【コラム】コロナ禍の在日フィリピン人
介護士たち(後編)

【写真】ダンスを披露するアボットカマイ/すみだ日本語教育支援の会提供。

小川玲子(千葉大学社会科学研究院)

 前編に続いて、コロナ禍の中、介護現場で働いている在日フィリピン人介護士についてご紹介します。

― 外国人介護士を支える地域ぐるみの取り組み

 東京で働く在日フィリピン人介護士らは、アボットカマイ(=手助け、Helping Hands)というボランティアグループを結成している。アボットカマイ結成のきっかけは、在日フィリピン人を雇用していた社会福祉法人賛育会が、日本語と介護福祉士国家試験対策に関してフィリピン人を支援し始めたことだった。在日フィリピン人は介護はできるけれども、日本語があまりできないので本当の意味でチームの一員にはなれないと、賛育会は感じたのである。賛育会の呼びかけに呼応して早稲田大学の日本語教育の専門家、地域の定年退職者によるNPO、自治体が協力して、在日フィリピン人に対して日本語と介護の教育を提供することとなった。そのようにして、すみだ日本語教育支援の会は毎週1回、東京スカイツリーが見える下町の教室での楽しい学びとして始まった。教室では介護施設の職員は介護を教え、日本語教師は介護の日本語を教え、定年退職者のNPOは在日フィリピン人の隣に座り、マンツーマンで丁寧に質問に答えている。教室は他の施設で就労する技能実習生や留学生なども参加しており、いつも笑いと活気にあふれている。

― 地域の福祉を支える、互いに助け合う関係

 このような地域での支援枠組みを開始した賛育会の羽生隆司氏は、在日フィリピン人介護士、日本語教師、地域のNPO、介護施設の4者はともに依存する関係であり、全員が依存によって得るものがあるという。
 すみだ日本語教育支援の会を通じて在日フィリピン人は安定した雇用と地域の支えを得ることが出来、日本語教師は外国人に介護の日本語を教えるという経験が得られ、地域のNPOはボランティアとしてのやりがいと将来介護が必要になった時の安心感が得られ、介護施設は質の高い介護人材が得られるのである。つまり、全員にとって良いことばかりの仕組みであり、介護福祉士の国家試験合格者を輩出するとともに、共に学び、共に笑いながら信頼関係を築いてきた。在日フィリピン人のメンバーは共通の目標に向かって励ましあい、悩みを共有し、日本人ボランティアと家族ぐるみの付き合いを育んできた。そのような中で育った子どもたちは、専門学校や大学や大学院に進学している。

【写真】介護の日本語教室/すみだ日本語教育支援の会提供。

― 恩返しとしてのアボットカマイ

 在日フィリピン人介護士らは、そのような地域の支援に対して恩返しがしたいと考え、ボランティアグループであるアボットカマイを結成する。メンバーは全員が介護士であるが、彼女たちの得意なことを活かしてこれまで高齢者施設や地域のお祭りなどでダンスパフォーマンスを披露してきた。2021年に開催された東京オリンピックの際には浴衣を着て五輪音頭を踊り、英語の通訳としても奔走した。ところがコロナ禍になって高齢者施設の訪問は中止になり、主力メンバーも50代になり、前編で紹介したように介護施設での仕事が忙しくなり、踊りの練習も思うようにできなくなってしまった。

― 施設を飛び出したアボットカマイ

 日本の介護施設ではケアが機械的になり、個人個人とゆっくり向き合うことが出来ないと感じた彼女たちは、今度は介護保険外のサービスとして見守りや買物、おしゃべりなど地域のニーズに合わせたケアを提供したいと考えているという。アボットカマイの代表のHさんは訪問介護の経験も豊富で、港区で暮らす富裕層から質素な家で暮らす貧困層まで数多くの日本人高齢者と出会う中で、「みんな寂しいのではないか」、と感じたという。訪問介護で訪れた家では「掃除しなくていいからここに座って話を聞いて」と言われたこともあり、昔の生活や戦争の話をたくさん聞いてきた。また、Hさんを自分の娘のように思って、人生の先輩として様々なアドバイスをしてくれる高齢者も多いという。
 一方、社会保障費の抑制によって介護サービスが使えず、一人では外出できない高齢者が増えている。そのような方たちに対して、自分たちは介護のプロとして散歩や買い物に付き添い、おしゃべりをするなど、一人ひとりのニーズに合ったケアを提供したい、という。また、地域のNPOと共にコミュニティカフェを立ち上げる構想も浮上している。地域の人々が集い、手工芸やおしゃべりを楽しむことが出来るような居場所づくりにアボットカマイとしてかかわりたいという。
 在日フィリピン人たちはケアのプロとして地域で人と人とをつなぎ、施設を飛び出して日本社会全体に対してケアを提供している。彼女たちは日々の実践を通じて、ケアする人もケアされる人も共に暮らす地域コミュニティの形成を目指している。ポストコロナを見据えて、彼女たちの今後の展開がとても楽しみである。

〈筆者紹介〉
おがわれいこ。学生時代からフィリピンとかかわる。専門は社会学。主な出版物はRoutlege Handbook of East Asian Gender Studies (2020, Routledge, 共著), Gender, Care and Migration in East Asia (2018, Palgrave Macmillan, 共編著)など。

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