【コラム】暗殺者の裏事情 その2(2回連載)
暗殺業、近年の「変化」

【写真】この川の上流で武装した中国鉱山企業が違法採掘を行なっているが、町長も市民組織も恐れて調査ができない=2015年頃、ミンダナオ島、筆者撮影

栗田英幸(愛媛大学)

 ここでは、先週(3月12日)の「暗殺者の裏事情 その1」に引き続き、フィリピンの調査で見聞きした暗殺業にまつわる話を紹介する。今回は、暗殺業の多様性と近年の大きな変化の一端について整理した。なお、文中でも触れているが、中国に関してはフィリピン人のイメージが過度に膨れてしまっている可能性が強く、また、最後の部分は、あくまで個人の実感に基づいたものであることを予め述べておく。

― 暗殺業界の棲み分け?

 暗殺業にも棲み分けがありそうだ。田舎の飲み屋(雑貨屋の前に椅子とテーブルがあるだけ)や政治家宅の庭にて、テレビやラジオで暗殺事件についてニュースが流れると、酒を飲んでいる男性たちは、その手口から「プロ」(軍関係者)だとか「手練れ」(元NPA)だとか、俺ならこうする、あそこがダメだといった批評を開始する。そこで発言に力を持つのは、やはり元NPAの男性である。暗殺業界の中枢を知る人とは話したことはないが、その末端やその業界と接する機会のある人たちからの、どこまで信用できるのか分からない話をまとめると、次のようなものとなる。

  ・暗殺業の大元を知る人は少ない。しかし、仲介人との連絡は、比較的容易である。なぜなら仲介人が連絡先を元NPAネットワークの中核的な人物に配布しているから。もしくは、長く政治家をやっている人も仲介人の連絡先を知っている(理由はお察しの通り)。雇用して欲しい人や雇用したい人は、その人を通じて暗殺業とつながることができる。
  ・活動家の暗殺を元NPAが担うことはほとんどない(理由は その1を参照)
  ・元NPAを利用した暗殺は町長レベルまで。知事や国会議員レベルを対象としたものになると軍のネットワークを利用して訓練を受けた「プロ」を利用する。噂では、政府軍の元将軍や元将軍の親族が「プロ」の業者。

― 中国の参入?

 2008年開催の北京オリンピック景気を背景とした中国企業の積極的なフィリピン進出を機に、鉱山反対者に対して暗殺や抑圧を実施する主体として、中国人の関与が話に上るようになっている。とある鉱山紛争地域で反対運動の中心となって活動していた牧師は、次のような話をしてくれた。
 ミンダナオのとある地域にて、鉱山開発を進めたい中国企業が、牧師や町長も含めて地域の中心的な人物をプロジェクトの説明のためにマニラに招待した。説明を受けた後、彼らは非常に高級なレストランや風俗店で接待を受けた。その後、鉱山開発に難色を示した町長や牧師のところに風俗店で撮影された写真とともに合意の協力を依頼する手紙が鉱山企業から届けられた。反対を貫いた牧師はその写真を教会役員にばら撒かれて妻と教会役員から強い叱責を受けた。その後、何度も脅迫の手紙を受け取ったが、暗殺を企てられることはなかった(私の観察するところ、この牧師が一つの中心となっていた反対運動はそれほど強くなかった)。
 他方、町長は、暗殺仲介人に中国企業現地責任者の殺害を相談したらしいが、仲介人から逆に、中国人の利用するマフィアは恐ろしくて手を出せない、あなた(町長)も反抗もするべきではないと脅されたとのこと。その話に恐れを抱いた町長は反対するのを止め、牧師にもその話を伝えて反対活動をやめるよう忠告した。この話は、後日、その牧師から聞いた。
 中国企業がこれまでと異なる暗殺もしくは暴力集団を利用しているかもしれないという噂は、北部山岳地帯でも何度か耳にしている。コロナ禍直前に、小規模で砂金を採取している人たちの販売ブラックマーケットについて知っている人を探していたところ、近年ブラックマーケットに中国人が積極的に入り込んできているという話が何度も出てきた(金の密輸先・輸出先は、それこそ植民地時代以前から中国であり続けているのだが)。そこでは、金の取引をめぐってバイヤー同士の抗争が繰り広げられているとの噂話がある。抗争が激化していること、中国人がより直接的にブラックマーケットに関与しているところまでは、私もいくつもの情報源から確かめているが、そこで利用されている暗殺者・暴力組織の変化は噂の域を出ていない。ただ、明確な根拠のない「中国人の利用する新しい(かもしれない)暗殺・暴力組織」というイメージが、多くの人びとの中に妄想と恐怖を拡大させていることは間違いない。

【写真】中国鉱山企業に脅迫された話をしてくれた牧師(この日の夜、テーブルの上にあるココナツ酒ツバを飲みながら話を聞かせてくれた)=2015年頃、ミンダナオ島、筆者撮影

― 高齢化する元NPAの背後で進む暗殺者の代替わり

 第1回で紹介した、元NPAの経歴を持ち、暗殺業界と接点を有する調査協力者である友人Aも、中国企業の利用する暴力組織がこれまでフィリピンにあったものとは「別物」と判じる。
 また、コロナ禍で渡航できなくなる少し前、同じく第1回で紹介した友人Cと話した際に暗殺業について聞いてみた。暗殺者との橋渡しをしていたCは、元NPAの高齢化により、もはや暗殺者として働ける者はおらず、暗殺者を探している仲介人もCのところに顔を出さなくなっているという。また、新たな暗殺者の補充が実は現役の警察と政府軍、もしくは、どこかで訓練を受けた者によって担われているのではないかとの憶測を語ってくれた。
 加えて、選挙活動における地域票の取りまとめは、時に親戚間においてすら暗殺者を介した殺し合いに発展するほど危険な活動となる。ドゥテルテ政権発足1年後くらいから反ドゥテルテこそが社会正義だと主張し、反ドゥテルテの政治家を推すようになった友人Cではあるが、その1年後の2018年には、次のような発言をしている。

 「ドゥテルテはやばい。俺もジャングルの中やビジネスの戦い、政治家の支援で何度も命の危険を経験してきた。危険だったけど、社会正義を求める熱い心が自分を動かしてきた。しかし、ドゥテルテはダメだ。あいつのせいで、警察や軍人が堂々と反対者を殺せるようになった。自分の身の安全を考えて行動する暗殺者なら対処することはできる。しかし、堂々と家に入ってきて、殺して、堂々と出ていくことのできる警察や軍人では、身を守ることができない。俺の友達(元NPA)も何人も殺された。元NPAだけど、もうNPAではなかった。彼らは、ドゥテルテに反対する合法的な活動をしていたり、貧しい人たちのために政治家に抵抗する活動をしていたり、もしくは、何もしていなかったり、ただそれだけだった。
 俺はドゥテルテに反対するのが怖い。今は反ドゥテルテの政治家の応援は止めている。」

― 暗殺業から見える大統領選挙の別側面

 故マルコス大統領の息子であるフェルディナンド「ボンボン」マルコス・ジュニアが2位に圧倒的な差をつけて大統領選挙の世論調査トップを独走している。故マルコス大統領の政策を嘘で美化した情報を信じる若者からの圧倒的な支持を得ているという。故マルコス大統領と戦ったことがステータスであった世代とは異なる世代の台頭を実感させられる。
 世代交代によるこうした変化に対して、過去を経験した「知識人」「教養人」と呼ばれる人たちや故マルコス時代に戦っていた人たちは、嘘に踊らされているように見える若者たちに強い懸念を示し、その「間違い」を正そうとしている。
 しかし、紛争の現場の活動家や苦境に喘ぐ住民、一方で板挟みにある地域政治家とその取り巻きたち、ともに世代交代が進んだ。それにともなう抵抗活動に関する議論の変化からは、「自分の手で人を殺さなければならない」という悲痛な決断をした世代と経験したことのない世代の深い断絶が見られる。
 未だに「殺さなければ殺される」苦境に陥っている人たちに若者らが共感する基盤が失われてきている。NPA等の武力革命組織からの協力を受け入れる決断をした住民たちと、NPAとの協力関係を忌避する多くの活動家とのギャップが、拡大してきているのである。
 暴力的な決断を忌避する現代の若者の行動様式は、容易に「殺害」や暴力的な手段を選択肢に入れる文化を弱めている。戒厳令世代である50歳代後半以降の活動家は、若者たちの前で武力革命や熱血的な危険思想をあえて語らなくなっている。活動からの若者離れを生じさせてしまうからである。
 もう過去の話なのでここで語っても良いだろう。20年ほど前までは、少なくない左派活動家や地方の教会がNPAと共同戦略をとっていた。血生臭い戦略は、かなり経験を積んだと認められた活動家にのみ明かされる秘密であった。私も、なぜかそれを明かされた一人であった。それも複数の組織において。当時、国軍が左派に対して「Hidden Agenda(隠された思惑)」で民衆を騙していると声高に叫んでいたのは、かなり的を射ていたし、左派分裂の大きな要因にもなった。未だに国軍は同じことを叫んでいるが、世代交代とともに「Hidden Agenda」もほとんどの組織において過去の遺物となり果てたように見える。

 暗殺は未だ全国各地で起こっている。大統領選挙の投票が近づくにつれ、暗殺は活発化していくことになるだろう。しかし、私が見聞きする限り、暗殺の文化はフィリピン社会広範に支えられたものから、一部のエリートおよび「プロフェッショナル」に依存し押し込められ、そして、政府に支えられた「フォーマル」なものになってきている。社会に広く根ざしていた際には取り除くことが困難であったが、専門家されフォーマル化されたものであれば、大きな社会的決断さえなされれば大幅な改善が見込めるかもしれない。

補足:内緒話?の引き出し方
 私自身はNPAと近い思想を有している訳でもメンバーであった訳でも決してない。ただ、調査のテーマ上、NPAとの直接間接的な接点が多く、調査地で住民を装って様子を探りにくるNPAや調査でお世話になった活動家との話の中で、過去のNPAや元NPAとのエピソードを話すと、彼ら・彼女らが勝手に「同士」もしくは「理解者」だと思い込んで、さまざまな内情を話してくれるようになる。そうなった時のフィリピン人は、誰もが本当におしゃべりになる。秘密の度合いが高ければ高いほど、彼ら・彼女らも、実は誰かと共有したいという思いが強いのだろう。外国人と共有できるというのは、そんな欲求を大きく満たしてくれるものなのかもしれない。
 フィリピン人との交流の長い人なら分かる人も多いかと思うが、フィリピンでは知っている人には話すけど知らない人には絶対に話さないような特別な話題が数多く存在する。そして、その話題の「符牒」のようなものを知っていれば、実はそのことを良く知っている沢山の人たちがその話題の話をしてくれるようになる。ただ、所々で理解度を押しはかるような話題を挟んでくるので、より深い情報を得るためには、そこをクリアしなければならない。

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