フィリピン・ニュース深掘り
(1月1日~1月15日)
ドゥテルテ父娘の揺さぶりに振り回されるマルコス大統領

【写真】マルコス大統領(左上)、サラ・ドゥテルテ副大統領(左下)、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領(右)、ハリー・ロケ元大統領報道官(中央)/via Facebook of Bongbong Marcos, January 13, 2024., Facebook of U.S. Embassy in the Philippines, January 16. 2024., Duterte eases community quarantine status, Philippine News Agency, May 28, 2020., Respect Palace’s view on Ressa’s Nobel Peace Prize, NUJP told, Philippine News Agency, October 12, 2021.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

昨年末から「ユニチームの終焉」や「マルコスとサラの亀裂」といったタイトルがフィリピンメディアで頻繁に見られるようになりました。マルコス政権が、ますます米国寄りになることで、ドゥテルテ父娘に強い危機感を抱かせるような政策的な変化が顕著になってきました。結果として、ドゥテルテ親娘陣営からマルコス大統領に対して次々と「爆弾」が投げ込まれ、それらにマルコス大統領が、振り回され続けているように見えます。

*本稿では、前大統領であるロドリゴ・ドゥテルテをドゥテルテ父、副大統領であるサラ・ドゥテルテをドゥテルテ娘と記載します。

― 2人の危機感

政治家から引退したドゥテルテ父にとって最大の脅威とは何でしょう?それは、ダバオ市長時代から続けてきたと言われるドラッグ戦争に伴う「人道に対する罪」への断罪に他なりません。反共産主義作戦とも不可分に結びついているドラッグ戦争に伴って殺害された犠牲者は、5000人とも1万2000人とも言われています。

庶民の「英雄」として振る舞い、庶民から支えられてきたドゥテルテ父にとって、「英雄」の武器である断罪手段としてのドラッグ戦争(によって正当化された超法規的暴力)が逆に否定され、彼が断罪されて刑務所に入れられ、そして、彼の思う「負け犬」の生活を強いられるのは、耐えられない屈辱でしょう。政敵であるデ・リマ前上院議員に強いた「負け犬」の勾留(生活ないし拘留)生活が自分に降りかかってくるかもしれないのです。

対して、父の政治的基盤と暴力的な手段に支えられて副大統領の地位を獲得したドゥテルテ娘は、自分の政治的基盤を失うだけでなく、もしかしたら父への断罪の延長で自身も断罪されてしまうかもしれません。汚職や反共・反ドラッグ・対批判勢力の源泉となっていたと言われる副大統領府の機密費も、実は、娘の黙認の下で大統領職を退いていた父がその多くを利用していたかもしれません。

― 親米とともにもたらされる変化

高まる米中緊張の下でマルコス政権は昨年後半から親中から親米へと大きく政策を転換してきました。この結果、マルコス大統領にとって中国との最大の政治的な窓口であったドゥテルテ父娘の価値は大きく減少することになりました。逆に、ドゥテルテ父娘を巨額の機密費で養い、また、「人道に対する罪」から守ることが、マルコス大統領にとって大きなデメリットにもなっています。

対中国を目的として米国の保護の下に入ったことで、マルコス政権は中国資本を監視・規制し、国際ルールを遵守する民主主義国家陣営として、国際刑事裁判所(ICC)への再加入、共産主義勢力との対話的解決、不当に勾留されているデ・リマの解放、そして、米国にて人身売買や不正資金で指名手配されているメディアSMNI(過度の中国資本が既に入っていることにも批判の目が向けられています)社長かつ新興宗教団体「イエス・キリストの王国」設立者のアポロ・キボロイへの対応を真剣に考慮しなければならなくなりました。もしくは、真剣に対応しているフリをしなければならなくなりました。

上に挙げた新たな動きは、すべてドゥテルテ父娘の基盤を大きく損ね、父娘への断罪の可能性を高めるものです。マルコス大統領は、上記の多くについて、未だ再考や立案の段階に止まっており、自身としての決定を明らかにしていません。しかし、再考・立案すること自体、マルコスの政策がすでに大きく揺れている、もしくは、大きな転換を迎えつつあることの証左に他なりません。

*上述に関してのマルコス大統領やドゥテルテ父娘との関係については、文末に掲げる本ウェブサイトの記事を参照ください。

― ICC秘密調査団が来た!

最初の「爆弾」は、ドゥテルテ父の側近だったハリー・ロケのSNSによる「ICC職員が秘密裏にフィリピンを調査に訪れている」発言です。クリスピン・レムリア司法長官は、正月から記者の前に姿を出して、その噂に対応しなければなりませんでした。入国管理局も早急に確認作業を行い、その発言が虚偽であることを確認する作業に追われました。

― たかが退役軍人の造反動画に振り回される

続いて年明けすぐ、1人の退役軍人から公開された「船(フィリピンのこと)を守るために」「マルコス大統領は辞任すべき」で「あなた(サラ)こそが大統領だ」と語るYouTubeビデオが、第2の「爆弾」としてマルコス政権を大きく揺るがしました。たかが退役軍人の発言のはずなのですが、マルコス政権の対応を見るに、与えた影響は大きかったようです。

YouTube公開直後より警察や国軍を含め、フィリピン政府は必死に火消しをしています。しかし、「造反(利用されている英語ではdestabilization ですが、文脈からすると造反、反乱と訳した方が良いと判断しました)」という単語は未だにメディアを賑わしています。

― 既に以前から「仕込まれていた」造反爆弾

国軍と警察の一部は、現在のマルコス政権に大きな不満を持っていると言われています。不満の1つは、退役後も含めた給料や昇進に関するシステム、そして、もう1つはドラッグ戦争への断罪の動きです。特に、後者、ドラッグ戦争断罪へ不満を持つ多くは、おそらく実際にドラッグ戦争への積極的な関与によって利益を得てきた、断罪の対象になり得る警察官や軍人たちでしょう。そして、全く異なるもののはずの2つの不満が、1つの大きな不満集団のように後者の不満集団によって語られています。

「たかが退役軍人の発言」で済まないのは、上述のようなドラッグ戦争断罪を嫌がる警察官と軍人が、その他の事柄で不満を有する警察官や軍人を仲間に引き入れ、ドゥテルテ父娘をリーダーとして仰ぎ、また待望しているからに他なりません。

実は、マルコス大統領に対する警察や国軍の造反の噂は、昨年11月初めにも流れています。そして、その噂の直前にあった出来事に目を向けてみると、議会において機密費の扱いでドゥテルテ娘が追い込まれており、さらに、そのことに対してドゥテルテ父が批判議員に対して「機密費で殺害するぞ」とSMNIのニュースで脅迫しています。また、ドゥテルテ父の政敵であるデ・リマを保釈する準備が整ってきたのも、この時期です。

― ICC再加入なら造反?

ドゥテルテ父の側近であったロケは、フィリピン政府が先のYouTube動画の火消しに躍起になっている最中に、第3の「爆弾」を投下しました。

1月7日の英字新聞紙フィルスターのコラム欄で、「11月の造反の噂の後にマルコス大統領がICC再加入を考慮し始めた」とする記事を公表し、あからさまに造反とICCの問題を結びつけ、誇示したのです。造反の動きがあることの真偽については触れず、造反の可能性のあるドラッグ戦争関連で断罪されそうな警察官、軍人をマルコスが切ろうとしている語ることで、それらの人々に断罪される危機感を煽ったのです。「人道の罪」に身に覚えのある警察官や軍人を造反へと扇動しているように見えます。

― ドゥテルテ父の呟きと軍の守護者ドゥテルテ娘

上記のような造反の脅しと同時に、ドゥテルテ父は事あるごとに不満を記者たちに呟き、マルコス大統領に政策修正の要求を行います。最初に挙げたICC再加入、娘の機密費、共産党との和平交渉、そして、SMNIへの政府の対応等々、ドゥテルテ父娘の脅威に対して、次々に不平を述べていきました。

他方で、ドゥテルテ娘は、一貫して共産主義勢力やドラッグバイヤーたちとの武力的な対決と解決を強く主張し、また、武力闘争において、これまで危険な活動に従事してきた軍人や警察官、その犠牲者たちと遺族たちに対して、感謝を込めて、素朴に、そして、優しく語りかけます。この強さと優しさの両面性が、一部の軍人や警察官たちの中で、ドゥテルテ娘を神格化しているようにも見えます。

― フェイクニュースに振り回されるマルコス大統領

フェイクニュースによって大統領選を有利に闘い抜いたと言われるマルコス大統領が、ドゥテルテ陣営からの「爆弾」によって引き起こされている騒動では、フェイクニュースに振り回されて続けています。

フィリピン警察やフィリピン国軍のトップが必死になってフェイクニュースの取締りを強化し、また加担者に脅しをかけて、火消しをはかっていますが、フェイクニュースは一向に収まる気配がありません。国軍や警察が造反を準備している、それら高官たちが造反のために密会しているとの偽情報や、政府高官たちの発言を切り取って恣意的に政権内の分裂を強調するような偽情報が、拡散され続けているようです。

― ドゥテルテ父はおそらく耐えられないだろう

ドゥテルテ父娘もマルコス大統領も、互いに直接的な対立を避け、互いに尊重し合う良好な関係であるかのようアピールし続けています。今後もマルコス大統領がドゥテルテ父娘の「人道上の罪」に対して断罪を求める外部圧力を誤魔化し続け、ドゥテルテ父娘の断罪を避け続けることは、可能かもしれません。

しかし、ドゥテルテ父娘、特に、父が、長い間、この危機感に耐え続け、マルコス大統領を信頼し続けられるとは、思えません。どこかの時点で、ドゥテルテ父が、乱暴な手段で一線を超えてくる可能性は大いにあり得るでしょう。

<Source>

逆風吹き荒れるドゥテルテ親娘, フィリピン・ニュース深掘り(11月25日~12月11日), SAC, 2023年12月15日.

サラ副大統領の機密費, フィリピン・ニュース深掘り(9月29日~10月6日), SAC, 2023年10月12日.
世界人権デー/米国でマルコスの盟友キボロイ伝道師の資産凍結/アセアン-EUサミットでの人権外交の行方, 今週のフィリピン・ダイジェスト(12月10日-12月16日), SAC, 2022年12月16日.
ドゥテルテ・ウォッチ/高まる中国との緊張と、進む対中軍事協力/マラウィ市での爆破テロ事件フィリピン政経フォーカス(11月28日-12月6日), SAC, 2023年12月7日.
ドゥテルテ陣営の反乱疑惑/ICC調査をめぐる混乱/パナイ大停電で中国資本に圧力, フィリピン政経フォーカス(1月1日-1月9日), SAC, 2024年1月11日.
マルコス訪日の成果は?/ドゥテルテ親娘ウォッチ/憲法改正の動き, フィリピン政経フォーカス (12月10日-12月20日), SAC, 2023年12月21日.
レイラ・デ・リマ保釈から見えるフィリピンの変化, フィリピン・ニュース深掘り(11月13日~11月16日), 2023年11月7日.
AFP, PNP deny barring retired officers in camps amid talks of unrest, Manila Bulletin, January 15, 2024.
Cooperation?, philstar, January 6, 2024.
Duterte debunks destabilization, opposes Cha-cha, Philstar, January 8, 2024.
‘I’m comfortable with Marcos’: Duterte denies link to destabilize administration, CNN Philippines, January 7, 2024.
PNP debunks ‘destabilization plot’ vs Marcos administration, ABS-CBN, January 6, 2024.
Sara Duterte is ‘my president,’ says retired soldier. His Matikas ‘mistahs’ are annoyed., Rappler, January 5, 2024.
Sec Remulla: No info on presence of ICC’s probers in PH, Manila Bulletin, January 1, 2024.

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