勅使川原香世子(明治学院大学国際平和研究所研究員)
2022年12月、私はバコロド市内にある西ネグロス州地区拘置所(以下、バコロド地区拘置所)で、同年9月11日のコラムで紹介した家族全員で政治囚となったカリーナ・デラ・セルナ一家と約2年ぶり再会した。
前回に引き続き、カリーナ一家のいまを報告する。
― 新型コロナ感染症蔓延以前から外部より高い死亡率
今回の面会で、私たちは刑務官による監視を受け、そのうえ無断で写真撮影までされた。だが、カリーナらが勾留されているバコロド地区拘置所は、他と比べて勾留者への処遇が格段に良いといわれている。また、カリーナらは、「外にいるより勾留されている方が身の安全を守れる」と考えている。
実際、拘置所や刑務所の生活も、非常に困難である。
新型コロナ感染症蔓延以前から、フィリピンの拘置所[1]や刑務所の環境は劣悪だ。フィリピン人はよく、「拘置所・刑務所よりサーディン缶の方がましだ」と表現する。折り重なるようにして、ぎっしり人が詰め込まれているということだ。
内務自治省の拘置所管理・刑罰局(BJMP、以下、拘置所管理局)によれば、2022年9月時点で、同局が管轄する477か所の拘置所のうち338施設が平均して約4倍の人数を勾留/拘留している[2]。最も混雑しているカラバルソン地方では、定員の約7倍、次に混雑しているマニラ首都圏では約6倍だ[3]。たとえばマニラ首都圏では、勾留/拘留者一人に適するとされる4.7㎡の房に8人が収容されている[4]。
一方、刑務所を管理する司法省の矯正局(BuCor)によると、2022年11月時点の拘留者数は、1万2145人の定員に対して5万226人[5]、定員の4倍以上に達する。そのうちの約59%は、後述するルソン島モンテンルパ市にあるニュー・ビリビッド刑務所に拘留されている。
劣悪な衛生環境、不十分な食事、医療も利用できないといったことを背景として、刑務所内の死亡率は新型コロナ感染症蔓延以前から外部と比較すると高かった。2018年の全国死亡率は人口1000人に対して約6人だが、刑務所内では約13人だった。
このような状況下、面会時間は、家族や支援者らが勾留/拘留者の状況を把握し、ニーズをつかむための貴重な機会になっている。食料や生活必需品はもとより、慢性疾患の治療薬などを差し入れたり、裁判所に対して医療機関の受診を認めるよう要請したりするのは、すべて家族や支援者の役割なのである。面会制限は防疫対策とされたが、勾留/拘留者をいっそう劣悪な環境に押しやる結果になったと考えられる。
拘置所管理局(BJMP)は、フィリピン共和国法第6975号に基づき設置されている。対象者は、捜査中あるいは、最終判決を待つ間、一時的に勾留された容疑者や、3年以下の刑期を裁判所から言い渡された人たち。 矯正局(BuCor)は、フィリピン共和国法第10575号に基づき設置されている。任務は、3年以上の刑期を言い渡された国民の受刑者を保護し、更生プログラムを策定すること。 |
― 拘置所や刑務所で新型コロナ感染症が蔓延
ヒューマンライツ・ナウなどは、拘置所や刑務所内での新型コロナ感染症の拡大を阻止するために、未決勾留者や軽犯罪囚を釈放するよう訴えてきた。だが結果的に、矯正局が公表する受刑者数と死亡者数[6]から計算すると、2019年に受刑者1000人に対して約15人だった死亡者数は、2020年に約22人、2021年には約24人へと増加した。
さらに、2022年11月、矯正局が管理するニュー・ビリビッド刑務所で死亡した166人の遺体が、同刑務所所在地モンテンルパ市にある東部葬儀社で発見されるという事件が起こった[7]。同刑務所内で、1日に2~3人が死亡した計算になるという。矯正局は、ほとんどの受刑者が急性心筋梗塞や肺炎で死亡したと報告した。法医学病理学者ラクエル・フォーチュンは、おおかたの遺体はミイラ化しており死因の解明は困難だが、50人の解剖は可能なのでこれから調査に入る[8]と述べた。
166人の遺体は、たまたま、同刑務所内で発生した受刑者ジュン・ヴィリアモル殺害事件の捜査過程において発見された。ヴィリアモルは、ラジオパーソナリティのパーシー・ラピッド殺害(同年10月3日発生)の実行犯と黒幕とをつないだ仲介者とされる。そして、その黒幕は、現在停職中の矯正局長ジェラルド・バンタグとみられている。
カリーナらも新型コロナに感染したと思われる。2022年2月、カリーナと同じ雑居房に収容されている十数人全員に、風邪様症状が現れた。カリーナは咳と関節痛、その他全員も何等かの症状があり、刑務官は雑居房に鍵をかけカリーナらを閉じ込めたという。カリーナらとともに逮捕されすでに保釈されているマーマリンの症状はもっとも重く、高熱と全身の関節痛、咳、血痰、呼吸困難が見られ、もう死にそうだと苦しんでいた。「検査も、治療も受けさせてもらえなかったけどみんなで乗り越えた」と、カリーナは当時のことを語った。
― 無断で面会者の写真を撮る刑務官と勾留者が面会者にコーヒーを振る舞う自由
勾留者や受刑者らに対するあからさまな人権侵害の他方で、拘置所には妙な自由さがある。
たとえば、勾留者らが拘置所内で商売をしているのである。勾留者の生活の場には、食堂と雑居房があるが、その食堂の一角で勾留者らが1畳ほどの小さな商店を営んでいる。利益は、経営している勾留者らのもので、シャンプーや石鹸などを購入する生活費の足しにされている。面会者もそこでコーヒーなどを購入し、飲食することができる。
今回、勾留者らの食堂に入ることはできなかったが、生活の場と私が通された集会所を隔てる塀を介して、私へのコーヒーや勾留者らが作ったビーズのキーホルダーなどが手渡された。コーヒーはカリーナ一家の「おごり」、キーホルダーはもっとも長く勾留されている政治囚からのプレゼントだ。
― 「無駄な時間じゃない」
カリーナ一家の結束は強く、これまで、家族みんなで、ストリート・チルドレンやサトウキビ大農場で働く労働者らの力になってきた。その姿勢は、いまも変わらない。政治囚には特に貧困層が多く、家族らからの差し入れがない。拘置所までの交通費を工面する余裕も、政治囚となった家族に食糧を購入する余裕もないからだ。その状況を見てカリーナらは、拘置所の敷地内にある畑で採れた野菜で作った料理や自分たちがもらった日用品を他の人に分けている。
カリーナは、弁護士になり人びとに尽くすという気持ちをより強くもしていた。時間を無駄にしないよう拘置所内で大学の授業を受講できないだろうかとの私の言葉に、カリーナは「逮捕されたことは無駄じゃない」と即座に反応した。「こんなに沢山の人が、自分の状況を理解してもらえなくて、助けてくれる弁護士を見つけられなくて困っている。そのことが本当によくわかった。以前よりもっと、弁護士になりたいという気持ちが強くなった。私は絶対に弁護士になる」とカリーナは続けた。
― 這い上がっても、這い上がっても・・・
私の面会から1週間後、カリーナの友人チェリル・カタロゴが逮捕されたと報道された。チェリルは、サトウキビ大農場の労働者らの苦境を、演劇をとおして伝える活動家だ。彼女は、カリーナらと一緒に逮捕・勾留されたが、すでに保釈されていた。なのに、また、逮捕されてしまった。
チェリルの父親は、彼女の前回の勾留中に銃殺されている。
数多の試練に直面しながらも自らの尊厳を取り戻そうと抗う人に、そして、命に代えても虐げられた人びとと一緒にあろうとする人に、これでもか、これでもかと弾圧が加えられる。
[1] 拘置所には、捜査や最終判決を待つ間の容疑者、また、3年以下の刑期を言い渡された者が収容される。(Bureau of Jail Management and Penology Profile overview, BJMP. https://bjmp.gov.ph/index.php/about-us/bjmp-profile)
[2] BJMP Jail Facility Congestion Rate Status at 4.7 Sq. M. for every Person Deprived of Liberty as of September 30, 2022. https://bjmp.gov.ph/images/data_and_stats/09-30-22/Congestion_Rate_-_sep_2022.png
[3] BJMP Jail Facility Congestion Rate Status at 4.7 Sq. M. for every Person Deprived of Liberty as of September 30, 2022. https://bjmp.gov.ph/images/data_and_stats/09-30-22/Congestion_Rate_-_sep_2022.png
[4] BJMP Jail Facility Congestion Rate Status at 4.7 Sq. M. for every Person Deprived of Liberty as of September 30, 2022. https://bjmp.gov.ph/images/data_and_stats/09-30-22/Congestion_Rate_-_sep_2022.png
[5] Data and Statistics, Bureau of Corrections. https://bucor.gov.ph/data-and-statistics/
[6] People deprived of liberty Profile, Statistics 1990-2022. https://bucor.gov.ph › wp-content › uploads › 2022 › 11 › PDL-Statistics-11162022.pdf
[7] Forensic expert laments dire condition of dead inmates’ bodies, ABS-CBN NEWS, November 12, 2022. https://news.abs-cbn.com/news/11/12/22/forensic-expert-laments-dire-condition-of-dead-inmates-bodies
[8] Forensic expert laments dire condition of dead inmates’ bodies, ABS-CBN NEWS, November 12, 2022. https://news.abs-cbn.com/news/11/12/22/forensic-expert-laments-dire-condition-of-dead-inmates-bodies