今週のフィリピン・ダイジェスト
(9月24日-9月30日)
判事殺害を仄めかす赤タグ推進者バドイと
疑惑のサラ副大統領機密費

【写真】岸田首相と握手するサラ副大統領 / via Courtesy Call on Prime Minister Kishida by Vice President Duterte of the Philippines, website of MOFA of Japan, September 26, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

 フェルディナンド・マルコス・ジュニア(以下、マルコス・ジュニア)大統領が、父フェルディナンド・マルコス・シニア(以下、マルコス・シニア)政権やドゥテルテ政権同様に深刻な市民活動を抑圧するのか否かを判断する上で注目されているのが、未だ論争続く赤タグ付けや地域共産党の武装闘争を終わらせるための国家タスクフォース(NTF-ELCAC)へのマルコス・ジュニア政権の対応です。
 それらに関して、今週それぞれに生じた大きな出来事を一つずつ紹介します。1つは、未だ赤タグ付けを積極的に展開するロレイン・バドイをめぐる新たな動向、もう1つは、来年予算案に隠れている(かもしれない)NTF-ELCACの隠し予算疑惑に関する予算質疑です。また、解説では、この隠し予算について私見を織り交ぜて掘り下げます。

◆今週のトピックス

― バドイによる赤タグ付け
 9月21日、マニラ地方裁判所19支部は、フィリピン共産党(CPA)や新人民軍(NPA)をテロリストグループと宣言する訴えを棄却した。このことに対して、これまでも赤タグ付けを積極的に行なってきたバドイ元NTF-ELCAC広報官は、9月23日、現在は削除されているFacebookの投稿で、マニラ地方裁判所19支部長の マルロ・アパリソク・マグドーザ-マラガール判事を共産主義武装運動の「友人」「真の同盟者」と呼び、彼女の135ページに及ぶ判決は共産主義武装勢力にとって「贈り物」「宣伝材料」であると述べた。また、「私にとってCPP、NPA、NDFのメンバーもそれらの友人たちも違いがないので、それらの人たち全てを殺さなければならないとの政治的信念に基づいて、もし、私がその判事を殺害したとしても、どうか私に対して寛大であって欲しい」とバドイは同FBで述べた。
 上記のバドイの発言に対して、判事グループ、フーコンは、「ベンチにいたメンバー(裁判の非当事者)」が、多くの尊敬を集めている真面目で有能な裁判官に対して、同裁判官が(CPP-NPAをテロリストに認定する)司法省の訴えを正式に棄却したことを理由に、赤タグ付けをした」と強く批判する声明を発表した。フーコンは、また、これまでこのような判決への批判に対して判事たちは沈黙を保ってきたことに触れ、最近の出来事は司法の機能を阻害し、制度に永続的な被害を与えるとして、今回のような特別な声明を発する理由を述べた。
 ドミンゴ・カヨサ弁護士は、英字大衆紙インクワイアラーに対し、裁判所は、司法の役割やプロセスについて国民を教育するなど、「もっと多くのことを行うべきだ」と述べ、政府は赤タグ付けに関与する人々を告発し、罰するための反赤タグ付け法を制定すべきであると主張した。
 彼はまた、「新しい国家安全保障顧問」は、赤タグを廃止すると発表したが、まだわからない」とまで述べた。

― 副大統領へ前代未聞の巨額機密費
 先週から今週にかけて、サラ・ドゥテルテ副大統領に与えられた巨額の次年度予算・機密費に関して、下院議会にて質疑が行われた。次年度予算案において副大統領予算は22億9千万ペソ、うち機密費に5億ペソが割り当てられた。従来の副大統領予算と比べて総額で約2.5倍、機密費に至っては、議会で明示された2012年の副大統領機密費900万ペソの5倍以上となる。さらに、サラ副大統領が大臣を兼任する教育省の予算では、予算総額7100億ペソ、うち機密費に1億5000万ペソが積み上げられている。サラ副大臣の手元には、合計6億5000万ペソもの巨額の機密費が予算案として準備されていることとなる。
 今週の下院議会での質疑では、アルバイ州の独立系野党エドセル・ラグマン議員が質問に立ち、副大統領予算および機密費が前代未聞の巨額予算となった理由・用途について質問した。巨額予算用途とされる7つのサテライトオフィスの運用に関してラグマン議員は、これまでの副大統領がサテライトオフィスを必要としていなかったことを理由に、その必要性に強い疑問を呈した。さらに、ラグマン議員は、機密費に関して、「愛国心と倹約の精神に基づき、ほとんどの政府機関の予算が減少している財政的制限を考慮して」機密費を見送る意志があるかを問い、また、教育省機密費に関しては予算申請の通らなかった別の教育プログラムに転用する意志の有無を問うた。機密費に関してサラ副大統領は、「この名誉ある議会の大多数の決定に従う」と回答した。しかし、教育機密費に関しては何の約束もしなかった。

◆今週のトピックス解説

― 機能しない下院議会
 8月26日の「今週のフィリピン・ダイジェスト」でも触れたように、次年度予算案が議会に提出された8月22日以降、表向きには大幅に減額されているNTF-ELCAC予算、特に赤タグ付け等の市民抑圧を実施するための予算の隠し場所を予算案から探し出す作業が進んでいます。その作業は、今の所、隠れていそうな他予算を見つけ、議会でしらみつぶしに利用方法を追求し、その反応から更に推測を積み重ねるというものでしかありません。そして、その過程の中で最有力と見られているのが、サラ副大統領の機密費です。
 実際、下院議会では、ガブリエラのアーリーン・ブロアス議員、ACT Teachersのフランス・カストロ議員、カバタアンのラウル・マニュエル議員、そして、先述のラグマン議員が、サラ副大統領に振り分けられた「不自然」に膨れ上がった機密費に対して、執拗に質問を繰り返しました。しかし、マルコス・ジュニア大統領に面と向かって批判できる議員がほとんど存在しないため、援護射撃もありませんでした。その結果、機密費の用途に関して何らかの証拠となるものは得られず、表面的な質疑応答にとどまりました。「議会の大多数の意見に従う」として機密費を手放すことも辞さない構えを見せたサラ副大統領ですが、議会がそのような要求を出すことはあり得ないからこその発言であったとも言えるでしょう。
 唯一の成果は、国民の関心をサラ副大統領の機密費に集めたことではないでしょうか。今後のサラ副大統領の予算執行に注目していく必要があります。

― サラの機密費は本線から目を逸らすための隠れ蓑かもしれない
 以下は完全に私見です。マルコス・ジュニア大統領、姉のアイミー・マルコス上院議員、母イメルダ・マルコスに代表されるマルコス一家の動向を追ってきた私の目からすると、サラ副大統領にNTF-ELCACの予算を預けるという反マルコス派の推測に強い疑問を感じています。腹心フィデラル・ラモスに裏切られて国を追われた父マルコス・シニア元大統領の顛末を正に身近で見てきたマルコス一家が、軍の指揮に関係する重要な手段を、盟友とは言えサラ副大統領に与えるとは、思えないからです。ロブレド前副大統領のドゥテルテ前大統領からの離反も、ロブレド前副大統領がNTF-ELCACに関与したことに端を発していたことがマルコス・ジュニア大統領の記憶に刻まれているでしょう。
 そうなると別の予算にNTF-ELCACの隠し予算が組み込まれている可能性が出てきます。私見に私見を重ねることで信憑性は更に失われてしまうかもしれませんが、マルコス・ジュニア大統領は農業大臣を兼任し、さらにインフラプロジェクトの多くを農業に紐付けることで、それらを農業関連プロジェクトとしました。最も汚職額が大きい、言い換えるならば汚職のし易い農業とインフラ事業の2つが結び付けられ、それを直接的にマルコス・ジュニア大統領が握っているのです。ここに作り出される不透明な巨額資金のスペースを利用してNTF-ELCACに資金を流すことは十分に可能で、こちらが本線のように思われます。マルコス・ジュニア政権にとって、サラ副大統領が関与する一般の予算ルートを利用するよりも、よほど秘密裡に都合良く利用できる資金ルートなのではないでしょうか。

〈Source〉
Judge attacked online for junking terror tag on CPP-NPA, Inquirer, September 25, 2022.
Manila court junks petition to declare communist groups as terrorists, Bulatlat, September 23, 2022.
Sara Duterte defers to Congress, willing to forgo confidential funds, Inquirer, September 23, 2022.
Supreme Court: Inciting violence vs judges will be dealt with, Rappler, September 27, 2022.
Trial court judges slam Badoy for ‘red-tagging’ of Manila judge, Inquirer, September 2, 2022.
<新企画>今週のフィリピン・ダイジェスト (8月20日~8月26日), SAC, September 26, 2022.

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