フィリピン・ニュース深掘り
キボロイお友だち4人組の乱心

【写真】FBIのキボロイ指名手配書/via. APOLLO CARREON QUIBOLOY, FBI.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

― 訴追命じる司法省
 3月4日、司法省は、ダバオ市とパシッグ市の検察に対して、新興宗教団体「イエス・キリストの王国(KOJC)」伝道師アポロ・キボロイとその仲間5人に対する児童虐待と女性の人身売買に関する事件の訴追を命じました。この情報が伝えられたのは、女性、子ども、家族関係、男女平等に関する上院委員会(以下、ジェンダー子ども委員会)がキボロイとその仲間たちによる元KOJC信者への長年にわたる搾取と人身売買の疑惑について4回目の公聴会を開く前日のことでした。

― 転換するキボロイへの対応
 キボロイは、彼がKOJC米国ロサンゼルス支部で行っていたとされる不正な資金集めと人身売買の容疑で、2022年2月、既に米国連邦捜査局(FBI)から逮捕令状が出され、同年12月には資産の凍結も行われていました。それにもかかわらず、2022年5月の大統領選挙において、ドゥテルテ前大統領の盟友キボロイは、KOJC信者と彼の所有するメディアSMNIを利用して、サラとマルコスの統一チームの勝利に大きく貢献したと伝えられています。
 そのため、ドゥテルテ前大統領に続き、マルコス大統領もフィリピン国内で伝道師およびSMNI所有者として活動するキボロイの保護を貫くかと思われていました。
 しかし、マルコス大統領の親中から親米路線への転換、さらに、ドゥテルテ陣営との決裂によって、状況は大きく変わりました。マルコス政権成立後も、当初、ドゥテルテの放送塔として、そして、赤タグ付けのための拠点として、情報を発信し続けるSMNIはマ黙認されていました。
 ところが、昨年6月頃より状況が大きく変わっていきます。YouTubeを皮切りにSMNIやキボロイ関係のSNSアカウントが次々と停止・削除されました。さらに12月には、フィリピン政府も赤タグ付けと中国資本との関係を理由にSMNIにメスを入れ始め、その過程で放送の免許を凍結しました。そして、フィリピン政府による調査・排除の手は、とうとうキボロイ本人に対しても伸ばされたのです。

― 隠れるキボロイ
 フィリピン政府によるSMNIへの調査圧力から身の危険を感じたのでしょうか?200万ドルの報奨金が米国政府によってかけられたという噂(FBIは否定)も理由かもしれません。キボロイは、2月21日に37分にわたる録音声明を公表しました。その声明の中で、彼はドゥテルテとの関係を理由にマルコス政権から圧力をかけられており、米国とマルコスが彼を暗殺しようとしているために身を隠すことにしたと主張したのです。
 この声明に対して、駐比米国大使は、キボロイが「正義に直面する(法の下で裁かれる)」ことに強い自信を示し、ホンティべロス上院議員は、キボロイが自身を被害者とすることで調査から逃げようとしていると強く非難しました。

〈関連記事〉
逆風吹き荒れるドゥテルテ親娘(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, December 15, 2023.
世界人権デー/米国でマルコスの盟友キボロイ伝道師の資産凍結/アセアン-EUサミットでの人権外交の行方(今週のフィリピン・ダイジェスト), Stop the Attacks Campaign, December 16, 2022.
「ボンボン」マルコス新政権の報道の自由への対応は?, Stop the Attacks Campaign, June 3, 2022.

― 上院ジェンダー子ども委員会
 3月4日、司法省の訴追命令についてホンティべロス上院議員は、同日、「宗教指導者の被害に遭ってきた全ての女性の勝利」であり「女性月間に相応しい出来事」であるとして歓迎の声明を発表しました。
 翌3月5日、彼女は、上院ジェンダー子ども委員会の委員長として、元信者たちからの被害の訴えについて真偽を明らかにすべく公聴会にキボロイを召喚しました。しかし、彼が公聴会にその姿を現すことはありませんでした。これは、上院の調査を前にキボロイが「宣誓や証言を拒否した」とみなされます。このような被招聘者の行為には、議会に対する侮辱罪が適用され、上院議会は逮捕を命じることができます。実際、同委員会は侮辱罪と断じ、上院公聴会に出廷させるための逮捕状の発行をミゲル・ズビリ上院議長に要求しました。

― ドゥテルテ派お友だち4人組の反対
 ジェンダー子ども委員会の侮辱罪決定に対して、すぐさま上院内のドゥテルテ派は、その阻止に動きます。侮辱罪を覆すには、翌週12日までにジェンダー子ども委員8人の署名の入った異議申し立て書類が必要です。誰もが認めるドゥテルテ派上院議員、ロビン・パディラ、ボン・ゴー、アイミー・マルコス、シンティア・ビラール、ロナルド・デラロサの5人のうちデラロサ以外の4人はジェンダー子ども委員会のメンバーでもあります。彼/彼女ら4人(以下、お友だち4人組)は、2日後の7日に異議申し立ての書類を作成して署名、他の委員会メンバーの説得に奔走を始めました。

― お友だちを助けろ!
 米国が既に十分な証拠を有しているからでしょうか?侮辱罪適用に対するお友だち4人組の反対理由は、あまりに稚拙で、具体性に欠けるものでした。「お友だちにそんなことするのは良くない」「彼は私たちに優しいし、これまでの交友から考えるに、そんなことをする人ではない」「彼のこれまでの共産主義者との戦いにおける国への貢献を考えてあげるべきだ」という個人的感情論ばかりです。
 上院議員たちは、調査能力の高さを誇り、下院議員に対する優越性をしばしば主張していたと記憶しているのですが、キボロイ擁護に関しては、なんともお粗末な理由ばかり。他方、お友だち4人組はジェンダー子ども委員として女性の権利を積極的に支援し、また虐げられる女性の味方として人気を維持しようとしてきたのですから、女性や子どもへの加害者と目されるキボロイに厳しい調査を要求するのなら分かりますが、逆に特別扱いのお目こぼしを画策するとは、一体どういうことなのでしょうか?

― 集まらなかった署名と上院議長の折衷案
 「5人しか上院議員署名が集まらなかったのは悲しいことです」
 異議申し立ての期限を前に署名を集めていたパディリア上院議員は語りました。実は、木曜日の午前中にはエヘルシト上院議員も署名に参加していたようですが、その後に「上院議長が良いように取り計らうだろう」と署名を撤回したとのメッセージをメディアに送付しています。最終的にお友だち4人組に加わった1人は、マーク・ビラール上院議員でした。彼は、お友だち4人組の1人であるシンティアの息子です。汚職と中国利権にどっぷり浸かっていたと言われるドゥテルテ政権の中核インフラ計画「建てろ!建てろ!建てろ!(Build! Build! Build!)」を推進する公共事業道路省長官を務めていた人物です。
 下院議会からの攻撃に晒されている上院議会の分裂を防ぐためでしょうか、エヘルシト上院議員のメッセージにも言及されたミゲル・ズビリ上院議長は、12日、折衷案として、キボロイに対して正当な理由を説明させる命令(show-cause order)に署名しました。キボロイからの返答にジェンダー子ども委員会が納得するかどうかが次の争点です。ただ、お友だち4人組が示した感情論の範疇を出ない説明と同様の返答であるならば、侮辱罪から免れるのは難しいような気がします。

― 見せつけられる下院の団結と有能さ
 混乱極める上院でのキボロイに対する調査と並行して、下院でもキボロイの所有するSMNIに対する調査が進められています。下院フランチャイズ(電気通信営業許可)委員会の調査では、SMNIのフランチャイズ関連法規違反の疑惑に関して、内部の混乱もなく、調査が進められています。12日のフランチャイズ委員会では、SMNIによる複数の法律違反を指摘してフランチャイズ(電気通信営業許可)の剥奪を全会一致で可決し、そのことを盛り込んだ下院法案第9710号として下院議会に提出することを決定しました。さらに、同日、同委員会は、3月15日までにキボロイが委員会に出頭しなければ侮辱罪として逮捕する命令を可決しました。

― 上院の特別感を崩す真の目論見
 キボロイ逮捕や米国への身柄引き渡し、SMNIの停止が実現するならば、ドゥテルテと袂を分かったマルコス派にとって、大きな成果に違いありません。しかし、現在の上下院の出来事に関して、もう1つ、国民が目を逸らしてはならない重要なイベントが憲法改正です。
 マルコス派の中核としてドゥテルテ派排除を主導するマルティン・ロムアルデス下院議長。彼が中心となって進める憲法改正動議では、下院議員315人と上院議員24人が合同して多数決をとることに執心しています。一方、上院議員たちは、二院制の意味がなくなるとして、合同決議に反対しています。上院と下院が別々に決をとると上院の主張では、315人(下院)と24人(上院)が同等の決定権を有する、言い換えるならば、憲法改正において上院議員1人が下院議員10人以上の高い決定権を持つということです。そのような上院議員の優越性を失うような変更を上院が拒否するのは当然のことです。
 多くのフィリピン国民は、下院議員よりも上品で知的で格好良く公正なイメージを上院議員に対して持っています。そして、この上院議員・議会に対する相対的に高い信頼と特別感が、国民意識の中で少数精鋭としての、下院とは異なる上院の存在意義、ひいては、大きな人数差の上に成り立つ二院制を支えているのです。
 現在のキボロイにまつわる上院の混乱は、この上院議員の優越性を覆す醜聞と化しています。時間が経てば忘れ去られる程度の出来事かもしれません。しかし、憲法改正手続きの議論が山場に近づいている現在、上院議員にとっては決定的な失態、下院議員にとっては敵失による勝利にもなり得る出来事です。憲法改正方法を国民投票で決める可能性が高まってきているからです。
 ロムアルデスを筆頭とする下院議員たちにとって、今、上院議員・議会の評価を落とし、下院議員・議会の評価を上げることが、キボロイ排除以上に喫緊の課題であることは間違いありません。そして迷走している上院議員たちは、そのことを理解していないようにも見えます。

〈関連記事〉
憲法改正に隠された陰謀(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, February 2, 2024.

〈Source〉
4 senators sign ‘written objection’ on Quiboloy contempt order, ABS-CBN, March 7, 2024.
As Quiboloy hides, US government moves on arrest warrant, Rappler March 7, 2024.
Bid to block Senate contempt order vs Quiboloy fizzles out, Inquirer, March 12, 2024.
DOJ orders filing of charges vs Quiboloy, 5 others a day before Senate hearing, Rappler, March 4, 2024.
Hontiveros hails DOJ order to file cases vs Quiboloy, Inquirer, March 4, 2024.
House panel cites Quiboloy for contempt over absence in hearing, Philippine News Agency, March 12, 2024.
House panel approves bill revoking SMNI franchise, cites Quiboloy for contempt, Inquirer, March 12, 2024.
Senate panel holds Quiboloy in contempt, Padilla objects, Rappler, March 5, 2024.
Villar opposes arrest of Quiboloy: ‘You don’t do that to a friend’, Inquirer, March 7, 2024.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)