに協力する。
 超法規的抑圧が顕著に見られないパドカル鉱山、トレド鉱山、ヒナトゥアン鉱山、ディナガット島の方のカグディアナオ鉱山、リオツバ鉱山では、既に地域住民のほとんど全てが鉱山労働者によって占められ、環境被害を受けている周辺農漁村でも親族の多くが鉱山で働いているため、労働条件での摩擦はあれども積極的な反対運動は生じていない。このため、積極的な超法規的抑圧も行われる必要がなく、武装組織も入ることができない。地方政治家も含め、利益分配も既に安定しているため、血生臭い利益の取り合いが始まることもない。

― 環境破壊

 環境破壊は全ての鉱山において顕著である。大型台風通過のたび、どこかの鉱山の廃滓が河川や海に流れ出し、全ての鉱山地域において乾季には重金属や化学薬品を含んだ粉塵が数十キロ離れた場所でも観察でき、周辺コミュニティの生活用水も汚染されている。鉱山周辺ではどこのコミュニティでも皮膚病、下痢、気管支炎の増加や深刻化が報告されるが、そのサンプル分析結果を伴って鉱山企業や環境天然資源省に訴えたとしても、対応措置に結びつくことはほとんどない。あったとしても、根本的な解決にはほど遠く、ごく一部の人たちが一時的に軽減されるに過ぎない。良くあるのは、生活水の汚染が報告され、企業から貯水タンクや簡易的な水道設備を提供されたが、1年もしないうちに壊れて利用できなくなり、企業も苦情を相手にしなくなる、というものである。
 とはいえ、ほとんどの大規模な企業、特に、海外の多国籍企業の出資する鉱山はさまざまな環境被害対策をとっており、多くの場合、中規模の、特に現地企業とは雲泥の差である。ただ、それでも被害を十分に克服しているとは言えない。単位面積あたりの環境被害は小さいとしても、規模の大きさで被害総量は高くならざるを得ない。
 「2017年監査」は、環境天然資源省ジーナ・ロペス大臣のリーダーシップの下で実施された厳格な環境監査の結果を示したものである。2016年に41の鉱山の調査が行われ、23鉱山を停止、5鉱山を操業凍結処分とし、13鉱山に合格を与えた。この結果は、監査と同時期に調査を行っていた私にとって、非常に納得のいくものであった。当時、停止処分を受けたにも関わらず現在操業を続けられているのは、ロペス大臣が政権から追い出された後に大臣の席に座ったロイ・シマツ大臣が2017年8月以降、次々と再操業を許可したからに他ならない。

【写真】フィリピン中の鉱山被害地を飛行機で飛び回る環境活動家ジーナ・ロペスさんへのインタビュー=2014年3月13日、マニラ、栗田英幸提供 

― 監査以降の鉱山環境の変化

悪化要因

 鉱山開発手続き活発化のたびに国の秩序が大きく揺すぶられてきたことは前回述べた。現在のフィリピンの鉱山開発・操業を取り巻く制度的な環境は、凍結された時分に比べて十分に改善されているのだろうか? 少なくとも法律関連で大きな変化はなされていない。細々とした修正こそなされてきているが、「1995年鉱業法」、「1997年先住民族基本法」とそれら細則に大きな変化はなく、代替案の審議もロペス大臣失脚後に止まってしまった。地方政府の決定権は、アロヨ政権下で弱体化されたままである。
 「持続可能な鉱山」に加え、「責任ある鉱山」という概念が多国籍企業から利用されるようになってはいるが、それに対して政府は無策のままである。高い理念の伴う自主規制それ自体は素晴らしいものではあるが、その履行を保証するものでは決してない。政府と地域住民による厳しい監視と圧力が必要不可欠である。
 超法規的抑圧は確実に悪化している。アロヨ政権で命の危険を顧みずに活動を続けていた活動家たちの多くが、ドゥテルテ政権で強化された圧力に対して、これまでになかったほど精神的に疲弊していたのは、筆者にとっても驚きであった。鉱山地域の抑圧状況に関する現場報告も目に見えて少なくなった。
  重要なのは、鉱山地域での抑圧の全てがドゥテルテ政権の指示によって展開されている訳ではない点である。多くの場合、ドゥテルテ政権の「ドラッグ戦争」を隠れ蓑として、地方政治家や軍の地方部隊上層部が鉱山利益の拡大を狙って暴走しているのである。

改善要因

 改善された環境もある。何よりもEITI(採取産業透明性イニシアティブ)フィリピンの活動が外堀をかなり埋める成果を上げ始めた。ロペス大臣によるショック療法は、質の悪い鉱山企業の多くを追い出すことに成功した。未だ問題だらけの幾つかの鉱山が再開を許されてはしまったが、EITIの進める鉱業利益透明化の活動に協力的な企業の割合は確実に上昇した。同時に鉱山関連の情報公開もEITIのレポート、政府ウェブサイト、そして、企業のウェブサイトで大きく改善されている。
 EITIフィリピン支部は、元々、反鉱山組織が別のアプローチを模索する上で設立のお膳立てをした経緯を持ち、単なる利益分配のみならず、現地の交渉や手続きの透明化をも視野に入れた粘り強い交渉を鉱山企業と展開している。
 先日発表されたレッサ・マリア氏のノーベル平和賞受賞は非常に大きな後押しとなり得る。彼女が代表を務めるウェブジャーナル「ラップラー」は、フィリピンの鉱山がもたらす混乱や被害に関しても深い関心を示している。国際的な監視が強化されることは間違いない。

― 結論

 フィリピンが地方エリートの統制を諦めた非常に危険なバランスの上に成り立つ国であることは最初に述べた。しかし、一方で民主主義国家という強力なプライドでコーティングされている国でもある。前稿で概観した鉱山に振り回された40年のフィリピンの歴史は、そのまま地方エリートの権力維持と民主主義国家としてのプライドとの綱引きの歴史と捉えることも可能だ。ドゥテルテ政権で民主主義国家としてのフィリピンのイメージは失墜した。来年の大統領選挙を控えて目に見えて衰えるドゥテルテ政権の権勢は、再逆転の大きな契機となり得るものである。

〈Source〉
Kurita, Hideyuki, 2015, 「Case Studies of Medium / large-scale Mines in the Philippines (1)」『愛媛大学経済学会, 35(1)』.
Kurita, Hideyuki, 2016, 「Case Studies of Medium / large-scale Mines in the Philippines (2) 」『愛媛大学経済学会, 36(1)』.
Kurita, Hideyuki, 2018, 「Self-regulation and Self-regulated Companies of Mining Sector in the Philippines」『愛
媛大学経済学会, 37(2, 3) 』.
MGB, 2021, PHIL-METALLIC-MINERAL-PRODUCTION-H1-2021-VS-H1-2020.

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