今週のフィリピン・ダイジェスト
(3月22日-3月29日)

【写真】核武装の必要性を熱弁するエンリレ大統領法律顧問/Enrile wants lifting of nuclear weapons ban in Constitution, pna, March 22, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

 今週は、水危機を強調し始めたフェルディナンド・マルコス・ジュニア(以下、マルコス)大統領の動向、却下されたフィリピンによる国際刑事裁判所(ICC)調査中断要請、フアン・ボリス・エンリレ(以下、エンリレ)大統領法律顧問の核武装発言の3つの出来事を取り上げます。
 核武装論、とうとう出てきました。誰がマルコス大統領の意図を代弁して口火を切るのかと思っていましたが、まさかのエンリレでした。憲法改正論議で、コラソン・アキノ元大統領を批判し、核武装の必要性について強調したのです。エンリレの発言からマルコス大統領の2つの意図について深掘りします。

◆今週のトピックス

トピック1:マルコスの新たな水戦略

― 水会議に参加するマルコス
 第6回フィリピン水会議・展示会において、マルコス大統領は23日、フィリピンは水危機に直面しており、乾季が近づくにつれ、約1100万世帯が清潔な水を手に入れることができなくなっていると述べた。
 「過去数年間、私が上院議員であったときも、知事であったときも、誰も水問題について話していなかったことに非常に驚きました。しかし、フィリピンのすべての都市部や農村部では、水問題が発生しているのです。」
 このように広範囲に水の問題に直面していることを述べたマルコス大統領は、一方で、世界中の技術とフィリピン国内のこれまでの経験の蓄積および今後の工夫によって、水問題を適切に処理できると楽観視していると述べ、これら水の問題に対応するため、既に「水管理局」を創設するという大統領令に署名したこと、将来的には、水管理省の設立を視野に入れていることを明らかにした。

― 今年も深刻な水危機の可能性とマルコスの新たな選択
 22日、フィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)は、今年の7月から8月にかけて、エルニーニョ現象が継続すると発表した。また、同発表は、エルニーニョ現象の影響により、降水量が平年を下回る可能性が高く、国内の一部地域で乾季や旱魃をもたらす可能性があると警告している。
 28日の記者会見において、マルコスは、エルニーニョ現象による水危機へ強い危機感を表し、水管理の重要性を改めて強調し、これまでと異なる、包括的で領域横断的な取り組みを強力に進めていく意欲を語った。

トピック2:却下されたフィリピンによるICC調査中断要請

― ICC控訴審の決定
 3月13日、フィリピン政府は、ICC控訴審部に捜査の一時中止を訴えたが、その説得は失敗に終わった。
 オランダのハーグで3月27日に出された8ページの決定において、控訴審部は、「上訴は控訴審部が命令を発しない限り手続き停止の効力を有しない」とのローマ規定を引用し、手続の中止を命じるのは「回復不能な状況を招く危険のある場合に限られる」と指摘した上で、「フィリピンは、回復不能な状況を招く」とするいかなる根拠も示すことができなかったため、昨年9月に出された捜査開始を承認するICC第一予審三番部の決定を覆すことはできないと述べた。

― ICCとの関係は終わった
 同日、マルコス大統領は、ICC控訴審部で却下された審議結果の上訴について訊ねられ、記者団の前で、「これでICCとの関わりはすべて終わった」と語った。
 「この時点で、私たちは本質的に、(ICCとの)いかなる接触、いかなるコミュニケーションも行うつもりがない」とマルコス大統領はICCとの絶縁を告げた。

トピック3:憲法改正議論で関係ない発言をするエンリレ

― 時代遅れの制約的な経済条項
 3月22日、大統領首席法律顧問で元上院議長のエンリレは、法律と規範の憲法改正に関する上院委員会の公聴会において、憲法の経済条項を緩和するロビン・パディラ上院議員の提案に強い賛同の意を表した。
 99歳のエンリレは、パディラの招待により、1987年憲法の経済条項を改正する提案に関する上院憲法改正・法典改正委員会の公聴会に出席した。
 同委員会の委員長を務めるパディラ上院議員は、「法律の権威」とされるエンリレ氏の参加により「元上院議長が出席し、個人的な経験、知識、知恵を委員会に披露することで、歴史的な会合、議論となるだろう」と述べた。
 エンリレは、「もし私がこの議会のメンバーであったら、(パディラ上院議員の提案した憲法改正案を)101%支持しただろう。この国を進歩させ、近代化させるために、最も重要なことだからだ」と語った。

 エンリレは、憲法の「制限的」な経済条項が国の成長を妨げていることに同意した。
「まず第一に、経済条項は時代遅れであり、大多数の国民の生活を向上させるためにこの国を発展させる資本がない。憲法の制限的な経済規定を緩和してこそ、この国を発展させることができる」、「この改正案には難解さや異常さはない」と述べた。

― コラソン・アキノ批判と核武装の必要性
 憲法改正に関する公聴会において、エンリレは、この国は今、「核兵器の禁止を廃止しなければならない」と述べ、憲法に「最も望ましくない規定」があることを「コーリー(コラソン・アキノ)政権」のせいであると語った。
 憲法第2条第8項はフィリピンにおける核兵器の存在を禁じており、「フィリピンは、国益に合致し、その領土における核兵器からの自由という政策を採用し追求する」と述べている。
 エンリレは、さらに、「我々は今、コーリー政権がこの国と国民に課した、国内に核を持たないという制約を取り除かなければならない。私の個人的な意見では、それは憲法の中で最も深刻で望まれない規定だと思う」、「現代の世界では、小さな国でも核兵器を持てば超大国から身を守ることができる。もし、そのような余裕があるなら、私たちも核兵器を持つべきだ」と述べた。

◆今週のトピックス解説

エンリレの発言から見えるもの

― フィリピンは核武装を!
 先のトピック3でも紹介しましたが、大統領主席顧問で御年99歳のエンリレから、核武装の必要性が主張されました。ウクライナ侵略や台湾・南シナ海の緊張化により、これまでタブーのような扱いを受けてきた核武装を求める声が、とうとうフィリピンでも出てきました。エンリレの発言であることも意味深です。
 エンリレは父マルコス・シニアの右腕として司法長官(1968-70年)および国防長官(1972-86年)を歴任してきました。現在同様の難しい冷戦下での駆け引きを経験してきたマルコス・シニアが、核兵器所持の入り口としてバターン原子力発電所の構想を打ち立てた際の国防長官がエンリレです。
 そして、おそらく父から核保有国になる野望を聞かされていたであろうマルコス大統領も政権発足当初から原発建設に並々ならぬ意欲を見せています。マルコス大統領は核武装に関して一言も発していませんが、前向きであることは、想像に難くありません。核武装の道を拓くため、エンリレが敢えて口にしたのかもしれません。彼の核武装発言にマルコス大統領の要請や合意があったのかどうかが明らかになることはないでしょう。しかし、核武装の議論に向けて大きな一石を投じたことは間違いありません。

― コラソン・アキノの否定
 もう一点、エンリレの発言でマルコス大統領の意図が強く反映されているものがあります。それは、マルコスファミリーをフィリピンから追い出したコラソン・アキノの業績を悉く削除しようとするものです。削除というよりも、「もし、コラソン・アキノの大統領時代がなかったら、マルコス・シニアが大統領のままであったなら、このような国であったはずだ」との思いを実現しようとしているように見えます。
 経済制約、核武装に加えて、エンリレの憲法批判は、マルコス・シニアの戒厳令を再発させないために作られた戒厳令への制約にも向けられました。彼は、議会や日数制限、根拠の基準が取り外されるべきと主張し、戒厳令の制限を解除すべきであると述べました。
 マルコス大統領の思いを代弁するかの如く、エンリレは自身の成果でもあったはずの1987年憲法を否定します。起草に参画したエンリレだからこその説得力を求めて、パディラ上院議員が彼を公聴会へ招待し、発言を促したことは間違いないでしょう。
 エンリレが投じた巨大な一石が、今後どのような波紋を呼び起こすのか、誰がどのようにエンリレの主張を進めようとするのか、注目していきたいと思います。

〈Source〉
11 million families in Philippines facing water crisis, Asia News, March 24, 2023.
El Niño likely to begin in 2nd half of 2023 – PAGASA, CNN Philippines, March 23, 2023.
Enrile backs Padilla’s Charter change push, wants PH to have nuclear weapons, ABS-CBN, March 22, 2023.
Marcos okays new water management office, Inquirer, March 24, 2023.
PH water crisis goes beyond agriculture, water management—Marcos, Manila Bulletin, March 28, 2023.
Philippines’ Marcos to shut out ICC after losing drug-war appeal, Aljazeera, March 29, 2023.
ICC Appeals Chamber allows victims to comment on whether PH drug war probe should continue, ABS-CBN, March 22, 2023.

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