【東京=29日】7月25日、フェルディナンド「ボンボン」マルコス・ジュニア(以下、「ボンボン」マルコス)大統領の第1回施政方針演説が行われた。以下では、この演説から見えるマルコス新政権が目指す新たなフィリピンのカタチについて整理するとともに、演説内容に対する批判を紹介する。
― 第1回施政方針演説
7月25日、「ボンボン」マルコス大統領は、大統領就任後初の施政方針演説に臨んだ。6月末日に実施された就任演説の際と同様、準備された原稿を一字一句丁寧に読み上げるような几帳面な演説は1時間13分に達し、「国家のありようは健全である」との力強い言葉で締め括られた。
今後6年におよぶ大統領在任期間の政策の方向性を示す施政方針演説は、経済、農業、福祉、教育とIT技術、インフラ、電力、気候変動、OFW(海外出稼ぎ労働者)、外交、具体的な法改正案の順に語られた。
他方、国内外から厳しい批判にさらされていた故フェルディナンド・マルコス(以下、マルコス・シニア)の「輝かしい成果」を連想させるものは、就任演説と大きく異なり、形を潜めた。例えば、主要穀物の買い取り制度(カディワ制度)や総合病院の配備について、「ボンボン」マルコスはマルコス・シニアとその妻イメルダ・マルコスの輝かしい成果として、これまで何度となく称賛し、それらの導入を強く示唆していたのに対し、研究者や市民団体は、反対に債務や汚職の源泉と批判してきた。しかし、今回の演説ではカディワ制度の名前が1回触れられ、総合病院に関してもイメルダ夫人を想起させない異なった病院システムとして語られるにとどまった。引き継ぐべきマルコス・シニアの功績として演説で触れられたのは、唯一、サウジアラビア国王との友好関係のみであった。
― マルコス政策を左右する税制改革
今回の大掛かりなフィリピンの大改造を支えるのは巨額の税収に他ならない。その前提条件として経済回復を超える経済成長と効果的な税制改革が位置付けられた。6年の在任期間それぞれの年の歳入額と国内総生産の数値目標が明確化され、それらを達成するための明確な政策的方向性と優先的歳出先も示された。政策の十分な成果を得られない初期段階では、官民パートナーシップ(PPP)を通した投資およびデジタルサービスプロバイダーにまで拡大させた税収の増大、中期財政戦略(MTFS)による税制再編成とデジタル化による税収の効率化に重点が置かれており、税収の増大と繁栄の基盤を構築するための交通網、インターネット網、エネルギー設備といったインフラが位置付けられた。そして、初期に構築される経済成長の基盤と、技術重視の教育によって育まれた人材、そしてフィリピン人特有のクリエイティビティ(創造性)と最先端技術、特に情報技術が結びついた繁栄へと導くのが、マルコス大統領の基本的な成長戦略である。
― ボトムアップとしての支援と社会福祉
新たな政策を推進する上で、その政策を支える人材の育成と社会福祉に関する優先事項も明らかにされた。十分な食糧供給とインフレへの対策のために農業、漁業、畜産業への補助金や定額買上げ制度(カディワ制度)を含む支援策が提示された。さらに、農地改革の円滑な推進のため、多くの零細農家が農地獲得のための継続的な支払いに失敗している現実を鑑みて、農地購入支払いのための猶予期間と資金アクセスを農民に準備する。さらに、新たな農業従事者を呼び込むために退役軍人等に国有地を積極的に分配する。
フィリピンの優位性としてのクリエイティビティと英語能力を活かすため、実用的な技術教育、特に、STEM(科学、技術、工学、数学)教育、英語教育を重視し、また、IT技術の恩恵を国民全員が受けられるようインターネット網を全国に張り巡らせ、デジタル・エンパワーメントを促進する。
社会福祉対策として重点が置かれたのは、災害対策、貧困層への短期的な条件付き給付金制度(4Pプログラム)、夫による妻や子どもへの家庭内暴力への対策、予防接種を中心とするコロナ対策、保健センターや病院の建設を中心とした医療設備・サービスの田舎への拡充である。また、ロックダウンについては、その経済的余裕のないことから実施しないことが明言された。
― OFW、気候変動、外交
その他、演説で強調された政策の一つは、OFWへの支援である。これまでの煩雑で分かりにくかったOFWの手続きやルールのデジタル化による改善、そして、国内に残された子どもへの支援を約束するとともに、最大の雇用先であったサウジアラビアとの交渉の再開の意向を明らかにした。なお、本演説にて唯一父マルコス・シニアを直接的に賞賛したのは、マルコス・シニアがサウジアラビア国王と友好関係を結んでいたことについてであった。
気候変動対策に関しては、停止していた原発プロジェクトの再考に言及しつつも、フィリピンの豊かな自然資源を利用した自然エネルギー源の積極的な開発・運用の方向性を示した。
さらに、外交では、国益に基づく、独自の、多角的で粘り強い、開かれた外交戦略を展開する方針が語られた。「私は、フィリピン共和国の領土を1インチたりとも外国勢力に分け与えるようなプロセスは踏まない」という力強い発言に、議会場にいたほとんどの議員たちが立ち上がり、大きな拍手を送った。
― 人権、正義、平和の抜けた演説:市民社会からの批判
「ボンボン」マルコス大統領の演説内容に対して、多くの市民団体が、演説日に「集会禁止区域」と指定されていたにもかかわらず、コモンウェルス通りの一部を埋め尽くし、抗議デモを実施した。その批判の内容は、就任演説への批判と大きく異なるものではない。「ボンボン」マルコス大統領に批判的な組織の多くは、超法規的な抑圧や赤タグ付けに代表される人権侵害、共産主義勢力やイスラムとの和平、偽情報や歴史修正といった情報操作、汚職等の深刻化に強い懸念を示してきた。だが、今回の演説においても、これらについて一切語られることはなかった。
また、「ボンボン」マルコスが大統領に就任して以来1ヶ月弱の間に生じた、政府に批判的な団体メンバーの失踪事件や違法逮捕等に対する政府の対応に、批判の矛先が向いている。
さらに、農民団体は、農地の多くが未だ富者に集中している現状を指摘し、農地改革の対象地を私有地へと拡大することこそが必要であると主張して演説で語られた農地改革の指針を批判する。
〈Source〉
1st State of the Nation Address of President Ferdinand R. Marcos Jr., RTV Malacanang, July 25, 2022.
Bongbong Marcos focus: Revive economy, help farmers, Inquirer, July 26, 2022.
Bongbong Marcos: Impose VAT on digital service providers, Inquirer July 25, 2022.
‘Envi defenders subjected to intensified attacks in Marcos Jr.’s first weeks in office’, Bulatlat, July 25, 2022.
Farmers dare Marcos Jr. to include private lands in agrarian reform coverage, Bulatlat, July 25, 2022.
FULL TEXT: President Marcos’ 1st Sona, Inquirer, July 25, 2022.
Groups foresee more human rights abuses under Marcos Jr. administration, Bulatlat, July 25, 2022.
Marcos vows tax overhauls in first SONA | Evening wRap, Rappler, July 25, 2022.
People’s SONA persevered despite threats, intimidation, Bulatlat, July 25, 2022.
Rights groups to Marcos Jr.: Order your men to surface four missing activists, Karapatan, July 20, 2022.
The pros and cons of Marcos’ nuclear energy dreams, Rappler, July 25, 2022.
What Marcos excluded from SONA: Human rights, justice, peace, Rappler, July 25, 2022.
What Marcos did in first month as agriculture chief, Rappler, July 25, 2022.