今週のフィリピン・ダイジェスト
(2月10日-2月16日)

【写真】日比首脳会談で握手を交わす岸田首相とマルコス大統領/via 日フィリピン首脳会談, 外務省, 2023年2月9日. https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea2/ph/page1_001505.html

栗田英幸(愛媛大学)

レーザー攻撃/憲法改正議論/マルコス訪日

 今週は、中国海警局がレーザーでフィリピン沿岸警備隊を攻撃した出来事、活発化する上院による憲法改正議論、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領訪日の成果、3つの出来事を取り上げます。レーザー攻撃とマルコス大統領訪日は、「ルフィ」送還ほどではないけれど日本のニュースでも何度も取り上げられています。したがって今更な内容も多いですが、フィリピンでは日本のニュースとは若干捉え方が異なります。
 今週のトピックス解説では、訪日したマルコス大統領が得た日本からの支援・投資約束について取り上げました。

◆今週のトピックス

トピック1:中国海警局の攻撃

― 軍用レーザーによる中国のフィリピン巡視船攻撃
 2月6日、中国海警局は、補給任務でアユギン礁を航行していたフィリピン沿岸警備隊の巡視船に対して、緑色のレーザー光線を照射した。このレーザーにより乗組員は一時的に目が見えなくなり、痒みを残したとフィリピン沿岸警備隊ジェイ・テリエラ保安担当司令顧問は語った。
 13日、中国が軍用レーザーを利用してフィリピン沿岸警備隊を追い払ったのは、これで2度目であったことが同氏により明らかにされた。彼はまた、6日の補給業務は中国の妨害にもかかわらず成功したと語った。
 中国の王文斌報道官は、13日、フィリピンの船舶が中国領海に「侵入」したと述べ、それに対して中国海警局が「専門的かつ抑制のきいた」対応をとったと発言した。
 今回の事件の数日前、米国とフィリピンは同海域での共同パトロールへの再開で合意している。

― 米国はフィリピン側に立ち中国を非難
 米国国務省は14日、中国海警局の船がアユンギン礁付近でフィリピン沿岸警備隊の船に軍事用レーザーを照射したことに対し、「挑発的で危険」であり、「地域の安定と平和を直接脅かし、国際法の下で保証された南シナ海の航行の自由を侵害し、規則に基づく国際秩序を損ねる」と中国を非難する声明を発表し、フィリピン政府を支持した。
 米国は中国に対し、レーザーの使用により、フィリピン沿岸警備隊の1人マラパスクアの乗組員は一時的に目が見えなくなり、アユンギン礁とその周辺でのフィリピンの合法的な活動を妨害したと指摘した。レーザーは、人体に深刻な傷を与える可能性があるため、「直接エネルギー兵器」に分類されると、海事専門家のジェイ・バトンバカルは説明している。
 さらに、米国は、この海域に対する中国の領海権主張はオランダ・ハーグ国際の仲裁裁判所の決議によって否定されており、フィリピンに領有権があることを強調した。

トピック2:憲法改正

― 着々と進む憲法改正案
 2月13日、下院マカバヤン連合は、選出された議員の任期延長を求める憲法改正案に対して、フィリピンが直面する社会的経済的課題への取り組みに力を注ぐべきと述べた。マカバヤン連合からの情報によれば、下院議会では、15日に以下に関する憲法改正案について審議する。

●大統領と副大統領の任期を6年から5年とし、再選禁止を廃止する。最長10年までその地位を維持できる。同じ政党に所属しなければならない。現職の大統領と歴代の大統領は再選を禁じられる。

●下院議員の任期は3年から5年になり、最大2期、つまり10年間連続して在職することができる。

●バランガイを除く地方議員も任期は3年から5年になり、最長で2期連続となる。

― 大統領の意志とは関係なく憲法改正論議を進める
 マルコス大統領は、憲法改正よりも優先順位の高いものは数多くあるとして、憲法改正に意欲的ではないことを示した。マルコス大統領は、大統領就任以前にフィリピンの経済発展を憲法の外国人所有制限条項が阻害しているとの認識を示していた。しかし、今回の憲法改正に関するマルコス大統領のコメントでは、現行の憲法の範囲内で「上手くできる」と語っている。
 一方、下院憲法改正委員会ルフス・ロドリゲス委員長は、公聴会を継続する意思を表明した。当該委員会は、産業や土地の外国人所有に関する制限緩和、公務員の任期延期に関する憲法改正案に関して、既に4回の公聴会を開催している。

トピック3:訪日と経済協力

― マルコス大統領の日本訪問
 2月8日から12日、マルコス大統領が就任後初めて公式に訪日した。マルコス大統領をはじめ随行閣僚は、岸田文雄首相など政治家・閣僚やフィリピン投資に意欲を持つ企業との会合を積極的にこなし、7つの二国間協定を締結し、巨額の援助や投資の約束を取り付けることに成功した。
 2月9日、マルコス大統領との首脳会談を終えた岸田首相は、大統領との共同記者会見で、「フィリピンが上位中所得国になるための経済開発計画を支援するため、2024年3月までに6兆円の官民援助を行うことを伝えた」と述べた。岸田首相は、また、フィリピンの経済発展を両国にとって「大きな機会」と位置づけた。
【2月9日に締結された二国間協定】
(1)南北通勤鉄道延伸計画(第二期)に関する交換公文
(2)南北通勤鉄道延伸計画(第二期)に関する円借款貸付契約
(3)南北通勤鉄道計画(マロロス-ツツバン)(第二期)に関する交換公文
(4)南北通勤鉄道計画(マロロス-ツツバン)(第二期)に関する円借款貸付契約
(5)自衛隊の人道支援・災害救援活動に関する取決め
(6)農業に関する協力覚書
(7)情報通信技術に関する協力覚書

― 期待以上の成果と3ヶ国協定
 2月12日、日本から帰国したマルコス大統領は、パサイ市のビラモア空軍基地でのスピーチで、「私たちは、国民の利益と約2万4000人の雇用を創出し、経済環境の基盤をさらに強固にするために、130億米ドル(約1.7兆円:1ドル132.75円)以上の貢献と誓約を携えて戻ってきた」*と述べた。さらに、日本からの開発援助プロジェクトや投資による経済・雇用効果について説明、自信を持って訪日の成果を語った。
 12日の共同通信記者会見において、訪日中、マルコス大統領は、「危険な情勢」へ対処するためフィリピンと日本の間で訪問軍地位協定(VFA)および米国を含めた3ヶ国で合意を結ぶ提案をされたことを明らかにした。また、マルコス大統領は、12日帰国中の大統領特別機内で、もしそれが実現でき、適切で、緊張を高める危険性がないのであれば、(特に安全を脅かされている漁民を保護する立場の)フィリピンにとって有用かもしれない」とも述べた。この協定は「原則的に提案された」だけで、その詳細はまだ確定しておらず、日米の指導者と協定の詳細、特にそれぞれの国の軍隊が果たす役割についてまだ話し合っていないことを明らかにした。さらに、三国間協定が現実のものとなった場合、ヨーロッパや北米の国々を加盟国とするNATOや北大西洋条約機構のような防衛同盟にはならないだろうとも述べた。

*岸田首相から約束されたのは総額6兆円であるが、現在具体化しているものは約1.7兆円(130億米ドル)程度ではないか(筆者推測)。

◆今週のトピックス解説

― 重要なのは量なのか
 日本から帰国し、専用機からビラモア空軍基地に降り立ったマルコス大統領は、日本の政府や企業からの巨額の「約束」を国民に公表しました。マルコス大統領は訪日直前に1500億ペソ(約3600億円:1ペソ2.41円)の投資約束を取り付けると記者団に語っていましたが、その金額を大きく超える130億ドル(約1.7兆円)という成果を得ての帰国でした。
 日本からの投資や支援の多寡については、議論の分かれるところです。中国との摩擦の矢面に立つ見返りというのであれば、それは安すぎる、もしくはお金で換算できるようなものではないという意見も少なくないでしょう。ちなみに、昨年の米国公式訪問から帰国した際にマルコス大統領が国民に公表したのは、39億ドルの投資約束でした。そして、今年1月の中国公式訪問の際は、220億ドルでした。

― 量ではなく質で勝負できるのか?
 今回の日本からの支援や投資を評価する上で少なくないフィリピン人が注目しているのは、金額ではなく質になります。少なくとも、反中もしくは親日米派は、中国からのリップサービスとしての総額を揶揄し、その質や社会的影響に言及しています。大衆英字紙インクワイアラーのコラムニストは、15日の同紙で日本からの支援や投資について触れ、中国について次のように書いています。
「何十億ドルもの投資を約束しながら、狭いパッシグ川にかかる2〜4車線の橋しか実現せず、さらに悪いことに、国際的に排他的経済水域内と認められている海域で、沿岸警備隊隊員の視力に影響を与える軍事用レーザーを使用したような国とは(日本は)違っているのだ。」

 中国からの支援や投資については、その通りかもしれませんが、一方で、日本の経済発展を支えるために、元来豊かであったフィリピンの森林や海の少なくない地域の環境が破壊されたこと、また、日本の支援や投資も中国同様、フィリピンの汚職や抑圧の一因となってきたことは忘れてはならないでしょう。そして、今回の「約束」がそうならないとは限りません。

― 質を求められる状況にない?
 ウクライナ侵攻や欧米と中国との緊張増加を基盤とした東西の「新冷戦」といわれる状況が始まってから、フィリピンに対する人権外交や民主主義外交は明らかに骨抜きになり、国際的な圧力が弱まっています。汚職に関しても同様です。
 国内では、今年に入ってドゥテルテ政権時代に戻って、ドラッグ戦争を再び押し進めるかのような人事(1月20日フィリピン・ダイジェスト参照)が進んでいます。ODAや企業活動への国内外の市民による監視圧力が著しく低下していることは間違いありません。
 マルコス大統領の父マルコス・シニアの政権下で行われた汚職や人権侵害と結びついたODA・企業活動と同じ轍を踏まないため、歴史の学び直しを、フィリピンのみでなく、日本でも、もしくは日本とフィリピンとの共同で行っていく必要があるのではないでしょうか。

〈Source〉
House committee to continue Cha-cha efforts despite Marcos’ ‘not priority’ remark, ABS-CBN, February 13, 2023.
Makabayan bloc urges Filipinos to reject new cha-cha attempt under Marcos admin, CNN Philippines, February 13, 2022.
Marcos in Tokyo: Japan pledges P250-billion aid package for PH, Rappler, February 9, 2023.
Philippines’ Marcos open to a troop pact with Japan, Reuters, February 13, 2023.
US: China’s use of laser against PH ship ‘provocative,’ threatens regional peace, CNN Philippines, February 14, 2023.
U.S. Support for the Philippines in the South China Sea, U.S. Department of States, February 13, 2023.
今週のフィリピン・ダイジェスト(1月13日-1月19日), Stop the Attacks Campaign, 2023年1月19日.
日・フィリピン首脳会談, 外務省, 2023年2月9日.

あなたは知っていますか?

日本に送られてくるバナナの生産者たちが
私たちのために1日16時間も働いていることを

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)