栗田英幸(愛媛大学)
今週取り上げる3つの出来事は、以下のとおりです。1つ目は、国際刑事裁判所(ICC)がロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の下で行われたドラッグ戦争に関して、再調査の強い意向を示しました。それに対して、ICC調査員の逮捕を仄めかす「脅迫」じみた拒否反応までフィリピン政府内から出ています。2つ目は、「血の日曜日」と呼ばれる活動家連続殺害事件について、関与されたとされる警察官の無罪が確定されました。その反応を紹介します。3つ目は、日本で注目されている「ルフィ」について紹介します。
解説は、「ルフィ」事件に関して、日本の報道とは異なる、フィリピン側から見えてくる視点を説明します。
◆今週のトピックス
トピック1:ICC再調査の強い意向と拒絶反応
― ICCはフィリピン政府の調査に納得できない
ICCはオランダ時間26日の夜、「フィリピン政府が補完性の原則に基づき、国際刑事裁判所の捜査延期を正当化し得る捜査を行っているとは考えられない 」と発表した。
この発表は、ICC検察官カリム・カーンの事務所が、調査を継続し、ドラッグ戦争に関与した者に召喚状や令状発行を要請できる可能性があることを意味している。
多くの人権団体は1月27日(金)、ICCがロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の下での激しいドラッグ戦争に関する調査を再開するという「待望の」決定を歓迎した。
国際刑事裁判所フィリピン連合(PCICC)は、何千人もの被害者とその家族にとって正義が手の届かないところにあり続ける中、調査再開の動きは「暗闇の中に光をもたらす」と述べた。また、PCICCは、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領に対し、ドゥテルテ政権の人権侵害の責任を追及するよう求めた。
PCICC共同議長のオーロラ・パロンは、次のように述べた。
「フィリピン政府は今、外交的駆け引きや美辞麗句では、国際法上の重大な犯罪に対する正義を実現するためのICCの活動を止められないのだと理解すべきである。」
「ICCは、一般的な声明ではなく、フィリピン政府が具体的な事例について重大な刑事訴追をしているという事実を確認したいのである。」
― 過去の罪から逃げることはできない
司法省とフィリピン国家警察(PNP)は、ICCに対して国の主権と司法制度を尊重するよう求めた。それに対して、リサ・ホンティベロス上院議員は、1月30日、ICCの調査を受け入れることでマルコス大統領は国民からの尊敬を得、国際法の遵守を証明できると述べた。
「政府が非協力的である限り、逃げ腰に見えるだろう。世界は、政府が何かを隠しているのではないかと疑い続けるだろう」と、ホンティベロス上院議員は語った。
ドラッグ戦争犠牲者の家族を支援する活動家のフラヴィー・ヴィラヌエバ神父は、「ドゥテルテ前大統領とその仲間たちによって組織された血生臭いドラッグ戦争の調査を再開するというICCの最近の決定は、『過去の罪から逃げることはできない』ということを明確に語っている」と声明で述べている。
― 不快感を露わにする司法省と警察
ICCによる調査再開の主張に対し、1月27日、司法省のジーザス・クリスピン・レムリア長官は、不快感を露わにし、ICCの調査再開は、すでにこの問題に関して独自の調査を行っている政府の司法制度に対する侮辱であると主張した。
「間違いなく、私はこの動きを歓迎しない。彼らが我々を尊重することを明確にしない限り、フィリピンで彼ら(ICC)を歓迎することはないだろう。私たちの主権を疑うようなふざけた行為には我慢がならない。私は、それを受け入れない」とレムリア長官は付け加えた。
また、PNPは、30日、ICCに対し、国の主権を尊重し、国の司法制度が前政権時代のドラッグ戦争による殺害を調査できることを認めるよう求める一方で、何も隠していないことを主張した。
ロドルフォ・アズリン・ジュニアPNP長官は、「私たちは何も隠していない」と強調し、「私たちが求めているのは、ICCが、私たちの国で行われている司法手続きに敬意を払うことである。我々は独自の司法手続きを持っている」と述べた後、「ICCに文句を言っている人たちは誰なのか、そして、彼らが求めていることが正義であるならば、PNPが彼らを助けることを約束する」と語った。
さらに31日、マルコス大統領主席法律顧問フアン・ポンセ・エンリレは、ICCに調査権限はないと強調し、ICC調査員はフィリピン政府に許可を得る必要があり、許可なしに入国した場合にICC調査員を逮捕することもあり得ると語った。
トピック2:「血の日曜日」の判決への批判
― 無効とされた「血の日曜日」の殺人告発
司法省の検察審査会は、2021年3月6日にカビテで起きた労働組合指導者エマニュエル・アスンシオンの殺害事件(「血の日曜日」として知られるようになったこの事件は、アスンシオンを含め9人の活動家が殺害されている)に関して、17人の警察官に対して起こされた殺人容疑の告発を無効とした。司法省委員会は、告発却下の理由として、告発された17人の警察官に相当の理由がないことを挙げている。
1月26日、人権監視団体アムネスティ・インターナショナルは、警察官17人に対する殺人容疑が却下されたことについて深い懸念を表明した。同団体は、労働指導者アスンシオンと農村・先住民部門の他の8人の擁護者の死亡につながったカビテ、ラグナ、バタンガス、リサール各州での一連の襲撃について「徹底した、独立した、公平な調査」を確保するようフィリピン当局に呼び掛けた。
― 矛盾する却下の理由
容疑者の警官らは、活動家たちが「nanlaban(反撃)」したと主張した。「ナンラバン」とは、当局がしばしば使う言葉で、逮捕に抵抗して容疑者を射殺したことを意味する。アムネスティ・インターナショナルによれば、アスンシオンの殺害方法は、「ドラッグ撲滅活動中に何千人もの人びとが(犯行手段も有していないにかかわらず)殺害された方法に類似している」。
トピック3:「ルフィ」事件
― 入管収容所に収容されている「ルフィ」容疑者
「もし彼らが内部で犯罪行為を行なっていたことが判明すれば、彼らの責任を追及する」
1月27日、レムリア司法長官は、入国管理局ビクタン収容所が日本人強盗グループの一員であると疑われる日本人男性2人を拘束していることをフィリピンメディアに説明した。2人のうち1人は、2021年4月に調査局に逮捕された渡辺優樹という人物(もう1名は今村磨人容疑者)。彼は、日本で一連の強盗事件を起こした強盗グループの首謀者とされる「ルフィ」の名で呼ばれ、マニラで拘束される中で暗号化されたメッセージアプリでを使って指示を出したと伝えられている。その後、その他2人についても日本政府から容疑者として身柄引渡しの要請がなされている。
― フィリピン国内で刑事事件係争中は送還できない
4人は、フィリピン国内での係争中の事件に関する手続きで日本への送還が延期されている。しかし、この事件は4人が身柄引き渡しを引き延ばすための虚偽の事件であるとの見方もある。
これら係争中の事件に関して、1月25日、その棄却手続きを行うことが決定された。しかし、2月2日に実施された渡辺容疑者と小島智信容疑者の審理では棄却に至らず、7日に次回の審理を行うことが決定された。フィリピン政府は、8日に予定されているマルコス大統領の訪日前に問題解決を図りたい意向を明らかにしている。
― 入管職員規律の乱れ?
渡辺等は、収容所内から「テレグラム」通信によって犯罪指示を出していたとされており、調査によって、犯罪に利用されていたと思われる6台のiPhoneが既に押収されている。
収容所長には「あらゆる通信機器の使用を厳しく監視し禁止する」責務があり、「施設内で使用されている通信機器を没収する」よう指示されている。司法省は、入国管理局の収容施設内にいながら、日本で一連の強盗を行うことを許可した可能性のある入国管理局職員を調査すると語る。
◆今週のトピックス解説
日本のメディアで久しぶりにフィリピンが注目されています。
「ルフィがフィリピンに収容!」といったタイトルのニュースがスマホの画面で出てきた時、「またフィリピンで面白いジョークを発信しているな」と思いすぐさま記事を開きました。フィリピン通の日本人にとって、世界的に有名になったアニメ・ワンピースの画像をフィリピン人たちが作成していたことは、ちょっとした自慢(?)のネタでした。なので、フィリピンで収容されたというのは、良くあるフィリピン式ジョークだと思ったのです。
― 収容所の沙汰も金次第
日本のメディアでも、フィリピンの入管収容所が、お金次第で快適な生活を送れるといった紹介がなされています。そして、先の司法省の発言では、許されていないはずのこと、要するに所持できないはずのものの所持が認められている入管収容所の「不手際」を調査するとして、さも、その「不手際」が「意外」であったかのような物言いでした。
フィリピンの状況を知らない多くの日本人にとって気になるものではないのでしょうが、フィリピン人やフィリピン通の人にとって、司法省の発言には違和感しかありません。なぜなら、外国人用の収容施設だけでなく、おそらく全ての大きな収容施設において、お金次第で携帯電話を含めた嗜好品を購入し、携帯を通じてビジネスをしたり必要なものを持ってきてもらったり、冷暖房を取り付けたりできること、少なくない人がそれらをしていること、お金持ち用のVIP部屋も収容所で用意されていること等は、ごく当たり前のことです。
私自身、何度か収容所に面会に訪れたことがありますが、面会に行き着くまでに何度も施設職員等に賄賂を渡さなければならず、賄賂のことしか気にしていないかのように見える多くの職員たちや内部の規律にうんざりさせられました。
昨年、フィリピンでは、フィリピン最大のニュー・ビリビッド刑務所が、暗殺やドラッグビジネスのネットワークの拠点として機能していたとして、大きな話題となりました。その調査の過程において、犯罪組織のリーダーが自身の身の安全のために刑務所をかなり自由に出入りしていたことも指摘されていました。
フィリピンのことを良く知らない外国人に対するパフォーマンスであることは間違いありませんが、フィリピン政府がこの「不手際」(想定外)と主張する、実はフィリピン国内どこでも慣習化されている当たり前の状況を、変えるつもりは全くありません。パフォーマンスとして入管収容所長の責任を多少問うだけで、このことに関しては幕引きとなるのではないかと思います。もしかすると、入管収容所だけが変えられるかもしれません。
― 芋蔓式に出てくると困る真相?
日本のニュースにレムリア司法長官が何度も出てくることにとても違和感を感じますが、彼の発言を聞いていると、フィリピン政府が身柄引渡しに乗り気でないような、時間稼ぎを行なっているような印象を受けます。4人のうち、情報がなかなか出てこない2人についても気になります。そこに何かあるのか、それとも単なる私の思い違いなのかは分かりません。
一つの可能性として、今回の日本での犯罪が、この収容所の所員や政府高官ともつながっています。フィリピン政府による調査であれば、好きなところで尻尾切りを行えば事済みますが、日本で取り調べを受けた際に、今回の事件もしくは別件において、フィリピン高官にまで達し得る何らかの証拠が発見され、公表されてしまうかもしれません。少なくとも、「ルフィ」に、フィリピン流犯罪手法のノウハウを教えた人物がいるはずで、そこから別の芋蔓が…ということもフィリピン政府として大きな懸念材料でしょう。そのあたりのことを調べているために時間がかかっているというのは、フィリピンでは大いにあり得ることです。
そして、上記のような懸念が解消されれば、逆にあっさりするくらいすぐに身柄を引き渡すことになるかと思います。
〈Source〉
DOJ panel junks murder raps vs 17 cops over labor leader’s killing, ABS-CBN, January 17, 2023.
ICC has no jurisdiction to investigate PH officials: Enrile, PNA, January 30, 2023.
PNP chief on ICC’s drug war deaths probe: We’re not hiding anything, Inquirer, January 30, 2023.
Senator: ICC probe will earn Marcos respect from world leaders, Inquirer, January 31, 2023.
Remulla: PH justice system working, ICC revival of ‘drug war’ probe an ‘irritant’, Inquirer, January 27, 2023.
Rights groups see new light towards justice in ICC drug war probe resumption, Rappler, January 27, 2023.