【コラム】政変後民主主義のゆくえ

【写真】ドキュメンタリー映画「女王イメルダ -政界の果てしない闇-」予告編のスクリーンショット/via (株)アジアンドキュメンタリーズ・フェイスブック・ページ(2021年12月27日投稿)。

山田修(まにら新聞元記者)

 フェルディナンド・マルコスJr(以下、マルコスJr)の次期大統領就任決定後、漫然とした不安が覆っている。早々に教育相として内定したと伝えられるのは副大統領候補としてマルコスJrを支え、選挙戦を伴走したサラ・ドゥテルテ・カルピオ(現大統領の子、以下、サラ)。これまでダバオ市長として地方の行政経験はあっても国家単位はおろか、州単位での教育行政や教育現場に直接タッチした経験はない。

― 人びとが恐怖するのは現代史の改ざんか

 思えばコラソン・アキノ政権成立以降、大統領が交代するたびに、少なくともそのスタート時点では教育者、あるいはその方面での実務経験者としての実績を重ねた人物がその任にあたってきたのだが。いま、選挙を終えて人びとが恐怖するのは一部勢力による理由なき赤タグ付け(すでに首都圏の書店や版元いくつかが理由なく「共産党シンパ」の烙印を押され、看板にスプレー書きされるなどの被害に )もさることながら、教育相ポストを握ったサラとその取り巻きによる現代史の改ざんであるのかも知れぬ。

 87年政変はさまざまな記憶遺産を残しつつ現代まで継承されてきたが、共通知としての革命英雄記念碑 も風前の灯火。「マルコスSr英雄説」と並んでこうした荒唐無稽の言説が繰り返され、義務教育課程からの歴史の偽装がなされるなら、およそ9%におよぶ初等教育対象者のさらなる私学集中と学業放棄者の増大は避けられそうもない。一部の研究者らは一連の動きで学問の自由が狭められる危険性を指摘 している。

 アジア地域に微風がただよったフィデル・ラモス政権時代、DECS(教育文化スポーツ省)関連の予算はGDP比4%に届く勢いであったものがいまや2%半ばをさまよい、ビルド・ビルド・ビルドのスローガンによって社会インフラへの集中投資がなされ、日本企業らのジョイント・ベンチャー(JV)による地下鉄建設までもが実施段階にあり、これによって割を食うのは民生予算だ。教育予算の大復興などの名目で、現況を修正するかたちでの歴史「見直し」が早晩、政策のテーブルに乗せられるのはほぼ間違いあるまい。

― アキノ以後、戦後フィリピンの宿痾、政治汚職の復活

 アキノは強烈な失点もなかったが、戦後フィリピンの宿痾ともいえる政治汚職は、以後徐々に、だが確実に復活した。ラモスはピナトゥボ噴火を奇貨としてマニラ湾埋め立て事業でフィリピンの巨大流通系財閥SMらと組んで開発プロジェクトを先導、これを引き継ぐジョセフ・エストラダはフィリピン・ゲーム賭博公社(PAGCOR)のカジノ設置基準を緩和して首都圏に賭博場を拡散させ、マカパガル・アロヨはクラーク国際空港開発でミソをつけたもののハロー・ガルシア・スキャンダルに象徴される高速通信ネットワーク導入で…とさまざまに繰り返されてきた汚職と、表裏をなすメディアの抑圧。思い出すだけでも、マニラクロニクル、ジャリオフィリピノ、トリビューンといった中堅紙が陰に陽に抑圧を受けて廃刊。有力紙インクワイアラーに至っては、社主のほんのささいな国外投資事業をあげつらい、追い落とした末に「善意の第三者」として社主の座についたのはマルコス取り巻き財閥として確固たる地位を築いたダンディン・コファンコのいわば番頭格ともいえるラモン・アン(強引な手口で「パックマン」とも異名を取る)、つまり取り巻き財閥の一角であった。

 ドゥテルテもまた、巷間ささやかれているように巨大開発事業とこれを受注した中国系企業との密着が半ば常識のように語られている。現実に一部マカティのホテルやマンションは、事業の中核、そして現場を担う中国人労働者の寮のようでさえ…。むろん多くは滞在許可もしっかり得ている。これほどまで国内の失業が語られているにもかかわらず、である。

 巨大公共事業の口利き料として10%を得たとされ、マダム10%と言われたイメルダ・マルコスの影がちらつくのも不気味である。

 いま、フィリピンの87年民衆民主主義は新たな危機を迎えつつあるのかもしれない。

※ハロー・ガルシアもしくはグロリアゲート:選挙買収スキャンダル。汚職のもみ消しなどで選挙に不正を持ち込ん
 だとして政権を直撃、大きな禍根を残した。
※フィリピン・ゲーム賭博公社(PAGCOR)は、大統領府が直接監督する公営企業で、フィリピンの税収トップ3のひ
 とつ。

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