野川未央(特定非営利活動法人APLA)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染例がフィリピンでも報じられはじめていた2020年1月末から2月初頭、「ギリギリ」のタイミングでミンダナオ島を訪れた。訪問先の一つがフィリピン南部の中心都市ダバオから車で約3時間のところに位置するコタバト州マキララ町にあるドンボスコ財団だ。
同財団は、1984年の設立以降、持続可能な有機農業の推進のための研修、在来の種子の採取と保存、農産物加工とその加工品の販売事業に精力的に取り組んできている。加えて、2000年以降は、多国籍バナナ企業最大手ドール社のバナナ・プランテーション開発に伴って地域にもたらされた様々な問題にも向き合ってきた。
― ドンボスコ財団、農地を配分し有機農業を後押し
標高の高いマキララ町にバナナ・プランテーションが広がった背景には、日本で「高地栽培バナナ」として売られる糖度の高さを売りにしたバナナの人気が高まったことが大きく関係している。それまで同地域の主要作物だったゴムの価格が急落したことで、高付加価値バナナのプランテーションの進出を狙うドール社に対して農園主が次々に土地をリースし、ゴム林がバナナに転換されたのだ。
さらには、ドンボスコ財団の近くにもドール社のプランテーション拡大の話が持ち上がる。何としてもその進出を阻止しなくてはいけないと考えたドンボスコ財団は、海外の支援者からの資金援助を受け、60haの土地を購入。購入した土地は、農地改革の制度を活用して地元の農民に配分し、その土地で農民が生活に必要な収入を得るための有機農作物の栽培を後押しした。
― 5月の知事選前の修正草案通過をめざして
多国籍バナナ企業に対するオルタナティブとして、地域の人びとのいのち・暮らしを支える有機農業。地域住民の健康や環境ではなく、効率を優先して企業が実施するプランテーションへの農薬空中散布は、そうした営みを脅かす最たるものだ。ドンボスコ財団のような市民組織や家畜業界の陳情によって、コタバト州では農薬の空中散布を禁止する条項を含む環境規定に関する条例が2001年に制定されているが、20年が経過し、その条例を反故にするようなバナナ業界団体の動きが活発化してきているという。
2021年3月、ダバオ市に本社を置くとあるバナナ企業がコタバト州での農薬空中散布実施の許可を同州議会に対して要請した。農薬の空中散布禁止条例を制定していたダバオ市が業界団体から提訴され、2016年のフィリピン最高裁判所の違憲判決によって条例が廃止となった[ⅰ]ことからの流れであるのは明らかだろう。
― ドンボスコ財団、農薬の空中散布禁止条例修正案を環境委員会に提出
幸いなことに州議会は当該企業からの要請を退けたが、今後、業界団はダバオ市で過去に「成功」した様に訴訟に持ち込む可能性は低くない。そこで同州議会は、将来的な法廷闘争の可能性を見越し、20年が経過した条例の強化のためのレビューに着手した。すべてのステイクホルダーが参加可能な公開の参加型ワークショップの手法が用いられた公聴会が継続されており、ドンボスコ財団は、代表のベッツィー氏を中心にこのワークショップにおける論点整理の中心的役割を担ってきた。そして、完成させた条例の修正草案を同州の環境委員会に提出したという。
「今期の州議会が閉会する前に修正草案が議会で通過し、強化された条例が5月の選挙で選出される新知事によって署名・公布されれば、私たちの勝利が見えてくる」とベッツィー氏は語る。そして、「長い闘いが待っていることは間違いないけれど、それでも私たちは楽観的であろうとしている」と。
― ラジオを使った啓発キャンペーン
彼女たちは同時進行で地域住民に対するキャンペーン活動も展開してきている。その一つがラジオ番組を使った啓発キャンペーンだ。農薬について、特に空中散布による健康や環境への影響についてだけでなく、週ごとにテーマを変えて、遺伝子組み換え作物やワクチンについても取り上げている。
企業による開発や環境破壊に反対し行動する市民に対する弾圧や超法規的殺害が止むことのないフィリピンにおいて、こうしたキャンペーンを展開することは大きなリスクを伴うことだ。そうした状況を重く受け止め、ミンダナオから届くバナナがスーパーやコンビニにずらりと並ぶ国に生きる一人として、現地で行動を続ける人びとと共にある方法を探し続けたい。
〈Source〉
[ⅰ] アリッサ・パレデス, 2020, 「第4章2 フィリピンの農薬空中散布反対運動」石井正子編著『甘いバナナの苦い現実』コモンズ.
〈筆者プロフィール〉
野川未央
特定非営利活動法人APLA事務局長。共著に『甘いバナナの苦い現実』(コモンズ、2020年)、『非戦・対話・NGO: 国境を越え、世代を受け継ぐ私たちの歩み』(新評論、2017)など。