【解説記事】マルコス・シニアの「負の遺産」
バタアン原子力発電所(BNPP)(2)

【写真】バタアン原子力発電所/via Duterte expects next admin would explore nuclear energy, Philippine Information Agency, May 25, 2022.

 前回は、BNPP設立の背景や一度も商業運転されていない理由などについて取り上げました。今回は、前ノイノイ・アキノ政権下で一時中断したBNPP再整備計画が、いままた脚光を浴びている理由や背景について概観したいと思います。

― これまで何度もBNPP再整備の話題が浮上しましたが、どうしてですか?

 歴代政権において、BNPPの再整備について取り上げられてきた背景には、電力不足の問題があります。2015年9月25日のまにら新聞によると、エネルギー省は「ルソン地方のピーク時電力需要は年率4%強の割合で増加しており、2030年には2015年の2倍、1万6000メガワットに達すると見込まれるが、電力供給は追い付いていない」といいました。電力需要の41%は地熱、28%は石炭、11%は水力、15%は天然ガス、0.1%は風力、太陽光、バイオ燃料でまかなわれています。
 同紙の2014年7月24日の報道では、2015年3~5月に200メガワットの電力不足が生じる可能性があるとエネルギー省が予測していました。200メガワットは、日本の一般家庭(1日3キロワット使用した場合)で考えると、6万6600世帯分の一日の電力使用量に相当します。発電所の建設には3~5年を要するので、アロヨ政権下の2009年に解決策を講じておくべきだったとの批判が上がりました。遡ること1993年4月には、実際に深刻な電力危機が発生し、なんとか都市機能は回復したものの電気料金が急騰するという事件もありました。
 フィリピンにおける停電の多さはよく知られますが、ネグロス島の山間には毎日のように停電が起こる地域もあります。また、電気料金が高いことも有名です。たとえば、フィリピンの配電会社メラルコの2022年3月からの電気料金は1kWhあたり9.6467ペソ(約24円、2022年6月15日の為替レート)で、日本の目安単価約30円と大差ありません。フィリピンにおけるコメ1キロの価格(約50ペソ、約130円)は日本の半分以下ですが、電気料金にはそれほどの差がないのです。
 ちなみに、西ネグロス州最大都市バコロド市における非農業部門の1日あたり法定最低賃金(従業員10人以下の場合)は420ペソ(1050円、2022年6月17日の為替レート)ですが、冷蔵庫や扇風機を持つ家庭の場合、電気料金にひと月2000ペソ(5000円)ほど支払っています。電気は、現金収入がほとんどない農民にとって、高嶺の花なのです。

― BNPP再整備の話が本格的になってきたのはいつですか?

 BNPP再整備が本格的に検討されたのは、まにら新聞によると、アロヨ政権の時です。電力不足への懸念が高まり、国際原子力機関(IAEA)の専門家や韓国電力公社(KEPCO)によるBNPPの調査が実施されました。
 アロヨ政権に続くノイノイ・アキノ政権は、前政権のエネルギー政策を引き継ぎましたが、2011年3月の東京電力福島第1原発事故を受け、BNPP再整備の話を一時棚上げにしました。ですが、2015年頃になると、ふたたびBNPP再整備の話が持ち上がります。まにら新聞によれば、同年9月の下院聴聞会で、国家電力公社のグラディス・クルス・サンタリタ総裁(当時)が電力事情の深刻さを訴え、10億ドルの資金でBNPPを再整備すれば4年後にルソン送電網需要全体の1割に相当する620メガワットの電力供給が可能になると発言したのです。
 また、同紙は、アロヨ政権期から原発稼働を訴えてきたマーク・コファンコ下院議員も、聴聞会で、「稼働すれば年間7億4千万ペソから10億ペソの発電料が国庫に入る。再整備に必要な10億ドルなど取るに足らない額だ」と主張したと報じました。

― ドゥテルテ政権下で、BNPP再整備や原発開発の話題がさらに盛り上がって行きました。どんなことがあったのでしょう?

 凍結された政策を見直していくという姿勢を示すドゥテルテ大統領が就任すると、さっそく、BNPPと同型の原発を有するスロベニアの専門家がBNPP再整備に向けた調査を申し出たり、フィリピン諸島商工会議所のホセ・ルイス・ユロ会頭やフォルチュナト・デラぺニヤ科学技術長官らがBNPP再整備に賛意を示したりするなど、原発開発に関する話題が活発化しました。
 そして、以下のように話しが進み、ドゥテルテ大統領退任間近の2022年3月には、フィリピンの電源構成に原子力発電を組み込むことが定められました。

 2017年 ロシア国営原子力企業ロスアトム社と原子力開発事業で協力するという覚書。
 2018年 ロスアトム社と韓国電力公社がBNPP再整備は可能であるとの結論を提出、アルフォンソ・クシー エネルギー長官とIAEAの天野之弥事務局長が会談。
 2019年10月 ドゥテル大統領がロシアとの原子力発電計画を含む覚書に署名。これは、BNPPの再整備だけでなく、ロシア製の移動可能な浮揚型水上原発導入の検討なども含む。
 2020年7月31日 大統領令第116号発行。原子力計画省庁間委員会(NEP-IAC)を設置し、原子力利用の実現可能性に関する調査を指示。
 2022年3月4日 大統領令第164号発行。フィリピンの電源構成に原子力発電を組み込むことが定められた。気候変動対策として石炭火力発電への依存を減らすために、再生エネルギーと原発を併用する。
 2022年5月 BNPPを稼働させる意思を示す次期大統領の「ボンボン」マルコスが韓国大使と会談。「韓国側の諮問と研究結果を踏まえてBNPP稼働について検討に入る」と公表。

― 建設してから38年も経つBNPPを使用できるのでしょうか?

 クシー エネルギー長官は、再整備には膨大な費用がかかるとの慎重な姿勢を示しつつ、前述したように、ロシアのロスアトム社と韓国電力公社がBNPP再整備は可能であると分析していると述べました。また、科学技術省のレナート・ソリドゥム次官は、数年前に実施したコンピューター解析の結果、BNPPは従来言われてきたような断層の上には位置していないとの見解を示しました。さらに、まにら新聞によると、国家原子力研究所のカルロス・アルシリヤ所長は、2022年3月4日のラジオ放送で、韓国やスロベニア、ブラジルがBNPPと同型の原発を稼働していることからBNPPも安全だ、BNPP近くに断層があるという情報はフェイクだと発言しました。
 他方で、さまざまな方面から、安全性への懸念が示されています。バタアン州バランガ教区のサントス司教は、「バタアン原発は完全に時代遅れ。現在の国際安全基準は建設当時のものよりずっと高い」というイゴール・ホヴァイエフ(Igor Khovayev)駐比大使のコメントを根拠として再整備に反対していると、まにら新聞は報じています。
 国家原子力研究所のテオフィロ・レオニン原子力規制課長は、安全な稼働が可能だと主張している国家電力公社に対してその技術的根拠を示すように求め、また、たとえ4年間で再整備が完了したとしても、同研究所による安全性の確認には少なくとも5年は必要との見解を示しました。
 IAEAは、現地評価調査を実施し、安全性や核燃料拡散防止などを確実にするための法整備や非常事態時の全国的な対応策策定など、原発建設を実施する前に解決すべき問題が山積していると分析しました。
 さらに、2022年6月、科学者やエンジニアらからなる人民のための科学技術擁護団体Agham(以下、アガム)は声明を公開し、次期大統領の「ボンボン」マルコスは、BNPPがすでに時代遅れで、欠陥があり、危険である事実を認めようとしないと指摘し、石炭や原子力のような輸入頼りで危険な燃料から脱却する必要があると述べました。また、BNPP再整備推進派は電力不足をその理由とするが、今後数年間の電力供給は十分であるとアガムは強調しました。アガムの分析によれば、2020年に、2万6250メガワットの発電可能容量と2万3410メガワットの実際出力可能な電源設備容量があったのに対し、ピーク時需要は1万15282メガワットにすぎなかったといい、エネルギー省の予測とは大きな違いがあります。

 今後も、BNPP再整備やフィリピンにおける原子力発電所建設などの動きに注目していきます。

〈Source〉
‘Antiquated’ Bataan nuke plant won’t solve power crisis ? scientists, INQUIRER. NET, June 2, 2022.
March 2022 Rates Updates, Meralco, March 18, 2022.
今こそ原発開発を バタアン原発問題, まにら新聞, 2016年9月4日.
原子力利用、「前向き」調査へ 大統領が委員会設置指示, まにら新聞, 2020年7月31日.
原子力発電所の建設候補地 パラワン州知事が名乗り, まにら新聞, 2020年8月11日.
原発稼働にNOバタアン州, まにら新聞, 2016年9月26日.
スロベニアが原発支援 バタアン州, まにら新聞, 2016年9月26日.
地元司教が重ねて反対表明 バタアン原発稼働で, まにら新聞, 2018年4月10日.
電源構成に原発組み込み バタアン原発稼働も視野に, まにら新聞, 2022年3月4日.
電力事情, まにら新聞, 2014年7月24日.
「当選ならバタアン原発稼働」 ボンボン候補の公約, まにら新聞, 2022年5月7日.
バタアン原発, まにら新聞, 2015年9月26日.
バタアン原発の稼働を 科学技術省が言及, 2018年12月13日.
バタアン原発は断層線上にあらず 科学技術省が表明, まにら新聞, 2018年3月22日.
バタアン原発稼働計画を支持, まにら新聞, 2016年10月14日.
「バタアン原発は安全」 原子力調査研究所, まにら新聞, 2022年3月5日.
バタアン原発再整備事業の追加調査に意欲 韓国水力原子力発電, まにら新聞, 2022年5月2日.
1kWhの電気代は今いくら?全国の目安単価を詳しく解説します, 新電力比較情報NPCプラン, 2022年6月14日.

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