【東京=27日】5月25日、フィリピンの上下両院の合同委員会は、フェルディナンド「ボンボン」マルコス・ジュニア(以下、「ボンボン」マルコス)およびドゥテルテ・サラ=カルピオ(以下、サラ)それぞれの第17代大統領、第15代副大統領への就任を正式に宣言した。投票日には勝利がほぼ確定していた「ボンボン」マルコスは、7月1日から開始される新政権に向けて、着々と閣僚の選定を進めてきた。この閣僚選定に伴い、これまで不明確であった新たな「ボンボン」マルコス政権の方向性も徐々に見え始めた。
― 一貫する「嘘」固めと明確な指針なき政策
選挙期間中、そして、現在に至っても、国内外のメディアから指摘されてきた新政権の政策の不明確さに変わりはない。政策に関する情報は、記者会見やSNSにおいて「ボンボン」マルコスの断片的な思いや動向が伝えられるに留まっている。経済政策に関しては、早くも韓国との間でバターン原発再開のための議論が開始され、訪韓・訪日の際に明かされたバイデン米国大統領によるインド太平洋経済枠組み構想に関しては、「援助ではなく貿易」による積極的な開放経済政策の必要性を、記者の前で語っている。外交では、中国との緊密化を示唆する発言をしてきたが、同時に米国主導の国家安全保障に関する米国との対話意欲を示す。欧米のメディアが注目するフィリピンの安全保障に関して、中国との関係を強化するかどうか、「ボンボン」マルコスは未だ明らかにしていない。
他方、明確なのは、「フェイクニュース」および立候補者資格への疑義に対する一貫した否定と、歴史的事実と異なるフェルディナンド・マルコス(以下、マルコス・シニア)元大統領時代の戒厳令を美化する主張である。
― 自身の正当化と父親の救済を新大統領・副大統領は如何に進めるのか
「ボンボン」マルコスとサラのアベック当選に対して、両者に批判的な個人や組織は、「ボンボン」マルコスとサラによって担われる新政権の目的を、それぞれの父親を救い、自らの基盤の強化・正当化を図る点に見る。
批判派は、上記目的のために、歴史の修正と犯罪の隠蔽を国策として強引に押し進めるのではないかとの強い懸念を機会のある毎に示してきた。そして、批判派が特に注目するのは、マルコス・シニア元大統領に関する歴史の書き換え、およびドゥテルテ大統領の人道に対する罪に関する刑事責任や「ボンボン」マルコスの脱税等の罪の曖昧化の動向である。そして、明らかにされてきた新政権の閣僚人事は、その懸念を現実のものとするかに見える。
― 歴史修正? サラの教育長官就任
2週間前、「ボンボン」マルコスは、国防長官職に興味を示していたサラに教育長官任命の意向を打診した。サラの希望と異なるポジションへの「ボンボン」マルコスからのオファーに関して、2人の関係への亀裂が多くのメディアで囁かれたが、サラは、その噂を即座に強く否定し、教育長官就任を快諾した。
その後、15日のインタビューにおいて、サラは「若い人たちを教育することは、我が国の進歩と発展のために非常に重要」であると述べて教育長官としての強い意気込みを表明した。さらに、その立場を利用して歴史を修正するのではないかとの批判派の懸念に対して、「そのような懸念がどこから来るのか、私にはわからない。国の歴史を書き換えることは私たちの優先事項ではないのです」と、その懸念を否定した。
一方、「ボンボン」マルコスは、過去にフィリピンの教科書の戒厳令の記述に対して「間違い」だと修正を要求したこともある。さらに、「ボンボン」マルコスの大統領当選がほぼ確定してすぐに、戒厳令を批判する出版社が地方共産党の武力紛争を終わらせるための全国タスクフォース(NTF-ELCAC)により赤タグ付けされた。加えて、多くの大学生がマリア・レオノール・ロブレド(以下、ロブレド)を支持し、「ボンボン」マルコスの当選に反対の立場を表明している中で、NTF-ELCACによる大学生に対する赤タグ付けも活発化している。こうした教育現場への圧力に対し、大学、研究者、教職員たちも批判声明を発して抵抗を主張しており、赤タグ付けや歴史認識に関して、教育現場とフィリピン政府との対立の先鋭化が確実に進んでいる。
― 不正隠蔽? レムリアの司法省長官就任
「ボンボン」マルコスの脱税問題や不正蓄財の問題、大統領候補者資格への疑義、ドゥテルテ大統領のドラッグ戦争を通した「人道に関する罪」への政府の対応に関して、司法省が最も重要な役割を担うことは間違いない。そして、大方の予想通り、この長官職を打診されたのは、ヘスス・クリスピン・レムリアだった。レムリアは、ドゥテルテ政権の人道的な問題の隠蔽に貢献し、また、レムリア王国とも称されるカビテ州の票を「ボンボン」マルコスのためにまとめ上げた。彼は、2022年選挙でカビテ第7地区代表として下院議員への再選を果たしている。
司法省長官となるレムリアは、反テロリズム評議会(ATC)のメンバーとして、テロリストを指定し、テロリストたちの長期勾留の許可権限を持つことになる。また、活動家や人権擁護者の安全を守り、超法規的殺害に歯止めをかけることを目的としたAO35タスクフォースを率いることになる。このタスクフォースの係争案件は、2021年3月7日にカラバルソン地方で9人の活動家が殺害された「血の日曜日殺人事件」である。レムリアは、前任者であるメナルド・ゲバラ長官の進めた赤タグ付けを犯罪とする法律の推進を引き継ぐことにもなる。
しかし、レムリアは選挙期間中、政敵であるロブレド副大統領の支持者たちに堂々と赤タグ付けをした人物である。また、昨年1月に、大学の合意なく、国家治安部隊が校地に侵入できるようになったが、その背景にレムリアの暗躍があったといわれている。加えて、大手メディアABS-CBNを批判してフランチャイズ更新契約の拒否を強行に進めた一人として、フィリピンの報道の自由を貶めた人物であるとも認識されている。
人権組織カラパタン事務局長クリスティーナ・パラバイは5月23日の声明で、レムリアの司法長官任命に関して、次のように述べている。
「赤タグ付け、人権侵害、報道の自由への攻撃に対する恥知らずな弁明など、レムリアの非道な実績を考えると、我々は、彼の(司法省)長官への任命、特にその任命が反テロリズム評議会(ATC)のメンバーとなることをも意味していることに、深い懸念を覚える。」
― 国家経済開発庁(NEDA)には、敏腕のバリサカンを再起用
5月23日、これまで経済に関する見識を示すことのなかった「ボンボン」マルコスは、ベニグノ「ノイノイ」アキノⅢ元大統領の下で敏腕を振るったアルセニオ・バリサカンを、開発の舵取りを担う国家経済開発庁(NEDA)長官に据える考えを発表した。「ボンボン」マルコスは、「バリカサンは、経済に関して私と同様の考えを持っている」と評した。
バリサカンは、小作人の息子から世界銀行でエコノミストとして働いた後にロスバニョス大学の経済学教授、農務次官(アロヨ政権)を経て、NEDA長官として「ノイノイ」アキノ大統領の下で経済政策の指揮をとった経験を持つ。バリサカンは、「この新しい役割を果たすにあたり、私は経済チームや民間部門と協力して、この国を以前のような高成長の軌道に戻し、急速な貧困削減を実現し、社会経済的不平等を縮小することを楽しみにしている」と述べ、NEDA長官を引き受ける意向を示した。
〈Source〉
Boying Remulla is Marcos’ justice secretary, Rappler, May 23, 2022.
How Philippine Education Contributed to the Return of the Marcoses, Diplomat, May 23, 2022.
Marcos names 4 execs to key Cabinet posts, Inquirer, May 23, 2022.
Marcos picks Aquino’s NEDA chief Balisacan to return to agency, Rappler, May 23, 2022.
Marcos Wants ‘Trade, Not Aid’ From US, Open to Economic Pact, Bloomberg, Many 23, 2022.
Palace congratulates Bongbong Marcos, Sara Duterte for victory in May 2022 polls, Inquirer, May 25, 2022.
PNoy’s NEDA chief Balisacan named to old post in Marcos Cabinet, GMA News, May 23, 2022.
Sara Duterte on DepEd role: I am ready to rumble, Inquirer, May 15, 2022.
Red-tagged activists: No justice with Remulla as justice secretary, Bulatlat, May 23, 2022.
【コラム】大統領選挙直前解説:「ボンボン」マルコス-サラ統一チームをめぐる争点は?, Stop the Attacks Campaign, May 7, 2022.
ラクソンとマルコス派が拡散するロブレドの共産党連合疑惑, Stop the Attacks Campaign, March 16, 2022.