フィリピン・ニュース深掘り
(1月31日~2月15日)
ミンダナオ分離独立とドゥテルテの終焉

【写真】娘サラ副大統領(写真左上)/via. VP Sara welcomes probe sought by ACT Teachers solon, Philippine News Agency, August 25, 2023.も、デラロサ上院議員(写真左下)/やvia. Bato dela Rosa insists peace talks won’t solve insurgenc, Philippine News Agency, September 26, 2022.やアニョ国家安全保障担当補佐官(写真右上)/via. Security adviser urges lawmakers to support BDP funding, Philippine News Agency, August 30, 2023.など等かつての腹心たちも、そして、盟友アイミー上院議員(写真右下)/via. Imee bucks Maharlika Wealth Fund, Philippine News Agency, December 2, 2022. も、見捨てざるを得ない状況に追い込まれたドゥテルテ前大統領(写真中央)/via. Philippines' Duterte says he is retiring from politics, but not everyone is convinced, Reuters, October 3, 2021.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

― ミンダナオは「分離独立」運動を始めるだろう
 「反乱ではない。国連には、ミンダナオ島で署名を集め、多くの人々の立ち合いの下、宣誓を通して分離独立を望むことを証明するプロセスがある。」
 1月30日の深夜、ダバオ市で行われた記者会見において、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領は、国民発議による憲法改正とマルコス大統領に対して厳しい口撃を浴びせた後、地元の政治勢力がここで再結集し、「分離独立したミンダナオ島」を目指す運動を始めるだろうと述べました。ドゥテルテ前大統領の「ミンダナオ分離独立」を「扇動」するかのような爆弾発言は、またもや世間を騒がせています。

― 平和的な独立を目指す
 ドゥテルテ前大統領が分離独立のプロセスとして引用したのは、シンガポールのマレーシアからの分離独立のプロセスです。この分離独立のアイデアは、北ダバオ州第1区選出のパンタレオン・アルバレス前下院議員の主張・活動を継承したものであり、アルバレスこそが、分離独立運動を率い、ミンダナオの最初の大統領になるとドゥテルテは記者団に語りました。
 ドゥテルテ前大統領に続いて記者団の前に立ったアルバレスは、次のように説明し、ミンダナオ島の独立が成功しない理由はないと述べました。
 「シンガポールの例を見てみましょう。 流血はなく、平和(な独立)でした。 シンガポールの大きさはどれくらいでしょうか? ちょうど北スリガオ州のシアルガオ島(437㎢。シンガポールは721.5㎢)と同じくらい小さい島です。 シンガポールには優れた統治という資産があり、ミンダナオ島には政府の運営方法を知っている優れた指導者がたくさんいます。」

〈関連記事〉
批判強めるドゥテルテ-アイミー-上院連合/批判かわすロムアルデス-下院議員連合/国連特別報告者フィリピン訪問の成果は?(フィリピン政経フォーカス), Stop the Attacks Campaign, 2024年2月8日.

― 不安の悪循環
 ドゥテルテ前大統領がミンダナオの分離独立を持ち出したのは、ドラッグ戦争の罪で国際刑事裁判所(ICC)に裁かれるのを恐れているからに他なりません。上述の記者会見中にもICCに言及し、「もし独立したミンダナオ共和国ができれば、もう(ICCは)ミンダナオ島に入ることはできない。このアルバレスが私を匿うからだ」と述べています。マルコス政権からのドゥテルテ外しが着々と進む中、ドゥテルテのマルコス大統領への疑心暗鬼はますます強まっています。いつマルコス大統領によってICCに売り渡されるのか、ドゥテルテは気が気でないのでしょう。かつての仲間や支持者が急速に離れていくのも実感しているのでしょう。
 ドゥテルテ前大統領は、政治家を辞めたと言いながらも、ダバオ市を中心にテレビ、ラジオに登場、集会、記者会見等を頻繁に開催し、自身が未だ力を有していると示そうとしています。否、自身の力を実感して安心しようと必死に見えます。しかし、その試みは成功するどころか、爆弾発言で墓穴を掘り、更なる支持者の離反と自信喪失で不安が増し、また新たな爆弾発言を行う、という悪循環に陥っているのです。

― 脅しには脅しで返される
 ミンダナオの分離独立構想を語った際、ドゥテルテ前大統領は、「銃コレクター」として500丁の銃器を保管し、それら全てがすべてフィリピン国家警察の許可を得ていたという過去になされた報道を認めました。一方で平和的な分離独立の道筋を語りつつも、他方で、俺はさらに数多くの武装兵士を準備できるぞ、フィリピン政府でも簡単に鎮圧はできないぞと、マルコス政権へ威嚇のメッセージを発したのです。
 しかし、ドゥテルテの空威張りの脅しは、マルコス政権の脅しによって切り返されました。エドゥアルド・アニョ国家安全保障担当補佐官は2月4日、政府は「共和国を解体しようとするあらゆる試みを鎮め、阻止する」ことに躊躇しないと記者会見で語りました。ミンダナオの分離独立の動きには、躊躇せずに武力で鎮圧するという強い脅しのメッセージを、ドゥテルテに投げ返したのです。
 加えて、現在およびドゥテルテ政権時代の国軍や国家警察のトップたちも、相次ぎ、ミンダナオ分離独立はフィリピン領土を規定する憲法に違反し国家を混乱に陥れる考えであるとして、強い嫌悪と拒否の意思を表明しました。さらに、国軍のロメオ・ブラウナー・ジュニア参謀総長も、ダバオ市に駐屯する東ミンダナオ軍を含むミンダナオ島のいくつかの軍事キャンプを巡回し、分離独立という馬鹿げた動きに同調しないよう引き締めを図りました。
 退役軍人たち、特に自身の政権時の腹心たちの明確な拒否、そして、国軍や警察の迅速な動きに、ドゥテルテ前大統領はさぞや慌てたことでしょう。とくに、未だマルコス政権で力を有している数少ない腹心の1人であったアニョの発言は、ショックだったに違いありません。

― 縮小するドゥテルテ・サークル
 ドゥテルテ前大統領の分離独立発言から1週間の間に、政府高官、政治家、そして、ミンダナオの有力者たちも次々と反対を表明しました。ミンダナオが政治的に不遇であり続けたことへの理解こそ多くの人たちに共有・共感されたものの、ドゥテルテやミンダナオ分離独立を擁護する声が上がることはありませんでした。
 ドゥテルテ前大統領が全国の支持者たちとつながるメディアSMNIは、政府の強力な監視によりその活動を大きく制限されています。ドゥテルテの資金源となっている中国との関係も、政府の監視の下で抑えられているはずです。サラ副大統領の機密費も政府に取り上げられてしまいました。ミンダナオ選出の下院議員たちも、ドゥテルテ・ファミリーをマルコス政権から追い出そうとしているマルティン・ロムアルデス下院議長の圧倒的な組織力=数の力の前に、無力化されています。
 そして、今回のミンダナオ分離独立発言により、アニョだけでなく、これまでドゥテルテ前大統領を支えてきた盟友のデラロサ上院議員およびアイミー・マルコス上院議員も呆れ果て、距離をおいています。娘のサラ副大統領も例外ではありません。上院議員や副大統領は全国の国民によって支えられているのですから、ミンダナオ分離独立を支持できるはずもありません。言い換えるならば、ドゥテルテの分離独立発言は、最大の盟友である娘や上院議員、そして、ドゥテルテを支持していたミンダナオ以外の国民を自身可愛さに切り捨てるものだったのです。

〈関連記事〉
憲法改正に隠された陰謀(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, 2024年2月8日.
ドゥテルテ父娘の揺さぶりに振り回されるマルコス大統領(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, 2024年2月8日.
ドゥテルテ陣営の反乱疑惑/ICC調査をめぐる混乱/パナイ大停電で中国資本に圧力(フィリピン政経フォーカス), Stop the Attacks Campaign, 2024年1月11日.

― 療養?
 もはやドゥテルテ前大統領の打てる手段は限られています。私が考えつく限り、ICCの断罪から逃げ切れる可能性のある選択肢は次の2つに絞られます。
 1つは、健康上の理由をでっち上げ、療養を理由にICCの断罪から逃れる方法です。ドゥテルテ前大統領は、大統領在任中の2019年に重症筋無力症を患っていることを公表しています。治療は難しく、重症化すると呼吸筋の麻痺を起こし、呼吸困難を来たすこともある難病です。公表当時は、大統領としての重責を担えるのかが議会で真剣に議論されました。ドゥテルテにしてみれば、この難病への罹患は非常に都合の良い言い訳です。2016年にICCの調査が開始された頃より、ドゥテルテによって考えられていた数多くのICC断罪回避の1つの選択肢として準備された嘘であるという可能性も否定できません。
 国内にICCによる介入に関する賛否どちらも強いことから、マルコス大統領にとって、ICCの捜査を受け入れつつ療養を理由に実刑を有耶無耶にできるのであれば、それが最高の選択肢となるでしょう。ドゥテルテを現実政治から遠ざけるすることもできます。

― 亡命?
 ドゥテルテの次男、ダバオ市長のセバスチャン・ドゥテルテが、最近、インドネシアへの亡命をジョークとして口にしています。亡命に関して詳しくないのですが、もしドゥテルテが亡命するのであれば、中国か米国の2択ではないかと考えています。
 中国からすると、親中政策をとっていたドゥテルテへ報いるだけでなく、未だ政治力を有するサラ副大統領に貸しを作っておくことは戦略的にも大いにあり得るでしょう。
 一方、米国にとっても、中国の対フィリピン戦略を理解した上で、中国の影響力を排除するために、ドゥテルテの持つ情報が有用であることは間違いありません。

― 破滅?
 もちろん、どちらの選択肢も選択できず、更なる爆弾発言、過激行動をとることによって、マルコス大統領から力づくで排除される可能性も否定できません。個人的には、1番目の選択肢の療養になるような気がしているのですが、さて、今後、どうなっていくのでしょうか。

〈Source〉
Duterte mulls PI for Mindanao secession, philstar, February 1, 2024.
Duterte now wants ‘separate, independent’ Mindanao, Inquirer, February 1, 2024.
Duterte-appointed ex-AFP chief urges Filipinos: Reject calls for Mindanao secession, philstar, February 2, 2024.
For now, Bato dela Rosa rejects bid for a separate Mindanao, Inquirer, February 6, 2024.
FULL SPEECH: Former President Rodrigo Duterte delivers speech in Davao City Prayer Rally, Manila Bulletin, January 31, 2024.
Mindanao leaders, local executives thumb down Duterte’s independence call, Rappler, February 5, 2024.
More officials oppose Mindanao secession, Inquirer, February 6, 2024.
‘Overly deferential’: How Supreme Court shielded Duterte from disclosing health, Rappler, July 8m 2020.
Palace says Duterte’s muscle disease not a cause for concern, philstar, October 7, 2019.
[The Slingshot] The prayer rally that wasn’t about prayer, Rappler, February 5, 2024.

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