【コラム】「全国人民弁護士連合(NUPL)」の
闘い       

【写真】犯人たちの映る監視カメラ画像(国際調査でベラスコ検事の遺族が提供)を再撮影=2019年3月16日, ケソン市, 井上啓撮影

井上 啓(弁護士)

 全国人弁護士連合(National Union of Peoples’ Lawyers: NUPL)は、2007年9月16日に設立されたフィリピンの民主的弁護士グループであり、私の所属する日本国際法律家協会(国法協)と友好関係にある団体である。ご存じのとおり、フィリピンでは「超法規的殺害(Extrajudicial Killing=EJK)が横行しているが、他の民主的な運動家や労働組合員とならんで、レッド・タッギング(赤タグ付け)されているのがNUPLの闘う弁護士たちである。

― ドゥテルテ政権下殺害された弁護士や検察官、裁判官は57人

 私は、国法協のメンバーとして、各種の国際会議に出席する中で、フィリピンのNUPLの弁護士たちと知り合いとなっていた。2019年3月13日から同月18日まで、私はNUPLの呼びかけに応じてEJK国際調査団の一員としてフィリピンを訪れた。麻薬戦争(Drug on War)の名のもと、麻薬犯罪者だけでなくその弁護人を務める弁護士までが、「敵」として超法規的に殺されていた。2021年8月26日に、NUPLの創設メンバーであるセブ市のレックス・ジーザス・マリオ・フェルナンデス弁護士が殺害されたが、これで2016年に成立したドゥテルテ大統領政権下で犠牲となった弁護士・検察官・裁判官は57人に達した。
 3月14日から、全フィリピン弁護士会(Integrated Bar of the Philippines:IBP)において、EJKに関するセミナーを行い、実際に被害にあった弁護士やその遺族から話をうかがった。EJKの典型例は、フルフェイスのヘルメットをかぶりバイクに二人乗りした犯人が、拳銃で被害者を射殺し、そのまま走り去るというものである。また、弁護士の場合には、法律相談者を装って、直接、法律事務所に来て攻撃する、あるいは、離婚訴訟中の夫に、妻側の弁護士を「子どもの誘拐犯」として訴えさせるなどの嫌がらせがあったという。
 なかでも、2018年5月11日、ケソン市内の交差点で停車していたところ運転していた車に乗ったまま数人の男たちに射殺されたロゲリオ・ベラスコ検事の娘さんから聞いた話は衝撃的であった。その検事は、白昼堂々と人通りの多い街中の交差点で殺害されたのである。そして、一部始終は、街中だけに数カ所に設置された監視カメラに映っていた。「物的証拠」が残っていたために、ベラスコ検事の事件についてはカメラ映像が決め手となって3人の殺害犯が捕まった。

― EJKの闇は不処罰

 しかし、EJK問題の闇は、いわゆる「不処罰(Impunity)」である。そもそもが、大統領や警察、国軍が関与している「国家的犯罪」であり、法曹関係者すらターゲットになっている。ドゥテルテ大統領は、麻薬犯の弁護人について、優秀な弁護士ほど罪を免れさせ丁寧に弁護活動をするので、裁判など時間の無駄であると公言さえしている。麻薬「戦争」というが、本来は麻薬「犯罪」であり、刑事法に基づいて裁判をし有罪となってから法定の刑罰が執行されるはずだ。だが、それを「戦争」であるとの建前で裁判を不要とし、「敵の味方は敵」として殺害してよい、多少の犠牲はさけられない二次的被害(コラテラル・ダメージ)であるとみなし、仕方がないというのが「超法規的殺人」たるゆえんである。そして、戦争中であるから「任務遂行」としてEJKは処罰されない、というのが「不処罰(Impunity)」である。殺人行為を犯しても処罰されないのであるから、EJKはなくならないし、捜査や裁判が進まないのである。ベラスコ検事の事件でも3人の容疑者の裁判は全く進んでいないとのことであった。

― NUPLはEJKを「人道に対する犯罪」としてICCへ通報

 NUPLは、ドゥテルテ大統領下のEJKを「人道に対する犯罪」として国際刑事裁判所(ICC)に通報した。そして2021年9月15日、ICC予審裁判部は予審を開始する決定を出した。ICCは同じくハーグにある国際司法裁判所(ICJ)と混同されるが、ICJは国連の司法機関であり国家相互間の紛争を裁くものである。それに対して、ICCは条約に基づいて設立された国連とは別個の独立した国際機関であり、深刻な国際犯罪を犯した個人を裁くものである。ICCは、1998年7月に日本を含む160カ国が参加してローマで開催された国連外交会議(ローマ会議)で設立条約が採択された常設の国際刑事裁判機関である。その後、60カ国による批准で2020年7月に発効した。
 フィリピンもICCに加盟していたが、EJKをめぐりICCが「予備調査」を開始したため、2018年3月18日にドゥテルテ大統領が脱退通告し、1年後の2019年3月17日に脱退が発効した。その際、脱退した国の事件を裁く管轄権がICCにあるのかが問題となったが、昨年9月、犯罪地国が脱退する前の犯罪行為についてはICCで裁判ができるとの判断が下された。ドゥテルテ大統領の場合、ダバオ市の副市長時代の2011年11月1日から脱退発効前日の2019年3月16日までの犯罪行為が審理の対象になるとされ、ICC内の検察局の担当検察官が予審裁判部の許可を得て捜査を開始している。

〈筆者紹介〉
井上啓(いのうえはじめ)
1960年千葉県生まれ、早稲田大学法学部卒業
1995年弁護士登録(横浜弁護士会・現神奈川県弁護士会)
横浜法律事務所に24年間在籍、昨年独立して井上啓法律事務所を開業
日本労働弁護団常任幹事、神奈川労働弁護団幹事長
神奈川労働相談ネットワーク代表
日本国際法律家協会理事
明星大学人文学部人間社会学科非常勤講師

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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