今週のフィリピン・ダイジェスト
(11月12日-11月18日)

【写真】容疑者バンタグ元矯正局長への公正な調査を要求するデモ(11月12日撮影)/via. Prosecutors subpoena Bantag to Lapid investigation hearing, pna, November 14, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

レッサの語る世界的脅威/国連人権理事会レビュー/パーシー殺害事件捜査、割れる政治的殺害の中核グループ

 今週も多くのメディアで中心的に取り上げられたのは、パーシー・ラピ殺害の捜査で明るみになりつつある刑務所の闇についてでした。先週との相違は、殺害指令を出した首謀者とされるヘラルド・バンタグ矯正局元局長(殺害指令を出したとされる当時は局長、以下バンタグ)が、その批判の矛先を現政権およびヘスス・クリスピン・レムリア司法長官に向けるようになったことです。それを受けメディアは、バンタグ個人ではなく政府という巨大な組織による犯罪にまで、再び目を向け始めました。新たな焦点については、後ほど詳しく解説します。
 また、国連人権理事会では、11月14日にフィリピン人権状況の国別レビューが公表されました(注)。加えて、イギリスの新聞ガーディアンにマリア・レッサへの興味深いインタビュー記事が掲載されています。これら2つの記事を今週のトピックスで取り上げます。

(注)前回11月11日付のダイジェスト[今週のトピックス]で紹介した、国連自由権規約委員会から11月3日に公表されたレビューと、今回取り上げる国連人権理事会で公表されたレビューは異なるものです。

◆今週のトピックス

トピック1:レッサの語る世界的脅威

― 2024年に民主主義の世界的な脅威が訪れる
 2021年まで6年連続で、フィリピン人はソーシャルメディアの利用時間が世界一になった。(ソーシャルメディアを悪用する政治家たちによる)政治への悪影響は、いずれ世界中のインターネットアクセス国のすべてに現れるだろうと、マリア・レッサは主張する。フィリピンは異常な国ではなく「鉱山のカナリア」なのだ。2016年のフィリピン大統領選挙でのドゥテルテの勝利と、イギリスでEU離脱を主張するブレグジット派の勝利(2020年にEU離脱)は、ともに情報を抑圧して嘘に置き換え、地上の安いデジタル軍で事実を悪質に攻撃することによって成された。嘘を武器とするデジタル軍は、事実はもはや重要ではなく、人々はそれに飽きていると主張したのである。
 レッサは言う。適切な恐怖を感じるには国際的な視点が必要であり、(その視点から世界を見ると)「とても恐ろしく感じます」。「今年は30以上の選挙があり、重要です。ブラジルで何が起こるかわかりません。フランスでも、右派があれだけ大きく伸びるとは。民主的に選ばれた非自由主義的な指導者たちが、民主主義を脅かすほどの数になるのはもうすぐです。2024年の選挙後には、世界最大の民主主義国であるインドと、世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアが加わり、地政学的なパワーバランスは大きく変化していることでしょう。」

― 第三次世界大戦は既に始まっている
 「これは第三次世界大戦なのか?」とレッサは問いかける。「私は、2つの点から、イエスと答えます。ロシアとウクライナの間で起きている通常戦争と、テクノロジー・プラットフォームで個人に対して行われている現代戦争が進んでいます。それ(後者)は、あなたの心をめぐる戦いです。それは、あなたの感情をめぐる戦いです。そして、文字通り、あなたの感情を操作することによって、彼ら(情報操作を武器とする人たち)はあなたの世界観を操作しているのです。あなたは事実を知らず、選挙の整合性もありません。」
 そして、レッサは次のように暖かく、そして、力強く語った。
「民主主義を自ら放棄したと思いたくありません。私たちは皆、消耗しており、年をとっています。」「しかし、押し戻される上り坂ばかりの中でも進み続けなければなりません」。

トピック2:国連人権理事会普遍的定期的レビュー

― 各国の評価
 11月14日、国連人権理事会から最終的なフィリピンの国別レビューが公表された。14日の審査では、今回のレビューは前回2017年、ドゥテルテ政権発足から1年が経った時期に行われた。5年ぶりとなる第4サイクルの今回は、実質的にドゥテルテ政権に対する人権レビューとの意味合いが強い。前回の勧告の多くが実質的に無視されており、また、未だ人権問題が深刻な現状を受け、マルコス政権に対してドゥテルテ政権時を含めた深刻な人権問題への対処を強く求める声が多くの加盟国から出された。
 少なくとも11加盟国はマルコス政権に対し、ドゥテルテ政権時のドラッグ戦争の中で発生した超法規的殺害に対処し、特に2016年以降に殺害された被害者の正義を確保するよう促した。また、少なくとも35加盟国が、超法規的殺害に歯止めをかけ、加害者、特に国家治安部隊に厳正な説明責任を求めるとともに、38加盟国が、人権や先住民の擁護者、弁護士や裁判官、環境保護主義者やジャーナリストの保護を求めた。
 一方、中国は、フィリピンの経済発展の推進を支持し、人権の保護と促進におけるフィリピンの功績を賞賛すると発言した。

― 国連でのレムリア司法長官演説とマルコスの反応
 フィリピン代表のレムリア司法長官は、国連人権理事会で演説し、フィリピンには「繁栄し、活気に満ち、参加型の民主主義空間」があり、「政府は、説得力のある証拠があれば、行動を起こすことをためらわない。私たちは誰も置き去りにしません」、「私たちは、我が国に不処罰の文化があるという誤った考えを払拭する。正義の否定も、人権の侵害も許さない」と語った。また、彼は、閉会の辞において、赤タグ付けの存在を否定した。
 レムリア司法長官によると、フィリピンはドゥテルテ政権発足1年目の前回国別レビュー(2017年)に出された257の勧告のうち103を受け入れて実施した。また、審査翌日の15日、マルコス大統領は報道官を通じて、国の司法制度における実績と改革を挙げ、人権保護に引き続き尽力することを誓った。

― 人権団体の反応
 フィリピンで活動する数多くの人権団体が国別レビューを賞賛し、フィリピン政府の反応を厳しく批判した。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、フィリピンの人権状況を改善するために、フィリピン政府に対し、「本気であることを証明する」ために勧告を支持し、実施するよう求める一方で、現政権の約束に留意しつつも、どの施策も「具体的な結果を生んでいない」と指摘した。
 国内人権団体カラパタンは、レムリア司法長官の演説に対して「フィリピン政府代表団は、空虚な言葉と曖昧な約束しかレビューに持ち込まなかった。そのプレゼンテーションは、現地の現実を反映していなかった」と痛烈に批判し、数多くの根拠を列挙した。
 バヤンのレナト・レイエス事務局長は、国連でレムリア司法長官が赤タグ付けを否定する演説をしたことに言及し、「フィリピン政府が赤タグ付けの存在を否定し続けるということは、この慣行がもたらす悪影響や活動家、ジャーナリストへの攻撃も否定していることと同じだ。というのも、この慣行がもたらす悪影響について、フィリピン政府はまったく反省しておらず、認識もしていないからだ」としてフィリピン政府のやる気のなさと継続する危険を強調した。彼は、国際社会がフィリピンの人権状況について批判的に見る必要性を語り、フィリピン政府が人権に関する全ての義務を果たすまで軍事援助の凍結を訴え、同時に、米国がフィリピンに巨額の軍事援助を決めたことを強く批判した。

◆今週のトピックス解説

― 暴かれていく?闇

 先週のトピックス解説でも取り上げた「パーシー・ラピ」の名で知られる人気ラジオ司会者が10月3日に殺害された事件をきっかけに、政治的殺害に関するフィリピンの巨大な闇が少しずつ姿を現してきました。実行犯が自首したことから刑務所を媒介としたフィリピンの暗殺システムの一端が次々と明らかにされています。殺害指令の仲介役と目される重要参考人を確保したのも束の間、服役中であった重要参考人も10月18日に刑務所の中で殺害されました。そして、司法省と内務地方政府省が協力して捜査に臨み、11月7日、両省は、その殺害指令を出した首謀者としてバンタグとその腹心のリカルド・ズルエタおよび複数共犯者を起訴しました。
 バンタグは、ドゥテルテ前大統領からの大抜擢で刑務所の管理を担う矯正局の局長に座りました。以前から刑務所内での殺害容疑が何度もかけられている人物でもあります。刑務所を媒介とした暗殺組織のトップだったと言われ、納得したフィリピン人も少なくないでしょう。そして、ドゥテルテ前大統領にまで達するかもしれない巨大な闇の解明も今回はここで終わり、と感じていたフィリピン人が大多数ではないでしょうか。
 しかし、バンタグ容疑者の怒りと悲しみのこもった感情的なインタビューは、そんな終息感を揺さぶり、まだ何か闇の中から出てくるのではないかという期待を多くの人たちに抱かせることになりました。

― お前を引きずり下ろす!

 「お前を引きずり下ろしてやる、長官(レムリア司法長官)! お前は既に信用を失っている。」

 11月11日、SMNIニュースチャンネルが容疑者となったバンタグに独占インタビューを実施しました。このインタビューはバンタグにとって容疑者となって最初の発言機会であり、多くの人たちが注目しました。このインタビューでバンタグは、容疑が濡れ衣であり、レムリア司法長官によって仕組まれたものとして、レムリア司法長官を強く批判し、彼と闘う強い意思を示しました。バンタグは、インタビューでレムリア司法長官がバンタグを貶めようとする2つの理由を繰り返しています。それらの理由とは、レムリア司法長官が自身の政治基盤を強化すること、そして、ドラッグ密輸で逮捕されたレムリア司法長官の息子から世間の目を自分(バンタグ)に逸らすことです。また、レムリア司法長官がドラッグ利用者であることをほのめかす発言もありました。
 前者については分かりませんが、後者の主張は大きな反響を得ているようです。証拠は全くなく、デタラメと切り捨てられても不思議ではない発言ではありました。しかし、メディアはこぞって、バンタグのレムリア司法長官への批判発言を取り上げました。そして、レムリア司法長官への燻っていた国民の不満にも再び火がつきそうな状況に、レムリア司法長官の反論もキレがありません。

― あり得ないところからの援護射撃

 普段であればあり得ないところからバンタグへの援護射撃も出てきました。不当な逮捕・勾留とされる勾留中のデ・リマ元上院議員は、バンタグが首謀者であることに対して大きな疑問を投げかけています。彼女が元司法長官であったことも彼女の発言に重みを与えているのかもしれません。取り調べで明らかになったのが、暗殺ネットワークで「タンダ」と呼ばれているリーダーです。タンダは年取った人を指す単語で、54歳のバンタグのことではあり得ず、また、政治的殺害のような大それた仕事をバンタグ自身が決断するとも考えられないとして、デ・リマはリーダーが別に存在する可能性を強調しました。言葉には出していませんが、彼女がドゥテルテを「タンダ」であるかもしれないと暗に示唆していることは間違いありません。
 また、教員政党ACTは、タンダの主張を無視せず丁寧に調査すべきであると司法省に要求しました。

― 分裂する?政治的殺害を支える危険な4人組

 政治的殺害に関わる闇を明らかにすることは、前ドゥテルテ政権の闇を暴き出すことでもあります。そして、政治的殺害に大きく関わっているドゥテルテ前大統領のかつての盟友たちは、バンタグへの対応をめぐって揺れています。
 バンタグの独占インタビューを実施したSMNIは、ドゥテルテの盟友アポロ・キボロイの所有するメディア会社です。また、積極的にレムリア司法長官とバンタグの間で調整を試みている?のは、やはりドゥテルテの盟友デラ・ローサ上院議員です。バンタグを含め、3人ともドゥテルテ政権の庇護の下で力をつけてきた人たちであり、人権団体から見れば最も危険な3人です。キボロイは絶えず黒い噂がある新興宗教の教祖であり、赤タグ付けを行う番組を有し、そして、米国で起訴されています。デラ・ローサは、赤タグ付けの熱狂的な支持者であり、政治的殺害を最も支えてきた1人と言っても過言ではありません。そして、政治的殺害で大きな役割を果たしていた刑務所を管理してきたバンタグ。この3者とレムリア司法長官を含めた4人が、現在のマルコス政権でも政治的殺害に最も影響力を有する人物たちと言っても過言ではないでしょう。彼ら4人こそが政治的殺害の人的な基盤と言っても良いかもしれません。今回の一連の出来事で、そこに亀裂が入ったことは間違いないでしょう。
 もう1点、個人的に不可解な点を紹介します。それは、フィリピン政府の広告塔であり、政権に不利になる情報をほとんど流さない国営フィリピン通信社が、バンタグの無罪を主張する人たちの抗議デモ(写真)を大々的に取り上げていることです。情報操作を得意とするマルコス政権の何らかの思惑・判断が入っていることは間違いないでしょう。
 4人の分裂、そしてマルコス政権の判断、今後も見逃せません。

〈Source〉
Bayan slams gov’t report on human rights to UN, Inquirer, November 14, 2022.
Dela Rosa to Bantag: Suspects can’t be choosy, surrender once warrant is out, CNN Philippines, November 15, 2022.
De Lima not convinced Bantag is slay brains ‘Tanda’, Inquirer, November 10. 2022.
Interview: Nobel peace laureate Maria Ressa: ‘In 2024, democracy could fall off a cliff’, Guardian, November 12, 2022.
National report submitted pursuant to Human Rights Council resolutions 5/1 and 16/21:Philippines, United Nation Human Rights Council, November 14, 2022.
Countries urge Marcos gov’t to fix human rights crisis left by Duterte, Rappler, November 14, 2022.
Gov’t fails to convince int’l community of improved human rights situation in PH, Karapatan, November 14, 2022.
Prosecutors subpoena Bantag to Lapid investigation hearing, pna, November 14, 2022.
Remulla dismisses red-tagging issue raised at UN: Bayan, ABS-CBN, November 15, 2022.
Teachers’ group to DOJ: Investigate Bantag’s claims in Percy Lapid slay case, Inquirer, November 12, 2022.
UN Council urges government to address Duterte administration’s human rights issues, CNN Philippines, November 15, 2022.

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