― はじめに
フィリピン北部先住民族イゴロットの先住民族の権利確立を目的とした組織コルディレラ人民連合(CPA)とは、いつの間にか25年以上の付き合いになりました。写真のウィンデル・ボランゲットCPA代表も、最初に会った頃はちょっと暑苦しい大学生の活動家でした。2018年の10月には、明治学院大学国際平和研究所での特別講演会「ドゥテルテ政権下での人権状況—先住民族の視点から」をはじめ、日本各地でドゥテルテ政権下の超法規的な抑圧や殺害による北部先住民族への被害について語り、その圧政に対して国際的な団結を呼びかけました。
本コラムでは、フィリピンの全国紙をはじめとしてさまざまなメディアでも取り上げられたウィンデルCPA代表の事例から、超法規的な抑圧と市民組織の抵抗について、簡単な解説をつけて紹介したいと思います。
― 長きにわたる先住民族の抵抗の歴史
ルソン島北部山岳地帯コルディリレラ地方には、イゴロットの総称で呼ばれる山岳先住民族約150万人が住んでいます。スペイン植民地時代より現在まで先祖伝来の土地を守ろうと抵抗するイゴロットと政府・企業との絶え間ない闘争と交渉が続けられてきました。CPAという強力な組織は、この闘争・交渉の経験によって作り上げられたと言えます。合法的な活動にもかかわらず、1984年設立時より現在まで、CPA活動家たちは未だ続く先住民族権利をめぐる闘争により、命の危険に晒され続けています。
― あからさまなでっち上げ、賞金に射殺許可まで!
2020年9月、ウィンデル代表は他の5名とともに、2018年に行われたミンダナオ島の先住民族リーダー殺人事件の容疑で、ミンダナオ北ダバオ州の警察から同地タグム市裁判所に起訴されました。それに基づき逮捕状も発行されました。
驚くべきことは、ウィンデル代表はミンダナオを訪れたことがなく、明確なアリバイがあるにもかかわらず、起訴された内容が裁判所に簡単に通り、逮捕状まで発行されてしまう点です。これほどまであからさまな、フィリピン警察・軍によるでっち上げが、国際的知名度もあるNGOリーダーに対しても、簡単に成立してしまうのです。さらに、この逮捕状に基づいて、コルディリレラ地方警察は、ウィンデル代表に10万ペソの賞金をかけ、また、逮捕を拒否した場合には射殺の許可を出しています。
― 全く関係ない土地で起訴、その驚くべき理由!
一点、疑問に思ったことがあり、ウィンデル代表に質問した際の回答にも驚かされました。でっち上げ起訴だったとしても、なぜ、ミンダナオだったのでしょうか? ウィンデル代表は、次のように答えてくれました。
「もし、この辺りの事件で地元裁判所に起訴したのであれば、私はたくさんの人たちに守ってもらうことができます。しかし、ミンダナオでは私のことを知っている民衆から孤立してしまいます。逃亡を企てたとでっち上げ、ミンダナオの裁判所に出頭する私を、軍や警察は容易に射殺することができたでしょう。」
― でっち上げに対抗する
ウィンデル代表は、起訴について聞かされるとすぐに身を隠し、仲間の弁護士たちと戦略を練りました。その後、2021年1月21日に国家調査局(NBI)に出頭して保護拘置してもらうと同時に、政治家の支援も得て裁判所に再調査を申請しました。同時に、射殺許可を含めた警察による非人道的で不法な行為を国内メディアや国際NGOを通じて広く公表しました。加えて、国内外の市民組織を通して集められた数多くの署名と再調査・容疑撤回を求める請願書も一緒に裁判所に提出されています。
再調査が認められ、逮捕状が撤回されたのは、再調査申請から1ヶ月半後の3月8日でした。その翌日にNBIから解放されたウィンデル代表は、再調査に必要な書類を裁判所に提出しました。タグム市裁判所への諸手続きには、本人ではなく代理人が向かいました。
― 市民組織による抵抗
7月12日、タグム市裁判所にて殺人容疑の起訴は正式に却下されました。しかし、この判決が公表され、効果を発揮したのは、それから9日後でした。一連の抑圧作戦の最後の嫌がらせだったのかもしれません。
今回紹介したウィンデル代表のとった抵抗戦略は、全国のでっち上げ裁判・逮捕に対して多くの市民組織が一般的に行っているものの一つです。数多くの同様の経験から見えてくるでっち上げ起訴から命を守るための重要なポイントは、警察や軍に身柄を拘束されないこと、裁判所を適切に利用すること、そのために起訴内容や裁判所の手続きに注目を集めることです。特に、3つ目の注目を集める点では、国際的な監視の目を裁判所や軍・警察に感じさせることが有効です。活動家の命を守るための署名依頼がある際に日本からも協力していただけると、大きな助けになります。
〈筆者紹介〉
愛媛大学国際連携推進機構准教授
フィリピンとモザンビークを調査の中心拠点としつつ、世界中の資源開発の現場と「資源の呪い」理論を研究対象として、開発が根本的に有する民主的な手続きや参加とのディレンマを描き出そうと奮闘中。そして、現在は、対象国を広げすぎたことを絶賛後悔中。専門は、政治経済学をベースとした開発学、環境学、平和学。何でも屋とも雑学とも言う。
〈Source〉
ウィンデル代表の起訴に関して
Activists and anti-terror law petitioner cleared in murder case, Rappler, July 21, 2021.
Cordillera police chief’s “Shoot-To-Kill” order shows clear intent to kill Bolinget, Cordillera Peoples Alliance, Jan, 20, 2021.
Court junks murder case versus Anti-Terror Act petitioner threatened by Risa’s brother-in-law, ABOGADO, July 21, 2021
Windel Bolinget voluntarily submitted to the National Bureau of Investigation (NBI), Cordillera Peoples Alliance, Jan, 21, 2021.
CPAや先住民族の闘争の歴史に関して
栗田英幸, 2005年, 『グローカルネットワーク:資源開発のディレンマと開発暴力からの脱却を目指して』晃洋書房.