今週のフィリピン・ダイジェスト
(11月4日-11月11日)

【写真】矯正局調査に関してインタビューに答えるヘスス・クリスピン・レムリア司法長官とメダルド・デ・レモス国家警察捜査局長/via. DOJ: ‘Cinderella Man’ triggered Bantag to order Lapid slay, Philippine News Agency, November 9, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

犯罪組織と化している司法省矯正局/無罪を主張する司法長官息子/国連自由権規約委員会レポートの反響

 今週は、事件解明が急ピッチで進むパーシー・ラピ殺害事件の解明、違法薬物の輸入で逮捕されたレムリア司法長官の息子が無罪を主張した件、そして、先週に公開された国連自由権規約委員会によるフィリピン人権状況のレビューについての記事を紹介します。  
 また、解説では、パーシー・ラピ事件をめぐり司法省矯正局が犯罪組織と化しているとされている件を取り上げます。矯正局の事件は、実は今回の殺害事件に留まらない深みと広がりを持っているのです。前ドゥテルテ政権に遡って、今回の事件について改めて解説します。

◆今週のトピックス

― トピック1:パーシー殺害容疑者

 「パーシー・ラピ」の名で知られるラジオ司会者ペルシバル・マバサが先月3日にマニラ郊外で殺害され、さらに自首してきた実行犯ジョエル・エスコリアルが黒幕との仲介人と暴露したニュービリビッド刑務所で服役中のジュン・ヴィリアモルも18日に刑務所で殺害された。エスコリアルは、仲介人の名前をクリサント・ヴィリアモルと言ったが、矯正局に記録された名前はジュン・ヴィリアモル。
 これら一連の件について、検察は11月7日、実行犯に殺害を命じたとしてヘラルド・バンタグ元矯正局長とリカルド・ズルエタ警備副責任者2人を起訴した。調査によると、刑務所内でズルエタ容疑者からの殺害指令は、収監者と3人のギャングリーダーを含めた総勢8人を経て殺害実行犯エスコリアルに伝えられていた。へスス・クリスピン・レムリア司法長官は7日、調査結果について説明し、この指令伝達に関わった8人を先の2人に加えて新たに起訴したと述べた。

― トピック2:現行犯のレムリア司法長官息子は無罪を主張

 11月4日、ホセ・クリストファー・ベルモンテ弁護士はCNNフィリピンに対し、レムリア司法長官の息子であるフアニート・ホセ・ディアス・レムリア3世がラスピナス地方裁判所197支所で行われた罪状認否で無罪を主張したことを明らかにした。  
 先月11日、米国カリフォルニア州サンディエゴから発送された約900グラムのクッシュまたは130万ペソ(328万円、2022年11月10日の為替レート)の高級マリファナを含む小包がニノイ・アキノ国際空港で発見され、フィリピン麻薬取締局は、到着を待つフアニートをラスピニャス市の自宅で逮捕した。

―トピック3:国連自由権規約委員会レポートの反響

 10月10日から11月4日にかけて開催されたフィリピンを含めた9カ国についての国連自由権規約委員会による定期的な人権レビューの結果が、11月3日に発表された。この調査結果は、特に懸念点においてフィリピン国内外の人権擁護団体の主張を支持・後押しする内容となっている。
 13ページにわたる結論部分は、改善点、懸念点と提案、普及・フォローアップで構成されているが、その大半は懸念点・提案の48項目に割かれている。大衆紙や人権擁護団体が自身の記事や声明等で注目する項目は、赤タグ付け、反テロ法、ドラッグ戦争における超法規的殺害、宗教や性に関する差別、汚職、言論自由への抑圧、受刑者の扱い、天災・紛争避難者への扱いである。人権擁護団体カラパタンは、7日、声明において、「全体として、国連自由権規約委員会の最終見解は、正義と説明責任を求め、フィリピン国民の人権と基本的自由に対するすべての攻撃に反対するフィリピン国民の要求を支持するものである」として、その内容を評価している。
 また、多くの大衆紙が、レイラ・デ・リマ元上院議員の不当勾留に関しての 「長期にわたる公判前勾留を終わらせるため、保釈の許可など必要な措置をとるべき」との勧告を大きく取り上げた。

◆今週のトピックス解説:矯正局の闇

― 犯罪組織を内包する矯正局

 「犯罪組織が存在し、政府の役所の中に組み込まれている。その役所とは世界最大のメガ刑務所を管理している矯正局(BuCor)にほかならない」  

 パーシー・ラピ殺害の仲介人の容疑がかけられていた、ニュービリビッド刑務所で服役中のヴィリアモル容疑者が刑務所内で殺害されました。この事件の調査結果を受けた司法省と内部自治省は、11月7日に開催した共同会見において、矯正局について上のように説明したのです。

― 実は前から分かっていた!刑務所は麻薬王の拠点

 司法省の下で刑務所を管理する矯正局は、受刑者たちの更生に加え、受刑者たちを犯罪行為から隔離することを目的としているはずです。しかし、実際には、これまでドラッグ・ディーラーたちの一つの拠点として機能していると言われてきました。麻薬王と呼ばれる大規模なドラッグ・ディーラーの幹部が何人も刑務所に収容されていますが、持ち込みの禁止されている物品を数多く所持し、部下たちに囲まれて快適に暮らしているというのです。刑務所内でドラッグも流通しています。持ち込みできないはずの携帯やパソコンで外部と連絡をとり、または、刑務所を出入りする犯罪者や刑務所の職員たちを介して、刑務所にいながらドラッグビジネスを継続しているようです。このような実態が、ドゥテルテ政権(2016-2022年)がドラッグ戦争を本格化したあたりから、さまざまな調査によってしばしば明らかにされています。
 ドラッグ戦争の成果として、ドゥテルテ政権は数多くのドラッグ・ディーラーを逮捕し、殺害し、刑務所に収容しました。その過程で、殺されなくても良かった多くの人たちが殺害され、それ以上に多くの人たちが無実の罪で刑務所に送られています。そして、このような行き過ぎたドラッグ戦争がドラッグの流通を激減させたようには見えません。その理由の一つが、ドラッグ・ディーラー狩りからも隔離されている刑務所が、ドラッグ取引の一大拠点となっていることでした。更に、一部の刑務所、その中でも世界最大とも呼ばれるモンテンルパのニュービリビッド刑務所は、麻薬王たちの身の安全を図るためにも利用されており、加えて、必要な時に暗殺者を刑務所から出し、仕事が終われば刑務所に戻らせているとの実態も、今から3年ほど前に行われた矯正局の調査において指摘されています。

― ミイラ取りがミイラに!

 ドゥテルテ政権も一時、矯正局の粛正を考えたようですが、95%くらいの職員を交代させなければならないというバンタグ矯正局長(当時)からの提案に根本的な是正を諦めたという経緯があります。そして、このバンタグは、矯正局粛正のためにドゥテルテ政権が局長として登用した人材でした。そして、そのバンタグが、今回の殺害事件の主犯として起訴されたのです。殺害されたパーシー・ラピは、自身のラジオ番組で行うマルコス政権およびドゥテルテ前政権の批判の中で、バンタグ批判も行っていたようです。バンタグがパーシーの殺害を目論んだ理由はそこにあると推測されています。
 矯正局粛正のために送り込まれた筈のバンタグが、実は違法行為にまみれた矯正局を利用していたというのであるならば、なんという皮肉でしょうか?ミイラ取りがミイラになったと言えるでしょう。今後の調査によって、ドラッグに関わる数多くの具体的な違法行為が出てくることは間違いありません。おそらく、コロナや事故での死亡に偽装して、特定の受刑者の殺害を隠蔽したり、逆に刑務所から極秘裏に解放したりしているとされる疑惑について、すでに集中的に調査がなされているはずです。
 なお、バンタグは、2016年、パラニャーケ市刑務所で10人の受刑者を爆殺した容疑者として、やはりパーシー・ラピ殺害事件の容疑者であるズルエタと共に起訴されたことがあります。その結果は、証拠不十分で無罪でした。  
 今回のパーシー・ラピ殺害に関する起訴でも、バンタグは無罪を主張し、犯人はバンタグを追い出したいと思っている政敵であると主張しています。

― 矯正局、そして、司法省はどこまで関わっているのか?

 今回の調査の範囲で注目すべき点が1つあります。それは、矯正局が行ってきたとされる受刑者たちへの抑圧と操作です。ドゥテルテ政権が行っていたとされるデ・リマ元上院議員に対する数々の違法な抑圧も矯正局が強く関わっていました。あえて空調のない、不備のある独房を嫌がらせとして彼女に準備しました。彼女のドラッグ取引の証拠として虚偽の発言を行ったのは、矯正局の元局長でした。
 また、デ・リマの事件とは別件で、多くの収容者が、矯正局を根城にする犯罪者集団と矯正局の両方から違法行為、例えばドラッグ売買の協力や嘘の証言を強要されているようです。そして、さらに、デ・リマに関する虚偽証言では、司法長官も虚偽証言の強要に関わっていたとの証言が出されています。  
 矯正局がドラッグ・ディーラーと協力している点については調査が進んでいるようですが、受刑者に虚偽の証言を強いるかもしれないこと、そして、このような行為に司法長官が関わっているかもしれないことについて、どこまで調査を進めていくのか、そもそも、進めるつもりがあるのかどうか、今後の大きな論点になることは間違いありません。

〈Source〉
Bantag, others face murder complaints for deaths of Percy Lapid and middleman, Rappler, Novemebr 7, 2022.
Bureau of Corrections: From ‘pillar of justice’ to ‘criminal organization’, Inquirer, November 8, 2022.
Civil society groups to tackle PH human rights in UN review, Inquirer, November 7, 2022.
Concluding observations on the fifth periodic report of the Philippines, HRC, November 4, 2022.
DOJ chief Remulla’s son pleads not guilty to drug possession, ABS-CBN, November 4, 2022.
On the UN Human Rights Committee’s concluding observations on the Philippines, Karapatan, November 7, 2022.
UN rights panel urges Philippines to free De Lima on bail, Philstar, November 5, 2022.

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