西フィリピン海の攻防はダビデとゴリアテ?
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
8月5日、西フィリピン海(南シナ海)でフィリピン国軍が兵士の交代と物資補給のため、2隻のチャーター船でアユギン礁(セカンド・トマス礁)に向かいました。しかし、「これまでにないほどの数の中国船」が取り囲む中で、1隻の中国海警局の艦船がチャーター船に近づき、放水銃(water cannon)を放って作業を妨害しました。その結果、2隻目のチャーター船は補給品を下ろすことができませんでした。
個人的には、「またか」という程度でした。しかし、中国海警局の放水場面を捉えたフィリピン軍の撮影した写真は、その翌日には国内外の各メディアで利用され、SNS等で急速に拡散されました。フィリピンメディアも連日、多くの識者たちのコメントとともに幾つもの関連記事を掲載しており、それらの記事で紙面の多くが割かれています。
今回は、最近の中国船とフィリピン船との闘いとも言えない一方的な「いじめ」を「ダビデとゴリアテ」になぞらえて論じるフィリピン特有の面白さ、そして、今後のフィリピン政治の見所について語らせていただきます。
― 機能していない交渉ルート
8月7日の月曜日、フィリピン外務省は黄西聯中国大使を召喚し、黄大使に「強い抗議」を伝えました。2023年2月6日に中国艦船がフィリピン巡視船に軍用レーザーを照射したショッキングな出来事がありましたが、その際にマルコス大統領が直接大使を召喚したのと比べ、抗議のレベルは大きくトーンダウンしています。
マルコス大統領は1月の訪中の後、習近平国家主席との会談において、今回のような海難事故発生の際の「誤報と誤射」を回避するために両国外務省間で「直接連絡メカニズム」を構築することが決まったことを訪中の大きな成果として強調していたはずです。しかし、フィリピン外務省によると、事故発生直後、フィリピン外務省から中国外務省に連絡は繋がりませんでした。
― フィリピン不思議「ダビデとゴリアテ」
フィリピンでは、中国艦船に嫌がらせを受けるフィリピンの小さな輸送船や巡視船、漁船の姿を、しばしば旧約聖書の「ダビデとゴリアテ」の物語になぞらえて語っています。今回の事件でも何人もの政治家や知識人が、「ダビデとゴリアテ」のようだと論じています。旧約聖書では、信心深い小さなダビデが乱暴で嫌われ者のゴリアテをやっつけることになっています。クリスチャンがほとんどを占めるフィリピン人は、その話を良く知っているはずです。
しかし、少なくとも中国船とフィリピン船とのいざこざについて語る識者たちは、「中国船(ゴリアテ)に勇敢に立ち向かって最終的に勝利するフィリピン船(ダビデ)」という旧約聖書通りのイメージで、その摩擦を語ってはいません。中国船(ゴリアテ)に一方的に虐められている勝ち目の全くない哀れなフィリピン船(ダビデ)として語っているとしか思えません。
― ゴー元上院議員の小物臭溢れる発言
先月17日、ドゥテルテ前大統領が中国を電撃訪問し、習国家主席との緊密性をアピールしました。恐らくドゥテルテの訪中を把握していなかったマルコス大統領も、ドゥテルテの電撃訪問を知った後、新たな中国とのコミュケーションルートを歓迎するコメントを発しています。そして、ドゥテルテ前大統領に加え、ドゥテルテの盟友というより振り回され役の子分のようでもあったボン・ゴー元上院議員も親中を武器にこれまで上手く立ち回ってきた政治家です。
7日、ゴー元上院議員は、前政権時代のようにドゥテルテの立場に立ったかのような物言いで、「私たちをいじめるのを止めろ!」「小さい国だというだけでそのような振る舞いをすることは許されない」「敬意が必要だ。ドゥテルテ前大統領はあなたたち(中国)に多大な敬意を示したはずだ」と、悲痛な、そして自身の無力さを前提とした慈悲を引き出そうとするかのようなコメントを中国に対して発しています。
―「裏切られた」思うのは当然
虎(ドゥテルテ)の威を借り続けて弱い者虐めをしてきたゴー元上院議員らしい、大衆小説の小悪党らしい発言だと思ってしまうのは、私だけではないはずです。ゴーに加え、親中政策を進め、その後も親中を武器にしてきたドゥテルテ前大統領やアロヨ元大統領にとって、中国から特別な配慮をもらっても良いはずだと信じるのは、当然のことでしょう。
したがって、片方で友好を語り他方で攻撃を継続する2枚舌のように見える中国の行動、言い換えるならば、ドゥテルテらが必死になって中国からとってきた言質を嘲笑うような中国の「勝手な」行為は、ドゥテルテらにとって「裏切り」に見えるのかもしれません。
― いじめられるだけのダビデは誰か?
ゴーたち親中派の状況に目を向けるならば、今のフィリピンと中国の関係を指す「ダビデとゴリアテ」は、実は、ドゥテルテ、ゴー、アロヨら親中派と中国との関係を、より鮮明に示したものと言えるのではないでしょうか?そして、明確なコメントを避け続け、自分は関係ないように振る舞っていますが、実は、マルコス大統領も同じ立ち位置に立っていたはずです。その意味で、ゴーではなくマルコス大統領こそが、ゴーのような恨み節を中国に対して叫びたいのかもしれません。
〈Source〉
AFP, PCG condemn China Coast Guard’s ‘unlawful actions’ in WPS, Philippine News Agency, August 6, 2023.
China claims PH yet to remove BRP Sierra Madre in Ayungin Shoal as promised, Inquirer, August 8, 2023.
DFA summons Chinese envoy over Ayungin incident, Inquirer, August 8, 2023.
‘Stop bullying us’: Duterte ally Go hits China after water canon incident in West PH Sea, ABS-CBN, August 8, 2023.