*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
上院議長交代の語られない裏舞台
5月20日、上院議会において突然の議長交代という政治劇が演じられました。マルコス政権時代の大きな転換点を示す出来事であることは間違いありません。しかし、その1週間後には、メディアでは、この政治劇について全く触れられなくなりました。フィリピンでは、ありがちな政治劇の1つでしかないというのもあり、とある町長の中国スパイ疑惑という新たな事件が国民の興味を惹きつけているからでもあります。それに加えて、今回の政治劇の出演者たち、特に勝利者たちが大人しかったのも盛り上がらなかった一因です。
全国区選挙という国民的人気投票の勝者である上院議員にとって、国民の記憶に残るパフォーマンスは何よりも重要です。負け組のズビリ前議長派7人の上院議員は、インパクトある敗者のコメントと「結束した7人(Solid 7)」結成によって、負けイベントを国民の記憶に残るパフォーマンスにしっかりと転換しました。しかし、勝ち組の15人は、殊の外、静かです。
今回は、勝ち組の静かな反応に目を向けて、議長交代劇を深掘りし、その背後にある変化と今後の注目点について説明します。
経緯と背景
― 何がどう変わったのか
5月20日、第19期上院議会最終日、フアン・ミゲル・ズビリの上院議長更迭案が上院議員24人中15人の賛成を経て可決されました。アラン・ピーター・カエタノ上院議員によって、議長候補にフランシス・エスクデロ上院議員が指名され、対立候補もなく承認されました。同時に、上院議会の重要職である上院仮議長、上院多数党院内総務、会計委員長には、新たにジンゴイ・エストラーダ上院議員、フランシス・トレンティーノ上院議員、カエタノ上院議員が就きました。これまでの2年間、ズビリ上院議員を中心に、ロレン・レガルダ上院議員、ジョエル・ビラヌエバ上院議員、ナンシー・ビナイ上院議員が脇を固めてきた上院議会の勢力地図が切り替わったのです。
― 背景に2つの推測
上院議長交代劇の背景について、大きくは2つの推測がメディアで取り上げられています。1つ目の説は、ロナルド・デラロサ上院議員率いる上院議会の公共秩序と危険ドラッグに関する委員会に、マルコス大統領の違法薬物疑惑リーク情報に関する調査公聴会を認めたズビリ議長は、マルコス大統領とマルコス派の政治家たちの怒りを買った、もしくは、上院と大統領との間に無用な対立を軽率に煽ったとして多くの上院議員から愛想を尽かされたという説です。
もう1つは、憲法改正に関する対立説です。上下両議院の議長が経済条項に関する憲法改正の推進をマルコス大統領と約束したにも関わらず、上院では遅々として進んでいません。それどころか、上院は憲法改正の邪魔をしているようにも見えます。それに対して、違法薬物疑惑調査と同様、2つの面から議長更迭の説明がなされています。1つは、マルコス大統領とマルコス派の政治家たちの怒りを買ったという説明、もう一つは、上院の独立性を脅かす憲法改正手続きを断固拒否できないズビリ上院議長(当時)のリーダーシップに対して、多くの上院議員の不信が高まったという説です。
外部圧力に屈した訳ではない
― 賛成、反対、棄権議員の構成
ズビリ前議長更迭に賛成した15人の上院議員(勝ち組)は、以下の通りです。上掲写真の上左から順に、フランシス・エスクデロ、アラン・カエタノ、フランシス・トレンティーノ、ジンゴイ・エストラーダ、ピア・カエタノ、グレース・ポー、ロビン・パディリア、シンシア・ビラール、マーク・ビラール、タフィー・トゥルフォ、ロナルド・デラロサ、アイミー・マルコス、ボン・ゴー、ラモン・レビリア、リト・ラピッド。
反対したのは、議長更迭後に「結束した7人」を結成したフアン・ズビリ(真ん中)を中心に、左上からナンシー・ビナイ、ソニー・アンガラ、ジョエル・ビラヌエバ、J・V ・エヘルシト、シェルウィン・ガッチャリアン、ロレン・レガルダの7人。
棄権は、リサ・ホンティべロスとアキノ・ピメンタルIIIの2名でした。
― 更迭賛成議員の中には「ドゥテルテ5」も
まず、賛成派の顔触れを見る限り、多くのメディアの推測――マルコス大統領や下院議会の圧力に屈した決断だ――が間違いであることが分かります。カエタノ会計委員長は、マルコスが大統領になる以前は、マルコスやマルコス・ファミリーをかなり厳しく批判していました。恨みを忘れないマルコス大統領が彼と和解するとは思えません。
そして、写真赤枠で示したトレンティーノ院内総務、パディリア、デラロサ、アイミー、ゴーの5人は、ドゥテルテ派、言うなれば、「ドゥテルテ5(筆者命名)」です。赤枠で囲みませんでしたが、ビラール母子もドゥテルテ元大統領と近しい関係です。マルコス派と対立している「ドゥテルテ5」がいる時点で、マルコス政権の意向が反映している訳ではないことは明白です。さらに、エスクデロ新上院議長自身も5月21日の記者会見の時点において、議長交代をマルコス大統領が知ったのは全てが終わってからであったと語っています。加えて、議長就任後もエスクデロ上院議長は憲法改正に明確な反対の意志を繰り返し語っています。
もしかすると、汚職判決を受けて崖っぷちのエストラーダが、司法を握るマルコス派と裏取引したのかもしれません。特に、最近、彼のマルコスを支持する行動や発言が目につきます。先のマルコスの違法薬物に関する調査では、副委員長の立場であったにも関わらず、マルコス大統領を無条件に擁護する発言は、国民ではなくテレビの向こうのマルコス大統領へ向けられたものとしか見えません。十分怪しいです。
― キャスティングボードを握る「ドゥテルテ5」
上掲写真の名前の色に注目してください。紫色の文字で名前を記載されている議員は、※来年の上院選挙で再選を目指す議員です。7名全員が賛成派にいます。この7人は、全て来年度の上院選挙で再選を目指す議員です。賛成派に回ったのが来年度の上院選挙を見越した選択によるものであったということは、大いにあり得ます。
※フィリピンの上院議員は全国区定数24人で任期6年、3年毎に半数の12人が改選されます。
上院選挙を戦う現役議員にとって最も重要な懸念、それは、ポークバレルとも呼ばれる公共事業(の支持者への利益誘導)です。選挙を控える現役上院議員は、今回の議長を巡る上院内部の争いで確実に勝ち馬に乗り、上院内での予算編成議論において、来年度のポークバレルを自身の選挙に有利なものに誘導しなければならないのです。
「ドゥテルテ5」のうちの4人が再選出馬を予定しています。ドゥテルテ元大統領の傀儡政党と化しているPDP(フィリピン民主党)党首には、来年の選挙では非改選の上院1期目パディリアが決まりました(最大連続2期まで)。そして、上院での予算審議で最も重要な財務委員長の座に就いたのは、エスクデロ上院議長の盟友のポー上院議員でした。「結束の7人」を除けば最大派閥は、間違いなく「ドゥテルテ5」です。そして、「ドゥテルテ5」の選択によって今回の議長交代が可能となったと言っても過言ではありません。舞台裏で「ドゥテルテ5」にとってかなり条件の良い条件の交渉ができたことは想像に難くありません。
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スネに傷持つ議員たち
― ドラッグ戦争と汚職
メディア等で全く取り上げられていない懸念が1点。それは、スネに傷ある上院議員たちがエスクデロ上院議長の下に集まり、その影響が強くなってしまったのではないかという点です。スネに傷持つ上院議員とは、言い換えるならば、恣意的な司法介入によって議員の座を剥奪されてしまうかもしれない人たちです。ドラッグ戦争の加害責任に問われているデラロサとゴー、そして、汚職の罪に問われているエストラーダとレビリアの4人です。
加えて、完全に私見になりますが、このエストラーダとレビリアの汚職疑惑を擁護したのがビラール(母)です。そして、ビラール(息子)はドゥテルテ元大統領に抜擢され、汚職に塗れた公共事業道路省(DPWH)の長官として、ドゥテルテ元大統領からの絶大な信頼を武器に汚職の摘発を進めた人物です。汚職と必死に闘っていた印象も強いのですが、一方で、ドゥテルテと中国とのインフラ投資の窓口として、かなりの程度、汚職や中国への利権譲渡に寄与していた可能性も否定できません。ビラール(息子)がそれらに関与していないとしても、関与していたとの証言をでっち上げて、公職から追放する、もしくは、その座を揺るがすことは、マルコス政権にとって容易なことかもしれません。
加えて、完全に私見になりますが、このエストラーダとレビリアの汚職疑惑を擁護したのがビラール(母)です。そして、ビラール(息子)はドゥテルテ元大統領に抜擢され、汚職に塗れた公共事業道路省(DPWH)の長官として、ドゥテルテ元大統領からの絶大な信頼を武器に汚職の摘発を進めた人物です。汚職と必死に闘っていた印象も強いのですが、一方で、ドゥテルテと中国とのインフラ投資の窓口として、かなりの程度、汚職や中国への利権譲渡にも寄与していた可能性も否定できません。ビラール(息子)がそれらに関与していないとしても、関与していたとの証言をでっち上げて、公職から追放する、もしくは、その座を揺るがすことは、マルコス政権にとって可能かもしれません。
― 勝ち組が静かな理由
賛成派で、マルコス政権にもドゥテルテ派にも振り回されず、地に足つけた政治を行えるのは、エスクデロ上院議長、カエタノ姉弟、トゥルフォ、ラピッドの5人くらいでしょうか?私自身、このような状況に直面して初めて、「結束の7人」の地味ではあるけれども、他多くの上院議員と比べての優秀さ、というか、マシであったことを実感させられています。負け組「結束の7人」は、この点で安心してアピールできるのです。
勝ち組は状況が異なります。脛に傷持つ人たちが半数以上を占める賛成派が強い結束をアピールすると、真面目な議員たちが、裏切り、汚職、人権侵害に関して加害者側としての悪しきイメージに巻き込まれてしまいかねません。おそらく、信用もしていないでしょう。勝利のコメントが小声にならざるを得ないのも納得です。
加えて、完全に私見になりますが、このエストラーダとレビリアの汚職疑惑を擁護したのがビラール(母)です。そして、ビラール(息子)はドゥテルテ元大統領に抜擢され、汚職に塗れた公共事業道路省(DPWH)の長官として、ドゥテルテ元大統領からの絶大な信頼を武器に汚職の摘発を進めた人物です。汚職と必死に闘っていた印象も強いのですが、一方で、ドゥテルテと中国とのインフラ投資の窓口として、かなりの程度、汚職や中国への利権譲渡にも寄与していた可能性も否定できません。ビラール(息子)がそれらに関与していないとしても、関与していたとの証言をでっち上げて、公職から追放する、もしくは、その座を揺るがすことは、マルコス政権にとって可能かもしれません。
加えて、完全に私見になりますが、このエストラーダとレビリアの汚職疑惑を擁護したのがビラール(母)です。そして、ビラール(息子)はドゥテルテ元大統領に抜擢され、汚職に塗れた公共事業道路省(DPWH)の長官として、ドゥテルテ元大統領からの絶大な信頼を武器に汚職の摘発を進めた人物です。汚職と必死に闘っていた印象も強いのですが、一方で、ドゥテルテと中国とのインフラ投資の窓口として、かなりの程度、汚職や中国への利権譲渡にも寄与していた可能性も否定できません。ビラール(息子)がそれらに関与していないとしても、関与していたとの証言をでっち上げて、公職から追放する、もしくは、その座を揺るがすことは、マルコス政権にとって可能かもしれません。
― 勝ち組が静かな理由
賛成派で、マルコス政権にもドゥテルテ派にも振り回されず、地に足つけた政治を行えるのは、エスクデロ上院議長、カエタノ姉弟、トゥルフォ、ラピッドの5人くらいでしょうか?私自身、このような状況に直面して初めて、「結束の7人」の地味ではあるけれども、他多くの上院議員と比べての優秀さ、というか、マシであったことを実感させられています。負け組「結束の7人」は、この点で安心してアピールできるのです。
他方、勝ち組は状況が異なります。そもそも脛に傷持つ人たちが半数以上を占める賛成派が余りに強い結束をアピールすると、真っ白な議員たちまで、裏切り、汚職、人権侵害の加害者イメージに巻き込まれてしまいかねません。おそらく、彼らを信用もしていないでしょう。勝利のコメントが小声にならざるを得ないのも納得です。
汚職関連のエストラーダ、レビリア、ビラール(息子)の3人ないしビラール(母)を入れた4人(上掲写真の緑線)と「ドゥテルテ5」の計9人に関しては、マルコス政権の司法介入の可能性を考えると、他の上院議員に比べてその足元はかなり不安です。目先の利益や保身で自身の政治的選択を行う危険も高くなると予想できます。この9人をどのように取り込んでいくのか、もしくは、どのように排除していくのか、彼・彼女らこそが、上院議会内の派閥争いを超え、マルコス派、ドゥテルテ派、中国、米国の見えない闘争を左右するのではないかと憂慮しています。
〈Source〉
After Zubiri ouster, ‘Solid 7’ stays part of majority for now – Binay, Rappler, May 26, 2024.
Escudero: Marcos didn’t know about Senate shakeup until it was over, ABS-CBN, May 22, 2024.
Escudero: Zubiri, allies not my enemies, ABS-CBN, May 27, 2024.
Jinggoy Estrada acquitted of plunder, convicted of bribery in pork barrel scam, Rappler, January 19, 2024.
Zubiri bloc mulls joining Senate minority: JV Ejercito, ABS-CBN, May 23, 2024.