今週のフィリピン・ダイジェスト
(5月4日-5月11日)

【写真】ペンタゴンにて栄誉礼で歓迎を受けたマルコス大統領(右はオースティン国防長官)/ via. U.S.-Philippines Agree to Modernize, Strengthen Alliance, U. S. Department of Defence, May 3, 2023.

マルコスの訪米(その2)
米比防衛協力体制への中国の批判/ニンジャ警官・幹部4人を特定/米国との二国間協定強化への国内批判

栗田英幸(愛媛大学)

 今週も米比の共同防衛協力体制を巡る記事が数多く報道されました。トピックスでは、中国からの批判と国内からの批判の2つの報道内容を紹介します。もう一つのトピックは、多くの警官を仲間に引き込んで違法薬物取引を行なってきた警察幹部4人が特定されたとの内務自治省からの発表についてです。

 解説は、前回に引き続き、マルコスの訪米を取り上げました。今回は、米国政府とフィリピン政府(もしくはマルコス大統領)の交渉において取引されたものについて、推測を交えて掘り下げます。

◆今週のトピックス

トピック1:米比防衛協力体制への中国の批判

― 南シナ海は地域外勢力の狩猟場ではない
 5月4日、中国外務省の定期記者会見における毛寧報道官とロイターの記者との間で以下のような質疑応答がなされた。
 ロイター:「米国はフィリピンとの相互安全保障ガイドラインで、南シナ海のどこかで沿岸警備隊を含むフィリピンの軍隊が攻撃を受けた場合、フィリピンの防衛にあたることを非常に明確な言葉で示しています。これについて何かコメントはありますか?」
 毛報道官:「 南シナ海の情勢は、地域諸国の協調的な努力により、全体として安定を保っています。米国とフィリピンの防衛ガイドラインは二国間の取り決めです。中国は、ガイドラインを引き合いに出して、南シナ海問題に干渉し、中国の領土主権と海洋権益を害そうとするいかなる国の動きにも断固反対します。 私は、南シナ海はこの地域の国々にとって共通の故郷であり、地域外勢力の狩猟場ではないことを強調したいと思います。地域諸国が相互信頼、連帯、協力、そして差異を適切に処理することを約束してはじめて、南シナ海の平和と安定の鍵を手にすることができるのです。」

― 中国から非難されているのは米国でありフィリピンではない?
 強化される米比相互防衛協力体制に中国から度重なる強い批判発言が出される中、マルコス大統領は、同盟国との間でのガイドライン(安全保障ガイドライン)を確立するのは国として当然の権利であると述べた。
 さらに、マルコス大統領は「私は、フィリピン人として、またフィリピンを代表して、このような発言(上述の中国外務省の発言)は、フィリピンというよりも、米国に向けられたものだと思う」「なぜなら、私たちフィリピンが前進し、国民のために新たな機会を見出そうとするならば、このように(安全保障ガイドラインを通じて米比の関係を強化)する必要があるからだ。そして彼ら(中国)はフィリピンにそんな権利がないと言うことはできない。だから、あの発言は私たちに向けられたものではないと思っている」とマルコス大統領は付け加えた。

トピック2:ニンジャ警官*幹部4人を特定

 *ニンジャ警官=警察組織内で違法薬物取引に関わる警官

― 新生警察のための苦い薬
 「苦い薬であることは承知している。最初は苦しいが、私にとってこれは、違法薬物と戦うために団結した新たな警察組織につながるものだ。」
 ベンフール・アバロス内務自治長官率いる国家警察委員会ナポルコム(Napolcom)は、今年1月にフィリピン国家警察官953人に特別辞表*を提出させ、違法薬物取引とそれぞれの警察官との関係の洗い出しを進めている。ナポルコムの勧告によって既にマルコス大統領は2人の辞表を受理しているが、アバロス長官は、さらに2人の警察幹部の特別辞表を受け入れるよう、大統領に勧告した。
 アバロス長官は、大統領府から大統領の決定が伝えられるまで、そして、最終的な調査が終了する2~3週間後まで、4人の名前を明かすことを避けた。マルコス大統領は、既に前政権下での虐待行為を認め、ワシントン滞在中に2人の警察幹部の辞表を受け入れている。

(注)内務自治省とナポルコムは今年1月から、違法薬物取引きに関わる警察高官を明らかにするため、警察幹部全員に一度辞表を提出させて重要な職務から外し、調査が完了して「シロ」と判定された幹部から辞表を破棄し重要な職務に戻す手続きを行なっている。

― 警察内部浄化に適切でクリーンな終止符
 ナポルコムの決定は、特別辞職した警察官の情報を検討するために設置された、ロドルフォ・アズリン・ジュニア元フィリピン国家警察長官を長とする5人の独立委員会の勧告をすべて採用した内容となっている。また、独立委員会の勧告に従い、「シロ」と判断された917人の警察官の特別辞職は大統領によって予定通り却下され、違法薬物への関与が事実上排除されることになった。
 一方、残りの32人の警察幹部について、アバロス長官は「さらなる調査が必要だ…無実の警察官が不当に巻き込まれたら大変なことになるからだ」と指摘した。
 アバロス長官は、「ナポルコムは、警察を監督し強化する宣誓義務を果たすので安心してほしい」と指摘し、今回の勧告によって、大規模な警察内部浄化のひとつ(これまでのような不正警察官を庇うことをしない)に「適切でクリーンな」終止符が打たれたことを明らかにした。

トピック3:米国との相互防衛協定強化への批判

― 反対するEDCA地域住民
 EDCA拡大(新たに4拠点を米軍の利用可能な基地として提供する新たな安全保障協定)に反対する抗議行動や集会は、フィリピンや欧米のメディアが報じている以上に、かなり広範囲に広がっている。例えば、4月17日にトゥゲガラオ市のリサール公園で行われた祈りの集会とキャンドル点灯式には、さまざまな分野から数千人が参加し、カガヤン州に2つの米軍基地/施設を設置することへの落胆と抵抗が表明された。
 カガヤン州のマヌエル・マンバ知事は、台湾海峡や南シナ海の係争水域で軍事衝突が発生した場合、これらの基地が報復の対象にされるとして、「追加のEDCA基地は、カガヤンの経済発展の障害となる。中国、韓国、日本、そして台湾からの外国人投資家は、カガヤンがアメリカの基地になることを恐れて、カガヤンを怖がるようになるだろう」と述べている。
 一方、現在カガヤン州の市長29人のうち21人は、米国からの巨額の地方開発支援に期待してEDCA受け入れに賛同の意を示している。

― ガイドラインはフィリピンの主権を売り渡し、フィリピンを戦争に巻き込むかもしれない
 今月初め、ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されたファクトシートによれば、バイデン大統領とマルコス大統領は安全保障ガイドラインを採用すると発表した。同ガイドラインにおいて、両国が「陸、海、空、宇宙、サイバースペースにわたる同盟協力と相互運用性を深めるために、2国間の主要な優先事項、メカニズム、プロセスを制度化する」とされる。
 左派連合政党マカバヤン党は、この相互防衛協力ガイドラインに関して議会の調査を要求する決議案の提出を検討している。マカバヤン連合は、このガイドラインが米比の相互防衛協定を拡大解釈させ、実質的な主権をフィリピンが行使できない状況の下で米中の対立をさらに煽り、その対立や戦争にフィリピンが巻き込まれかねない事態に陥る懸念を示している。

― フィリピンを利用した米国の戦略
 地政学専門家、進歩派議員、漁民団体や進歩派団体のメンバーらは、11日にケソン市で開催されたフォーラムにおいて、米比軍事同盟の最近の動向を取り上げ、米国は軍事的影響力と優位性を利用して、強大化する中国を抑制しようとしており、フィリピンは二大国の緊張に引きずり込まれる恐れがあると指摘した。
 「EDCA基地への米軍配備は米国の戦略に他ならない。米国は中国の台頭に対抗したいのだ」「米国は、ここ(フィリピン)に駐留することを望んでいる」と、フィリピン大学のローランド・シンブラン教授が語った。シンブラン教授はまた、ワシントンで行われたマルコス大統領とバイデン大統領の会談が、台湾を中国の一部であるとするフィリピン-中国間の合意を破るものであり、それはフィリピンと中国との国交の基盤を破壊することを意味する点を指摘した。

◆今週のトピックス解説:マルコスの訪米(その2):

― フィリピン人の心を掴む米国の過剰なパフォーマンス演出
 マルコス大統領の4日間の公式訪米が終わりました。米国政府による歓迎パフォーマンスは、多くのフィリピン人たちの心に響くものであったに違いありません。
 「米国にとってフィリピン以上のパートナーは存在しない」(バイデン大統領)、「鉄壁の防御でフィリピンを守る」(バイデン大統領)、「南シナ海でも他の地域でも(フィリピン領土内であるならば)私たちは常にあなたたちの背後にいる(見守っている)」(オースティン国防長官)、自らマルコス大統領訪米中のホストを務めるハリス副大統領、ペンタゴンで栄誉礼を受けるマルコス大統領等々。
 多くのフィリピンメディアが、フィリピンが、近しい、そして重要で特別なパートナーであることを示す米国のパフォーマンスを強調していました。もちろん、皮肉のこもった記事もありました。しかし、私が読んだ限りにおいて、フィリピン国内の大衆紙は、概ね誇らしげな文調でした。最初のトピックで取り上げたような、中国からの冷や水をかけるかのような脅迫的な批判も、今回はフィリピン人に対して強い脅しとはならなかったような気がします。それだけ、米国のパフォーマンスは多くのフィリピン人が喜ぶ、もしくは望んだものであったのでしょう。

― 米国からのお土産の金額は控えめ
 マルコス大統領到着後、バイデン大統領は「豊かで包摂的で強靭なフィリピンを促進するため」と題してUSAID(米国国際開発庁)を通して1億3500万ドルの支援をマルコス大統領に約束しました。また、マルコス大統領が外遊の度に成果としてアピールする訪問国の民間企業との投資誓約(Investment Pledge)総額では、13億ドルと報告されています。ちなみに、今年1月の中国訪問後にマルコス大統領が持ち帰った投資誓約総額は228億ドルで、今回の金額はその6%弱でしかありません。多くのフィリピン人が中国からの投資や支援の約束は、ほとんど実行されない口約束に過ぎないと信じているとはいえ、米国の支援・投資総額にインパクトがないのは事実でしょう。
 中国の金額と比較するのなら、米国単独ではなく、共に中国に対抗するイギリス、オーストラリア、日本、韓国との総額と比べるべきなのかもしれません。これら諸国のうち、マルコス大統領が訪問した日本との投資誓約は130億ドル(比政府発表)と米国の10倍です。また、今年3月に韓国と米国は「気候変動と自然災害に強いフィリピン都市構築支援」に200万ドルの協力を行うことで合意。今後、オーストラリアや韓国の官民からも次々オファーがあることでしょう。

― 最大のカードはこれから切られる
 先週のダイジェストでも触れましたが、米比両政府にとって、最も重要な交渉は、EDCAの利用方法、特に最北部カガヤン州拠点への米軍の立ち入りに関してです。その具体的な条件交渉はこれからで、5月3日に発表された相互防衛協力ガイドラインは、その布石です。このガイドラインの是非や解釈について、フィリピン国内外で熱い議論が交わされることでしょう。
 同時に、フィリピン海軍と米海軍、将来的には日本やオーストラリアも交えた、南シナ海共同巡視活動が具体化しつつあります。この共同巡視を受け入れるとなると、拡大EDCAに含まれるカガヤン州カミロ・オアシス海軍基地とパラワン島バラバク島を米軍が利用することは確実です。米海軍の拠点として利用できるEDCA拠点は、これら2拠点しかありませんから。
 亡命先の米国から1992年にマルコス一家が帰国をはたして以来、マルコス大統領が必死に追い求めてきたのは、自らの政治家としての正当性に他なりません。選挙のたびに、政治家としての正当性を問われ続けてきたマルコス大統領は、帰国後11年間、米国を訪れることはありませんでした。なぜなら、戒厳令被害者たちの米国裁判所への訴えにより、支払い無視への罰金も含めて23億ドルの支払いを命じられているからです。大統領当選直後は、(米国に入国すれば逮捕される可能性があるため)訪米できない恥ずべき大統領と揶揄されてもいました。親米派の多いフィリピンで、米国から正当性を否定されたら致命的です。
 しかし、今回の訪米で、マルコス大統領は米国で逮捕されなかったばかりか、栄誉礼をもって迎えられました。フィリピンでは、脱税や戒厳令時の人権侵害への関与等を理由に、マルコス大統領の政治家としての正当性を今も疑う人びとが多いなか、米国から示されたマルコス大統領への敬意は、少なからぬ人たちの疑いを晴らしたことは間違いありません。
 米国とは距離を置いていたドゥテルテ前大統領の報道官だったハリー・ロケ弁護士は、米国の外交戦略に強引に引き込まれて中国との緊張を高めていくマルコス大統領は「米国に逆らうと大統領の座から引き摺り下ろす」と米国に脅されているのだと発言しました。その当否はともあれ、米国の支持がなければ政権を維持できないほど自らの正当性が厳しい状況にあると、マルコス大統領自身が思っていても不思議ではありません。

〈Source〉
China’s comments on US-PH defense guidelines not directed at us — PBBM, Manila Bulletin, May 9, 2023.
Critics say US using Philippines for its own agenda vs. China, GMA, May 4, 2023.
Foreign Ministry Spokesperson Mao Ning’s Regular Press Conference on May 4, 2023, Embassy of the People’s Republic of China in Malaysia, May 4, 2023.
Marcos: Investment pledges from foreign trips now bearing fruit, Manila Bulletin, February 17, 2023.
More than meets the eye: EDCA and near collision of PH and Chinese coast guard vessels, Manila Times, May 4, 2023.
Solon to seek House inquiry into the US-PH bilateral defense guidelines, ABS-CBN, May 4, 2023.
$1.3B in investment pledges secured during President Marcos’ US visit, Inquirer, May 5, 2023.
United States and Philippines Cooperation Highlighted at U.S.-Philippines Food Security Dialogue, USDA, May 5, 2023.
FACT SHEET: U.S.-Philippines Bilateral Defense Guidelines, U.S. Department of Defense, May 3. 2023.
Readout of Secretary of Defense Meeting With Philippine President Ferdinand Marcos Jr., U.S. Department of Dewfense, May 3, 2023.
U.S., SOUTH KOREA INK PHP 111.5 MILLION PARTNERSHIP TO IMPROVE CLIMATE RESILIENCE OF PHILIPPINE CITIES, U.S. Embassy in the Philippines, May 3, 2023.

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