難航する農業長官人事と
実現不可能に見える選挙公約

【写真】カラバオ(水牛)を使って田んぼを耕す農夫=2008年10月、フィリピン・ネグロス島、勅使川原香世子撮影。

【10日=東京】7月1日から開始するフェルディナンド「ボンボン」マルコス・ジュニア(以下、「ボンボン」マルコス)政権を担う閣僚が次々と「内定」する中で、「ボンボン」マルコスの「目玉」政策とされる農業改革を担う農業省長官の名前は未だ発表されていない。インフレの悪化は食糧事情の悪化および農家の困窮化に拍車をかけており、「ボンボン」マルコスの行うはずの積極的な農業改革に注目が集まっている。

― インフレと食糧事情

 5月7日、フィリピン統計局は、5月のインフレ率が5.4%であり、4月の4.9%から一気に上昇したことを発表した。フィリピン政府がインフレ率の目標とする2~4%と比べて、その数値は遥かに高い。国際リサーチ機関であるHSBCグローバルリサーチは、東南アジア諸国の比較において、インドネシアやマレーシアのような補助金や価格統制を積極的に行なっている国と異なり、エネルギーのほとんどを輸入に依存しているシンガポールやタイとともにフィリピンがインフレ圧力の深刻な危機に直面していると指摘する。
 エネルギーと食料の価格上昇に対して、ドゥテルテ大統領は、チーフエコノミストに対して、とうもろこしと石炭に続いて豚肉と米の関税を引き下げることを指示した。国家経済開発庁(NEDA)は、とうもろこしが相変わらず24.4%の高いインフレ率を示す一方で、米のインフレ率は低関税政策と輸入先の多角化戦略により、1.5%に抑えられていると発表した。
 こうしたインフレ率の高騰は、主にウクライナ危機に起因するものであるが、今後の農業支援を含めたインフレ対策がフィリピンの投資環境の評価を大きく左右することは間違いない。

― 特別なものは何もない:バリューチェーンからの包括的なアプローチ

 「ボンボン」マルコスは、上院議員時代より父マルコス(以下、マルコス・シニア)政権による「農業黄金期」を実現させ、経済成長の原動力に位置づけた成功を踏襲すると語り、大統領選挙でも公約として、同様の言説を繰り返し強調した。マルコス・シニアの成果に関して数多くの「虚偽」が語られる中で、1970年代に主要穀物自給率の向上やコメの自給率100%といった農業生産性向上に支えられて経済成長が達成されたことは間違いない。そして、その事実の焼き直し政策こそが、マルコス派がその正当性を訴える基盤なのである。しかし、「ボンボン」マルコスは、7月からの新政権を見据えて次々と重要閣僚を指名して政策を明確にしていくなかで、最優先課題の一つであるはずの農業に関して、未だにその責任者(農業長官)を発表していない。
 5日、インフレの急上昇に危機感を持った「ボンボン」マルコスは、次のようなコメントを自身のフェースブックに掲載した。
「私は、私たちの国の農業セクターを成長させ、改善することができることを強く信じています。何度も言いますが、私たちが目指すのは農業のバリューチェーン(生産から小売までの工程を見直すことで利益を増やす取り組み)です。十分な食料を生産し価格を下げることこそが、今後数年間で私たちが達成したい願望の一つなのです。」

― 約束された1kgあたり20ペソの米価

 「ボンボン」マルコスが選挙中に約束した数少ない明確な数値目標は、多角的なアプローチによる1kgあたり20ペソ(現在の価格の半額以下)への米価引き下げである。「ボンボン」マルコスは、この米価引き下げを農家に犠牲を強いることなく実施することを確約した。このような米価引き下げは、「ボンボン」マルコスの選挙公約および選挙後の切れ切れの発言をつなぎ合わせるならば、マルコス・シニアの「成功」を支えたカディワ・プログラムの復活および高度農業技術の導入、そして、安価な輸入農作物の制限によって達成されることとなる。
 カディワ・プログラムは、政府が農家から高く購入して、小売業者に安く販売することで消費者が農産物を安く購入できるようにする取り組みで、イメルダ・マルコスの主導によって1980年から1985年まで実施された。
 5月8日、農業省ウィリアム・ダール長官は、米価20ペソが「今のところは」不可能であると発言した。ダール長官は、その理由として、ウクライナ危機による肥料代等の高騰により、農家生産価格が1kgあたり11.50ペソから14.80ペソへと上昇している一方で、タイおよびベトナムの1kgあたりの生産価格がそれぞれ8ペソと6ペソにとどまっている点に言及した。しかし、彼はまた、1兆230億ペソの政府補助金があれば、農家を保護しつつ20ペソを達成することが可能であると述べ、農業省は「ボンボン」マルコスの下で、農業改革を実施していく用意が既に整っていることを強く主張した。
 他方、マルコス・シニア政権の「成功例」としてのカディワ・プログラムの導入に対して、否定的な意見も少なくない。農民グループKMPのダニーロ・ラモス代表は、膨大な予算を無駄に費やし、米価の高騰を止められずに「惨めに失敗した」カディワ・プログラムを導入する「ボンボン」マルコスの選挙公約は「大嘘だ」と批判する。
 また、経済学者でもあるジョーイ・サルセダ下院議員は、20ペソへの米価引き下げは実現不可能であると述べ、「20ペソまで下げることは可能だが、340万人の米農家を殺すことになるだろう」と強く批判した。

〈Source〉
A golden time during Marcos 1 period, Manila Times, June 4, 2022.
BBM to boost agri for food-secure PH, Manila Times, June 5, 2022.
Expensive food, fuel push PH inflation to 42-month high of 5.4 percent, Inquirer, June 7, 2022.
How will BBM allay public skepticism about his pledge of an agriculture renaissance?, Manila Times, June 6, 2022.
Imee prefers handling Senate finance, foreign relations or agri panels, Inquirer, June 1, 2022.
Marcos pick for agriculture chief ‘vital’ in addressing inflation: solon, ABS-CBN, June 7, 2022.
May inflation pegged at over 5% on rising food prices, Inquirer, June 6, 2022.
The wait-and-see period for Bongbong Marcos’ ‘P20 rice’ promise, Inquirer, May 13, 2022.

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