【Tita Seikoの侃々諤々】ダムで消えた村を想う

【写真出典】‘It gives life’: Philippine tribe fights to save a sacred river from a dam, Mongabay, March 9, 2023.

大橋成子(ピープルズ・プラン研究所)

今年4月、フィリピンは異常な酷暑に見舞われた。例年、平均気温が30℃半ばまで上がる4月から5月は、一年で最も暑い季節なのだが、今年の猛暑はさらに凄まじく、暑さ指数が40度を超え、ルソン島中部では体感温度が47℃まで上昇したという。

フィリピンのほとんどの公立学校では冷房設備が完備されていない。生徒たちは換気が不十分な教室で、すし詰め状態で勉強している。今年の記録的猛暑を受けて、教育当局は4月29日~30日両日、全国数千以上の公立学校すべてで対面授業を休止すると発表した。公式統計によると360万人以上の児童・生徒が影響を受けたという。その両日は、ジープニー運転手の全国的なストライキも予定されていた。(ロイター通信4月30日)

リモート授業が推奨されたが、インターネットに接続しにくい地域や家庭は全国にごまんとある。教師たちはネット環境のない子どもたちの学習に与える影響を心配していた。

さらに大きなニュースがあった。ルソン島ヌエバ・エシハ州にあるパンタパンガン・ダムが干上がり、300年前の街の遺構が姿を見せたことだ。この地域では数か月ほとんど雨が降っておらず、降水量は平年の25%を下回り、4月30日の水位は平常より50メートルも低かった。

ダムの底から出現した遺構はすでに荒廃していたが、教会跡地の十字架や墓石、役所の標識らしきものがそのまま残っていたという。ここはダムが建設された1970年代に水底に沈められた街だった。(CNNニュース5月1日)

フィリピンのダム建設は、前マルコス大統領が戒厳令を布告した70年代から本格化した。「開発独裁」と言われたこの時代には、日本の政府開発援助(ODA)と企業進出が大きく関与していた。

当時、私がアジア太平洋資料センター(PARC)で英文AMPOや雑誌『世界から』の編集に携わっていた頃、これでもか、これでもかと「開発」事業の下で犠牲になる民衆の状況を告発する記事がフィリピンの諸運動から届いたのを記憶している。なかでも圧倒的に多かったのは、ダム建設によって立ち退きを迫られ、先祖代々の土地を奪われた先住民族の怒りと日本政府・企業に対する抗議の声だった。フィリピンの場合、鉱山開発やダム建設地は必ずと言っていいほど先住民族が生活する地域に集中している。

神聖な大地や河川を「いのち」と表現する先住民の命がけの闘いは、過去も現在も続いてきた。ここではいくつかの事例を紹介したい。

70年代当初、ルソン島北東部カガヤン・バレー地域に流れるフィリピン最長のカガヤン川とその支流沿いにいくつものダム建設が計画された。この地域はコルディリエラ特別行政区として知られ、現在も多くの先住民族がいくつもの州に跨って生活している。

①チコ川ダム建設を中止させた闘い

戒厳令布告後間もない1974年、カガヤン川支流のチコ川に4つのダム建設計画が持ち上がり、予定地の先住民10万人が立ち退きを迫られた。この事態に対して、部族間の対立を避けるための伝統的政治制度ボドン(平和協定)が呼びかけられ、カリンガ族、ボンドック族など多くの部族が団結し、10年間に及ぶ武力衝突も辞さない反対闘争を繰り広げた。

フィリピン国内だけではなく、国際的な連帯運動に広がったこの闘いで、戒厳令下にも関わらず建設を中止させた歴史は今でも伝説のように語り続けられている。しかし、この地域の「開発」計画は現在まで続いており、2年前には人権活動家が赤タグ付けによって拉致されるなど、多くの問題が残されている。(フィリピン独立教会聖職者への赤タグ付け,SAC,2022年8月28日.)

②サンロケダム建設反対闘争

90年代には、同じくルソン島北部を流れるアグノ川で、日本のODA及び丸紅・関西電力が資金・技術提供をしたサンロケダム建設への反対闘争があった。地球の友(現FoE Japan)との国際的共闘で、イバロイ族など先住民代表が何度も中止を求めて来日し、フィリピン国内でも人権・環境団体が告発行動を続けたが、最終的には建設が強行されてしまったことはまだ記憶に新しい。(詳細はFoE Japanの資料参照)

近年は日本のODAのみならず、中国や韓国政府の援助によるダムを含めた開発プロジェクトが進んでいる。特にドゥテルテ政権時代の国家プロジェクト「ビルド!ビルド!ビルド!」によって巨額の建設資金が中国政府から流れ込んだ。

③ミンダナオ・カリワ ダムの場合

コロナ禍の2019年、ミンダナオ島中部ブキドノン州に、中国政府が8億ドル融資するカリワダム建設計画が持ち上がった。この地域に流れるキバウェープランギ川沿いにはマラボ族を始め数十の先住民族が、神聖な川からの恵みで生計を立ててきた。建設計画について政府からの説明も同意の手続きもないまま、国軍・警察の警備のなかで中国人技術者によるドローン調査が現在も続いている。マニラに拠点をもつ「カリカサン環境ネットワーク」によると、建設反対に立ち上がったマラボ族首長団体に、これまで何度も脅迫状が送られているという。(アルジャジーラ・ニュース 2024年1月19日付)

④パナイ島:トゥマンドク族指導者9人が殺害される

2020年12月30日、パナイ島ではジャウル川流域のダム計画に反対してきた先住民トゥマンドク族の指導者9人が、対NPA作戦中の警察軍によって殺害され、16人が逮捕されるという事件が起きた。家宅捜査で銃器や爆発物が発見され、警察軍が仕掛けるのを目撃したという多くの住民の証言があったにも関わらず、警察軍側はNPA容疑者の逮捕状をもって捜索したと言い張った。ここでも、住民への説明も同意もないまま立ち退き計画が進められていた。ジャウル川ダムプロジェクトの費用の80%は、韓国政府の経済開発協力基金から融資されている。(MONGABAY:News & Inspiration from Nature’s Frontline 2021年2月8日付)

フィリピンには現在いったい何基のダムが建設されているのか、あるいは計画されているのか、全体的な統計をかなり探してみたが正確な数字は見つからなかった。

数々のダムの底に先祖代々の土地を沈められてしまった人々は今、どこでどのようにして生きているのだろう?

農業や飲水・水力発電など水利目的のダムが必要な場合はある。しかし、あまりにも多くの犠牲を強いる理不尽な「開発」のあり方は変えなければならない。こうした大事業で大儲けをする人間がいる一方、フィリピン人の肩には毎年累積する対外債務が重くのしかかっている・・・。

24時間煌々と電気がつくマニラの高層ビルやカジノやホテルが「経済発展」の象徴と言うならば、土地と生活の手段を奪われた先住民族や、クーラーもない教室で汗だくで勉強する360万人の生徒たちに、その恩恵はいつ与えられるのだろう。

【参考資料】
Indigenous leaders killed in Philippines were ‘red-tagged’ over dam opposition, MONGABAY News & Inspiration from Nature’s Frontline, February 8, 2021.
Markus Balázs Göransson, 2023, Peace pacts and contentious politics: The Chico River Dam struggle in the Philippines, 1974-1982, Journal of Southeast Asian Studies , Volume 53 , Issue 4 , Cambridge University Press, Journal of Southeast Asian Studies, Cambridge University.
アルジャジーラ・ニュース(2019年1月19日)
FoE Japan(地球の友)のサンロケダム関連の記事
CNNニュース(2024年5月1日)
フィリピン独立教会聖職者への赤タグ付け,SAC,2022年8月28日.
ロイター通信(2024年4月30日)

あなたは知っていますか?

日本に送られてくるバナナの生産者たちが
私たちのために1日16時間も働いていることを

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)