【コラム】多国籍企業トヨタに対する闘い 

【写真】フィリピントヨタ現地工場前で抗議活動をするエド・クベロ委員長=2019年3月、フィリピントヨタ現地工場前、TMPCWA組合員撮影、提供

井上 啓(弁護士)

 当職は、フィリピントヨタ労組(TOYOTA MOTOR PHILIPPINES CORPORATION WORKERS ASSOCIATION:TMPCWA)が日本の労働委員会と裁判所で闘ってきたことについて、かなり先進的な闘いであり、現在ならば結論が違っていたのではないかとの思いもあり、古い記録にはなりますが当時の法的闘争を報告したいと思います。

― 海をまたいで多国籍企業の責任を日本で追及

 TMPCWAに対する組合潰し大量解雇事件に対応するため、日本でフィリピントヨタ労組を支援する会が2001年10月に結成され、現在まで20年以上にわたり共に闘いを継続していることは大井呑氏の報告(【コラム】フィリピントヨタ労組支援について2022年1月29日掲載)にあるとおりです。


 TMPCWAの一連の事件は、フィリピン現地では最高裁までいっても解決せず、さらに、国際労働機関(ILO)がフィリピン政府に解決を勧告しても解決していない中、やはり闘いの本丸は日本にあるということになりました。つまり、フィリピントヨタはあくまで日本のトヨタ本社の現地子会社であり、トヨタ本社が乗り出さないと現地子会社では解決できないと考えられたのです。


 ただ、日本のトヨタ労組では会社と対抗してくれるはずもありません。そこで、もともと、ユニオンヨコスカの小嶋武志委員長がキリスト者としてフィリピン支援をしてきたこともあり、同ユニオンの上部団体である全造船関東地協の早川寛氏がアイデアを出しました。それは、「TMPCWAが、日本の労働組合である全造船関東地協を上部組合としてこれに加盟し、日本のトヨタ本社と同じくフィリピントヨタに出資していた三井物産に対し、TMPCWAの大量解雇事件について、日本で団体交渉を申入れる」というものでした。


 トヨタも三井物産も言わずと知れた「多国籍企業」です。当時も日本の企業がアジアの諸国に工場を作り、海外に公害を輸出していることが国際問題化していました。今でこそ、ユニクロなどのサプライチェーンにおける人権侵害が日本国内でも問題とされるようになりましたが、20年前に多国籍企業の労働問題について、海をまたいで日本で責任を追及するというフィリピントヨタ労組を支援する会の取り組みは先進的な闘い方でした。

― クベロ委員長が来日して不当労働行為救済を申し立てたが、、

 2004年にTMPCWAのエド・クベロ委員長が来日して、9月16日、全造船関東地協に加盟するとともにトヨタと三井物産に団体交渉を申入れました。だが、当然、両者は「団交拒否」をしましたので、TMPCWAの上部団体として全造船関東地協が申立人となり、トヨタと三井物産を相手方として神奈川県労働委員会(県労委)に「不当労働行為救済申立」をしました(神労委2005年(不)第1号事件)。

 公益委員は法政大学の神尾真知子教授で、相手方の代理人は経営法曹の第一芙蓉法律事務所の木下潮音弁護士でした。相手方からすれば本件申立ては「いいがかり」のようなものだとして、第1回調査期日から即刻打ち切り却下を主張してきました。ただ、個別協議において神尾公益委員は、本件の組合潰しや大量解雇について、日本からの指示文書などはないかなど「特段の事情」があるか、さかんに釈明を出してきました。もし、日本のトヨタ本社から具体的な指示があれば、それは日本の会社の不当労働行為になりうると考えておられたようでした。

 残念ながら、いわゆる「トヨタ方式」といった働き方についてのマニュアルはありますが、不当労働行為の指示文書などは見つかりません。それは当然です、なぜならフィリピントヨタ現地子会社の副社長は、歴代、日本から日本人が送り込まれていてわざわざ文書で指示するまでもないからです。結局、神奈川県労働委員会は1年余り調査期日を続行したものの、審理(証人尋問)はせず、2006 年8月4日、「本件申立てを却下する」との決定を出しました。その理由は、「我が国の労働組合法は、日本における労使関係に適用されるのが原則であって、本件のような外国における労使関係には、同法を適用しなければ公平さに欠けるとか不合理であるなどの特段の事情がない限り適用されないと考えられる。」というものでした。

  全造船関東地協は、同年8月22日、中央労働委員会(中労委)に再審査申立てをしました(2006年(不再)第53号事件)。我が国の労働組合法が本件に適用されるべき「特段の事情」について、本件はフィリピン国内はもとより、ILOや国際金属労連(IMF)を通じた解決策も尽きていること、多国籍企業の責任はその本国国内に限られないこと、さらに米国には「外国人不法行為請求権法」に基づき、米国企業が海外で犯した不法行為の責任追及を米国国内でできること、などを主張したが、中労委は同年12月6日、再審査申立てを棄却しました。やはり、本件は国外の労使紛争であり日本の労働組合法の適用がないとしました。

― 中労委命令取り消しの行政訴訟、いずれも棄却

 これに対し、命令取消しの行政訴訟裁判を起こしましたが、東京地裁(2007年(行ウ)第222号事件)は2007年8月6日に、東京高裁(2007年(行コ)第290事件)は同年12月26日に、そして、最高裁判所(2008年(行ヒ)第131号事件)は、2009年7月17日に、いずれも請求を棄却したのです。

 裁判所に対しては、ILO第87号条約(結社の自由及び団結権の保護に関する条約)11条「この条約の適用を受ける国際労働機関の各加盟国は、労働者及び使用者が団結権を自由に行使することができることを確保するために、必要にしてかつ適当なすべての措置をとることを約束する。」やILO第98号条約(団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約)1条「労働者は、雇用に関する反組合的な差別待遇に対して充分な保護を受ける。前記の保護は、特に次のことを目的とする行為について適用する。・・・(b)組合員であるという理由又は労働時間外に若しくは使用者の同意を得て労働時間内に組合活動に参加したという理由で労働者を解雇し、その他その者に対し不利益な取扱いをすること」、さらにこれら2条約は「国際労働基準」であり、国際慣習法となっているのであるから日本の裁判所もこれらを判断基準とすべきであるとの主張もしていたのですが、裁判所は全くILO条約を考慮しませんでした。

 こうして、県労委から最高裁判所までの闘いは終わりましたが、多国籍企業の海外における不当労働行為責任を追及するために、今でも通じる法的な道理に基づく闘いであったと思っています。 

〈筆者紹介〉
井上啓(いのうえはじめ)
1960年千葉県生まれ、早稲田大学法学部卒業
1995年弁護士登録(横浜弁護士会・現神奈川県弁護士会)
横浜法律事務所に24年間在籍、昨年独立して井上啓法律事務所を開業
日本労働弁護団常任幹事、神奈川労働弁護団幹事長
神奈川労働相談ネットワーク代表
日本国際法律家協会理事
明星大学人文学部人間社会学科非常勤講師


 

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