【解説記事】人権侵害被害者らの心の傷に塩 ドゥテルテ大統領の施政方針演説(SONA)

【写真】施政方針演説をするドゥテルテ大統領=2021年7月26日/via Philippine Information Agency

Ann O’brien

2021年7月28日の【おはよう!フィリピンNEWS】「ドゥテルテ大統領が最後の施政方針演説(SONA) 超法規的殺害を正当化 各地で抗議、2人が射殺」で、SONAに先立ちドゥテルテ大統領を批判する落書きをした2人のアクティビストが、州機動部隊によって射殺された事件を取り上げた。

 毎年この時期、労働組合や農民団体、人権団体などによるSONAへの抗議活動が全国で実行される。彼らは、語られる大統領の見解と貧困層の現実がかけ離れていると考えている。そして、抗議活動の中で、前回のSONAで言及された施策が実行されたか否か、施策の結果、そして、貧困層の現状と求められる施策などについて訴える。

 例にもれず、過去最長2時間46分に及んだドゥテルテ大統領による今年のSONAもまた、超法規的殺害の被害者やその家族の心の傷に塩を塗る恰好となった。

 ドゥテルテ大統領は、「違法薬物撲滅」や「共産党との武装闘争終結」を目的とした治安当局による作戦の中で、多くの市民が命を落としている事実に触れなかった。他方で、それに携わる治安当局を称賛し、待遇の向上を約束し、さらに共産主義者を殺せとまで公言したのである。

 今回から二回にわたり、「共産党との武装闘争終結」を目的としたWhole-of-Nation-Approach(全国民的アプローチ)が、地域でどのような人権侵害を引き起こしているのかについて見て行こう。

 第1回目の今日は、ドゥテルテ大統領の発言と全国民的アプローチについて、そして、次回は、そのアプローチの下で何が起こっているのかについて具体的にお話ししよう。

― 「共産主義者を見たらどうか殺してくれ」

 ドゥテルテ大統領はSONAの中で、「共産主義者を見たらどうか殺してくれ。そうすれば、私は幸せだ。あなたも私と一緒に国際刑事裁判所(ICC)に起訴されるだけだ。私たちの国に損害を与える者を、もう一人殺すことくらいなんでもない」とうそぶいた。

 ICCは2021年8月13日まで、違法薬物撲滅戦争(ドラッグ・ウォー)の被害者のために、被害届けを提出するページを設置しているところである。

 「Power Drunker」と、演説を聞いていた友人がポツリと言った。そう、ドゥテルテ大統領は、権力に酔いしれているように見えた。

 フィリピン違法薬物取締局の公式発表によると、ドラッグ・ウォーの中で6117人[i] (2021年4月30日現在)が殺害された。他方、国内外の人権団体によれば、2020年7月末時点で3万人近くが殺害されている[ii]とフィリピン英字新聞フィルスターは報じた。

 さらに、2021年3月現在、不公正に声を上げる農民や人権活動家ら394人(うち313人は農民)[iii] が、国軍と国家警察による作戦の中で、あるいは、治安当局やその関係者と想定される者によって殺害されたと人権擁護団体カラパタンは報告している。

― 国民一丸となって共産主義勢力との紛争を終わらせる

 ドゥテルテ大統領は演説の中で、「共産主義勢力との紛争を終わらせる国家タスクフォース(NTF-ELCAC)」が、紛争の根本的な原因の解決に効果を上げていると称賛した。

 NTF-ELCACは、現政権肝入りの全国民的アプローチを取り仕切る。このアプローチは、2018年12月に発効された大統領令第70号で提唱され、全国民一丸となって共産主義勢力との紛争を終わらせるという方針だ。

 議長としての大統領を筆頭に、副議長に国家安全保障アドバイザー、そして、治安に関わる国防省長官や内務自治省長官はもとより、公共事業道路省長官や農地改革省長官、教育省長官などから構成される[iv]

 NTF-ELCACは、すべての省庁、公的機関、公立大学に対して支援要請する権限を持つ[v]

― 812の村に総額162億4千万ペソを拠出

 大統領令第70号の中で政府は、共産党との武力紛争の根本原因は、貧困や歴史的不公正、社会的不平等といった広範囲に及ぶ社会的、経済的、歴史的な問題であるとの認識を示す。そしてその解決のために、共産主義の拠点となっている地域において村落開発プロジェクトを優先し、調和させることを提唱している[vi]

 フィリピンの公式広報機関であるフィリピン情報局によれば、総額162億4千万ペソ(約356億円、1ペソ=2.19円、2021年8月4日の為替)が812の村で実行される2276件のプロジェクトに拠出された[vii]

 主なプロジェクトは、村から市場までの道路建設926件、水や衛生に関する施設設置516件、ヘルス・ステーション設置156件、学校建設135件などである[viii]

― NTF-ELCAC予算は選挙資金の隠れ蓑

 「お茶を濁すのは止めよう。今年の2倍に膨らむ2022年のNTF-ELCAC予算は、来年の選挙資金だ[ix]」と、野党上院議員フランクリン・ディリロンが述べた。

 ディリロンによると、2022年のNTF-ELCAC予算は、今年の192億ペソ(約420億2700万円)の2倍以上、400億ペソ(約875億5600万円)へと増額されたと関係者が認めたという[x]

 さらにディリロンは、NTF-ELCACの今年の予算、特に反乱を鎮圧したとされる全国約820の村に分配された163億ペソ(約356億7900万円)について、直ちに「特別監査」を行うよう会計検査委員会に求めた[xi]

 フィリピンのシンクタンクIBONの編集長ロサリオ・グスマンによれば、ドゥテルテ大領の任期満了までに、現在進行中の29件の主要インフラ・プロジェクトが完了したとしても、総予算額3652億4000万ペソ(約8012億2370万円)の7.8%にすぎない[xii]

 ディリロンやグスマンの指摘から、全国民的アプローチの枠組みにおける村落開発プロジェクトの目的とその実効性への疑問が残る。

 さらに注目したいことは、このアプローチの対象地域で深刻な人権侵害が日々発生していることだ。それについは、次回お話ししよう。


〈Source〉
[i] #RealNumbersPH Year 4, Philippine Drug Enforcement Agency.
[ii] Fact check: Reported increase in ‘drug war’ deaths amid pandemic is backed by gov’t data, philstar, September 22, 2020.
[iii] KARAPATAN Monitor January-March 2021, Karapatan.
[iv] Executive Order No. 70, December 4, 2018.
[v] Executive Order No. 70, December 4, 2018.
[vi] Executive Order No. 70, December 4, 2018.
[vii] DILG: P16.24B or 99% of Barangay Development Fund released to LGUs, Philippine Information Agency, July 7, 2021.
[viii] DILG: P16.24B or 99% of Barangay Development Fund released to LGUs, Philippine Information Agency, July 7, 2021.
[ix] Drilon to block even a single centavo of NTF-Elcac’s P40-B ‘election giveaway’, Inquirer. Net, August 2, 2021.
[x] Drilon to block even a single centavo of NTF-Elcac’s P40-B ‘election giveaway’, Inquirer. Net, August 2, 2021.
[xi] Drilon to block even a single centavo of NTF-Elcac’s P40-B ‘election giveaway’, Inquirer. Net, August 2, 2021.
[xii] Rosario Guzman,2021, What Build Build Build has delivered, IBON.

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