【コラム】フィリピン産バナナの袋詰めは誰が?
スミフル・フィリピン社の労働者への不当な扱い

【写真】バナナを梱包する労働者たち=2009年2月、南コタバト州ティボリ町、石井正子撮影

石井正子(立教大学)

― バナナの袋詰めは誰が?

 日本のスーパーでは、バナナは袋詰めして売られている。大半の消費者は、袋を手に取って、値段や本数を確認して購入する。なかには袋やラベルに印刷された産地の情報をていねいに吟味して買う人もいるかもしれない。だがそのとき、バナナが誰の手によって袋詰めされているかを想像できる人は、どれだけいるだろう。産地情報は日本語で印刷されているため、袋詰めまで海外で行われていると思う人は少ないのではないだろうか。
 日本が輸入するバナナの約8割(2018年現在)はフィリピン産だが、フィリピンでは輸出用バナナは、バナナ園に付設された梱包作業所にて、水洗い、規格選別、計量、袋詰め、段ボール詰めが行われている(写真)。梱包の仕方は、1袋に何本のバナナを詰めるか、1本の長さと太さの上限と下限、段ボール箱に何層詰めるか、横詰めか縦詰めか、などまで輸出国ごとに細かく定められている。こうした作業を行うために、バナナ園周辺の集落から、多くの労働者が雇われているのである。

― 梱包作業所における偽装請負の横行

 フィリピンにおける輸出用バナナ産業は、1963年に日本がバナナの輸入を自由化したことを皮切りに本格化した。1965年には約27トンであった輸出量は、1975年には約82万トンにまで伸びている。当初は日本が唯一の輸出国であったが、その後輸出先を中東、韓国、中国と多角化し、栽培面積と輸出量を拡大してきた。なお、輸出用バナナは、ほぼすべて台風の影響が少ないミンダナオ島の広大なプランテーションで生産されている。

図1:バナナの国別輸出量の割合推移

(出典:石井正子, 2020, 「1 バナナ栽培に関わる企業と人びと-農地改革後の変化」石井正子編著『甘いバナナの苦い現実』コモンズ, pp. 70-126.)

 ミンダナオ島の輸出用バナナ園は1960年代後半以降に急拡大した。だが、その当時から、梱包作業所の労働者の劣悪な条件は問題視されていた。1970年代後半の調査によると、梱包作業所の労働者の多くは請負会社を通して雇われており、請負会社は「手数料(service fee)」という名の料金を賃金から差し引いて労働者に渡していた(Tadem 1977)。
 あれから40年以上がたつ。しかし、梱包作業所の労働者の実態には、改善されたといい難い現実がある。フィリピンでは労働法と労働雇用省令第174号(2017年)により「労働のみの請負契約(labor-only contracting)」が禁止されている。これは、仲介機関により会社に派遣された労働者が実際には派遣先の会社の業務指示の下で働くこと、つまり偽装請負を禁止した規定である。同省は翌年、この違法行為を行っていた会社ワースト20社を発表した(表1)。この中に、バナナの輸出業者であるドール・フィリピン社(ワースト第2位、 1万521人)、スミフル社(ワースト第12 位、1687人)、ドール・スタンフィルコ社(ワースト第20位、1131人)が含まれているのである(表1)。

表1:「労働のみの請負契約」の疑いがある会社ワースト20社

― 正規雇用を求める労働者の闘い

 こうした偽装請負に対して、声をあげている労働者たちがいる。コンポステラ・ヴァリー州のスミフル・フィリピン社(以下、スミフル社)の梱包作業所の一つで働いてきた労働者たちである。2008年、彼らはスミフル社に直接雇用された正社員として労働組合NAMASUFAを結成し、団体交渉に応じるよう求めた。彼らのなかには、10年以上も働いているものもいる。しかし、スミフル社側は、労働者が仲介機関の社員であるとして、組合設立と団体交渉に応じることを拒否した。しかし、作業所には当時スミフル社の看板が設置され、労働者たちは業務上の指示もスミフル社から直接受けていた。こうしたことから、労働雇用省担当官は2008年7月28日に、これは労働のみの請負契約、すなわち偽装請負であると判断した。スミフル社はこの裁定に不服申し立てをするが、その後、2017年には最高裁判所までが労働雇用省の判断を支持し、事実上の労使関係があることを認めた。
 しかし、最高裁判所の裁定が出て1年たっても、労使交渉は始まらなかった。そこで、2018年10月1日、労働組合NAMASUFAは労働法を順守してストを決行し、梱包作業所前にピケを張った。ところが10月11日、ストは暴力的に解散させられた。組合側によると、フィリピン国家警察(PNP)とフィリピン国軍(AFP)に率いられた300人以上が乗り込んできたという。それどころか、ストライキ中にピケを張ったのは「営業妨害」であるとして、組合員らはスミフル社に解雇を通知された。さらに悪い事に、ストライキの暴力的解散後の10月31日、NAMASUFAのメンバーの1人が何者かに射殺された。
 こうした状況に対し、組合員たちはあきらめず、2018年11月27日、300人以上が抗議活動を行うためにマニラに向かった。マニラ市内の公園で野宿をし、大統領官邸、労働雇用省、スミフル本社前で不当な扱いを訴えた。しかしこの最中の同年12月15日、組合事務所兼前組合代表宅が放火され、銃弾が撃ち込まれる事件が起こった。労働雇用省はついに2019年7月22日付で「10営業日以内に即時労働者を職場復帰させること」を指示する行政指導を行った。マニラで8か月ものあいだ運動を続けていた労働者も安堵し、ミンダナオに帰る決定をした。しかし、スミフル社はこの行政指導に従うことなく、控訴裁判所に異議申し立てを行った。それから今日まで、控訴裁判所の動きはない。

― コロナが追いつめる労働運動

 労働者たちは、職場復帰できず、収入源を断たれた状況に置かれている。ここに追い打ちをかけたのが、コロナウィルス感染症の蔓延である。しかし、感染症予防のための移動制限が彼らを支えてきた家族の収入源や雑業に打撃を与え、組合員たちを追いつめている。組合員たちは、食料の一部だけでも確保しようと共同で野菜などを栽培するコミュニティ・ガーデンを開始した。
 そのようななか、2021年の年末、また一つ悲しい事件が起こった。組合員の一人である女性マリー(仮名、58歳)が自死したのである。組合長ポール・ジョン・ディゾン(PJ)によると、マリーは、梱包労働者の労働条件を改善しなければ、という強い意志の持ち主で、2005年から組合の活動を行ってきたという。暴力的に解散させられたストライキではフロントラインに立ち、マニラでの抗議活動にも参加していた。彼女を自死においやったのは、スミフルが労使交渉に応じず、何も状況が変わらないストレスと鬱によるものであろう、と組合長は推察している。自分自身のことよりも、仲間や社会が変わることを優先して活動してきた女性であったという。

 次回(2月12日)は、不公正に抗うことによっていっそうの困窮に陥ったマリー一家やPJ、組合員の現状についてお伝えします。

〈Source〉
Tadem, Ed. , 1977, Special Report: The Banana Workers of Davao, Asian Alternative 3(2): 14-19.
石井正子, 2020, 「第3章1 バナナ栽培に関わる企業と人びと-農地改革後の変化」石井正子編著『甘いバナナの苦い現実』コモンズ.
田中滋, 2020, 「第3章2 正規雇用を求める労働者の闘い:スミフル農園の梱包作業所」石井正子編著『甘いバナナの苦い現実』コモンズ.

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