― “Diony Worker”―労働者に寄り添ってきた男
ジョニーのSNSのアカウントネームは“Diony Worker”であった。ジョニーらしく、ひねりが効いている。本名はDiony Patricio Seromines。ミンダナオ島南部のサランガニ州で漁業労働者等の支援にあたってきた。ミンダナオ島は多国籍企業等によるバナナ、パイナップル、アブラヤシ、マグロの輸出が盛んだ。その一方で、低賃金で雇われ、搾取される底辺労働者の問題が後を絶たない。深刻な状況の労働者。ジョニーは彼らに寄り添ってきた。いつも冗談をいいながら。ジョニーはジョーカーであり、人気があった。
そうしたコツコツとした働きが人望を集めたのだろう。2010年、サランガニ州アラベル町カワス村の村議会評議員に選ばれた。そして、2019年7月に村長に就任した。
― 警察の署名を拒んだ数時間後に銃殺
事件は2020年5月29日に発生した。午後5時過ぎ、警察の麻薬取締ユニットがカワス村にやってきた。村落警備員(tanod)のサルバトール・オログ氏に対する麻薬おとり捜査を行うためだという。遺族に近い人権団体の調査によると、このとき捜査状に目を通したジョニー村長は「逮捕するだけで、殺さないでくれ」と頼んだという。
その2時間後、村に銃声が響いた。コロナ対策詰所にいたオログ氏が殺害された。殺害現場に駆け付けたジョニー村長は、捜査員に、書類への署名を求められた。「オログ氏が逮捕を拒み、捜査員に発砲したために殺した」という内容が記されていた。ジョニー村長は署名を拒んだ。そして午後7~8時ごろ、何者かに銃殺された。
― 進まない捜査
事件後の6月10日、アラベル町議会は、国家捜査局サランガニ支部(NBI-SARDO)に対して村長殺害の捜査を要請する決議と、殺害を非難する決議を同時に採択した。しかし、その後の捜査については、奇妙なことが起きている。
アラベル町警察は、容疑者を目撃したという2名の供述書を8月5日付で作成し、妻に署名を求めた。供述書を読んだ妻は、目撃者によって特定された人物が容疑者である根拠が信じられず、署名を拒否。その一方で、夫が署名を拒んだ書類を見せるように警察に求めているが、警察は提示を拒んでいる。
家族は、ミンダナオ民衆弁護士連合(The Union of Peoples’ Lawyers in Mindanao)などの協力を得て、自分たちで証拠集めを開始した。しかし、コロナによる移動制限が立ちはだかった。事件前後、サランガニ州では自分の居住自治体外を訪れる場合、所属村からの医療証明書と警察の許可書を得る必要があった。自治体の境界は厳しく管理され、車で移動する際には、乗車人数も制限された。
家族はフィリピン人権委員会に助けを求めた。人権委員会はアラベル町の警察署の署長に聞き取りを行った。が、それ以上の進展はない。
― 証言を恐れる村人
家族は、国家捜査局(NBI)にも捜査を依頼した。国家捜査局によると、訴訟を起こすためには、最低3人の証人が必要であるという。家族は証人を探した。事件直後、1人の目撃者が名乗り出た。2人目の目撃者は4か月後に現れた。そして事件から約1年2か月がたった2021年8月4日、ようやく3人目から話を聞くことができた。しかしそのうち1人は、話はしてくれたが、証人として立つことには躊躇している。「何か」を恐れているのである。
― 麻薬おとり捜査は口実?
いったい目撃者は、なぜ事件の証人になることを恐れているのだろうか。妻は悩む。しかし、粘り強く話の断片を継ぎ合わせていくと、そこに夫が殺された政治的意図に焦点が結んでくる。誰かの利権のために夫が邪魔だったのではないか。麻薬おとり捜査は口実で、殺害の本命は夫だったのではないか。この先も真相解明を求めていく。
<著者紹介>
立教大学異文化コミュニケーション学部・教授。1994年からジョニーの妻の家族に世話になり、フィリピン南部ミンダナオ島で調査を行う。主な業績に編著書『甘いバナナの苦い現実』(コモンズ、2020年)などがある。
※記事は8月28日に掲載しましたが、9月2日に以下の点につきまして、訂正しました。
〈訂正前〉事件から3か月後
〈訂正後〉事件直後
〈訂正前〉2人目の目撃者は8か月後に現れた
〈訂正後〉2人目の目撃者は4か月後に現れた
〈訂正前 〉しかし3人は
〈訂正後〉しかしそのうち1人は
〈訂正前〉いったい目撃者3人は
〈訂正後〉いったい目撃者は
12月10日に以下の点につきまして、訂正しました。
〈訂正前〉 ミンダナオ民衆弁護士連盟(The Union of Peoples’ Lawyers in Mindanao)
〈訂正後〉 ミンダナオ民衆弁護士連合(The Union of Peoples’ Lawyers in Mindanao)