<新企画>今週のフィリピン・ダイジェスト
(8月13日~8月19日)

【写真】砂糖輸入命令に関する不正の問題を説明するトリクシー報道官/via Briefing, pna, August 11, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

 今週は2つのトピックスがフィリピン紙面を賑わせました。1つは、フィリピノ語書籍に関する公的な審査・出版組織フィリピノ語委員会(= Komisyon sa Wikang Filipino、以下、KWF)が反テロ法を理由として、5冊の著作の出版を急遽停止した出来事であり、1つは、複数政府高官の辞職を伴う砂糖の輸入に関する不正疑惑です。解説では、砂糖をめぐる騒動を取り上げました。もはや「マルコス流」と言っても良い、いつもの方法で問題の表面的な解決を果たしましたが、表面的解決でしかないため深刻な問題として今後再浮上し得るでしょう。

◆今週のトピックス

―トピック1:赤タグをバラまく放送局と圧力に負けた?フィリピノ語委員会
 SMNI(Sonshine Media Network International)は、キボロイが代表を務める新興宗教団体「イエス・キリストの王国」の有するラジオ放送およびデジタル放送に従事する企業であり、ロドリゴ・ドゥテルテおよびボンボン・マルコス大統領のプロパガンダを支持し、また、彼らの敵を糾弾してきたことでも知られている。先の大統領選挙では、ライバルのマリア・レオノール・ロブレド候補の醜聞や共産主義者疑惑を積極的に報道している。
 SMNIは、8月9日に放送されたYouTube番組において、地方共産党の武装闘争を終わらせるための国家タスクフォース(NTF-ELCAC)の前スポークスマンであったロレイン・バドイと同組織の2人をホストに呼び、数多くの書籍に対してCPP-NPA(フィリピン共産党-新人民軍)の文献引用を理由に「反体制的」として赤タグ付けを行った。この番組で赤タグ付けをされたのは、KWFの出版した十数冊、レウエル・アギラ、ロメル・ロドリゲス、ドン・パグサラ、マロウ・ヤコブ、デクスター・カヤネスの著作である。
 この放送後、KWFは、先に挙げられた著者の著作5冊の出版停止を命じた。さらに、KWFは学校や図書館に「メモ」を回してそれら5冊を本棚から除外するよう要請するとともに、KWFの担当事務局長に対して、反テロ法への抵触の危険があるための措置であると説明するよう命じた。フィリピノ語の発展のためにフィリピノ語の書籍の審査・出版を担う公的機関として、学校や公共の図書館の蔵書、そして、書籍の出版や流通に大きな影響を有するKWFが、赤タグ付けの圧力に屈する事態となったのである。
 このような事態に対して、フィリピンの学術、教育、文化関連の30組織は、11日に統一声明を発表して引用したとの理由だけで弾圧することが表現の自由の規定に反する危険な行為であることを強調し、議会に対してSMNIの弾圧的な行為に関する調査を要請するとともに、情報アクセス、表現の自由、学問の自由を抑圧する全ての行為や組織の停止・廃止を強く訴えた。また、学識者や人権団体等も赤タグ付けをバラまくSMNIおよびその圧力に屈したKWFに対して強い批判の声をあげている。

―トピック2:砂糖は食糧危機を根拠とする
 8月10日、砂糖規制庁(SRA)が砂糖の追加輸入命令を発表した。砂糖価格の上昇とその理由としての供給逼迫が理由として挙げられていた。しかし、その直後、ボンボン・マルコス大統領がその命令を拒否した。トリクシー・クルス-アンヘレス報道官は、記者会見をひらき、厳しい顔で追加輸入命令の手続きが不当であること、この手続きの正当性について調査を行うことを報道陣に告げた。今週は、砂糖の輸入に関する議論が白熱し、さまざまな主張や憶測が紙面で展開された。トリクシー報道官によれば、農業省長官として決議に加わらなければならないはずのボンボン・マルコス大統領の関知しない決定であり、誰かが嘘をついて追加輸入命令が出されたとのこと。
 砂糖生産者連合会やAALCPI、LCMDMPCといった砂糖の生産や製糖に関係する業界は、ボンボン・マルコス大統領の砂糖輸入拒否の動きを歓迎し、少なくとも現段階で砂糖の供給が逼迫していないと述べた上で、既に他国から入ってきた砂糖が大企業に独占されてしまっている状況を説明して、小売業者のために砂糖を解放させるよう政府が大企業に働きかけるべきであると主張した。
 一方、フィリピン商工会議所やフィリピン輸出業者連合は、供給不足と価格上昇に対処するために砂糖輸入の拡大を政府に対して要請している。コカコーラやペプシ、アクリフレッシュメンツも、清涼飲料水の主要原料である高級精糖の不足に直面していると述べて、供給逼迫への懸念を表明した。
 「不正」手続きの調査結果とその責任追及の範囲も注目されているが、ボンボン・マルコスの代理として文書に署名したレオカディオ・セバスチャン農務次官およびSRAのヘルメネジルド・セラフィカ長官が既に辞任した。彼ら2人の背後にボンボン・マルコス大統領の側近ビクター・ロドリゲス行政長官がいるとも噂されており、その動向が注目されていたが、8月16日、トリクシー報道官はロドリゲス行政長官の直接の関与がなかったことを報道陣の前で丁寧に説明した。
 また、白熱する輸入の是非の議論に関して、ボンボン・マルコス大統領は、SRAが当初公表していた半分の15万トンを10月に輸入する可能性を8月15日に示唆した。

◆今週のトピックス解説

― 甘くない砂糖:マルコスの最初の綱渡り?
 今回の砂糖騒動の背景で、ボンボン・マルコス大統領はいくつかの難しい決断を迫られるのではないかと複数の紙面で語られていました。その議論の火付け役となったのは、英字大衆紙マニラタイムズです。マニラタイムズは、国内の砂糖生産・製糖業者と対する砂糖輸入関連業者、それら業者と繋がる汚職官僚のいずれをボンボン・マルコス大統領が選ぶのかに注目するとともに、関わってない筈のないボンボン・マルコス大統領側近、ロドリゲス行政長官への対応に読者の関心を向けさせたのです。
 8月10日の記者会見では、これまで絶えずおだやかに記者会見に臨んできたトリクシー報道官が、怒りもあらわに記者たちに「不正」について説明し、何人もの高官が辞任に追い込まれることになる可能性を示しました。トリクシー報道官の怒りが、ボンボン・マルコス大統領の怒りの表れであろうことは、容易に察することができます。おそらく、多くの国民がそう感じたことでしょう。後に「それほど強く怒ってはいない」と大統領がトリクシー報道官に語らせたのも、「怖いマルコス」というイメージの定着を恐れてのことだと思います。
 その後、マルコス大統領は、いつもの「マルコス流」で問題解決を図っていきます。沈黙を保ち、話を聞き、周りが自身の判断で解決方法を公表し、そして、その決定に自分の意見を追加して承認するのです。ボンボン・マルコス大統領は、調査や決定に「介入しない」ことを公言し、調査結果や砂糖関連業者たちの意見に耳を傾けました。そして、調査結果と決定に関しても、トリクシー報道官の発言からは、大統領の関与は感じられませんでした。
 現在、3人の辞職が報告されていますが、ロドリゲス行政長官には表向きには傷がつかず、おそらく監督不行き届きとの形式的叱責で済まされそうです。そして、砂糖に関して根拠のなさそうな憶測のみが語られ、不安にかられる輸入賛成派反対派に対して、ボンボン・マルコス大統領は、両陣営に配慮した半分の輸入量を示し、輸入論争の火消しを図りました。少なくとも、短期的、政治的な手腕としては、この砂糖騒動を見事に乗り切ったように見えます。
 しかし、根本的な問題は全く解決されていません。砂糖は不足しているのでしょうか?また、不足しているとして、その理由は供給の逼迫なのでしょうか?それとも買占め等による人為的な価格操作なのでしょうか?フィリピンで最も深刻な汚職は農業省絡みであるとも言われています。だからこそ、ボンボン・マルコス大統領自らが直接指揮をとっているのでしょう。そして、汚職の構造は今回の対応で軽減されたのでしょうか?多少なりとも汚職の牽制になったのでしょうか?それとも、父マルコス・シニア大統領の時のように汚職の大統領への集中が進んでいるのでしょうか?

〈Source〉
Academics, culture orgs fight back vs KWF pulling off ‘subversive’ books, philstar, August 12, 2022.
Coke, Pepsi, RC Cola confirm sugar shortage in Philippines, Rappler, August 16, 2022.
Filipino authors say dictating what should be written is a form of terrorism, Bulatlat, August 13, 2022.
KWF chair, language orgs decry red-tagging of books, authors, Inquirer, August 12, 2022.
Language agency joins book purge, tags 5 ‘subversive’ works, Inquirer, August 12, 2022.
Marcos govt faces first serious controversy, over sugar imports, Manila Times, August 15, 2022.
Marcos’ move to nix sugar imports cheered, Inquirer, August 13, 2022.
Red-tagging, halting distribution of KWF books with “anti-Marcos, anti-Duterte” content, acts of idiocy, Karapatan, August 12, 2022.
Unity statement issued vs ‘red-tagging’ of authors, books, Journalnewsonline, August 13, 2022.
What the probe into the sugar import mess aims to determine, ABS-CBN, August 16, 2022.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)