「Tita Seikoの侃々諤々」

【写真出典】フィリピン市民が、米との合同軍事演習実施に抗議, ParsToday, 2023年4月11日.

【コラム】アメリカの捨て駒にはならない!:米・日が強化するフィリピンの軍事化

大橋成子(ピープルズ・プラン研究所、APLA理事)

(記事を読む所要時間:約4分)

1980年代からフィリピンにどっぷりつかって生きてきた大橋成子さんのコラムを、今月から毎月一回お届けします。1978年にアジア太平洋資料センター(PARC)の専従スタッフになって以来、フィリピンとの連帯運動に取り組み、1992年には日本ネグロス・キャンペーン委員会の現地駐在員に。その後2014年まで22年間ネグロス島で生活する中で、ネグロス出身のボディオスさんと彼の連れ子5人と家族になり、同島の漁村に住みながら、ネグロスと日本の人びとを繋ぐ活動を継続してきました。大橋さんは現在、日本に拠点を移していますが、フィリピンへのまなざしは熱いままです。ネグロス島での暮らしから見えてきた様々なエピソードは、以下の著書でも読むことができます。
 大橋成子著『ネグロス・マイ・ラブ』めこん,2005年.  (SAC編集担当)

「米中の大国の対立に巻き込まれたくない!」と、昨年以来フィリピン各地で学生や市民による集会・デモが相次いでいる。

今、フィリピンは「台湾有事」を巡り、米国・中国からの圧力で板挟みの状況に置かれ、さらに日本政府の軍関連援助によって、軍事化がさらに強化されようとしている。

中国がスプラトリー(南沙)諸島に軍事施設を建設したニュースは度々日本のメディアでも報道されてきたが、米国・日本が中国に対抗し、フィリピンの再軍事化にむけて大きく動いていることは、ほとんど知らされていない。

― 米軍が自由に「巡回し駐留できる」拠点を拡大

昨年以来、米国首脳たちのフィリピン外交が活発になった。

2022年11月、ハリス副大統領が訪比し、フィリピン防衛に対する米国の決意を表明した。続いて今年1月にはオースティン国防長官が訪比し、全国のフィリピン軍事施設のうち、4カ所を新たに追加して合計9カ所で「米軍が巡回し駐留できる」という合意をとりつけた。

1992年、当時高揚した反基地運動のうねりに加え、20世紀最大規模のピナツボ火山噴火で降った灰による甚大なダメージを受けて、米国はクラーク(空軍)、スービック(海軍)の2大基地を撤去した。ところが、独立後も長期続いたアメリカの軍事支配から解放された喜びもつかの間、98年に「訪問米軍に関する地位協定」が米比で締結された。これはフィリピン軍基地や商業港を米軍が必要時に巡回し使用できるという協定で、2001年の9・11同時多発テロ事件後は、中東及びミンダナオ島のイスラム勢力を睨んだ米比共同軍事訓練のために、国内5カ所の基地が使用されてきた。

そして今回、オースティン国防長官との合意で、台湾に近いルソン島北部や南シナ海のスプラトリー諸島に面したパラワン島など、新たに4カ所(図の黄色部分:ラルロ、カミロ、メルチョル、バラバク)の基地が追加された。

【図】栗田英幸「今週のフィリピン・ダイジェスト(4月20日-4月27日)」SAC,2023年4月28日.

― 日本政府は「同志国への軍関連無償援助」制度を発表

米国の動きに協調するように、日本政府は、「同志国」の軍などに防衛装備品を提供し、安保能力強化のため無償資金協力をするという新制度「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を創設した(2023年4月5日 毎日新聞・産経新聞)。

既存の政府開発援助(ODA)では対象にできない軍関連の支援に踏み込んだことになる。この制度は、国家安全保障会議の大臣会合を経て発表されたが、国会で成否を巡る議論がなされた報道もなく、「同志国」の基準も説明されていない。私たちの税金で賄われるこの制度に対して、日本の世論が無関心なのも気がかりだ。

― マルコス大統領の来日

米・日によるフィリピンの再軍事化の動きが進む中、2023年2月8日~12日、マルコス大統領が就任後初めて来日した。先に述べたオースティン国防長官が訪比したわずか6日後のことだった。この時期、日本のメディアはフィリピンを拠点に暗躍していた特殊詐欺グループの送還ニュースで溢れかえり、大統領来日の報道を大きく取り上げることはなかった。

しかし、日比首脳会議では次のような約束が取り交わされていた。

「日本政府は2023年度までに、政府開発援助(ODA)と民間投資併せて6000億円の支援を約束。さらに災害・人道支援目的の自衛隊派遣の手続きの円滑化と自衛隊とフィリピン軍の共同訓練の強化を検討。マルコス大統領は、日本が新たに設けた友好国の軍に対する無償援助を歓迎」(日経ニュース)

ドゥテルテ前大統領は、従来の米国追随の政権とは一線を画し、中国に急接近し、中国政府からの借款で「ビルド!ビルド!ビルド!(建設!)」を国家政策に打ち出した。その結果、雨後の竹の子のように、首都圏では高層ビルが乱立し、カジノや課金オンラインゲーム会社で働く中国人が一気に増加した。

マルコス大統領はドゥテルテ政権の政策を基本的に引き継ぐと公言している一方、これまで冷え切っていた米国との関係回復には積極的に乗り出している。父親である独裁者マルコスの汚名を払拭して若い層の人気を得た大統領としては、過去の独裁時代を支え、すべてを知っている米国にたてつくことは得策ではないからだ、と人権活動家は言う。

― 過去最大規模の米比合同軍事演習に反対する若者たち

2023年4月11日~28日、これまでバリカタン(肩を並べる)の名称で展開されてきた米比合同演習が、過去最大規模で実施された。総勢1万7000人(うち米軍1万2000人、フィリピン軍5000人)が参加し、初めて「水中への実弾射撃訓練」が行われた。オーストラリア軍も100人規模で陸上活動に参加した。自衛隊を含め日本の軍事支援がどれほどあったのかは何も報道されていないが、この軍事演習はその後も小規模で継続している。

フィリピン各地で、「戦争に巻き込まれるな!」と、高校生や大学生など若い世代が街頭に立っている。フィリピンの歴史教科者は、植民地時代や太平洋戦争の事実をしっかりと書き残している。子供たちは学校で教わるだけではなく、家庭で祖父母から戦争体験を聞いて育つため、アメリカや日本の文化や生活に憧れる反面、戦争の犠牲になることについては敏感だ。

全国学生連盟は、「中国に戦争を仕掛けるのではなく、国連法廷の裁定を発動するなど、外交手段を強く主張すべきだ」「フィリピンは米国と中国という大国の利害に振り回されずに、中立の立場をとるべき」という声明を政府に提出した。

労働者団体は「巨額な軍事予算を、かつての植民地時代の侵略者の兵士を受け入れるために使うのではなく、貧困や物価上昇に対処するために使うべき」と主張している。

― なにが「有事」なのか?「喧嘩したいなら自分たちの場所でやってくれ!」

フィリピンと台湾は距離が近いこともあり、古くから人びとの移動が活発で、友好的な関係が続いてきた。台湾で働くフィリピン人は20万人に上るといわれ、フィリピン国内にもビジネスや留学、移住などで多くの台湾人が暮らしている。

かつて台湾に最も近いバタネス島を訪ねた時、「ここの漁場には、国が結んだ協定とは関係のない漁民独自のルールがある」と漁師が教えてくれた。「有事」とは程遠い関係で人々は繋がってきた。

海を舞台にした今回の合同演習で、一番被害を受けるのは漁民たちだ。漁民組織の代表はこう訴える。

「先祖の代から中国とフィリピンの穏やかな外交によって、スプラトリー海域の漁民は生活が守られてきた。それが、この地域とは全く関係のない米国が対立姿勢をむき出しにしたために、中国も負けじと対抗して基地建設を始めた。大国が勝手に始めた喧嘩なのに、その現場は自分たちが生きてきたこの海域になってしまった・・・・これじゃ太平洋戦争の時と同じじゃないか!なんて理不尽なことだ!喧嘩したいなら自分たちの場所でやってくれ!」

人権問題に取り組む弁護士たちは「ミンダナオ島でイスラム勢力の鎮圧のため、何年にもわたり米比合同演習が実施されてきた。軍が存在することで、周辺住民に対する日常的な人権侵害、女性たちへの性暴力、反対の声をあげる市民や活動家の殺害が横行した。今後、各地で米軍の存在が拡大すれば、人権侵害はさらに拡大するだろう」と憂慮している。

沖縄の米軍基地、南西諸島に次々と建設された自衛隊基地、その先に米軍が「太平洋の要石」とよぶフィリピンが続く。

6月に沖縄を訪れたフィリピンの著名な社会運動家ウォールデン・ベロー氏が記者会見で述べたように「沖縄・日本・韓国・フィリピンは米国の軍事の前線に置かれている。その米国の利益のために、私たちは捨て駒になってはいけない!」 フィリピンで強化される軍事化は、私たちにとっても、決して対岸の火事ではない。 

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