【コラム】拉致したスティーヴ・アブアを返せ!

【写真】スティーヴ・アブアの拉致について訴える妻のヨハンナ・アブア(上)、拉致されたスティーヴ(下)/via Facebook page of Unyon ng mga Manggagawa sa Agrikultura (posted on December 6, 2021.)

ブッチ・ポンゴス(日本国際法律家協会インターン)

 夫であり、また、父親である人が、突然、跡形もなく消えてしまったら。そしてその日、妻は夫を拉致した犯人から電話を受け、金銭ではなく、夫を屈服させ、法の檻へ戻すために犯人に「協力」するようを求められたら。その妻は、幼い娘の母親は、いったい、どう受け止めればよいのだろうか。
 まさにこれが、2021年11月6日に失踪したスティーヴ・アブア(35)の妻ヨハンナに起こったことだ。スティーヴは、1985年に農地改革を求め結成されたフィリピン農民運動(KMP)の活発なメンバーだった。

― 犯人はヨハンナに「協力」を求めた

 ザ・ニュース・レンズの報道によれば、犯人らはヨハンナに「現政権はこれまでとは違う、批判せずに支援すべきだ」と、誰かに助けを求めずに、スティーヴを政府に協力させるよう警告した。この卑劣な犯罪の犯人は、明らかにヨハンナが夫から情報を引き出すのに協力させようとしていた。スティーヴは新人民軍(NPA)のメンバーであるとして非難されている。
 ヨハンナはビデオ通話でスティーヴの姿を確認しており、誘拐犯の1人からはあつかましくも、政府批判を止めればスティーヴと会わせるとまで持ち掛けられたと、ザ・ニュース・レンズは報じた。スティーヴは猿ぐつわをかまされ、目隠しをされて、ベッドに縛られていたという。報道によれば、犯人は、スティーヴを拉致した2日後まで、何度もヨハンナの携帯電話にメッセージを送ってきたが、そのやり取りがフェイスブックに投稿されていることを知り、連絡を絶った。
 フィリピンのミュージシャンで活動家のマイケル・ベルトランは、ドゥテルテ政権の下で、”desaparecidos”(スペイン語の口語で「消えた人」)の増加を含む多くの人権侵害が発生しているにもかかわらず、なぜ、犯人たちは、現政権は以前と違うなどと言えるのかと述べた。

― 拉致された日に、2人の国軍諜報員がスティーヴについて情報収集していた

 ヨハンナやKMPの仲間はスティーヴの居場所を突き止めようと、彼が最後に目撃されたパンパンガ州のサンタ・クルスで死に物狂いになって聞き込みをした。サンタ・クルスは、マニラから車で2時間のところにある。報道によれば、ヨハンナやKMPの仲間が地方自治体役人に尋ねたところ、スティーヴが拉致されたその日、役人らは2人の国軍諜報員からスティーヴについて質問されたという情報が得られた。この事実の発覚にも関わらず、中部ルソン地方の国軍トップや国家警察トップは、地方自治体事務所の訪問を示す記録もスティーヴの逮捕や勾留の報告もないと、その役人の証言を否定した。

― 2021年11月6日、スティーヴは消息を絶った

 スティーヴは、2021年11月6日パンパンガ州で、会議に向かう途中、消息を絶った。34歳のスティーヴは、「レッドタグを付けられ、共産党のフロント組織であるとして軍に中傷された」いくつかの進歩的な組織の一つであるKMPのアクティヴな活動家である。
 スティーヴは、違法薬物にも違法な活動にも関与していない。多くの友人や同僚にとって、彼は、先住民族の農民の窮状を救うために献身的に働くまっすぐな人だ。敵もいないし、金持ちでもない。スティーヴはフィリピン大学の学生だった頃、学生活動家になった。スティーヴの友人や同僚らは、彼の親切な人柄をよく知っている。その性格が、統計学の学位を取得したスティーヴに、先住民族の農民とともに働くことを決意させた。多くの人びとにとって、彼の親切でまっすぐな性格は魅力的だったが、国家権力の怒りをかうことになった。権力者への盲従は、まさにマルコス独裁政権下の国の暗黒の歴史を彷彿とさせるものである。

― 18人が強制失踪、うち14人は農民団体まとめ役

 人権擁護団体カラパタンは、ドゥテルテ政権下2021年8月までに、18人の強制失踪を記録している。このうち、14人はスティーヴのような農民団体のまとめ役だ。また、同じ期間に、1138人が不当に逮捕され勾留されている。
 カラパタン事務局長のクリスティナ・パラバイは、スティーヴの失踪は、武装した反乱者と合法的な活動家との境界線を曖昧にするドゥテルテの反乱鎮圧キャンペーンの直接的な帰結だと述べる。KMP議長のダニーロ・ラモスは、スティーヴの拉致は、彼を無理やり自首させるため、政府批判を止めさせるため、そして、当局に協力させるために実行されたと考えている。

―人身保護を求める請願書を提出

 2021年12月7日、ヨハンナはスティーヴを探し出すために、必死で、人身保護令状をフィリピン控訴裁判所に提出した。請願書には、応答者として、国軍や国家警察、中部ルソン地方および州当局者ら17人の名前が挙げられている。請願書は、使い古された方法でスティーヴの家族や同僚らを堂々巡りさせようとする、国軍や国家警察による企てを止めるために提出されたとパラバイは述べた。
 一方、請願の弁護団である全国人民弁護士連合(NUPL)は、ヨハンナとのやり取りから推察し、スティーヴを拉致した人物は国家治安部隊の構成員であることは明らかだと述べた。NUPLは、裁判所が人身保護を求める請願を受け入れ、スティーヴ発見のために応答するよう望んでいる。
 請願書は、国軍と国家警察のドゥテルテの手下によって国民に向けられた抑圧と戦争の政策が存在する限り、このような暴力は続くだろう “と述べている。また、絶え間ない脅威と攻撃にさらされるフィリピン人を解放するために、今年5月の選挙で反テロ法を廃止し、ドゥテルテによる独裁的な支配を停止させることを求めている。

―スティーヴを発見するためのキャンペーン開始

 スティーヴの友人や同僚、音楽家や芸術家を含む人権活動家らは、反搾取システムキャンペーン(Anti-Suck System Campaign)を実施している。キャンペーンでは写真のTシャツを販売しており、その売り上げはスティーヴを探し出すための調査費用などに充てられる。さらに、キャンペーンをとおして、スティーヴの事例だけでなく、多くの「desaparecidos(行方不明者)」など、フィリピンの腐った社会システムによって人権侵害を被っている犠牲者をより多くの人びとに知らせることを目的としている。
Tシャツの購入はこちらのサイトで。

〈Source〉
Act on habeas corpus petition soonest to surface Steve Abua, Karapatan urges CA, KARAPATAN, December 9, 2021.
Anti-Suck System t-shirt (Gildan premium cotton), Anti-Suck System Facebook Page (posted on January 7, 2022).
The Case of Steve Abua: Philippines Pro-Government Kidnappers Show New Level of Brazenness, The News Lens, November 19, 2021.

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