今週のフィリピン・ダイジェスト (10月15日-10月21日)

【写真】進退が注目されるヘスス・クリスピン・レムリヤ司法長官/ via Marcos thumbs down calls for Remulla to resign, Philippine News Agency, October 14, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

薬物犯罪容疑の「ダブルスタンダード」か? 司法長官に怒る違法薬物捜査の犠牲者親族

 今週は2つの出来事を取り上げます。1つは、へスス・クリスピン・レムリヤ司法長官の息子が違法薬物保持で逮捕された出来事です。ドゥテルテ政権時からの人権弾圧の急先鋒とも言われるレムリヤの逮捕された息子への対応が物議を醸しています。もう1つは、メディアや弁護士への政治的抑圧に関してです。今回は、レムリヤ司法長官の進退について簡単な解説を加えました。

◆今週のトピックス

トピック1: レムリヤ司法長官の息子、薬物犯罪容疑で逮捕!

―「特別扱い」か? 逮捕されたレムリヤ司法長官の息子

 10月11日、レムリヤ司法長官の息子フアニト・ホセ・ディアス・レムリヤ3世が大麻の一種クッシュ130万ペソ相当を輸入したとしてラス・ピナスで逮捕された。レムリヤ司法長官は、ドラッグやテロリスト関連の容疑者に対する政府の被人道的な対応を正当化し、そのマルコス政権への継承を声高に叫び、自身も政府に批判的な人や組織に対して根拠のない赤タグ付けを続けてきた。その司法長官が、息子を守るために「特別扱い」をしているとの批判が国会議員や司法界、人権組織等から投げかけられている。  
 左派系団体連合体マカバヤンのフランス・カストロ議員は、次の3つの「特別扱い」について、10月14日と17日に発表した2つの声明で次のように指摘した。その1つ目は、逮捕から公表までに2日間の空白期間があったことだ。「ジュネーブにいた彼の父親(レムリヤ司法長官)も、この逮捕をいち早く知っていた。約2日間の間に一体何が行われていたのだろう?」。2つ目は、フィリピン麻薬取締局が容疑者のぼかした顔写真を公開した点である。この扱いは、「彼ら(麻薬取締局)の常套手段」である「容疑者の顔写真をそのまま公開するだけでなく、できるだけ早くメディアの前にパレードする(晒す)」、「もしくは、すでに容疑者は殺されている」のとは、大きく異なる。3つ目は、容疑者であるレムリヤ3世に対して薬物検査を行わなかったことである。この結果、レムリヤ3世は違法薬物の所持・輸入に関する違反に問われたが、使用に関する違反からは逃れることとなった。

― 恥知らず!レムリヤ司法長官のダブルスタンダードに怒る違法薬物捜査の犠牲者親族たち

 「特別扱い」の報に対して、ドラッグ戦争における超法規的殺害の犠牲者の親族は憤慨している。大衆英字紙デイリー・インクワイアラーは、犠牲者の関係者2人のインタビューを掲載している。マリリン・マリンバンは、違法薬物捜査の際に同棲相手を他の2人とともに処刑スタイルで殺害された。彼女は、レムリヤの息子の顔も世間に晒すべきだと声を荒げる(麻薬取締局は人権を理由にレムリヤ3世の鮮明な顔写真の掲載を拒否したが、他のメディアによって既に鮮明なものが公開されている)。もう1人のナネット・カスティーリョは、当時17歳の息子を正体不明の武装集団に殺害された。両者ともに、自分たちの愛する相手とレムリヤの愛する息子との間にあるダブルスタンダードを批判した。息子の殺害をきっかけにフィリピンの人権擁護団体の活動家となったカスティーリョさんは、殺害された人の「贖罪の道」を公然と奪っているレムリヤが息子の「贖罪の道」を望んでいることに対して、「恥知らず」と非難した。
 また、「でっちあげ」の薬物犯罪容疑で5年以上も勾留され、収容所内でも数多くの「嫌がらせ」を受けてきたとされるレイラ・デ・リマ元上院議員は、以下のようにレムリヤ司法長官に語りかけた。
 「他の全ての人と同様、彼が司法長官の息子であるか否かに関係なく、フアニト・ホセ・レムリヤは罪が確定するまでは無罪とみなされます。前政権のドラッグ戦争において、あまりにも迅速に裁かれ、法廷で自らを守る機会の与えられなかった人々に対しても、同じように基本的な(無罪の)推定が適用されるべきでした。」
 「どんな司法制度も、信頼する価値があります。私は、それがレムリヤ長官の息子のためにも機能することを願っています。私や、前政権時代に裁判なしで死刑にされた他の1000人のためにも機能することを願っています。」

― 罷免を求める声に

 レムリヤ司法長官は、10月14日の記者会見において司法長官の息子が裁かれるという「敏感」な問題に対して、自身のみならずフィリピンの国が試されていると述べ、司法長官として息子の処遇を正義に任せることを誓った。また、便宜を図ったとの疑惑を強く否定した。
 同日、国家検察庁も本件に対して公正と独立性を誓った。
 レムリヤ司法長官罷免の声が上がっていることに対して、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(以下、マルコス)大統領は、同日、「罷免する根拠がない」として罷免の可能性を否定した。

トピック2:深刻化するメディアと司法への抑圧

― 続く司法への脅迫

 10月14日、全国人民弁護士連合は、その会議の場において、フィリピンでは1980年代以降、少なくとも133人の弁護士が仕事に関連した攻撃で殺害されており、その半数近くの59人はロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の激動期の過去6年間に殺害されたと発表した。  
 同組織はまた、フィリピンの弁護士や裁判官に対する嫌がらせは、同国の最高裁判所や国際監視団による警告にもかかわらず、6月に就任したマルコス大統領の下でも続いてきたと述べた。昨年、最高裁判所は、弁護士や裁判官に対する殺害や脅迫が増加していることを珍しく公の場で非難し、下級裁判所、法執行機関、弁護士グループに対し、先手を打つために過去10年間のこうした攻撃に関する情報を提供するよう要請した。最高裁判所は「我々のような文明社会では許されることではない」と述べた。

― ジャーナリストの保護を言い訳にした脅迫か?

 10月3日、政府批判を積極的に展開する人気ラジオコメンテーターで、「ラピッド・ファイヤー」という番組を持つパーシー・ラピッドが殺害された。殺害の記憶が未だ生々しい10月15日、GMAジャーナリストのSPソリアノは、私服の警官(を名乗る男性)に自宅を訪問されたと自身のツイッターでツイートした。その(自称)警官は、警官のIDを見せた後、ラピッド殺害を受けてジャーナリストの安全確認のために来たと説明した。警官が帰った後に確認したところ、他のジャーナリストの自宅やオフィスにも「警官」が訪問していることが確認された。また、この訪問は地元のフィリピン警察と共有されていないことから、警察の一般部署とは異なる命令系統の下で行われていることが明らかになった。
 ジンゴイ・エストラーダ上院議員は、警察の訪問が仮に本当にジャーナリストの安全確認を目的としたものであったとしても、その訪問の方法が逆にジャーナリストから威圧もしくは脅迫と取られてもしょうがないとし、警察がジャーナリストの自宅等の個人情報を得ている点を問題視した。また、エドセル・ラグマン上院議員も警察のジャーナリスト訪問を「隠された脅迫」として強く批判した。さらに、マカバヤンの弁護士は、上院に対して警察のジャーナリスト訪問を正式に調査する決議案を提出した。

◆今週のトピックス解説

― 続く不祥事、今度はレムリヤ

 不正な砂糖の輸入命令に関する混乱で行政長官を引責退任したビクター・ロドリゲスに引き続き、2人目となる、マルコス陣営の中核を担う人物の「失態」に注目が集まっています。大統領選挙時にマルコス候補(当時)のスポークスパーソンとして大活躍したロドリゲス、最も早くから大統領選でマルコス候補に忠誠を誓い、国内2番目の票田カビテ州を「献上」したレムリヤ(ファミリー)は、マルコスを大統領に当選させる上で重要な役割を担ってきた。このため、最も早くから重要なポストを約束されていた人物です。
 1ヶ月前、輸入砂糖での「監督不行届」で、ロドリゲス行政長官(当時)自ら辞任を大統領に求め、受け入れられたとされるニュースを読み、私自身非常に驚かされました。その後、マルコス大統領は、大統領主席補佐官というポジションを彼のために用意しています。
 レムリヤの場合はどうなるのでしょうか? マルコス流の政治術として、マルコス大統領は、レムリヤに非人道的な抑圧の旗頭としての役割を与えました。レムリヤ司法長官は、非人道的政策の正当化と展開を試み、そして、批判の的ともなっています。そして、マルコス大統領は「自身は介入せず」のいつもの姿勢を見せて、国内外の反応を観察しているはずです。先週の解説で取り上げたデ・リマの勾留も含め、不祥事続きのマルコス政権がどのような対応を見せるのか、レムリヤが非人道的な抑圧や赤タグ作戦の旗頭であるだけに、その後をしっかりと追い、別の機会に改めて解説をしたいと思います。
 最後に根拠のない可能性の1つとして、今回の逮捕が、マルコス大統領がレムリヤ司法長官に司法長官職の辞任を迫るために行ったものであったという線もありうると思っています。マルコス大統領にとって、レムリヤの発言は過激に過ぎると判断されているかもしれません。しかし、大統領選挙で大きな借りのあるマルコス大統領にとって、レムリヤを上手く御すことは難しいでしょう。彼の過激な発言を見ているとレムリヤも暴走気味な気がします。このような観点に立つならば、仕組んだことかどうかはともかく、今回の事件は、マルコス政権にとって、汚点ではありますが、裏取引でレムリヤの息子に便宜を図るとともに、司法長官を替え、非人道的な政策に関するトーンを抑え、デ・リマを釈放し、それらによって国内外の評価を上げると同時にレムリヤ・ファミリーを管理下に置くための、良いきっかけと映るかもしれません。

〈Source〉
De Lima to Remulla: Your son is innocent til proven guilty, just like drug war victims, Inquirer, October 14, 2022.
Estrada: PNP should explain surprise visits to journalists’ homes, philstar, October 16, 2022.
Ex-PH Bar association head warns vs Remulla interfering in son’s case: Mabubuwag ang sistema, ABS-CBN, October 15, 2022.
GMA journalist says plainclothes cop visited home to check for ‘threats’., philstar, October 15, 2022.
Lawmakers alarmed by PNP’s visits to journalists’ homes, Inquirer, October 16, 2022.
Makabayan sees ‘glaring double standard’ in Remulla’s son drug arrest, mulls probe, Inquirer, October 14, 2022.
Police house visits veiled media harassment – Lagman, Inquirer, October 18, 2022.
Remulla son won’t be tested for drugs; ‘not material’ to case, Inquirer, October 16, 2022.
Rights group: 59 lawyers slain in 6 years in Philippines, Washington post, October 15, 2022.
Solon questions ‘special treatment’ of justice secretary’s son, Inquirer, October 18, 2022.
Vic Rodriguez resigns as executive secretary, Rappler, September 17, 2022.
ラクソンとマルコス派が拡散するロブレドの共産党連合疑惑, SAC, March 16, 2022.

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