今週のフィリピン・ダイジェスト
(11月24日-12月2日)

【写真】教育改革を誓うサラ・ドゥテルテ教育大臣/via Sara to focus on welfare of DepEd personnel, May 20, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

フィリピン経済の光と影/依然継続される赤タグ付け/中国軍によるロケット破片強奪事件

 今週のトピックスでは、3点を取り上げました。最初は、フィリピン経済の両面−マクロ経済への高い期待の一方で、継続する高いインフレによる国民の家計の深刻化が進んでいる−についてです。続いて、赤タグ付けを伴う人権抑圧に対して国内外から投げかけられる厳しい批判に対し、マルコス大統領自身は「中立的」立場にいるかのように振る舞っていますが、依然としてこのような軍事作戦は各地で継続されています。今回は、バタンガス州の事例を取り上げました。最後に、ハリス副大統領の訪比に合わせたかのように起こった中国による自国ロケット破片のフィリピン国軍からの強奪事件を取り上げます。
 また、解説では、フィリピン社会の経済格差を縮小する上で決定的に重要だとされる社会的弱者救済と教育について取り上げます。

◆今週のトピックス

トピック1: アジア太平洋地域をリードするフィリピン経済

 ムーディーズ・インベスターズ・サービスによると、フィリピンは2023年にアジア太平洋地域の経済成長をリードする可能性が高い。この地域で最も長い経済封鎖により抑圧されてきた経済が開放されることによる大規模な経済効果を見込める。1〜9月の経済成長率は政府目標値6.5-7.5%より高い7.7%を達成した。インフレ対策とペソ安定化のための利上げにもかかわらず高い経済成長を達成したことは大いに評価できる。ムーディーズの予想では、来年のGDP成長率はフィリピンが6.4%、次いでベトナム6.1%、中国が5.1%、インドが5%、インドネシアが4.7%、タイが3.9%、マレーシアが3.8%。他方、高いインフレの継続と世界的な景気縮小は大きなリスク要因となる。

― インフレによる生活の困窮化と要請される支援
 「米、野菜、肉、魚、その他の基本的な日用品の価格は、もはや一般消費者の手に負えるものではありません。超高インフレという事態は、労働者の賃金、従業員の給与を引き上げる十分な理由です」

 消費者団体バンタイ・ビガスおよび女性農民団体アミハンのキャシー・エスタビリオはケソン市で市民に呼びかけた。彼女はフィリピン政府に対して、以下7つの要請を提出したと述べ、その重要性を訴えた。
(1)必需品の付加価値税の撤廃
(2)石油製品の付加価値税の廃止
(3)賃金と給与に関する法案、特に家族生活手当またはそれに相当するものの緊急対応
(4)石油自由化法の見直し法案の緊急の成立
(5)最貧困層および失業者に対する現金支援または財政援助の提供
(6)食料価格の引き下げと地産地消の推進
(7)消費者への新たな課税の取りやめ

 深刻なインフレ被害に対して人権団体カラパタンは、準備されている巨額の機密費、特に、サラ・ドゥテルテ副大統領の機密費を社会サービスや貧困世帯への支援に回すべきだと強く訴えている。サラ副大統領には、副大統領および教育大臣としていくつもの巨額の予算が準備されている。カラパタンは、特に、柔軟に利用でき、汚職との親和性も高い機密費6億5千万ペソ(15億9千万円:1ペソ2.45円)の利用を提案し、そうでなければ、この機密費が「教師や生徒を監視し、マルコス・ジュニア政府の赤タグ付けと偽情報キャンペーンを推進し、批判者の信用を落とし、このファシストと汚職にまみれた政権の汚名をそそぐための巨大なトロル(ネット上の荒らし)軍団の資金として使われるだろう」、「多くの人はそう考えている」と語る。

― 世界銀行フィリピン経済報告書
 11月24日、世界銀行はフィリピンの経済に関する報告書『フィリピンにおける貧困と不公正の克服:過去、現在、将来の展望』を公刊した。先に挙げた2つの記事からも分かるように、フィリピンの経済に関する評価は真っ二つに割れている。一つはマクロ経済が高く継続的に成長するという予測であり、他方は中間層以下の生活困窮化である。世界銀行の報告書は、図らずも楽観的な経済成長予測に対して懸念と必要な改革の方向性を示している。
 本報告書は、フィリピンの長期的な経済構造、特に貧困と格差に注目してデータを収集し、コロナによる経済封鎖前までとその後の「回復」との差異を比較分析したものとなっている。分析では、前半で1985年から経済封鎖までの期間、長期的に貧困と不平等を大きく改善しつつあるフィリピン経済構造について、特に貧困層削減で一定の評価を与えはするものの、他のアジア諸国と比べても高い社会格差を強調している。後半では、コロナによる経済低迷とその後の急速な回復基調について触れつつも、その回復が元への復元ではなく貧困層もしくは女性や子どものような社会的弱者を置き去りにしたものであることを明らかにした。さらに、ともすれば、これまでの貧困や不平等の縮小の成果を失いかねない危険を示唆し、今後の政策における社会的弱者への注視をフィリピン政府に呼びかけている。

トピック2:バタンガス州における赤タグ付けを非難する

 バタンガス州ロザリオのフィリピン合同教会(UCCP)で活動するエドウィン及びジュリエッタ・エガー夫妻と信徒指導者ロナルド・ラモスは11月28日、フィリピン国軍、特に陸軍の一部門から赤タグ付けと嫌がらせを受けているとして最高裁の保護を求め、指揮責任者としてフィリピン国軍バルトロメ・ビセンテ・バカロ長官をはじめ多くの将官を訴えた。
 エドウィン牧師らの誓願書によると、彼らはロザリオに駐屯する第59歩兵団から「共産主義者の反政府勢力に援助を与えた」として批判され、新人民軍(NPA)として反政府勢力のリストに入れられた。彼らは「民間人であるにもかかわらず、国軍は軍事監視/軍事偵察を行い、(NPAメンバーである)証拠がなく、申し立てられた証拠を明らかにすることを拒否しているにもかかわらず、メンバーであると認めて降伏するように(彼らを)威嚇し重大な強要を行った」と申し立てた。
 さらに、エドウィン牧師らは、9人の活動家殺害に発展した2021年3月7日の警察と国軍の合同作戦「血の日曜日」に触れ、いつ自分たちの身に同じことが生じるか分からない恐怖に言及、「私達の生活、自由、安全に対する軍事作戦の明白な脅威がある」と述べた。

トピック3:中国、自国ロケット残骸をフィリピン海軍から強奪?

 11月19日、中国製ロケットの残骸とみられる浮遊物がパガサ島付近で発見され、フィリピン軍が取得した後に中国沿岸警備隊によって持ち帰られた。フィリピン国軍からの報道によると、フィリピン軍が破片を曳航中に中国沿海警局によって妨害され、最終的に曳航索を切断されて「強引に回収」された。現場のフィリピン軍は、命を危険に晒すほどの重要度はないと判断して回収には抵抗しなかった。この出来事は、カマラ・ハリス副大統領のフィリピン訪問中に生じた出来事であった。
 21日に中国外務省は、「現地で友好的に協議した後にフィリピンが中国に返還し、中国は謝意を示した」として、「強奪」を否定した。この中国の対応に対して、フィリピン国防省ホセ・ファウスティーノ・ジュニア長官は、破片は中国によって「無礼にも」奪われたと反論した。
 24日、フィリピン政府は、中国に対して正式な説明を求めたことを公表した。

◆今週のトピックス解説

格差縮小なるか?期待される来年の教育改革

― 予算の綱引き
 11月23日、フィリピン上院は来年度予算案を全会一致で承認しました。総額5兆2700億ペソであり、批判の対象となっていた各省・機関の機密費約40億ペソの一部が各政府機関の運営予算に振り向けられることとなりました。削減された額は5%程度ですが、それらは、外務省(500万ペソ)、司法省(1920万ペソ)、社会福祉開発省(1920万ペソ)、その他の行政機関(600万ペソ)、オンブズマン・オフィス(2000万ペソ)に新たに振り向けられました。分配先を見るならば、ガバナンスの改善と世界銀行やカラパタンが強調する社会福祉に多くを割り当てられています。与党圧倒的多数の上院ではありますが、かなりアッサリと決まりました。11月にマルコス大統領の支持率を大きく下げかねない不祥事が続いたことも大きな理由の一つであることは間違いありません。

― サラの教育改革に期待?
 社会、特に社会的弱者のレジリエンスを高めることは重要です。それは、救済制度を整えるとともに、社会的弱者の能力の底上げを図ることに他なりません。救済制度については貧困世帯への給付金(4Psプログラム)や一部都市での安価な日常品の販売(カディワストア)、主食等の輸入量の調整や在庫の確保などが進められています。しかし、これらは全く足りておらず、何よりも長期的には経済破綻にも繋がりかねません。実際、父マルコス・シニア大統領が経済を破綻させた理由の一つが、このようなバラマキだとも言われています。そして、そのバラマキの多くが実際には汚職の源泉になっていたと言われています。
 さらに、財政負担もバカにはなりません。むしろ同時に進められる社会的弱者の能力向上=教育をこそ重視する必要があります。サラ副大統領が教育大臣となったことで抜本的な改革を私たちは期待できるかもしれません。
 しかし、口では色々と将来構想を述べているものの、強引に対面授業を開始した以外に未だ大きな教育改革はなされていません。来年には、新たな予算の下でさまざまな改革案が具体化され、実施されていくことになるはずです。経済成長にばかり目を向けるのではなく、教育改革が将来的な格差縮小を左右するものなのかどうかを見極めていく必要があります。
 多くのフィリピン経済の問題で言及されているのは、中流以上の世帯が利用する私立学校とそれ以下の経済層世帯が利用する公立学校のますます広がる質的格差です。今後の教育改革を見極める上で重要なポイントは、フィリピンで顕著なリップサービスや効果の伴わない改革案ではなく、公立学校への効果的かつ将来的な収入に結びつく教育支援であるかどうかです。リップサービスの域を全く出ていませんが、マルコス大統領やサラ副大統領がしばしば強調する英語教育、技術教育、IT教育が公立の小学校高校でどのように導入され、どのような効果を出すのかに来年以降注目していきたいと思います。

〈Source〉
Chinese ship accused of seizing suspected rocket debris from Philippines, BBC, November 21, 2022.
Food advocates say wage hike needed to urgently address inflation, Bulatlat, November 25, 2022.
IMF Executive Board Concludes 2022 Article IV Consultation with the Philippines, IMF, November 28, 2022.
Karapatan reiterates call for reallocation of confidential, intelligence funds for social services, aid to poor families, Karapatan, November 25, 2022.
Philippines may lead AsPac growth in 2023 – Moody’s, Philstar, November 28, 2022.
PHILIPPINES: Reducing Inequality Key to Becoming a Middle-Class Society Free of Poverty, World Bank, November 24, 2022.
Protestant leaders claim being red-tagged by military, Inquirer, November 29, 2022.
Senate approves 2023 budget, slashing P172.67M in confidential funds, Philstar, November 23, 2022.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)