フィリピン・ニュース深掘り
(2023年6月24日-7月5日)

【写真】ダバオ沿岸バイパス道路プロジェクトの開通式で観衆に手を振るマルコス大統領とサラ副大統領/Facebook of Bongbong Marcos, July 1, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

1年を迎えたマルコス政権(1)
実は崖っぷちの危険な経済政策

 マルコス政権はマルコスの大統領就任から1年を迎えました。この1週間、国内外のメディアが、こぞってマルコス政権の一年を振り返り、論評しています。今回と次回の2回に分けて、それらを整理し、深掘りしていきます。今回は、経済政策を取り上げました。

― 経済成長への高い評価

 自画自賛するマルコス派閥の政治家たちを除いて、最も高い評価をマルコスの1年に与えているのは、経済界でしょう。世界的な需要縮小に直面する中、フィリピンは活発な国内需要に引っ張られて、7%前後の世界でも最高水準の経済成長率を維持してきました。さらに、今後も堅調な成長の見通しが世界銀行やIMFをはじめとする多くの国際機関から公表されています。優良投資先としてフィリピンを世界中の投資家に紹介する国際機関の分析は、フィリピンメディアで頻繁に報告される人気記事となっています。
 経済への楽観的な評価を支えるもう一つの要因は、マルコス大統領のビジネス外交です。マルコス大統領は、多くの閣僚を連れて積極的な外遊を展開しました。その外遊のたびに公表される訪問国からフィリピンへなされた巨額の投融資の約束は、フィリピン人に大きな希望を与えてきました。

― 経済への懸念

 他方、依然として高いインフレとそれに圧迫される家計、そして、膨れ上がった債務残高が、懸念材料としてしばしばメディアでも取り上げられています。これらに対して、楽観論者たちは「持続する高い経済成長が解消するので懸念不要」、「管理可能」との力強いメッセージを繰り返し発しています。本当に大丈夫でしょうか?
 楽観論者たちが依拠するフィリピンの高い経済成長について、国際機関の分析を読んでみると、良好な経済成長は拡大する内需―コロナ禍で冷え切った消費が正常化に伴って息を吹き返してきたリベンジ消費に牽引されるものでしかないのです。一時的で、持続的なものではありません。したがって、現在の好景気を国際機関が期待するような長期的な好景気へと結びつけるためには、すぐに頭打ちになってしまう小さな国内市場ではなく、冷え切ってはいますが国内市場とは比べものにならない大規模な国際市場に輸出攻勢をかけていくしかありません。

― 実はかなり危険な賭け

 国際機関の分析を丁寧に読んでみると、国際市場に輸出攻勢をかけるような構造転換をフィリピンができるかどうかについては、とても懐疑的です。乱暴に言うと、「長期的な好景気に結びつくかもしれないね。構造転換できればだけど。ま、今年中くらいなら好景気は続くんじゃないの?いつ終わっても不思議ではないけどね」って感じです。
 経済分析のサマリーしか読まずに発言する政治家たちとは異なり、経済官僚たちは発言こそ楽観的なものの、その難しさを理解しているようです。マルコス政権の経済政策において構造転換の移行期を乗り切る手段と位置付けられているのは、海外からの巨額の投融資に依存したインフラ公共事業など、さまざまな大規模プロジェクトです。マハルリカ基金というリスクの大きな政府の開発財源を強引な議会手続きで確保したことも、マルコス政権の危機感の表れと言えるでしょう。さらに、中国と米国を競わせて、フィリピン領内での軍事的な緊張を招くような綱渡りの投融資獲得努力も、その一環です。

― 矛盾する経済政策

 マルコス大統領の国内外での努力の成果として、少なくとも今年一杯は景気を維持する公共投資プロジェクトは確保できているように見えます。貧困世帯への支援も、既に4月末の時点で予定債務にほぼ到達してしまってはいるものの、更なる債務拡大によって、なんとか凌ぐことはできるでしょう。
 他方、産業構造転換に不可欠な民間投資は、一部を除いて未だ口約束レベルでしかありません。例外は、エネルギー・鉱物資源産業でしょう。多くの企業がフィリピン政府との新たな投融資契約を望んでいます。しかし、大規模な公共インフラ整備と資源開発は、諸刃の剣です。どちらも多くの住民移転が不可避なため、強力な反対運動、ひいては反政府、反マルコスの武装闘争の活発化が避けられないからです。それを見越しているのか、フィリピン国軍の鎮圧能力を高める人事や再編成が今年に入ってから着々となされているようにも見えます。
 しかし、輸出拡大に不可欠な生産性の高い産業構造への転換を支える民間投資の多くは、摩擦や紛争が常態化するような社会を嫌います。公共事業と資源産業への依存、抵抗と鎮圧の行き着く先は、父マルコス・シニア政権の末期のような政治経済の混乱、そして犯罪者としての大統領の亡命です。被害者であり当事者でもあったマルコス・ジュニア大統領は、十分に理解しているはずです。そろそろ父マルコス・シニアとは全く異なる戦略を積極的に打ち出さなければならないはずですが、どうなるのでしょうか?

〈Source〉
1 year on, Marcos administration bravely faces debt challenges, Business Mirror, June 30, 2023.
Allies, critics weigh in on Marcos’ 1st year in office, Inquirer, July 1, 2-23.
Majority vote: Some Filipinos look back on Marcos’ first year as president, CNN Philippines, June 30, 2023.
Marcos’ year 1 marred by inflationary challenges despite Filipinos’ ‘starvation wages’, CNN Philippines, June 29, 2023.
One year into presidency, Filipinos give Marcos thumbs up for foreign policy, Arab News, July 1, 2023.
Securing Clean Energy Future: Philippines Economic Update, World Bank, June 2023.
What Marcos has accomplished one year into his presidency, philstar, June 30, 2023.

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