【コラム】フィリピンの石炭火力発電で問われる日本の責任とは ~ 気候危機と環境・生活・健康被害

【写真】パグビラオ石炭火力発電所と小規模な漁業を営む漁師たち=2018年2月、FoE Japan撮影

波多江 秀枝(国際環境NGO FoE Japan)

 ― フィリピンにおける気候危機:脱石炭火力に向けた取り組み

 日本でも度重なる豪雨や猛暑で深刻な被害を肌で感じることが多くなっていますが、毎年フィリピンも巨大台風や干ばつに襲われ、甚大な被害を受け続けています。2021年12月16~17日にかけてフィリピンを直撃した猛烈な台風22号(フィリピン名:Odette。国際名:Rai)も、ミンダナオ島、レイテ島、ボホール島、セブ島、ネグロス島、パラワン島を横断し、多くの人びとの家屋や生活の糧、水・電気・通信・交通等のインフラに甚大な被害をもたらしました。国連の発表によれば、被害は死者405人、行方不明者65人、被災者約800万人、家屋損壊136万棟(うち全壊368,476棟)(1月12日時点)に及んでいるとのことで、家屋損壊の数は2013年の台風(フィリピン名:Yolanda。国際名:Haiyan)による被害110万棟を上回っています [i]

 世界中で洪水、巨大台風、干ばつなどの異常気象を引き起こしている気候変動は、これまで温室効果ガスをほとんど排出してこなかったフィリピンなど途上国の貧困層に特に大きな被害を及ぼしていると言われています[ii]。農業や漁業など天候の影響を受けやすい生計手段に依存していることや、異常気象に住居が耐えられないなど防災対策が不十分になりがちなためです。実際、昨年12月中旬のフィリピン中西部での台風被害においても、農作物の壊滅で収入を失い、壊れた住居を修復・再建しようにも材料の購入ができないなど、小農民らが益々困難な状況に追い込まれています。

 気候変動の主な原因の一つは、産業革命以降の化石燃料等を用いたエネルギーの大量消費による温室効果ガスの排出です。私たちが直面している「気候危機」を回避するためには、化石燃料からの脱却、つまり、脱炭素社会への公正な移行が急務となっています。特に昨今、二酸化炭素(CO2)を最も多く排出する発電方法である石炭火力発電からの脱却に向けた取り組みが世界で進められてきています。

 フィリピンでも、自分たちが真っ先に気候変動の犠牲者になるとの危機感もあり、新規の石炭火力発電所計画の停止と既存の石炭火力発電所の早期廃止を求める強い声が市民社会からあげられてきました。その結果、2020年10月には、フィリピン・エネルギー省が新規の石炭火力の承認に関するモラトリアムを宣言しています(2020年10月27日発効)。

 しかし、このモラトリアムは、既存の石炭火力発電所に影響を及ぼすものではありません。2020年の時点で、フィリピンの電源別設備容量の41.6%(10,944 メガワット)は石炭火力が占めており[iii]、これらの石炭火力をどのように早期廃止してCO2排出量を削減していくかという問題が残されています。

日本の官民が後押ししてきた石炭火力開発:座礁資産化に対する責任は?

 このフィリピンの既存の石炭火力発電所には、日本の官民が深く関わっています。FoE Japanが入手できた範囲の情報では、少なくとも約4,000メガワットの石炭火力発電所に日本の公的資金や民間資金が投じられてきました。

 1980年代に国際協力銀行(JBIC。日本政府100%出資。当時は日本輸出入銀行)が支援したカラカ石炭火力発電所(1号機)を皮切りに、1990年代には国際協力機構(JICA。当時は海外経済協力基金)がカラカ石炭火力発電所(2号機)、JBICがパグビラオ石炭火力発電所およびマシンロック石炭火力発電所に融資を行っています。2000年代には、ミンダナオ石炭火力発電所の建設やミラント・アジア・パシフィック社からの火力発電所(スアル石炭火力発電所およびパグビラオ石炭火力発電所を含む)の権益取得に対し、JBICの支援が行われました。そして、こうした公的資金の手厚い支援の下、日本企業がフィリピンに石炭火力設備の輸出、建設工事の受注、発電所の運転管理、売電などを行ってきたのです。

 当初想定していた稼働年数に達する前に、つまり、想定していた十分な利益を得る前に、これらの石炭火力発電所を閉鎖すれば、その経営上の損益の責任を誰が負うのかが問題となってきます。つまり、気候危機への対処が急務となっている中、石炭火力発電所の「座礁資産」化のリスクテイクという問題が顕在化してきています。このような背景を考慮に入れた上で、フィリピンの石炭火力を少なからず後押ししてきた日本の官民の責任がまったくないと言えるでしょうか。

 現在、アジア開発銀行(ADB)や海外の民間銀行などが中心となり、フィリピンなど東南アジアの石炭火力発電所の早期廃止に向けた調査と仕組みづくりが進められています[iv]。日本政府も将来世代のため、気候変動をこれ以上悪化させないためにも、自分たちが海外で進めてきた石炭火力発電所が早期に廃止されるよう、最大限の責任を果たしていくべきです。

石炭火力の実害に対する責任は?

 気候危機の中で問われる責任の他、日本には既存の石炭火力発電所がすでに引き起こしてきた環境・生活・健康被害に対する責任も問われていることを忘れてはいけません。石炭の使用は、従来、大気汚染や温排水、移転の問題などが伴うことから、フィリピン各地で地元の住民による強い反対運動が繰り返されてきました。そして、日本の関与する石炭火力発電所が操業している地元でも、実際に住民が健康被害に苦しんだり、生活の糧を失ったり、コミュニティの分断に悩まされてきました。

【写真】ミサミス・オリエンタル州庁舎前でミンダナオ石炭火力発電所の建設に反対する住民・市民団体=2003年6月、FoE Japan撮影
【写真】地元での反対運動にもかかわらず建設されたミンダナオ石炭火力発電所。コミュニティの生活の場に隣接している=2007年2月、FoE Japan撮影

 一つ事例を見てみましょう。フィリピンのルソン島南部ケソン州パグビラオ町に建設されたパグビラオ石炭火力発電所(1~3号機。1,123メガワット)は、現在、丸紅とJERA(ジェラ。東京電力と中部電力の合弁会社)が出資するフィリピン最大の独立発電事業者の一つTeaM Energy Corporation(TEC)が発電と売電に携わっています[v]。TECがミラント・アジア・パシフィック社から1、2 号機の権益を取得する際には、JBICと民間銀行(三井住友銀行、みずほ銀行など)が協調融資を行いました。

 このパグビラオ石炭火力発電所[vi]については、海洋生態系への影響や小漁民の生計手段への影響が指摘されてきました。多くの小漁民が、1、2 号機の建設・稼働によって漁獲量が減少し苦しい生活を強いられてきたこと、また、漁場の制限や温排水によるサンゴ礁の破壊、海面への石炭のばい塵飛来などの問題を報告しています。小漁民らは建設当時、反対運動を行ったにもかかわらず、これまで、適切な補償や生計回復措置はとられないままとのことでした。3 号機の増設にあたっては、海洋生態系への影響が拡大し、益々漁獲量が減ってしまうのではとの懸念の声があがっていました。(参考:冒頭写真)

【写真】パグビラオ石炭火力発電所の周辺で小規模漁業を営む漁師=2018年2月、FoE Japan撮影

 さらに、不十分な環境対策による公害と健康影響についても報告がなされています。1 、2 号機が稼働を開始して以降、呼吸器系疾患の罹患数が目に見えて増加していることが報告されており、実際、周辺住民は、20 年以上もの間、石炭貯蔵場からの粉塵被害に晒されてきました。特に、西風の季節には家屋の屋根にも黒い粉塵が飛来してくるとのことです。石炭貯蔵場の周囲には防塵ネットが設置されているものの、貯炭場の屋根などの補強措置は取られておらず、事実上、石炭は野晒しの状態となっています。

【写真】パグビラオ石炭火力発電所の貯炭場。防塵ネットは設置されているものの、屋根はない=2018年2月、FoE Japan撮影

 このように、日本の官民が関わってきた石炭火力発電所によって地元住民が被ってきた実害に対する責任は、フィリピン各地で発生しているものであり、大きな負の遺産とも言えます。たとえ、これらの石炭火力が気候変動対策の中で早期廃止されたとしても、すでに起きている環境・生活・健康被害への責任が消えるものではありません。日本の官民は、フィリピンの石炭火力問題において、気候危機の面でも、地元での環境社会影響の面でも、しかるべき対応をとることが求められています。

<筆者紹介>

島根県生まれ。山口県、北海道で育ち、東京へ。平和・人権・環境・開発の問題に関心を持ち、2000年に国際環境NGO FoE Japanのボランティアを経てインターン。2001年から常勤スタッフとして、日本の官民がフィリピンやインドネシア等で進める開発事業の各現場を回り、地元の住民・NGOと共に環境・社会・人権問題の解決に取り組む。2007~2021年は委託研究員。2022年から常勤スタッフ。


[i] “Philippines: Super Typhoon Rai (Odette) Situation Report No. 2”, United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA), https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/OCHA%20PHL_Typhoon%20Rai%20Sitrep2%2013Jan2022.pdf

[ii] “Unbreakable: Building the Resilience of the Poor in the Face of Natural Disasters”,

World Bank Group, https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/25335

[iii] “Installed Generating Capacity, by Source”, “2020 Key Energy Statistics”, Department of Energy, https://www.doe.gov.ph/sites/default/files/pdf/energy_statistics/doe-key-energy-statistics-2020-pocket-size.pdf

[iv] “Regional: Opportunities to Accelerate Coal to Clean Power Transition in Selected Southeast Asian Developing Member Countries”,

Asian Development Bank (ADB), https://www.adb.org/projects/55024-001/main#project-documents

[v] 「ティームエナジー発電事業」、JERA、https://www.jera.co.jp/business/projects/team

[vi] 「WHY MARUBENI ファクトシート2 パグビラオ3石炭火力発電所(既設1-2号機および3号機)フィリピン」、国際環境 NGO FoE Japan/気候ネットワークhttps://sekitan.jp/jbic/wp-content/uploads/2018/07/2-fact-sheet-pagbilao-jp.pdf


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