今週のフィリピン・ダイジェスト
(3月30日-4月6日)

【写真】ICCを批判するアイミー上院議員/via. Facebook page of Senator Imee R. Marcos (posted on March 30, 2023).

栗田英幸(愛媛大学)

 今週は、アムネスティ・インターナショナルのフィリピンに関する年次レポート、政治家による国際刑事裁判所(ICC)への批判発言、EUの貿易特恵を利用した人権外交の3つの出来事を取り上げます。
 トピック解説では、アイミー・マルコス上院議員による痛烈な米国批判の背景に見えるマルコス・ファミリーの状況を示す2つの可能性について掘り下げました。

◆今週のトピックス

トピック1:アムネスティ・インターナショナル年次レポート概要

― 超法規的殺害と不処罰
 マルコス新政権発足後、「ドラッグとの戦い」の文脈で行われる殺人の件数が増加した。大学の研究グループ「ダハス」によると、2022年中に警察や身元不明の加害者によるドラッグ関連の殺人が324件記録され、そのうち175件は7月以降に起きた。
 司法省は、2021年に発生したカラバルソンで9人の活動家が殺害された事件に関わったとして、2022年9月、少なくとも30人の警察官を殺人罪で告発すると発表した。8月に同省は、中部ルソンのドラッグ捜査において殺害された250件の事件を見直すと発表した。しかし、「ドラッグ戦争」に関連する殺害の大部分は現在まで未調査のままである。
 2022年6月、ICC検察官は、「ドラッグ戦争」の文脈を含む人道に対する罪の調査を再開するようICC予審裁判部に申請した。検察官は、国内当局による調査は不十分であり、ICC調査を中断せよという2021年のフィリピン政府による要請は不当であると述べた。政府は、ICCに非協力的な立場を維持している。
 2022年10月、国連人権理事会は、国連人権高等弁務官による勧告にもかかわらず、フィリピンの人権状況や説明責任に向けた進捗状況を監視・報告する国連人権高等弁務官の任務を更新しなかった。国連の合同人権能力構築・技術支援プログラムは継続したが、主要分野での進捗不足が批判された。
 2022年11月には、活動家のエリクソン・アコスタとジョセフ・ジメネスが、政府治安部隊に拉致され、殺害された。この殺害は、ネグロス島で国軍と共産党軍事部門新人民軍(NPA)との武力衝突が激化する中で発生した。

― 反体制派の弾圧
 政府やその支持者が組織や個人を共産主義グループと結びつける行為は「赤タグ付け」として知られ、人権擁護者や政治活動家などに対するさらなる殺害、恣意的拘束、嫌がらせにつながっている。
 2023年1月15日、ソルソゴン州で、「赤タグ付け」された農民・労働者権利団体のメンバーであるシルベストル・フォルタデスとローズ・マリア・ガリアスが、何者かに射殺された。
 同年2月18日、国家警察は、ミンダナオ島の先住民族コミュニティに医療を提供して「赤タグ付け」されたナティビダッド・カストロ医師を逮捕した。3月、バユガン市地方裁判所は、彼女に対する誘拐と違法拘束の容疑を棄却したが、6月にその決定を取り消した。裁判所が命じたナティビダッド・カストロの再逮捕令状は、年末になっても実行されていなかった。
 同年8月、警察はマニラ首都圏の「赤タグ付け」された人権擁護者であるアドラ・フェイ・デ・ベラを逮捕した。彼女は1970年代のマルコス元大統領の戒厳令時代に恣意的に拘束されたことがあり、他の戒厳令被害者のために司法の正義を求める運動を続けていた。ベラは、2009年に治安部隊の隊員が殺害された待ち伏せ事件に関連して、殺人と反乱の罪に問われ、年末になっても国家警察に拘束されたままである。
 同年9月、「地方共産党の武装闘争を終わらせるための国家タスクフォース(NTF-ELCAC)」の元スポークスマンが、マルロ・マグドーサ=マラガル裁判官に「赤タグ付け」した。最高裁からも強い批判を受けたこの「赤タグ付け」は、フィリピン共産党とNPAをテロリスト集団として指定することを求める司法省の請願を、マラガル裁判官が却下したことに関連している。
 良心の囚人であるレイラ・デ・リマ元上院議員は、主要な目撃者の証言が撤回されたにもかかわらず、政治的動機によって、ドラッグ関連容疑で6年にわたり勾留されている。

― 表現の自由
 ジャーナリストに対する物理的な攻撃や司法による嫌がらせが激化し、独立系ニュースサイトは遮断された。
 2022年には、著名なラジオ放送作家のパーシバル・マバサ(パーシー・ラピとして知られる)が10月3日にマニラ首都圏のラスピニャス市で銃撃されるなど、少なくとも2人のジャーナリストが殺害された。パーシー・ラピが放送でその汚職を批判していた矯正局長の捜査は昨年末も続き、容疑者の名前が挙がっている。
 2022年6月、国家電気通信委員会(NTC)はインターネットサービスプロバイダーに対し、「テロリストおよびテロ組織」との提携や支援を政府から非難されている独立系メディアグループのウェブサイトを含む28サイトへのアクセスを遮断するよう命じた。しかし、報道機関ブラトラットの提訴により、NTCはブラトラットのウェブサイト遮断を解除するよう命じられた。10月、ブラトラットの編集長ロナリン・オレアは、親政府系テレビ局のニュースキャスターから「共産主義組織のインターネットオペレーターである」と放送中に非難され、「赤タグ付け」された。
 同年7月、控訴裁判所は、ノーベル賞受賞者のマリア・レッサとレイナルド・サントス・ジュニアに対するサイバー名誉毀損での有罪判決を下した。10月に2度目の上告が棄却された。この独立系メディア「ラップラー」の創設者と元研究員に対する起訴は、ある実業家とドラッグ・人身売買との関連を報道した2012年の記事に関連していた。最高裁への最終的な上訴が失敗した場合、2人は6年以上の禁固刑を受ける可能性がある。ラップラーへの閉鎖命令は控訴中である。
 同年8月には、活動家で元副大統領候補のウォルデン・ベロが、サラ・ドゥテルテ副大統領の元広報担当者に対するサイバー名誉棄損の容疑で逮捕された。この容疑は、同副大統領とドラッグとの関連性を指摘するコメントに関するもので、反対派の声を封じることを目的としたものと広く認識されている。年末には、ベロによる告訴棄却の申し立てがなされた。

トピック2:ICCへの批判

― アイミー:欧米諸国の「国際ルールに基づく秩序」は偽物
 アイミー上院議員は金曜日、兄のマルコス大統領政権下の国際刑事裁判所(ICC)を「国際司法の戯画」と呼び、ICC批判の大合唱に加わった。アイミー上院議員は、ICCは欧米諸国で行われた犯罪を追及せず、フィリピンのような「低開発国」ばかりを摘発していると非難した。
 アイミーは声明で「ICCは、西側諸国の無数の人道に対する犯罪を長年にわたって調査しておらず、国際司法の戯画と化している」と述べた。
 彼女は「存在しない大量破壊兵器に基づき、国連の決議に違反した 」2003年の米国主導のイラク侵攻を例示した。

 「誰のための選択的正義 なのか? 今月、ICCが(イラク侵略の)責任者(要するに米国のこと)に責任を負わせることができないまま20年目を迎える。西側諸国がよく口にする『国際ルールに基づく秩序』の維持という決まり文句は、明らかに偽物だ」     
 「アフリカ諸国やフィリピンのような 『低いところになる果実 』を摘発することは、ICCにとって容易なことだ。低開発国の指導者を裁判にかけるという永遠のサーカス(戯画と同じ、実質を伴わない空虚な行為という意味)は、欧米が犯した人道に対する罪から世界の目をそらすことを目的としている」と述べた。
 アイミー上院議員は、さらに、このような目眩ましが、欧米諸国を 「人権の揺るぎない保護者 」であるとする「虚像」を助長していると主張した。

― デラ・ロサ:ICC加盟国には行かない
 ロナルド・デラ・ロサ上院議員は23日、逮捕される可能性を考慮してICCの加盟国への渡航を控えていると述べた。
 「恐れてはいない。私が出国しなければ何も起きないことは分かっている。逮捕状が出されても、私を逮捕することはできない。しかし、万が一、私が他の国に飛んで、そこで逮捕されたとしても、トレンティーノ上院議員が救助に駆けつけ、私の代理人として、どのような手続も行ってくれるだろう(助けてくれるだろう)。」
 デラ・ロサ上院議員は、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領政権の初代フィリピン国家警察長官であり、「ドラッグ戦争」の指揮官としてICCから逮捕状を出される可能性がある。その場合、ICC加盟国は、デラ・ロサ上院議員がその国に滞在しているのであれば、逮捕する義務を有する。

トピック3:EUのGSP+を介した人権外交

― 人権、環境、労働権がフィリピンの国策
 欧州連合(EU)が、貿易特権を享受する受益国に対して「より高い基準」を設定し、「より厳しい監視」を行うことを計画している中、フィリピンは国際人権条約の遵守を約束し、前大統領時代にフィリピンの評判を落とした大きな懸念に取り組む意思を示した。
 アラン・ゲプティ貿易次官補は3日、フィリピンがEUのGSP+(一般化特恵制度プラス)の下で享受している特恵貿易協定は、人権、労働、環境、グッドガバナンスに関する27の国際条約を遵守していることを条件としていることに触れ、「EUのGSP+の有無にかかわらず、フィリピンはこれらの条約を遵守することを約束します。それは、条約上の約束であるだけでなく、人権を保護・尊重し、環境を保護・保全し、労働権を守り、グッドガバナンスを推進することが我々の国家政策だからです」と語った。
 EUのGSP+は、地域圏の特恵関税制度で、フィリピンは今年まで6000以上の製品について関税ゼロを享受していた。しかし、ドゥテルテ前大統領の政権下では、彼の残忍なドラッグ戦争や国内の人権状況に対する批判から、その更新が問題視されていた。貿易産業省によると、フィリピンは2021年現在、EUのGSP+スキームによる20.3億ユーロ(22.1億ドル)相当の輸出があり、輸出全体に占めるGSP+輸出の割合は26%を占めている。
 「フィリピンのコンプライアンスに関して、多くの問題が提起されていることに留意していますが、政府は常にオープンで、これらの問題を明確にし、これらの原則に対する私たちの強いコミットメントを示すためにEUと協力することを望んでいます」と付け加えた。

― EUの「より高いハードル」
 マルコス政権は、昨年、フィリピン政府関係者がベルギーのブリュッセルで、EU委員会、EU理事会、EU議会、いくつかの企業団体と一連のハイレベルな会合を開き、このコミットメントを実証したと述べた。
 「フィリピンはインド太平洋地域におけるEUの強力かつ信頼できるパートナーであり、両者の協力関係の強化は、それぞれの経済にとってより良い結果をもたらすだろう」とゲプティ貿易次官補は付け加えた。
 先週、イーモン・ギルモアEU人権担当特別代表は、GSP+は近々、受益国が遵守すべき人権基準について「より厳しい精査」を行い、「より高いハードル」を持つことになるだろうと述べた。ギルモアEU人権担当特別代表は、フィリピンがGSP+の地位を更新するためには、同国における超法規的殺人を止め、責任者の法的責任を追及する政府の取り組みに大幅な改善が見られなければならないと述べている。

◆今週のトピックス解説

― タブーに踏み込むアイミー
 ICCを始めとする欧米諸国による人権外交に対して、マルコス大統領を始め、後ろめたい政治家らの我慢が限界に近づいてきているのでしょうか。ドラッグ戦争や赤タグ付け、NTF-ELCACといった抑圧的な政策を支持してきたクリスピン・へスース・レムリア司法省長官、ドゥテルテ前大統領に加え、アイミー上院議員も強い反発の声を発しました。彼女の発言は、レムリア長官やデラ・ロサ上院議員とは異なって、人権外交を進める欧米諸国の弱点をついたものであるが故に、個人的に少々、気になりました。
 ご存知のように、2003年3月20日、ジョージ・W・ブッシュ政権が、イラクが大量破壊兵器を保持しているとして、国連安保理事会の承認なしに、イラクに侵攻する軍事作戦を実行しました。そして、2011年に軍事作戦の根拠となった大量破壊兵器の証拠が捏造であったことが報道されました。アイミーの発言は、国際ルールを無視してイラクに侵攻した国々、それにもかかわらずICCからの調査も受けない米英国、イラク侵攻を支持した国々(日本およびフィリピンを含む30カ国)や米英のルール無視を容認する国々、中でもフィリピンの人権状況を問題視する国々に対する痛烈な批判です。

― ドゥテルテからマルコスまでは、ほんの一歩
 イラク侵略の汚点は、周知の事実ではありますが、特に米国政府にとっては触れられたくない汚点です。米国との関係上、口にできなかったタブーをアイミーが記者団に対する声明として発したことに驚かされました。
 人権外交の矛先がドゥテルテ前政権に向けられているとしても、マルコス・ファミリーにとっても、これは鬼門に他なりません。父マルコス・シニア政権の運営に携わっていたイメルダ夫人、マルコス大統領、アイミー上院議員、そして、マルコス一族の巨額の蓄財は、人権外交の延長上で正当化の根拠を失うことになるからです。したがって、ICCによって処罰されるかもしれない状況の下で、ビクビクしているのは、ドゥテルテ前大統領やデラ・ロサ上院議員だけではないのです。人権外交の影響がドゥテルテ前大統領たちに及ぶのなら、マルコス大統領にまでその影響が及ぶまではあと一歩です。落ち着けない状況にあるのは、マルコス一族も同様なのです。

― 磐石だが綱渡りのマルコス政権
 タブーに踏み込むアイミーの発言の背後に、マルコス一族の現状を示す、相反する2つの可能性を見ることができます。1つは、タブーに踏み込んでも大丈夫だという自信です。先週は、エンリレ大統領法律顧問がもう1つのタブーである核武装を提唱しました。自信の根拠にあるのは、米国による基地共同利用を承認した見返りへの期待かもしれません。「東西」どちらにも与しないグローバルサウスの拡大も、米国からの介入を跳ね除ける上で大きな助けになります。
 もう1つは、マルコス一族が人権外交によって追い詰められているとの実感をもっている可能性です。マルコス一族は、帰国を果たした当初から現在に至るまで危険な綱渡りを続けてきました。財産没収の危機、マルコス・シニア政権の戒厳令時代の関与によって処罰されるかもしれない危機、脱税疑惑によって政治活動を否定されるかもしれない危機。そして、最近ではマルコス・ジュニア政権においても人権抑圧が継続されていることの政治的責任を追求されるかもしれない危機が着実に拡大しています。
 磐石だが綱渡り、という二面性を併せ持つのがマルコス政権の現状なのです。
 人権外交を突っぱねるためには、GSP+に依存しない経済構造か、経済の不安定化を政治の不安定化に繋げない抑圧・暴力手段の確保が必要となります。これら両手段の模索・確保という視点から、最近活発化させているグローバルサウス諸国との外交、米中の綱引きの間での両天秤、憲法改正、軍や警察の改革等々をあらためて見直せば、その背後にさまざまな思惑が見えてきます。

〈Source〉
‘Bato’ holds on to Marcos vow he won’t be arrested by ICC, ABS-CBN, March 30, 2023.
Dela Rosa avoiding travel to ICC-member countries in case of arrest, Inquirer, March 30, 2023.
Drug-related killings, ‘red-tagging’, suppression intensified in 2022: Amnesty International, ABS-CBN, March 28, 2023.
Imee Marcos: Picking on PH but not probing Western nations? ICC a ‘caricature of int’l justice’, Inquirer, March 31, 2023.
PH commits to upholding rights for EU trade perks, Inquirer, April 4, 2023.
PHILIPPINES:AMNESTY INTERNATIONAL REPORT 2022-2023, Amnesty International, March 30, 2023.

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