フィリピン・ニュース深掘り
(2023年5月26日-6月8日)

【写真】亀裂の入るマルコス-サラ「統一チーム」/BBM, Sara solidify May 9 bids with Nacionalista’s endorsement, pna, March 29, 2022 (https://www.pna.gov.ph/articles/1170943) に筆者加筆

栗田英幸(愛媛大学)

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

亀裂の入ったマルコス政権

― マルコス政権内部で亀裂か?

 5月半ば、マルコス政権内部のパワーバランスを大きく変える2つの大きな出来事がありました。
 まず、5月17日、マルコス大統領率いる与党LAKAS-CMD内で出された動議により、元大統領のグロリア・マカパガル・アロヨ下院首席副議長(以下、アロヨ下院議員)(主席副議長は下院で議長に次ぐ席次)が下院副議長に降格されました。そして、2日後には、なんとサラ・ドゥテルテ=カルピオ副大統領(以下、サラ副大統領)が自らの意思でLAKAS-CMDを離党したのです。
 「統一チーム(Uni Team)」マルコス政権は、その名の通り、マルコス大統領を支持する人たちと、サラ副大統領を旗印に集まったロドリゴ・ドゥテルテ元大統領(以下、ドゥテルテ元大統領)の盟友たちとの連合チームです。そして、今回の出来事は、2つのチームの間での主導権争いによるものではないか?「統一」に「亀裂」が入ったのではないか?という疑念を抱かせるに十分な出来事だと言えます。
 その真偽や内部事情は明らかにされていませんが、ここでは、いくつかの可能性について深掘りしていきたいと思います。

― 画策したロムアルデスと降格されたアロヨ

 アロヨ下院議員の降格を裏で主導したのは、マルティン・ロムアルデス下院議長(以下、ロムアルデス議長)だと言われています。ロムアルデス議長はマルコス大統領の従兄弟であり、下院議長として下院を文字通りコントロールし、下院において、マルコス大統領が支持する法案を次々とまとめ、そして、通過させてきました。
 一方、アロヨ下院議員は、ドゥテルテ元大統領の盟友として、そして、副大統領の先輩(1998年から2001年、ジョセフ・エストラーダ政権の副大統領)として、サラ副大統領を支えてきました。加えて、マルコス大統領にとってもアロヨの大統領経験者としての知見やネットワークが非常に大きな助けとなってきたことは間違いありません。外交や経済界との結びつきでは、しばしば彼女が前面に立ち、議論を主導してきました。

― 気になる過去の4つの出来事

 亀裂の背景を探る上で、いくつかの過去の出来事について見てみましょう。
 まず、ロムアルデスの座る下院ナンバー1の議長の席をナンバー2であったアロヨ下院議員が狙っていたことは間違いなさそうです。大統領選前から、この席をめぐってアロヨとロムアルデスの対立があったことは、フィリピンでは有名な話です。
 2つ目の出来事は、2022年の大統領選挙前に繰り広げられた副大統領候補をめぐるドタバタ劇です。ドゥテルテ前大統領のコロコロ変わる大統領-副大統領候補に関する発言には、多くの有力政治家たちが振り回されました。ロムアルデスもその一人です。ドタバタ劇の軌道が少し違っていたならば、マルコス大統領と組んで副大統領になっていたのは、ロムアルデスだったかもしれないのです。マルコスと組んで副大統領選に出ていたとしても、そこで副大統領に当選できたかどうかは分かりませんが。少なくとも2022年の大統領選挙戦が開始されるよりかなり前から、ロムアルデスが、今の政権で副大統領になることを視野に入れていたことは間違いありません。
 3つ目の出来事は、サラ副大統領のこれまでの選択です。離党後のサラ副大統領の声明では、アロヨ下院議員降格の背後にある「政治の毒(political toxicity)」と「パワープレー」を批判し、そこから距離を置いて、「フィリピン国民を導き、奉仕」するために離党したことを明らかにしています。
 さまざまな解釈が可能ですが、サラ自身はもともと国政のような大舞台での政治に興味がなかった、もしくは、怖気付いていたようにも見えます。国政に立候補するためには、国レベルでの政党に入党していなければなりませんが、彼女は地元ダバオの地方政党にしか参加していませんでした。副大統領出馬のためLAKAS-CMDに入党したのは、副大統領候補として指名を受けるギリギリのタイミングでした(というか、本当は事後だったはずです)。マルコス大統領からの熱烈なラブコールと煩わしい父親の大統領出馬要請圧力への拒否感から副大統領候補として重い腰をあげたようにも見えます。
 さらに、マルコス大統領自身は、サラ副大統領の愛すべき真面目(かつ不器用)な性格のために副大統領としての膨大な職務だけで既に限界にあり、職務遂行のため煩わしい政党活動から身を引くことを決断したのではないかとの彼自身の解釈を記者に語っています。
 最後は、フィリピン外交の大きな転換です。親中を前面に出してきたマルコス政権ですが、米国との同盟を強化することにより、逆に中国との緊張を強めました。これまで、マルコス大統領および母イメルダ以外で親中の旗印となってきたのは、アロヨとドゥテルテの2人の元大統領です。他方、ロムアルデスは、米国で学んだ親米派として、米国との関係強化を押し出す政治家の1人でした。さらに、ロムアルデスはアキノ3世政権時代にハーグ国際仲裁裁判所へ中国との領海問題を提訴した際、尽力した政治家の1人でもあります。米国寄りに傾く国家安全保障の観点から、政権内部もしくは米国から、アロヨやドゥテルテ親子と中国との結びつきに対する懸念が出ていた可能性もあります。

― 既に次期大統領選挙は水面下で始まっている

 今回の出来事でマルコス政権は大統領経験者らの影響をかなり排除することができました。元・前大統領らの盟友であった政治家のほとんどをマルコス大統領が掌握した自信の表れと言えるでしょう。米国に傾いたフィリピン外交の転換もおそらく関係しているのでしょう。そして、今回の出来事を、盤石化したマルコス政権の、次回選挙(2028年大統領選と2025年の上院選)を睨んだ動きのあらわれと捉えることもできます。
 今回の一連の出来事で私が興味を持った点を最後に紹介します。それは、サラ副大統領の決断を、父のドゥテルテ前大統領も盟友マルコス大統領も変えることができなかった点です。そして、その背後に見えるサラ副大統領の潔さ、頑固さです。今後、益々、マルコス政権の傍若無人さに拍車がかかることになるでしょう。その結果、マルコス大統領を支持していた国民の多くが、マルコス大統領から離れていくことになるかもしれません。そうであるとするならば、マルコス大統領から離れた支持者たちの多くは、その潔さ、頑固さ故に、サラ副大統領に流れることになるでしょう。サラ副大統領自身はそのような戦略を持って離党を決めた訳ではないと思いますが、今回の離党が近い将来、フィリピン政治の決定的な転換点であったと認識されることになるかもしれません。

〈Source〉
An early start for 2025, Manila Times, May 30, 2023.
‘Cracks in admin expected, but better to debate issues than fight for position’, philstar, May 19, 2023.
Don’t mind the ‘tambaloslos’: Marcos sends VP Sara birthday greetings , ABS-CBN, May 31, 2023.
Romualdez vs Duterte in 2028, Manila Times, May 22, 2023.
Sara, Arroyo get together after VP leaves Lakas-CMD, ABS-CBN, May 20, 2023.
Trouble in paradise?, Manila Times, May 22, 2023.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)