今週のフィリピン・ダイジェスト
(1月13日-1月19日)

【写真】新たに就任したエドゥアルド・アニョ大統領顧問(安全保障担当)(左)、エドアルド アンドレス・センティーノ国軍参謀総長(右)/via DILG chief contracts Covid-19 for 3rd time, Philippine News Agency, January 11, 2022./ Centino gets full support from AFP major services, Philippine News Agency. January 8, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

市民弾圧政治への回帰か?/ステーキより高くなった玉ねぎ/中国との南シナ海共同資源開発

 今週は、血生臭い弾圧政治への回帰とも見える軍関連の連続人事、続く玉ねぎの高騰、中国との資源開発の障害に関する出来事を取り上げます。新年早々、矢継ぎ早に出される人事において、ドゥテルテ政権下で行われた市民弾圧的な超法規的作戦で中心的な役割を担っていた人物たちが再び重要ポストに返り咲きました。解説では、このことについて取り上げます。

◆今週のトピックス
トピック1:血生臭い市民弾圧政治への回帰?

― 矢継ぎ早に変更される軍人事
 年明け早々の6日、昨年一度解任されたアンドレス・センティーノが再び国軍参謀総長に任命された。したがって、昨年8月に国軍参謀総長となり、3年の固定任期を全うする最初の司令官になるはずだったバルトロメ・バカロは、参謀総長から退くこととなった。さらに、3日後の9日にはカーリト・ガルベス大統領顧問(和平担当)が国防長官に任命された。そして14日には、クラリスタ・カルロス博士に代わり元国軍参謀総長で前内務長官を務めたエドゥアルド・アニョが大統領顧問(安全保障担当)に任命された。
 特に、センティーノおよびアニョの急な任命には、軍内部にも動揺が広がっているとも言われている。マルコス大統領は、スイスで開催される世界経済会議に向かう大統領専用機の中で、今回の急な人事に対して理由を説明した。
 バカロからセンティーノへの参謀総長の交代に関しては、軍内部での年功序列が崩れてきていることに対する軍人の不安を取り除くために、「4つ星(年齢も高く経験・業績が豊富なため信頼度が高い)」であるセンティーノを「3つ星」であるバカロから替えたと語った。  また、アニョの任命に関しては、研究者であったカルロス博士が「政治的」な大統領顧問の地位に向いていないと感じていたと語り、対して、アニョは「長い長い長い期間の諜報活動の経験を持っている。参謀総長になる前は、グループ司令官だった。ISAFP(フィリピン国軍情報局)局長も務めた。だから、彼は(この仕事に)精通している」と説明した。

― 共産主義の脅威終結こそが最優先事項だ!
 14日、国軍スポークスマンであるメデル・アギラは、ラジオ番組のインタビューにおいて、センティーノ国軍参謀総長の下での最も緊急の任務は、共産主義反政府勢力やテロリストを含む「脅威のグループを打ち倒すこと」であると述べた。彼はさらに、共産主義との戦線が縮小ていることに触れつつも、いまだに戦いは終わっておらず、共産主義との戦いのために積極的に作戦を展開していくための指示が既に出されていると語った。

― 血生臭いドラッグ戦争の復活か?
 14日、バヤン・ムナ党のネリ・コルメナレス委員長は、アニョが内務長官を務めていた時期にドゥテルテ政権での血生臭いドラッグ戦争が行われていたことを指摘し、「エドゥアルド・アニョのような将軍による人権侵害は、何十年も前からあり、彼を国家安全保障顧問に任命するということは、一般市民やマルコス政権の批判者に対する赤タグ付け、嫌がらせ、強制失踪、超法規的殺害などの人権侵害を継続、拡大することになるだろう」と述べた。  
 さらに、「フィリピン国軍と警察の粛清は、汚職やドラッグに関与する者を排除するためではなく、マルコス政権が望ましくないと考えるものを排除するために意図されている」と加えた。

トピック2:ステーキより高い玉ねぎ

― サーロインステーキより高い!
 赤玉ねぎの価格上昇が止まるところを知らない。昨年12月初旬、メトロマニラで1キロ当たり300ペソ前後だった(それでも例年よりかなり高額であった)赤玉ねぎの価格が、今や1キロ705ペソのサーロインステーキの値段(もちろん、店によって金額は異なるが)を大きく超えている。複数の台風被害、肥料・農薬・燃料の高騰が、生産を困難にし、昨年の収穫と在庫を減少させている。

― 中国から続々と密輸されている?
 フィリピン関税局は、次々と中国から密輸された赤玉ねぎを押収している。
 密輸対策を監督する委員会を率いるジョーイ・サルセダ下院議員は以前、「中国人とその仲間の陰謀…このマフィアは、輸送から到着、輸入許可、衛生検査に至るまで、密輸のあらゆる段階で国内の農業密輸を牛耳っている」と述べ、調査の実施を約束した。
 彼は、さらに「情報筋によれば、主役は中国人、あるいはその関係者」であり、「触手はあちこちに伸びているが、少人数だと聞いているので、中心人物を突き止めることができれば、システムを突き止めることができるはずだ」と語った。
 摘発事例からは、密輸玉ねぎは、見つからないように持ち込まれるか、もしくは関税の安い別のものとして書類を偽装して持ち込まれていると推測されている。
 15日、マルコス大統領は輸入に対する批判意見に対して、次のように述べた。
 「輸入する必要はない、という声もありました。なぜ、輸入する必要がないのでしょうか?フィリピンの生産量と需要量、その差は歴然です。密輸入されたタマネギをすべて手に入れようとしたのですが、それでも足りませんでした*。だから輸入せざるを得なかったのです。」

*押収した玉ねぎを適切な価格で市場に流しているような発言であるが、その販売方法に関しては未だ議論中である

― 遅すぎた輸入時期
 1月6日、農業省は、高騰する赤玉ねぎの対策として、27日までにフィリピンに到着可能な黄色玉ねぎと赤玉ねぎ、総計2万1000トン分の輸入許可証を発行すると発表した。
 国際価格はキロ当たり85ペソ程度であり、国内の玉ねぎ価格を下げ過ぎる懸念も強い。野党リーダーのアキリノ・ピメンテル上院議員は、農業省の決定した輸入時期がフィリピン農家の玉ねぎ収穫シーズンに重なること、そして、決定が遅すぎたことについて強く非難した。彼は、1月10日の声明において「私たちは、買い占め業者、違法輸入業者、価格つり上げ業者に、クリスマスの最盛期から利益を得ることを許してしまったようだ。もし、今、玉ねぎの輸入に同意すれば、(現在、玉ねぎを栽培している)地元の農家に影響を与える(値段が下がりすぎてやる気を失くさせる)ことになるだろう」と述べている。
 ピメンテル上院議員と同じ野党のリサ・ホンティべロス上院議員も、輸入決定は「遅すぎた」、「2ヶ月前の休暇に間に合うよう認可されるべきだった」と述べた。  
 強力な批判を受けた農業省は、16日、当初予定していた量の4分の1程度の輸入を認可したことを発表した。 

トピック3:中国企業との南シナ海共同資源開発は憲法違反

― 違法な外国企業の参入を否定
 フィリピンの漁民グループ・パマラカヤは、2005年の海洋資源探査共同プロジェクト(JMSU)を違憲とした最近の最高裁判決を称賛し、マルコス・ジュニア政権が国の主権を犠牲にして中国とガスや石油の共同探査を行わないためのよりどころとなると述べた。
 同グループのフェルナンド・ヒカップは、この判決は、西フィリピン海(南シナ海)におけるフィリピンと中国の石油・ガス共同探査に向けた動きを阻止しようとする彼らの長年の要求を強化するものであると述べた。  さらに、「マルコス・ジュニアは、中国の侵略行為に対して我々の主権を積極的に主張するために、この決定を聞き入れ、認識すべきである」とヒカップは語った。

― 最高裁判決
 10日、最高裁判所大法廷は、12-2-1 の賛成多数で、南シナ海 14万2886 平方キロの海域(「合意海域」)に 関する中国海洋石油有限公司(CNOOC)、ベトナム国営石油ガス公社(PETROVIETNAM)、フィリピン国営石油会社(PNOC)による三者共同海洋探査事業(JMSU)に関する合意を違憲・無効と判断した。
 裁判所は、1987年憲法第12条第2項に規定された保護措置を守らずに、外国企業が100%国の天然資源の探査に参加することを認めているため、JSMUは違憲であるという判決を下した。
 この訴訟は、バヤン・ムナ党代表のサトゥール C. オカンポとテオドロ A. カシーニョらによって提出された、JMSUの合憲性を争う訴訟と禁止措置に端を発するものであった。
 オカンポらは、「天然資源の探査、開発、利用(EDU)は、国家の完全な制御と監督の下にあるとする1987年憲法第12条第2項に違反する」として、2005年3月14日に署名されたJMSUの合憲性に異議を申し立てた。  
 申立人らは、JMSU は中国とベトナムが全額出資する外国企業に国内の石油資源の大規模な探査を許可しており、「天然資源の探査は、フィリピン国民、または国民が資本の60%以上を所有する企業や団体に留保する」という憲法の規定に違反し、また、違法だと主張した。

◆今週のトピックス解説

― 失われる弾圧継続主張に対する防波堤
 新年に入り、国防人事というより政治的抑圧人事というべきかもしれない大きな人事異動が行われました。抑圧的で血生臭い、共産主義勢力との紛争を終わらせる国家タスクフォース(NTF-ELCAC)に批判的であったカルロスが大統領安全保障顧問から退くことになってしまいました。 
 カルロス博士は、ドゥテルテ政権と同様の抑圧的な作戦の継続を主張するヘスス・クリスピン・レムリア司法長官やロナルド・デラ・ロサ上院議員に対する、大統領の周りで唯一の防波堤(間接的にではありましたが)でした。同博士は、海外の経験も引用しながら、政府抵抗勢力への抑圧的な作戦は効果が低いということを、理論的に反論できる人物でした。さらに、カルロス博士の下で、NTF-ELCACは、武力による抑圧路線から開発による支援路線へと大きく舵を切る準備も進められていました。  
 カルロス博士は、6月9日、記者に対して、フィリピンや他国における紛争対策の経験から、反政府勢力への軍国主義的な力による対策には効果がなく、これまであまり注目されなかった「人びとの生活を支え、子どもたちに学校へ行く機会を与え、一個人として成長させる」人間の安全保障に焦点を当てることが必要であることを説明し、NTF-ELCACは赤タグ付けを止めて、代わりに現場の人びとの支援に焦点を当てるべきであると自論を述べています。

― 中立と見せかけていたマルコス
 マルコス大統領は、ドラッグ戦争や共産主義との闘いに関して、デラ・ロサ上院議員等の抑圧路線にもカルロス博士の支援路線にも、口を挟むことはありませんでした。もちろん、決して中立の立場に立っていた訳ではなく、国内外多くの人権団体が主張するように、現場では赤タグ付けや脅迫・抑圧、違法逮捕といった弾圧が相も変わらず続いていました。マルコスが大統領として、ドゥテルテ政権から続く弾圧を容認していたことは間違いありません。  
 しかし、他方でカルロス博士のような立場の人を大統領顧問として任用し、発言を容認しなければならなかった国内外の環境があったことも事実です。米国やEUからの厳しい監視の目に晒されていましたし、何より父マルコス・シニアの悪しき弾圧者のイメージ、そして、自身の脱税判決による大統領選出馬の正当性への疑問が国内に根強く残っています。

― ドゥテルテ政権の弾圧タッグが再度結成
 今回の人事は、再びドゥテルテ政権下のNTF-ELCACおよびドラッグ戦争に回帰しようとするかのような錯覚を覚えるものでした。センティーノは2021年11月にロドリゴ・ドゥテルテ前大統領によって国軍参謀総長に任命され、2022年8月にマルコス大統領によって解任されるまで同職に就いていました(解任理由は明らかにされていません)。ドゥテルテ政権下で軍による弾圧的な作戦を主導していた人物に他なりません。ガルベスも同様です。彼は、2018年4月から12月までドゥテルテ前大統領の軍事責任者を務めていました。アニョは、2018年11月よりドゥテルテ政権終了時(2022年6月)まで内務長官を務め、その管理下にあった警察や地方自治体を弾圧的な作戦に組み込みました。要するに、ドゥテルテ政権下での国軍-警察-自治体の弾圧体制を支えてきた中心的な人物が再びタッグを組んだということです。
 「今であれば、ドゥテルテ時代およびマルコス・シニア時代の血生臭いイメージを彷彿させるような人事を実施できる」と、マルコス大統領が判断を変えたということだと思います。 実際、国内外の監視圧力がそれだけ弱まっているのです。ウクライナや南シナ海(西フィリピン海)の緊張とインフレという2つの大きな不安が、その圧力を弱めていることは確かです。先週のダイジェストでも取り上げましたが、レムリア司法長官の息子の違法薬物所持容疑に関する裁判が特別扱いされ、彼の息子は無罪となりました。この依怙贔屓へのフィリピン国民の反応は、私の予想以上に冷めたものでした。

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