今週のフィリピン・ダイジェスト
(4月13日-4月20日)

【写真】2+2閣僚級会合後に記者会見に臨むカリート・ガルベス国防長官代行とロイド・オースティン国防長官/via Galvez sees 4 'focus areas' for US-PH alliance modernization, pna, April 13, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

 今週は、「トピック1:米比防衛協定に対する中国からの『脅迫』」、「トピック2:フィリピンのSDGs進捗状況」、「トピック3:危機に直面するコメ」の3つの出来事を取り上げます。
 また、解説では、先週行われた米比外務・防衛閣僚間会合(2+2閣僚級対話)で出された米比声明の内容を掘り下げ、米中対立の中での難しいフィリピンの立ち位置やその外交戦略について見ていきます。

◆今週のトピックス

トピック1:米比防衛協力に中国から「脅迫」

― 中国大使:フィリピンは台湾独立にこそ反対すべき
 中国の黄渓連駐フィリピン大使は、4月14日に「中比理解協会」開催のフォーラムにおいて、4月13日から開始された米比防衛力強化協定(EDCA)に基づく米比2+2閣僚級対話を受け、中国の一部である台湾の独立にこそフィリピンは反対するべきだと述べた。
 黄大使は、「台湾にいる15万人の(フィリピン人)海外労働者の安全を理由に、新しいEDCA用軍事基地の口実を見つけようとする(米軍が利用できるフィリピン軍基地を拡大しようとする)者がいる」とした。さらに、ミンダナオの分離独立運動への海外からの介入をフィリピンが主権侵害だと考えるのと同様に、中国国内の分離独立運動に対しての介入が中国の主権を侵害する行為であると説明した。彼は、「我々は武力行使を放棄せず、あらゆる必要な措置を講じる選択肢を留保する。これは、外部からの干渉と全ての分離主義的な活動を防ぐためだ」と語った。
 黄大使は、台湾にいるフィリピン人労働者たちのことを本当に考えるのであれば、米国に台湾海峡近くの軍事基地を提供して「火種」を作るのでなく、「台湾独立」に明確に反対することをお勧めすると脅しともとれるような発言をした。

― 言い訳するフィリピン政府
 黄大使の発言を受け、フィリピン政府は4月15日に、国家安全保障会議(NSC)スポークスパーソンのジョナサン・マラヤ事務局長補を通して「フィリピンは台湾問題に干渉する意図はなく、他国が台湾問題に干渉するためにフィリピンを利用することを許さない」との声明を発表した。フィリピンに中国の台湾問題に干渉する意図はなく、EDCA用軍事基地も他国に対する攻撃のために利用されることはないと述べた。
 マラヤ事務局長補は、マニラとワシントンの安全保障協力の強化は、フィリピン軍の能力を「開発することを意図しているものである」と説明し、「我々は『一つの中国』政策を守り、地域問題へのアプローチにおいてASEANの不干渉の原則を支持する」と付け加えた。
 一方で彼は「台湾における我々の最大の関心事は、台湾で生活し働く15万人以上のフィリピン人の安全と幸福であり、これを利用して我々を恐怖に陥れ、威嚇しようとする我が国のゲスト(黄大使のこと)の行為に重大な異議を唱えるものである」として、黄大使による労働者を盾にとった「脅迫」を批判した。

トピック2:フィリピンのSDGs進捗状況

― 貧困削減と10代の喫煙率削減は良好
 4月17日、フィリピン統計局(PSA)は、上院のSDGs、イノベーション、未来思考に関する委員会の公聴会において、フィリピンのSDGsの成果について報告を行った。ここでは、貧困と10代の喫煙を抑制することで改善を見せた一方で、失業率と一人当たりの所得は悪化したことが報告された。
 PSAの報告書によると、フィリピンは貧困に苦しむ人口の割合を半減させる目標に向かって順調に進んでいる。貧困人口の割合は2015年に23.5%、2018年に16.7%、2021年に18.1%であった。ウィルマ・ギレン国家統計官補の上院での報告によると、2021年の上昇はコロナによる一時的な上昇に過ぎず、2030年までに国家目標の10.8%まで貧困人口を削減する軌道からは外れていない。
 15歳以下の喫煙率は2021年には19.5%まで下がり、2009年の29.7%、2015年の23.8%から大きく減少したとギレンは同公聴会で述べた。彼女によれば、2030年までに国家目標の15.3%を必ず達成するとのこと。
 また、2030年までに国家目標を達成可能ではあるが、より多くの努力を必要とされるSDGs指標が31個(全体の47.7%)、SDGsターゲットは18個(42.9%)ある。

― 芳しくない経済成長と失業
 一方、25の指標(35.3%)と17のターゲット(40.5%)では、進歩が見られないか、あるいは後退していることが報告された。これは、これらの指標やターゲットが2030年に達成できない可能性があることを意味している。
 経済成長に関する国家目標の達成では、フィリピンを含む後発開発途上国では、年間7%以上の国内総生産(GDP)成長を維持しなければならない。2010年には改善が見られたが、2020年のパンデミックにより、フィリピンの1人当たりGDPの年間成長率はマイナス10.8%となり、非常に大きく落ち込んだため、目標から大きく外れてしまった。
 さらに、2021年の失業率は8.2%で、目標値から後退している。
 加えて、教育、雇用、訓練を受けていない15歳から24歳の人数を削減する国家目標に関しても、数値の後退が見られる。2030年のSDGsの目標では、この数値を現在の30.0%から10.0%に引き下げなければならない。
 PSAからの報告に対して、委員長のピア・カエタノ上院議員は、「それ(貧困削減についての成果)は良いことだ」と称賛しつつも、「私たちは貧困に陥っていないかもしれないが、若者が将来直面することになる生活の質について考えるならば・・・これを分析するための協力を続けたい」と付け加えた。

― 食料安全保障にも課題
 同公聴会で国家経済開発庁(NEDA)のレベリー・ピュア・サパエンは、「食料安全保障、特に推奨エネルギー摂取量100%を満たすことに最も遅れをとっている」として警鐘を鳴らし、食料安全保障の達成に貢献する手段として垂直農法及び都市農業の促進を可能とする法律の制定を促した。
 サパエンは、さらに、ジェンダーの平等、安価でクリーンなエネルギー、ディーセントワークと経済成長、産業、イノベーションとインフラ、格差の縮小、持続可能な都市とコミュニティ、気候変動対策に関連するSDGsにおいても後退していることを強調し、「私たちは、SDGsのコミットメント達成に向けて、より目的意識を持って、積極的に取り組む必要がある」と述べた。

トピック3:危機に直面するコメ

― 2018年のコメ危機の悪夢再び?
 農民団体Federation of Free Farmers(FFF)の関係者は、現在進行中の米価のシナリオ(米価の高騰と今年コメ不足に陥る可能性)が2018年のコメ危機に似ているとし、その再発を警告した。
 週末のラジオインタビューで、FFFナショナルマネージャーのロウル・モンテメイヤーは、国内のコメは本年6月まで十分であるが、7月から9月までの時期に主食の不足が起こり得ると述べた。
 「思い起こせば、2018年にはコメ危機のため、普通米が(1キロあたり)45ペソに達した。2018年の状況は今の状況と同等であり、当時は今と違ってまだ国家食糧庁(NFA)が輸入する権限を持っていた」とモンテメイヤーは述べた。
 モンテメイヤーによれば、米穀関税化法(RTL)に関する共和国法11203号が、NFAの輸入権限を削除し、柔軟な米価管理を困難にし、結果としてフィリピン国内の米価の高騰を招いている。
 モンテメイヤーは、当時(2018年コメ危機時)の大統領ロドリゴ・ドゥテルテ政権時代に経験した危機の再現を、政府は許すべきではないと述べた。
 「危機が起こるたびに、タマネギに起こったように、不謹慎な業者がつけこんでくる。コメに問題があるのだから、政府は行動する必要がある」とモンテメイヤーは述べた。彼は、小売価格の上昇傾向は、輸入米の価格上昇によるものであり、輸入米が増加している状況下で輸入米の値上がりが国内の米価格を押し上げていると説明した。

― 政府の対応
 米価高騰とその悪化予測を前に、農業省長官を兼務するマルコス大統領は、いくつかの行動を示した。4月5日に農業省は、コメの緩衝在庫不足(米価安定化のための政府の在庫:90日分の在庫が必要とされる中で発表時には51日分しか確保できていない)のために1キロ当たり最大5ペソの米価格上昇の危機にさらされていると報告した。この報告を受けてマルコス大統領は13日、米価安定化のための方法を模索していることを国民に伝える一方で、コメの輸入によって対応可能であると説明した。翌14日、フィリピン政府は33万トンの米をベトナムから輸入することを発表した。
 さらに17日、農業省は、5か年計画の見直しにより、マルコス大統領の任期の切れる1年前の2027年までに米の完全自給化を達成すると発表した。この計画では、農民所得を54%上昇させ、年間米価上昇率を1%以下に抑え、十分な緩衝在庫を確保・維持することも併せて目標としている。
 続けて18日には、農業省が計画していた33万トンのコメの輸入量を削減すると発表した。これは、輸入米を政府が国内農家より高額で購入することへの国民批判に対応したものと思われる。この変更にマルコス大統領はまだサインしていない。

◆今週のトピックス解説

 米国の核の傘の下で中国に対して主権を維持しようとする点では、フィリピンも日本も変わりありません。しかし、米国の主張をそのまま繰り返して、中国の反発を引き付けている日本に対して、フィリピンは米国の攻撃的な発言に必死に言い訳し、米中間摩擦の矢面に立たないように振る舞っています。しかし、米国とともに中国に対して対立姿勢を打ち出している国は、フィリピンを同じ立場に立たせようと逃げ道を塞ごうとします。先週の米比軍事演習バリカタンおよび米比外務・防衛閣僚間会合の後の国際的なやり取りが、フィリピンの立ち位置や戦略を鮮明に描き出していたので、ここで紹介したいと思います。

― 米比共同声明文
 4月11日、米比外務・防衛閣僚間会合が開催された日に米国政府はフィリピン政府との共同声明を公表しました。
 声明文は、次の序文で始まっています。

 「ブリンケン国務長官、オースティン国防長官、マナロ外務大臣、ガルベス国防上級次官兼担当官(OIC)は、2023年4月11日、ワシントンDCで第3回米比2+2閣僚級対話を開催した。
 代表者たちは、地域の平和と安定における米比同盟の重要性を認識し、国際ルールに基づく秩序を支持し、両国の経済関係を深め、両国民の幅広い繁栄を提供し、地域および世界の安全保障上の課題に対処する共通のビジョンを提示した。
 両長官は、2023年1月19日及び20日にマニラで開催された第10回二国間戦略対話において、防衛、気候・エネルギー政策、持続可能かつ包括的な経済成長、食料安全保障、海洋問題、民間宇宙協力、民主主義と人権といったテーマを含む諸約束を受け入れ、これらを基に対話が行われた。」

 声明文は、続いて、「インド太平洋と世界におけるルールに基づく秩序の尊重」、「同盟の近代化」、「経済と環境の安全」、「同盟パートナーシップ」の4つの項目について述べています。

― 台湾やウクライナ、朝鮮半島の摩擦にも巻き込まれる?
 ここで、まず注目したいのは、次の2点です。それらは、声明文に「台湾」そのものについて直接触れられていない点、そして、「(台湾ではなく)台湾海峡」や「北朝鮮」、「ウクライナ」についても次のように一言ずつ言及されている点です。

 「台湾海峡の平和と安定を維持することは、世界の安全保障と繁栄にとって不可欠な要素であることを再確認した。」
 「台湾海峡の平和と安定を維持することは、世界の安全保障と繁栄にとって不可欠な要素であることを再確認した。」
 「朝鮮民主主義人民共和国が過去1年間に行った前例のない数の違法かつ無謀な弾道ミサイル発射を非難し、朝鮮半島の完全な非核化への約束を再確認し、国連安保理決議に基づく義務を遵守するよう平壌に促した。」
 「ウクライナの主権、独立及び領土保全に対する支持を再確認し、その領海に至るまで国際的に承認された国境を支持した。」
 「地域と世界の平和と安定を維持するために、多国間主義、持続的な対話と協力、国際法に基づく紛争の平和的解決が重要であることを改めて強調した。」

 フィリピンとしては、南シナ海でのフィリピン領海に関する問題のみに焦点を当てたいところですが、この声明を通して中国、ロシア、そして北朝鮮と米国(および台湾、日本、韓国、ウクライナ)とのいざこざにフィリピンも首を突っ込まされているように見えます。そうであるならば、米国の思惑通りです。
 トピック1で紹介したように、この共同声明を聞いて敵意を露わにした黄中国大使の発言に対し、フィリピン政府は「台湾問題に干渉しない」と中国の敵意から逃れるための声明をわざわざ出しています。台湾そのものに関しては、なるほど、直接言及はしていません。「台湾海峡の平和」が、米国の主張する平和なのか「一つの中国」としての平和なのかも言及されていません。逃げ道は、ギリギリ残されているように見えます。

― 台湾から米国への援護射撃?
 4月13日、台湾外交部は、米比の2+2閣僚級対話の米比共同声明を受けて、以下の声明文を発表しました。「台湾海峡の平和」を素早く定義・公表して米比共同声明を肉付けする台湾政府の行動に米国との阿吽の呼吸を感じさせます。逆にフィリピンとしては、一番反応してもらいたくはなかった相手(中国が最も発言を気にする相手)からの迷惑な発言に他なりません。

 「中華民国(台湾)外交部(MOFA)は、米比2+2閣僚級対話で初めて両岸の平和と安定が高く評価されたことを歓迎し、また認識する。
 台湾海峡の平和と安定は、インド太平洋の安全と繁栄に不可欠である。中国は最近、蔡英文総統の海外訪問や米国通過を口実に、台湾に対する軍事的脅威と強制をエスカレートさせている。これは、地域の安全保障と安定に対する深刻な挑戦となっている。米国、日本、欧州連合(EU)、その他の主要国は、中国の行動に深刻な懸念を表明している。外交部は国際社会に対し、中国の不合理な軍事的挑発を引き続き非難し、民主的な台湾への支持を表明し、台湾海峡の平和と安定に留意し、台湾と協力して規則に基づく国際秩序を守り、安定した、自由で開かれたインド太平洋を共同で守るよう強く要請する。」

― ハーグ裁定は無視すると言ったはず?
 米比共同声明の次の文言には「あれ?」と驚かされさせられました。マルコス政権は、ハーグの南シナ海仲裁裁判所の裁定を利用せずに中国との領海交渉に臨むと何度も主張し、中国政府もそのことを歓迎していたはずです。中国としては、裏切られたと感じることでしょう。

 「中国に対し、南シナ海に関する最終的かつ法的拘束力のある2016年仲裁裁定を完全に遵守するよう要請した。1982年海洋法条約に基づいて構成されたこの裁定は、最終的かつ法的拘束力を持ち、リードバンク、ミスチーフ礁、セカンドトーマス諸島(フィリピンではレクトバンク、パンガニバン礁、アユンギン諸島として知られている)付近の海域を含む、そのEEZ(排他的海域)と大陸棚に関するフィリピンの主権権と裁判権を有効化するものである」

― 第三次世界大戦の引き金になり得るか?
 マルコス大統領は多くの点で父マルコス・シニア元大統領の政策を手本にしてきました。1970、80年代冷戦時のマルコス・シニア政権は、中南米やアフリカの非同盟諸国と足並みを揃えつつも、欧米諸国への敵対よりも親和的な立ち位置を保つことで、米国や日本からの巨額の直接投資を呼び込むことに成功しました。現在のマルコス大統領も父と同様、「東西」間で台頭するグローバルサウスの立場を武器として利用しようとしているようにも見えます。
 しかし、父の時代と大きく異なるのは、現在のフィリピンが米中間摩擦の最前線に立たされている点です。4月18日にフィリピンの巡視船が、またしても中国艦からレーザー照射を受けました。フィリピン政府は米国との防衛条約発動には当たらないと発表しましたが、かなりギリギリの駆け引きが続いています。まさかの台湾からではなくフィリピンから米中戦争、もしくは第三次世界大戦(すでにウクライナから始まっているとも言われていますが)が始まるという可能性も具体性を帯びてきたように見えます。

〈Source〉
After scrapping import plan, DA promises enough rice supply despite El Niño threat, philstar, April 18, 2023.
China ‘advises’ PH to ‘unequivocally oppose’ Taiwan’s independence than ‘stoke fire’ via Edca, Inquirer, April 14, 2023.
Congress urged to pass measures on food security to achieve SDGs, Business World, April 17, 2023.
Farmers warn of rice crisis, philstar, April 17, 2023.
Joint Statement of the U.S.-Philippines 2+2 Ministerial Dialogue, U.S. Department of State, April 11, 2023.
MOFA response to US-Philippines 2+2 Ministerial Dialogue on April 11, MOFA Taiwan, April 13, 2023.
NFA abandons planned rice importation, Inquirer, April 18, 2023.
Philippines says no intention of interfering in Taiwan issue as regional tension grows, Arab News, April 16, 2023.
Philippines targets rice self-sufficiency by 2027, Business World, April 18, 2023.
PH not expecting violent reactions from China due to Balikatan – DND chief, CNN Philippines, April 12, 2023.
PH SDG score: Good in curbing poverty, teenage smoking, Inquirer, April 21, 2023.
UPDATE 2-Philippine agency seeks 330,000 T of rice imports as buffer stocks thin, Reuters, April 14, 2023.

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