【解説記事】サガイ・ナイン事件から3年 何十年も変わらない農民を取り巻く不条理(2)

勅使川原香世子(明治学院大学国際平和研究所)

 前回は、サガイ・ナイン事件とその背景にあった土地紛争についてお伝えした。今回は、ネグロスに根深く残る問題であるサトウキビ大農場(アシェンダ)労働者の労働環境と農地改革の実態について取り上げたい。 

― 労働者として登録もされていないアシェンダ労働者

 アシェンダ労働者には、アシェンダ内の集落に住んでいるドゥマアンと忙しい時期のみ雇用されるサカダがいる。サガイ・ナインの被害者らは、何世代にもわたってアシェンダ・ネネで働いてきたドゥマアンだ。サカダの労働環境は、ドゥマアンよりいっそう厳しい。

 アシェンダ労働者の賃金は、週にわずか700~1000ペソ(1530~2190円、1ペソ2.19円、2021年10月2日為替レート)である。これは、西ビサヤ地方の日当の最低賃金315ペソ(2019年)にも満たない。なぜ、地主や借地人である雇用主は最低賃金を守らなくて済むのかというと、地主らは、労働者をパッキャオという請負制で使っているからだ。地主らが、アシェンダ労働者8~10人で構成されたグループに作業を委託する形式だ。

 また、雇用主は、労働者の社会保障保険料の65%(アシェンダ労働者の場合、一人当たり700円/月程度)を労働雇用省へ納める義務をもつが [1]、その65%の負担金を節約するために、地主らは実際より少ない労働者数を労働雇用省へ届ける傾向にある。結果的に、労働者として登録されていない農民らは、年金もクリスマス前などに同省から支給される300ペソほど(約660円)の手当も、受けられないということになる。

 保険料の労働者負担分35%を、アシェンダ労働者の賃金から天引きしておきながら、地主らが自らの負担分65%を労働雇用省へ納めていないことも多々ある。

 さらに、毎年訪れる死の季節と呼ばれる農閑期(5~9月)には、アシェンダ労働者は日銭を稼げる仕事に就いたり、借金をしたりして食いつなぐことになる。

― 農民が申し立てない限り始まらない包括農地改革計画(CARP)の手続き

 1988年に制定されたCARPは、2回の延長を経て2014年に終了した。だが、2014年までにCARPの対象地と認定された農地の分配手続きは、今もなお続いている。また、制度上は、2014年以前にCARP対象地と認定された農地に関して、そこで働く労働者らは、現在も分配の訴えを起こすことができる。

 CARPでは、農場労働者や小作人は、地主から農地を分配されることになっている。ガイドラインに従えば、次のように手続きは進む。

農地改革省が「分配の対象地」と「農地を分配される対象者(受益者)」を認定➡ フィリピン土地銀行が地代を地主に支払う➡ 受益者が土地銀行に30年かけて地代を返済➡ 受益者が農地の所有者になる

 前回お伝えしたように、サガイ・ナインの被害者となった農民グループは、2012年に、CARPの手続きを進めるよう農地改革省へ要請書を提出した。上記のように、制度が公正に機能していれば、農民らが苦労して要請する必要はない。だが残念なことに、地主がさまざまな手段を使って農地分配を回避するため、また、農地改革省が地主からのハラスメントを恐れて交渉できないために、受益者が申し立てなければ何も始まらないのが現実だ。

 農民グループにとって、要請書の提出は固い決意を要することだった。農地分配を求めた農民らがハラスメントの対象になることは、ネグロスでは誰もが知っているのだから。アシェンダから追い出される可能性もあるのだ。また、経済的理由から義務教育さえ終了できない農民らにとって、英語で書かれたCARPを理解し、英語で必要な書類を準備することは、非常に困難なことだ。

― 実態がつかめないCARPの成果

 CARPの推進を支援してきた日本国際協力機構(JICA)の2011年の資料によると、配分予定の全国約900万ヘクタールのうち約740万ヘクタールが、470万人の農民に分配された[2]。だが、「900万ヘクタールのうち740万ヘクタールが分配されたので、目標の82%を達成した」とは、簡単に判断できない。なぜなら、目標とされる分配予定地と受益者数は、実態より少なく設定されていると考えられるからだ。公正な農地分配には、分配予定地と受益者の正確な把握が不可欠だ。しかし、農地改革省も認めるように、それらの記録自体が不充分なのだ[3]。また、前回取り上げたアシェンダ・ネネの地主のように、多くの地主が「贈与」したことにしたり、アシェンダを魚の養殖池や宅地に転換したりして農地分配を回避するため、分配地の把握と認証が困難なのである。

 その上、全国砂糖労働者連盟(NFSW)によれば、ネグロス島では、16万ヘクタール以上の土地が約14万人に分配されたが、そのうちの70%以上の農民は、借金の抵当に取られるなどの理由で、事実上、土地の使用権を奪われているという。

 分配された1ヘクタールほどの農地では、地代の返済に十分な収益は見込めず、受益者らは教育費や医療費などのために借金せざるを得ない状況に直面する。その際に、分配された農地の使用権をとられてしまうのである。

 ちなみに、CARPで分配された農地を借金の担保にとることは不正行為であり、法律上の土地の使用権は、あくまでCARPの受益者にある。

― さんざん虐げられた挙句、サガイ・ナイン被害者は殺された

  農民グループのメンバーは、意を決し農地分配を求めた。だが、「25人に贈与した」という地主による信ぴょう性にかける理由でその訴えは反故にされた。そのうえ、CARPを主導する農地改革省は、農民グループの「贈与の妥当性を調査して欲しい」という訴えも黙殺した。6年にわたる交渉の末、農民グループは、さらなるハラスメントを予測しながらも、ブンカランを実行した。そしてその初日、彼らは殺された。 これが、サガイ・ナイン事件の真相であり、地主や政治家、そして沈黙している社会が農民らへ与える幾重にも重なる屈辱的な仕打ちなのである。

【写真】サトウキビを収穫するアシェンダ労働者=2020年2月、西ネグロス州、勅使川原香世子撮影

[1] Social Security System, 2021, SSS Contribution Schedule 2021(閲覧日:2021年10月2日). アシェンダ労働者の賃金は月4000ペソ以下なので、地主が負担すべき保険料は労働者一人あたり340ペソ/月と労災保険料10ペソ/月だ。
[2] JICA, 2011, 「ミンダナオ持続的農地改革・農業開発事業 事業前評価表」(閲覧日:2021年10月2日).
[3] Philippine Institute for Development Studies, 2017, The Comprehensive Agrarian Reform Program after 30 Years: Accomplishments and Forward Options(閲覧日:2021年10月2日).

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