今週のフィリピン・ダイジェスト
(1月6日-1月13日)

【写真】特別辞表を全ての警察高官に求めるベンジャミン・アバロス・ジュニア内務長官/via. Resign Now, pna, January 4, 2023. https://www.pna.gov.ph/photos/58858

栗田英幸(愛媛大学)

世界中が注目するマルコスの訪中/レムリア司法相の息子がなんと無罪放免/内務長官「忍者警官一掃のため警察高官は全員、とりあえず辞表を出せ」

 今週は、「マルコスの中国訪問」、「レムリア司法長官の息子の無罪判決」、「警察高官全員に一時的な辞表提出を勧告」の3つのトピックを取り上げました。世界中のメディアが何度にもわたって報道するほどの注目を集めたフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領の中国訪問では、一体どのような議題が取り上げられ、合意がなされたのでしょうか?米中摩擦激化でフィリピンの動向が世界中から注目されています。また、現行犯で逃げ道なしと思われていた違法薬物所持容疑の罪に問われていたヘスース・クリスピン・レムリア司法長官の息子が異例の早期判決により無罪で拘置所ら解放されました。そして、警察高官のドラッグ関与が警察の自浄能力を失わせているとの認識の下、ベンジャミン・アバロス・ジュニア内務長官は、徹底的な調査とドラッグ関与高官の一掃のために、一時的に辞表を出すように全ての警察高官に求めました。忍者警官(ドラッグ取引を行う警官)という単語がフィリピンでも定着しそうです。
 解説は、今後の司法のあり方、ひいては、警察や国軍によって頻繁に行われている超法規的な抑圧による被害に大きな影響を及ぼし得るレムリア司法長官の息子の判決を取り上げました。

◆今週のトピックス
トピック1:世界中が注目するマルコスの訪中

― 訪中での交渉内容と成果
 1月3日から5日にかけて、マルコス大統領は国賓待遇で中国・北京を訪問した。「私は北京に出発し、中国と包括的・戦略的協力の新たな章を切り開くことになる」と北京行きの飛行機に乗る前にマルコス大統領は語った。4日には習近平国家主席と会談し、南シナ海(西フィリピン海)の安全保障や同海での中国との合同資源開発、中国からの開発援助、中国企業誘致、密輸等の貿易問題等について話し合った。
 4日に発表された共同声明では、「相違を適切に管理」し、南シナ海に関して「深く、率直な」議論を行い、「地域の平和と安定を維持・促進することの重要性を再確認した」と述べている。
 また、会談の中で、憲法や主権の問題で昨年6月に停止された南シナ海での石油・ガス探査に関する交渉を再開することに合意し(フィリピンの憲法では資源の主権はフィリピン国家にあり、中国主導の開発は違憲となるため、現憲法下で中国の提案に応じることはできない)、農業、インフラ、海上保安を含む幅広い分野での中国からフィリピンへの支援拡大の約束がなされ、合計14の二国間協定に調印した。マルコス大統領は更に220億ドル(約29兆円)の中国からの「投資誓約」を獲得したことを自身の声明で公表した。

― ドゥテルテ時代の中国の「投資誓約」は一部しか果たされず
 中国からの気前の良い「投資誓約」や協力の約束が果たして本当に果たされるかどうかは、まだ分からない。ドゥテルテ大統領は、2016年の中国訪問でやはり同様に240億ドル(2016年レートで約26兆円:1ドル108.8円)の投資誓約を得た。しかし、そのうちのほんの一部しか実際に投資はされず、ドゥテルテ大統領の重要プロジェクトであった「建設!建設!建設!」プロジェクトの多くが中国からの投資の遅れで実施できなかった。

トピック2:レムリア司法相の息子がなんと無罪放免

―「正義が果たされた」?
 レムリア司法長官は、1月6日金曜日、ラスピニャスの裁判所が彼の息子のドラッグ不法所持を無罪としたことを受け、「正義が果たされたことを嬉しく思う」と述べた。
 同長官の息子であるフアニート・ホセ・レムリア3世は、昨年10月に130万ペソ相当(約300万円)の900グラムの高級マリファナが入った小包を受け取った後、逮捕された。裁判所は、彼の逮捕に不備があり、彼が小包にドラッグが入っていると認識していたことを示す十分な証拠がなかったと述べた。
 レムリア司法長官は、息子の逮捕を主導したフィリピン麻薬取締局に対する対抗措置はないと断言し、記者団に対して次のように語った。
 「この件に関して冷静になりましょう。彼らも間違いを犯すのだから。」
 ドラッグ所持の容疑が晴れたフアニートには、まだ、違法薬物輸入の容疑と関税法違反の容疑の2件に関する裁判が残されている。

トピック3:内務長官「警察高官は全員、とりあえず辞表を出せ

― とりあえずの辞表?
 1月4日の記者会見でアバロス内務長官は、フィリピン国家警察の一部高官が違法薬物取引とつながっていると懸念される中、警察の大佐と将軍の全員に対し、辞表を提出するよう呼びかけた。アバロス内務長官が求めるCourtesy Resignation(以下、特別辞表)は、一般的な辞職を示すものとは異なり、今後行われるドラッグに関連する警察高官の洗い出し作業の間、保留されるにとどまる。その間、彼らは通常の業務を遂行し、作業後に問題のなかったと認められる高官の辞表は破棄される。そして、ドラッグとの関係が明らかになった高官の辞表が受理されることとなる。
 この特別辞表は、コラソン・アキノ大統領が1986年の大統領就任日に発布した「布告1」において初めて利用された手続きであり、布告では、「国民の信頼を回復するための第一歩として、任命された公務員が、最高裁判所のメンバーから順に(要するに、民主的な憲法を頂点に置いた国づくりを目指すアキノ新政権にとって、憲法の守り手たる最高裁判所が最も率先して自主的に辞表を提出することが望ましい)、特別辞表を提出することを期待する」と書かれている。

― 忍者警官を一掃し、再出発する唯一の方法
 「突然ですが、これが再出発のための唯一の方法なのです。我々は思い切ったことをします。非常に過激なアプローチですが、(ドラッグに関与している)我々の仲間を一掃しなければならないと信じています。」
 アバロスは、フィリピン警察の高官に自主的な辞表を求めることが、警察組織に浸透している違法薬物の脅威に国が対処する最も早い方法かもしれないと述べ、今後5人で構成される委員会が全員のプロフィールを検討し、辞表の破棄・受理を決定することを説明した。5人の委員の名は明かされておらず、アバロス自身はそのメンバーに入っていないことを明言した。
 アバロス内務長官は、辞表の呼びかけは強制ではないことを述べた上で、「活動する忍者警官(ドラッグ取引を行う警官)がまだいるとバト(デラ・ローサ)上院議員が言っていたのを聞いただろう。私は、その通りだと言いたい。多くの警察官が命懸けで働いているにも関わらず、忍者警官のせいで警察がドラッグ売買に引き摺り込まれるのは不公平だ」として、その必要性を強調した。

― 違法ドラッグに関係する者を警察内から一掃する
 アバロス内務長官は、1月9日のCNNフィリピンの取材に対して、947人の対象者のうちの60%、約500人が辞表を提出したことを述べた。また、辞表を提出していない対象者に対しての対応について協議中であること、証拠が見つかれば刑事事件として起訴すること、これらの作業に3ヶ月程度を予定していることを説明した。
 アバロス内務長官の呼びかけは、マニラ首都圏の市長たちからも支持された。すでに首都圏では警察幹部たちが薬物検査を受け、72人の幹部全員が陰性であったことが報告されている。
 1月5日、でっちあげの薬物容疑で勾留されているとされるデ・リマは、「前代未聞でありながら大胆だ。強い意思を持って立ち向かえばいい。迷いがあってはならない」と語った。
 さらに「特別辞表に恣意性や誤った判断が入り込む余地はないはずだ。これは策略や政治に左右されるべきではない」と付け加えた。

◆今週のトピックス解説

― 無罪判決の根拠
 司法長官の息子フアニートが無罪となった根拠に関して、ラスピニャス裁判所は大きく2点を取り上げました。
 最初に説明された根拠は、自宅で配達員を装った麻薬取締局捜査官から荷物を受け取った際のフアニートの態度でした。荷物を渡す際に捜査官が送り主を知っているかフアニートに尋ねたところ、彼は送り主を知らないが宛先が彼の名前になっていることから荷物を受け取るつもりであると答えたと、捜査官は証言しています。フアニートの態度は荷物の中身を知らない人がとる態度と一致すると裁判所は説明しています。
 もう1点は、フアニートに渡された小包が本当にマリファナであるという証拠が不十分だった点です。証拠となる荷物の移動や保管に関する記録に不備があり、誰かがフアニートを陥れるために恣意的に荷物の中身をマリファナに変更した、もしくは、マリファナの荷物をでっち上げた可能性を否定できないと裁判所は判断したのです。

― 権力者にのみ適用される「疑わしきは罰せず」
 今回の判決がレムリア司法長官の息子のような権力者に守られている人に対するものでなければ、もしくは、同じ違法薬物容疑で長期間不当に拘束されてきたデ・リマを同時に解放するのであれば、ドラッグ戦争の暴力的な断罪に憂慮する多くの人たちは、フィリピンの司法が正常に戻ったとして、その判決に喜んだことでしょう。しかし、一方の、5年以上もの間、証拠も不十分で証拠とされる証言も既に覆っているはずのデ・リマの裁判が未だ遅々として進まない現実とは大きな違いです。ちなみにフアニートの拘束はわずか3ヶ月でした。
 「フィリピンの法律は、権力者を正しい主張(人々)から守るためにある」との発言がフィリピンでは良く聞かれますが、今回の出来事は更にその認識を強めることになりそうです。逆に、荷物を渡した捜査官が圧力に屈して口裏を合わせたのではいか?とか、フアニートに有利な証拠とするために荷物の記録を誰かが恣意的に消したのではないか?との強い疑惑が上がってくるのも当然です。
 残されたあと2つの裁判までに国民から強い批判の声が上がってくるかどうか、また、国内外からデ・リマとの取り扱いの格差を強く批判する声が上がってくるかどうかが、今後のドラッグ戦争のあり方に大きく影響を与えることになるでしょう。

〈Source〉
600 PNP officials submit courtesy resignation, Manila Times, January 10, 2023.
Abalos defends ‘appeal’ for courtesy resignation of top PNP officers, CNN Philippines, January 9, 2022.
China and Philippines agree to ‘manage differences’ on South China Sea, CNN, January 5, 2023.
‘Courtesy resignations’: Baseless, pointless and destabilizing, Manila Times, January 11, 2023.
De Lima: Asking PNP colonels, generals to resign is ‘unprecedented yet bold’ move, Inquirer, January 5, 2023.
Marcos gets $22 billion in ‘investment pledges’ after China state visit, ABS-CBN, January 5, 2023.
NUPL calls for speedy court trial in all criminal cases, Inquirer, January 9, 2023.
Remulla son walks free after acquittal in P1.3M drug possession case, Philstar, January 6, 2023.
Remulla says ‘glad justice is served’ after court clears son in drug possession case, ABS-CBN, January 6, 2023.
Treatment of Remulla’s son over drug case compared to De Lima, ABS-CBN, January 7, 2023.

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