不可解なドゥテルテ逮捕
栗田英幸(愛媛大学)
ドゥテルテ逮捕
― 電光石火の逮捕・移送劇
香港からニノイアキノ国際空港に帰国したロドリゴ・ドゥテルテ(以下、ドゥテルテ)前大統領は、フィリピン警察に身柄を拘束され、健康診断を受けた後に国際刑事裁判所(ICC)に身柄を引き渡され、そのままハーグへと移送されました。この素早い逮捕・移送劇は、世界中を驚かせました。
ドゥテルテ支持者たちを集結させる前に、フィリピン政府の手の届かないところへドゥテルテを移動させてしまった手際は見事の一言につきます。前回の集会で動員されたとされる3000万人のドゥテルテ支持者たちは、その人数を武器とする抵抗手段を失ってしまいました。
― 逮捕状発行からわずか4日
ICCがドゥテルテの逮捕状を発行したのは、3月7日です。8日には、すでにドゥテルテ陣営はこの情報を持っていたらしく、メディアに対して情報が発信され、メディアの動きも慌ただしくなっていました。そして、記者たちから次々と質問が投げかけられる中、マルコス大統領や司法省は逮捕について、その前日まで、まだ正式な連絡を受けていない、検討中、手続き精査中、云々と言葉を濁していました。
そして、3日後の11日、空港での電光石火の逮捕・移送劇となったわけです。ドゥテルテが香港に発ったのは7日だと言われています。この機会を千載一遇のチャンスと急遽準備を整えたのでしょう。ダバオにこもっている中での逮捕では大規模な暴動になる可能性もありましたから。
〈Source〉
Palace on Duterte’s arrest warrant from ICC: Marcos gov’t ready, Inquirer, March 9, 2025.
Situation in the Philippines: Rodrigo Roa Duterte in ICC custody, International Criminal Court, March 12, 2025
Warrant of Arrest for Mr Rodrigo Roa Duterte, International Criminal Court, March 7, 2025.
不可解な逮捕
― 香港での講演
逮捕前日の香港での講演の発言を見る限り、ドゥテルテは逮捕されるのを既に知っているかのようでした。
3月10日、講演は、香港の湾仔にあるサザンスタジアムで開催されたフィリピン人労働者向けのイベントで行われ、約1,600人のフィリピン人が参加しました。その講演の中で、ドゥテルテは次のようなことを語っています。
自身の麻薬撲滅キャンペーンは「自分のためではなく、国家と子どものためにやった」と強調し、その正当性を主張、ICCの捜査を非難しました。また、逮捕の可能性について「もしこれが私の運命であるならば、私はそれを受け入れる。彼らが私を逮捕し、投獄することも構わない」と述べ、覚悟を示しました。
― あまりにも軽率な香港行き
香港の講演と同じようなことを、これまでも何度も発言しています。確かではありませんが、流石に逮捕の前日ということもあり、逮捕されることを既に知っていたのかもしれませんね。特に、ICCの逮捕状の進捗状況については、元大統領報道官のハリー・ロケがいつもどこからか情報を手に入れ、ドゥテルテ陣営に流していました。今回の逮捕劇につながる最初のメディアへの情報提供は、どうもドゥテルテ陣営からのようです。
先月末からフィリピン司法省がICCに協力的になってきていたのは、私でも気づいていましたので、ドゥテルテ陣営がICCやフィリピン政府の動きを知らなかったとは考えられません。そのような状況で、香港に行くのは、本当に逮捕されたくなかったとしたのであれば、あまりに軽率です。まだ、大丈夫だとタカを括っていたのでしょうか? 逮捕状の発行が7日、ドゥテルテが香港に発ったのも7日です。タカを括っていたという可能性も大いにあり得ます。
しかし、これまでドゥテルテのドタバタ劇に振り回され、いつの間にか煙に巻かれてきた私からすると、ドゥテルテに何らかの思惑があり、故意にICCに逮捕されたという方が、納得できます。特に、5月の上院選挙や2028年の大統領選挙、もしくは、クーデターを視野に入れた戦略の一環として。
逮捕される直前の滞在が香港というのも、中国とドゥテルテとの関係から、大いに気になります。
― それで良いのか、マルコス?
多くの人が疑問に思っているのは、マルコス大統領のICCへのドゥテルテ引渡しの決断です。国内の派閥争いとして見るのであれば、この決断は、まだ理解できます。この逮捕で、上院選挙で当選確実な候補者の2人の上院議員、デラロサとボン・ゴーの逮捕の可能性も出てきました。芋蔓式に、次々とドゥテルテ一派の政治家、特に今回の中間選挙の立候補者が逮捕される可能性もあります。
一方、ドゥテルテ陣営から発せられたと思われる大量のフェイクニュースは、マルコス陣営、もしくはロムアルデス下院議長陣営に、かなり不利に働いているようですが、フェイクニュースの動向は、今後どうなるでしょうか。
ドゥテルテ前大統領をフィリピンから隔離することで、長期的には、ドゥテルテ陣営を恐れる必要は無くなるはずです。しかし、短期的には、分かりません。殉教者としてのイメージがドゥテルテ派の支持を一気に拡大させる可能性もあります。ピープルズパワー革命(ドゥテルテ支持者の結集をピープルズパワーと呼びたくない人が多いと思いますが)の可能性も否定はできません。
しかし、国際情勢に目を向けると、状況が全く異なります。フィリピンにとって頼みの米国は、トランプに政権が移って、ICCとは完全に敵対的です。ICCとしては、ドゥテルテ逮捕でICCの面目躍如といったところでしょうか。しかし、トランプにとっては面白くない出来事でしょう。米国とは、最低限の情報共有は事前になされていると思いますが、米比政府間でどのようなやり取りが行われていたのでしょうか?
国内の複雑な情勢、さらに複雑な国際情勢の中で、マルコスは、そして、ドゥテルテは、どのような理由から逮捕を決断したのでしょうか。今後、少しは明らかになっていくのでしょうか?
〈Source〉
Bato dela Rosa to seek Senate protection from ICC, Inquirer, March 12, 2025.
Ex-president Rodrigo Duterte arrested over crimes against humanity, Rappler, March 12, 2025.
Philippines’ Duterte says he will accept arrest if ICC issues warrant, Reuters, March 10, 2025.
Rodrigo Duterte to Hong Kong supporters: ‘If I’m detained, so be it’, Inquirer, March 10, 2025.