【解説記事】鉱物資源に呪われた国フィリピン(1)
〜資源産業の社会影響と資源に歪められた40年〜

ジーナ環境天然資源省大臣の肝煎り調査の結果、環境改善命令、そして、操業提出命令が出されることとなった

栗田英幸(愛媛大学准教授)

 2021年4月15日、ドゥテルテ政権は、Executive Order No. 130(行政命令第130号)を発令し、9年間にわたる新規鉱山開発のモラトリアムを廃止した。2012年にアキノ政権によって施行された行政命令第130号は、鉱山の開発に伴う環境破壊、先住民族権利を含めた人権、利益分配、反政府武装勢力に関する深刻な被害を考慮した上で、今後新しく効果的な手法や制度が作り出されるまでの間、新規の鉱山開発プロジェクトの手続きを一時的に停止するものであった。
 この解説記事では、鉱山開発の再開を試みるフィリピンが辿り得る変化を推測する上で重要だと思われる情報の整理を試みる。第1回目の今回は、前半で一般論としての資源産業の活発化が及ぼし得る負の社会影響について説明し、後半では、資源開発に振り回されたフィリピンのこれまでの40年間を振り返る。続いて、次回は、筆者が調査した鉱山の実情について整理する予定である。

― 資源の呪い? 資源産業は社会問題のデパート

 フィリピンを含め、天然ガスや原油を含めた広義の鉱物資源を抽出する産業を有する、所謂「資源国」は、「資源の呪い」と呼ばれる現象に対して、ある程度の共通の認識を持つ。「資源の呪い」とは、資源産業 – 本解説記事では、広義の鉱物資源を産出する産業を資源産業と呼ぶ – に顕著な特徴が、その国の社会構造に負の影響を与える社会的傾向のことである。政治学、経済学の分野では、負の社会的傾向として紛争や低い経済成長率が注目され、それら2つの傾向を引き起こす変化として教育投資現象、貧富格差拡大、汚職強化、権威主義化等が挙げられている(図を参照)。
 他方で文化人類学やジャーナリズム、市民組織等からは、開発現場における深刻な環境破壊、政治的殺害も含めた人道的な被害の状況を重視して「資源の呪い」と呼ぶ。ここでは、両者を含む広い定義として「資源の呪い」を扱う。

― 資源産業の特徴が社会を破壊する!

 そもそも、何故、資源産業が特別視されるのだろうか? 資源産業は他の産業と比べて、以下に記載するような、いくつもの突出した特徴を持っており、その特徴が社会に深刻な負の影響を及ぼしていると考えられている。そして、現在の大量消費社会を支える上で資源産業を縮小させる選択肢を私たちの世界が選択するのも、少なくとも短期的には現実的ではないように見える。

・巨額で容易で不安定な税収
 問題となっている資源産業の特徴の一つは、鉱床の質さえ良ければ、巨額な投資、輸出、その他巨額の経済活動から税収を容易に政府にもたらす可能性がある一方で、資源の国際価格や数少ない巨額投資頻度 – 多くの場合、巨額投資は最初の初期投資と拡張時のみ – によって乱高下する点である。棚ぼた(windfall)として特別収入扱いされることが多く、巨額であるにもかかわらず、国民・国会の監視からも外れやすい。言い換えるならば、汚職の温床になり易いのである。加えて、政府にとって容易な収入手段であるため、他産業の育成・管理や歳出の効率化、その他問題改善へのインセンティブも縮小されてしまい、したがって、制度の改善も進まない。さらに、容易かつ巨額な税収の可能性があるため、対外債務のハードルも低いため、過剰債務に陥りやすい。

・広大な土地の独占
 多くの資源は、その採取活動に広大な土地を独占的に利用する。多くの場合、豊かな自然資源に依存した生活を営む多数の地域住民と競合する。時には4桁にも達する競合住民と民主的な手続きで開発合意交渉を行うならば、その交渉が上手く行ったとしても、開発のスタートまでに5年や10年は覚悟しなければならない。交渉を円滑に進めるのであれば、巨額の地域開発プロジェクトを事前に提供することも開発企業の常套手段であるが、事前投資が巨額であればあるほど、企業としては後に引けなくなる。ましてや、開発を拒否される可能性も高いとなれば、強引に手続きを進めようとする企業が出やすくなるのも当然である。そして、政府や地域のエリートがこうした状況を利益獲得の機会と認識するのであれば、賄賂をエリートに渡すことにより強引に開発を進めようとする非効率的な企業が蔓延り、真面目な企業は駆逐されていく。
 加えて、強引に開発を進められ、生活手段としての土地を失った住民は、政府や企業への不信感や恨みを蓄積する。このような住民の強い不満や合法的民主的な仕組みへの不信感が、政府から「ゲリラ」のレッテルを貼られる反政府武装組織の温床となる。自然、資源開発をめぐる地域は反政府武装組織の活動拠点となり、武装組織の活動が政府軍・警察の増強および緊急事態として軍・警察の超法規的な活動を正当化する理由ともなる。
 その資源が容易に採取および持ち運びが可能であるならば、その地域のエリートが資源利益を独占しようと画策するかもしれない。私設軍隊を組織化し、政府に隠れて資源地域を実質支配しようとする、もしくは、独立を図るケースも少ないながら存在する。

・最新技術の限界
 もうひとつ、重要なのは、最先端の自然科学技術と社会科学技術のどちらにおいても資源開発の被害を十分に防ぐ、もしくは修復する手立てが存在しないという点である。鉱物資源は枯渇資源であり、その再生はそもそも不可能である。そして、広大な土地の表土を削り取るために動植物はほぼ完全に失われ、また、地中深くに安定していた重金属は、外部に解き放たれる。重金属は把握できない複雑な地下水路に流入し、人間の生活圏で再び出現する可能性を否定することはできない。植生も含め、完全な修復は不可能か数十年もの期間を要する。
 住民の生活修復も成功例はあまりにも乏しい。そもそも、数多くの住民の生活手段を奪う資源開発は、一般的に「貧困」と呼ばれる低い経済支出によって生計を成り立たせている者が圧倒的多数を占める地域でしか実施できず、数百世帯規模の生活手段喪失者たちに新たに持続的な生活手段を創出できた事例もほとんど存在しない。
 そして、社会科学技術の限界に含まれる問題ではあるが、コスト削減や特定人物・組織の利益を最大化するために技術や手続きを人為的に歪める、所謂人災を十分に予防することもできない。

― 衰退は止まらないが社会を混乱させ続ける資源産業

 フィリピンは、いくつもの金属の優良な鉱床を有していると言われ続け、期待され続けながらも、実は、第二次世界大戦以降、経済的に資源国と呼ばれるほど鉱物資源に依存したことはない。1970年に日本からの巨額の投融資を受けて資源産業を急速に拡大させ、1980年に輸出額で輸出総額の25%に達したのを頂点として2000年の2%弱まで衰退し、2014年6.5%まで回復し、再び衰退している。この衰退は、1990年代より資源開発企業向けの資源国格付けにおいて、フィリピンが埋蔵量で高く評価され続けているにもかかわらず、歯止めがかかっていない。フィリピン政府は、何度も資源産業の再興を試みているが、その全てが強力な反対運動と社会混乱によって頓挫している。

【写真】日本企業の出資する鉱山によって移転地に移住した先住民族ママヌワ=2013年、栗田英幸撮影

・マルコス政権期(1970年代後半-1986年)
 鉱山をめぐる摩擦が全国レベルの社会不安定化と結びつくのは、1980年代である。1970年代に深刻な被害と摩擦を経験していた北部と南部の森林伐採および鉱山地域の住民が、1980年代に強力な反対運動を武装勢力とともに展開してマルコス政権打倒を地方から支えることとなった。また、そもそもマルコス政権の基軸を揺るがした1980年の金融危機は、他の資源国と同様、1970年代後半からの不適切な資源産業管理を一つの主要な原因として生じたものであった。本解説記事の前半で説明した資源産業の引き起こす制度改善の遅延、非効率的企業の蔓延、過剰債務が、政治経済を大きく歪めた結果と言える。

・ラモス・エストラーダ政権期(1992-2001年)
 政治経済がようやく安定した1995年、ラモス政権が鉱山の積極的な拡張政策を開始するや否や、フィリピンの南部と北部の鉱山開発地域の集落が次々と徹底抗戦と武装勢力支持を表明し、それら武装勢力も勢力を大きく伸ばすこととなった。ラモス政権、エストラーダ政権では全国的かつ強力な鉱山反対運動と、反対運動に呼応して勢力を拡大する武装勢力の抵抗により、稼働鉱山数の減少に歯止めをかけることができなかった。

・アロヨ政権(2001-2010年)
 続くアロヨ政権は、鉱山開発における市民・地方政府の権限を縮小し、戒厳令や軍・警察による超法規的抑圧作戦を鉱山地域に重点を置きつつ全国展開して、鉱山開発を強引に推し進めた。フィリピン政府の公式な発表では、強力な軍事作戦によって武装勢力は大幅に人数を減少させていることになっていたが、筆者がフィリピン各地の鉱山紛争地帯を歩いた限り、少なくとも地方において武装勢力の数はかなり増えていた。また、現地で会った武装勢力の地域リーダーたちも、少なくとも彼らが関係を持つ地方の部隊は参加者と支持者を急速に増大させていると発言していた。筆者が当時行ったインタビューで、武装勢力は、特に鉱山反対地域で武装組織への参加、あるいは支持が、確実に拡大していると語った。

・アキノ・ドゥテルテ政権期(2010-現在)
 アロヨ政権の強引な鉱山開発によって生じた混乱を嫌ったアキノ政権は、2012年に新たな鉱山開発の手続きを全て凍結させた。アキノ政権は、その末期に再び鉱山開発手続き再開を目論んだが、次のドゥテルテ政権で再度凍結された。全国政治基盤を有さないドゥテルテ大統領は、鉱山開発反対派のカリスマ的旗頭であり、ABS-CBNテレビ局のトップも務めたジーナ・ロペスを環境天然資源省の大臣として迎えることで、地方の強力な市民勢力の一時的な組み込み、もしくは、反政府活動の一時的な停止を成し遂げた。そして、ジーナ大臣は、稼働中の鉱山を厳しく調査し、その大部分を環境や人権に関する規制違反として最終的に操業停止にした。
 そして、任命1年後にジーナ大臣を追い出したドゥテルテ政権は、アロヨ政権時と同様に、国軍・国家警察による超法規的作戦の全国展開の下、再び鉱山開発の推進を宣言した。(次回コラムに続く)

〈参考〉
栗田英幸, 2005, 『グローカルネットワーク』晃洋書房.
栗田英幸, 2013, 「『資源の呪い』とフィリピン」『愛媛経済論集』愛媛大学経済学会, 33(1).
栗田英幸, 2020, 「『資源の呪い』理論の新局面:その変遷と課題」『愛媛経済論集』愛媛大学経済学会, 40(1).

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