*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
レイラ・デ・リマ保釈から見えるフィリピンの変化
栗田英幸(愛媛大学)
レイラ・デ・リマ前上院議員が、ようやく、本当にようやく、保釈されました。不当な勾留は、実に1785日にも及ぶものでした。今回は、保釈に踏み切ったフィリピン政府の変化について、深掘りします。
― 神よ、ドゥテルテ前大統領を赦したまえ
「デ・リマからドゥテルテへのメッセージは?」
11月13日の保釈記者会見の場にて記者から投げかけられた質問に、彼女は次のように答えました。
「神よ、彼を赦し、彼に神のご加護を」
そして、「彼は自分が私に何をしたのかを知っている、そう思う」と続けました。今後の(ドゥテルテへの)反撃に関して検討中であることを記者団に告げたのです。
― なぜ、ドゥテルテはデ・リマを徹底的に排除したのか?
デ・リマが違法薬物取引容疑で逮捕されたのは、今から6年9ヶ月前、2017年2月24日のことでした。
デ・リマは、ロドリゴ・ドゥテルテ政権下(2016年6月30日-2022年6月30日)において、「ドラッグ戦争」に象徴される超法規的殺人など、ドゥテルテ政権の様々な非人道的な抑圧政策に対して、上院議員として常に先頭に立って批判し、その調査を主導してきました。当時(そして、今も)、反ドゥテルテの旗頭でした。
圧倒的な国民支持に支えられていたドゥテルテ大統領(当時)の唯一の不安要素は、国内外からの司法的な介入による非人道的政策への妨害に他なりません。それによって、大統領退任後に逮捕される可能性を著しく高めるのが、アキノ政権で司法長官を務め、国内外の法曹界との連携の要でもあるデ・リマ上院議員(当時)だったのです。加えて、女性蔑視の傾向が強いドゥテルテが、彼女を天敵視したことも想像に難くありません。ドゥテルテが、真っ先に、徹底的に、デ・リマの排除に動いたのも納得です。
― 逮捕後も続く互いの脅威
ドゥテルテ政権下で批判を強めるデ・リマに対して、ドゥテルテ大統領(当時)は、デ・リマこそがドラッグ取引から利益を得ているとして反撃に出ます。デ・リマがモンテンルパ市のニュー・ビリビッド刑務所でドラッグ取引に関与したという数多くの証言・証人が集められ、彼女が逮捕されました。
逮捕当時から「デ・リマ排除のためのドゥテルテ大統領のでっち上げだ!」との批判が、人権に敏感な国内外の政治家や活動家、組織、メディアから寄せられました。ローマ法王が懸念を示したとも伝えられました。しかし、彼女の勾留は続けられ、起訴棄却を含めた法的な手続きは、検察の妨害で遅々として進まず、敢えて条件の悪い独房が割り当てられ、勾留所内での嫌がらせも常態化しました。
デ・リマも、やられているだけではありませんでした。彼女は、国内外での法曹界や政治家とのネットワークを積極的に利用し、彼女の置かれた理不尽かつ非人道的な状況を広く世界に知らせ、フィリピン、そして、ドゥテルテの非人道的な政策に対して、国内外の注目を集め続けたのです。国連や国際刑事裁判所(ICC)、米国、EU、他各国の政治家や人権関連の委員が、折に触れてデ・リマの状況に言及、フィリピンで継続する非人道的な政策・活動を批判し、ドゥテルテに対して大きな圧力をかけ続けました。
― ドゥテルテに逆らえない初期マルコス政権
2022年6月末のドゥテルテからマルコスへの政権交代では、当初、デ・リマへの対応を含めドゥテルテの非人道的な政策への対応が大きな注目点の一つでした。
マルコス新政権成立に、ドゥテルテ(とその娘であるサラ)の支持が大きな役割を果たしていたことは周知の事実です。このような状況の下で、ドゥテルテ前大統領を貶めるような決定、特に、人道に関してドゥテルテ前大統領の責任を追求するような決定をマルコス政権が行うことは、当然、不可能です。サラと同盟を組むにあたって、そのあたりを条件としてドゥテルテ親娘から出されていたとしても不思議ではありません。そして、前政権から受け継いだ中国との連携強化という選択肢は、欧米や国際機関による非人道的政策批判という人権外交から、マルコスを大きく解放するはずでした。
― 大統領選挙中に生じてきた最初の綻び
大統領選挙が始まると、皆の目が次の大統領候補やリーダーに集まり、任期が残り少ないリーダーたちの影響力が著しく低下します。2022年に入ると、選挙戦の白熱化とともに、ドゥテルテ大統領の影響力は目に見えて低下しました。大統領としてのやる気も失ったようにも見えたのも気のせいではないでしょう。
現場からほころびが出てくるのもこの時期です。2022年の4月、そして5月に、かつてデ・リマの有罪に決定的な証言を行なった3人が次々と証言を取り消しました。警察や司法省に脅された証言であったという新証言を添えて。
― ドゥテルテのクビキから解放されるマルコス
フィリピンと中国との決定的な関係悪化は、マルコス政権から対中連携強化の選択肢を失わせましたが、それ以上に親中派ドゥテルテが影響力を失いました。
これは、やはり親中を受け継ぎ、売りにしていたマルコスにとっても大きなマイナス要因に見えます。しかし、米国の強力な圧力は、マルコスが中国から「嫌々」離れる都合良い言い訳と、怒る中国からの保護を与え、さらに米国の支援を通した独自の政治経済的な基盤構築の機会をも与えたのです。こうして、マルコス政権は、中国権益に依存するドゥテルテのクビキから急速に脱却しています。
事実、今年に入り、サラ副大統領やアロヨ下院議員といった前政権からの親中派シガラミが、マルコス政権中枢部から排除されていきました。サラ副大統領はマルコスの政党から追い出されるようにして去り、噂ではマルコス大統領とタッグを組む見返りであったはずの巨額の機密費も副大統領府から取り上げられてしまいました。アロヨ下院議員も主要職から排除されました。さらに、サラ副大統領の人気にも翳りが見え始めています。マルコスの人気も下がっていますが、大方の分析では、サラ副大統領との関係回復よりインフレ対策に注力した方が、マルコス支持率にはプラスとなるようです。
― 焦る?ドゥテルテと今後の展望
ドゥテルテ前大統領にも焦りが見えるようになりました。今年7月のドゥテルテの突然の訪中は、中国に依存するドゥテルテの焦りの表れでもあります。しばしば、自身の意に大きく反する与党の行動に個人的な「つぶやき」を投げかけて、自身の影響力を維持しているように見せていますが、その「つぶやき」に対する政治家たちの反応も急速に弱くなっています。ドゥテルテに未だ敬意を払っているように見える政治家は、マルコス大統領とその姉アイミー上院議員くらいでしょうか。
今後、デ・リマが非人道的な政策に対抗する旗頭となることは間違いありません。ドゥテルテの影響力低下は、非人道的政策の批判圧力を確実に強めるでしょう。しかし、逆行する心配、不安要素も大いにあります。
ひとつは、現政権が中国との連携を将来的にも完全に捨てるまでのことはありえないため、その窓口としてのドゥテルテの影響力が完全になくなることはないということ。もうひとつは、米国など西側各国は対中戦略上マルコス政権を守り続けるということです。非人道的政策はドゥテルテからマルコスに受け継がれています。したがって、批判派の矛先はドゥテルテのみならず、確実にマルコスに向かいます。しかし、今の所、上記の不安を解消し、膠着状態を大きく動かす要因は見えません。
《Source》
After 6 years, De Lima free as court okays bail, Inquirer, November 14, 2023.
De Lima gets rosary from Pope Francis, CNN Philippines, November 26, 2017.
‘God bless him’: De Lima send message to ex-president Duterte, ABS-CBN, November 13, 2023.
Imee, analyst tell Duterte critics: He remains influential, ABS-CBN, November 12, 2023.
[OPINION] Women and Leila de Lima’s journey to freedom, Rappler, November 13, 2023.
Philippines: Granting Leila de Lima bail is ‘step towards justice’, Amnesty International UK, November 13, 2023.