今週のフィリピン・ダイジェスト
(5月10日-5月18日)

【写真】5月2日、ワシントンで行われたエネルギー関連企業とマルコス大統領との会談/ Face Book of Department of Energy Philippines, May 2, 2023.

フィリピンのエネルギー分野で高まる米中摩擦
クウェートで突然の就労・入国ビザ停止/デ・リマ、2件目の無罪判決を勝ち取る/エネルギー危機への対応

栗田英幸(愛媛大学)

 先週よりフィリピンのいくつかの地域で電力不足が深刻化しています。電力事情改善のために、発電および送電の分野で大きな動きが出てきつつありますが、その改革も米中対立の影響を強く受けています。今週は、エネルギー分野における米中の対立について解説します。
 トピックスでは、クウェート政府が突然フィリピン人のビザを停止したことによる混乱、デ・リマが2つ目の裁判でも無罪判決を勝ち取った出来事、そして、最近のエネルギー危機に関する動きについて取り上げます。

◆今週のトピックス
トピック1:クウェートで突然の就労・入国ビザ停止

― 混乱する海外労働者
 5月10日、クウェート政府は、フィピンが両国間の労働協定に違反したとして、新たなフィリピン人労働者の就労および入国ビザを停止した。
 突然の入国ビザの停止は、クウェートがフィリピン人海外労働者にとって主要な労働市場であることから、大きな混乱を引き起こしている。既に飛行機でクウェートに向かっていた多くのフィリピン人がドバイからクウェート行きの乗り換え便に搭乗できていない。海外フィリピン人労働者政党ミグランテによると、毎日約150人のフィリピン人がクウェートに向けてフィリピンを飛び立っており、混乱を避けるために両国間での早急な対応の必要性を訴えている。
 クウェートで働くフィリピン人労働者への虐待や殺害は、これまでもしばしば両国政府を対立させてきた。そのたびに両国間において問題解決のための交渉が行われてきたが、未だ被害や身の危険を感じての逃亡などが後を絶たない。今年1月にはクウェートの若者がフィリピン人家政婦を殺害した事件が起こり、フィリピン政府がクウェートに出国するためのビザの手続きを一時的に凍結した。今回のクウェート政府によるビザ停止は、この1月の事件を契機に高まった両国の緊張の中に起こっている。

― フィリピン人労働者を保護するのはフィリピン政府の義務
 フィリピン外務省によれば、今回のクウェート政府によるビザ停止の明確な理由は未だ伝えられていない。クウェートのメディア2018年に両国で締結された労働協定にフィリピンが違反したことによるものと報じている。
 フィリピン外務省によると、クウェートは、フィリピン政府が身の危険を感じたフィリピン人労働者を大使館で保護していることを問題視している。しかし、13日、外務省移民労働者問題担当次官補パウロ・コルテスは、フィリピンが、二国間の合意においてビザ発給停止されるようないかなる合意にも違反していないこと、フィリピン政府にとって海外でのフィリピン人労働者の保護がフィリピン国内の法律によって義務付けられていることを強調している。
 外務省は、近日中に専門家をクウェートに派遣して交渉を行う意図を明らかにしている。

トピック2:デ・リマ、2件目の無罪判決を勝ち取る

― 判決後のメッセージ
 フィリピンの裁判所は、過去6年間拘留され、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の血なまぐさい 「ドラッグ戦争」を最も声高に批判する元上院議員、レイラ・デ・リマ元上院議員に対する違法薬物容疑に、無罪判決を下した。
 裁判所は12日、デ・リマに対する残る2つの刑事責任のうちの1つについて無罪を言い渡した。今回の判決は、2016年の上院選の資金調達のために麻薬王からデ・リマが金銭を受け取ったという申し立てに起因している。これでデ・リマにかけられた3つの嫌疑のうちの2つで無罪判決が確定されたことになる。

 判決後、デ・リマはTwitterで以下の声明を発した。
「ドゥテルテ政権が私に対してでっち上げたすべての事件で、私が無罪となることを、私は最初から疑っていませんでした。」
「これですでに2件が解決し、あと1件です。」
「私はもちろん、私に対して起こされた3つの事件で2度目の無罪判決が出たことで、6年以上にわたる迫害からの解放が近づいていることをうれしく思っています。この数年間、私のために目を向け、祈ってくださったすべての方々に大変感謝しています」

 1つ事件の審議が残っているため、デ・リマの勾留は今後も続く。

― 海外からの歓迎とドゥテルテの「無関心」
 「デ・リマは1日も刑務所で過ごすべきでなかったが、彼女は6年間も刑務所に居続けている。」
アムネスティ・インターナショナルの東南アジア研究員レイチェル・チョア・ハワードは、「政府は、このようなひどい試練の後、彼女にふさわしい自由と正義を早急に与えなければならない」と述べ、次のように続けた。
「捏造された証言の数多くの撤回や強制の驚くべき主張は、デ・リマの恣意的かつ長期間の拘束に、政府が紛れもなく役割を果たしたことを示すさらなる忌まわしい証拠であり、自由への権利、無罪の推定、その他の公正裁判保証を明らかに侵害している。」

 2人の米国上院議員もデ・リマの勝訴に喜びのメッセージを発した。他方で、デ・リマのでっち上げ逮捕・勾留の背後にいると噂されるロドリゴ・ドゥテルテ前大統領は、素っ気ない様子で「興味ない」とのコメントを発した。

トピック3:エネルギー危機への対応

― 政府は電力危機に対処せよ
 野党のリサ・ホンティベロス上院議員は10日、上院が今年十分な電力供給を保証してからわずか数カ月で、国を襲ったこの数日の停電についてエネルギー関係当局を非難した。
 彼女は、エネルギー省と国内唯一の送電企業であるナショナル・グリッド・コーポレーション・フィリピン(NGCP)に対し、国内に迫り来る電力不足に「積極的に対処するよう」求めた。
「エネルギー関係者、あるいは電力システム全体が、整合性の問題に悩まされているのです。供給と予備の両方の問題を解決するための処方箋が見つかっているにもかかわらず、それが実行されていません。」
 ホンティベロス上院議員は、エネルギー省が9日に、ルソン島の送電網が今年中に15回、イエローアラート状態になり、送電線のいずれかが停電した場合はデッドアラートになる可能性があると発表したことを受けて、こう呼びかけた。

― 原子力発電
 マルコス大統領は11日、フィリピンの増大する需要を満たし、電力危機を回避するために、政府は数ある電力源の中から原子力を利用することを検討していると述べた。インドネシアからフィリピンに戻る飛行機の中でメディアのインタビューに応じた大統領は、フィリピンのエネルギー供給を強化することが直ちに必要だと強調した。
「私が大統領になる前から、原子力発電を検討しようという話はしていた。原子力技術には多くのものがあることがわかった。EU内でも、多くの違いがある」と大統領は語った。

 最近、米国を訪問したマルコス大統領は、電力危機を解決するための政権の取り組みの一環として、「最先端の」マイクロ原子炉に注目していると述べた。
 ワシントンDCでマルコスは、原子力技術とサービスの世界的リーダーであり、垂直統合企業である米国のウルトラ・セーフ・原子力社(USNC)の関係者と会談した。USNCの関係者は、クリーンで信頼性の高い原子力エネルギーをフィリピンに導入することに関心を示した。
 USNCの関係者は、東南アジアで最初の原子力施設をフィリピンで検討していることを明らかにし、フィリピン国内のいくつかの地域を襲った一連の停電への対処を支援することを約束した。

 マルコス大統領は、「我々は慎重に検討する。電力に関して言えば、私たちはあらゆるものにオープンだ。電力供給量を増やすために手に入れられるものなら何でも。もちろん、化石燃料を減らし、自然エネルギーを増やす必要性は常に考えている」と記者団に語った。

― 懸念のLNG契約、継続決定
 マルコス大統領は15日、マランパヤ・ガス発電プロジェクト・コンソーシアムがさらに15年間操業することを認めるサービス契約更新に署名し、2024年の契約満了と2027年までにパラワン北西沖の同ガス田の埋蔵量が枯渇する見込みであることから生じる電力危機の恐れを緩和した。
 大統領官邸での調印式で大統領は、「サービス契約を更新するにあたり、マランパヤガス田の残存埋蔵量の継続的な生産と利用、そして未開発の潜在能力のさらなる探索と開発を楽観的に期待する」と述べた。
 エネルギー省ラファエル・ロティラ長官は、15日、フィリピンがエネルギー源を再生可能エネルギーへ移行するための移行期間において、LNGが重要な「橋渡し」役を務めるとの認識を強調した。

◆今週のトピックス解説:フィリピン電力事情に波及する米中対立

― 切迫するフィリピンの電力
 米中対立においてマルコス政権が米国へと大きく舵を切り始める最中、電力産業も大きな転換点を迎えているように見えます。安価で安定的な電力供給は現在に至るまで、フィリピン経済発展の長年の大きなボトルネックでした。国家安全保障に関する重要産業への外資参加を規制する1987年憲法を根拠に、政府は絶えず海外の干渉を抑えてきましたが、IMFや世界銀行、他国際機関の民営化圧力に晒されています。また、外資の積極的なロビー活動や複雑な資本関係を利用した後述のような巧妙な「偽装」、さらに、不透明で非効率な国営企業の経営体制によって、重要産業分野における政府の監督能力は大きく低下しています。
 フィリピンに一気に中国資本が流れ込んだのは、2008年北京オリンピックブーム下のアロヨ政権(2001-2010年)下および親中政策をとっていたドゥテルテ政権(2016年-2022年)下です。この時期、数多くの中国企業が電力や資源といった憲法で守られている分野にも進出しており、フィリピンの主権や安全保障とのせめぎ合いが激化しました。

― 中国企業に依存する電力
 トピック3で紹介したフィリピンの電力危機は、中国企業が主導する電力への依存に対するフィリピン政府および米国政府の危機感を著しく高めています。その結果が、マルコスの訪米中に提示された、いくつもの電力不足解決策に他なりません。
 フィリピンは化石燃料、特に石炭火力発電への依存の高い国として国際的に批判の的となっています。現在、80%近い電力が石炭、LNG、石油によって賄われています。早急な再生可能エネルギーへの転換が求められていますが、再生可能エネルギーへの投資は十分に集まっていません。電力の約半分を占める石炭火力発電は、ドゥテルテ政権期に許可された中国資本による石炭火力発電所の操業開始で中国企業への依存を益々強めています。
 フィリピンで唯一の、そして、総電力の約1割を占めるガス田であるマランパヤガス田も完全に安心はできない状況です。本事業の資本構成は、フィリピンの港湾王エンリケ・ラソンのプライム・インストラクチャーが45%、新興財閥デニス・ウイのウデナ社45%、PNOC探鉱公社10%です。一見、100%フィリピン資本で占められているように見えます。しかし、デニス・ウイは、ドゥテルテ大統領の政商とも呼ばれ、ドゥテルテ政権の下で中国資本との密接な資本提携によって新興財閥へと急成長した、ダバオに拠点を置く元地方資本家です。数多くの子会社、持ち株会社を通じた中国企業との複雑な資本関係を解きほぐすことは困難と言われています。

 フィリピン全国に電力を送電する唯一の事業者であるNGCPは、2009年に民営化された国内唯一の送電事業者です。トピック3で紹介したようにフィリピン電力不足の原因の一つと認識され、その非効率的で不透明な体制は批判にさらされてきました。そして、このNGCPは、40%を出資する中国の国家電網公司に実質的にコントロールされているのではないか、もしくは、いつでも中国政府の意向によって電力供給を止められるのではないかと疑われてきました。
 先日14日には2人の議員が、電力を通じた中国の政治的介入への懸念を前面に出し、国家安全保障を根拠にNGCPから中国資本を外す必要性を提起しています。
 ウデナ社やNGCPの経営体制が、中国政府もしくは中国企業によるフィリピン憲法規制を掻い潜るための「偽装」なのかどうかを明らかにすることは非常に困難です。しかし、このような「偽装」の事例は世界中で数多く報告されています。

― クリーンエネルギー分野での米中のせめぎ合い
 LNGを含む化石燃料へのエネルギー依存は、クリーンエネルギーへの移行までの中継ぎでしかありません。2030年までに総電力の35%、2040年までには50%を再生可能エネルギーによって賄うことがフィリピンの政策目標として設定されています。フィリピン政府は「一時的」と限定することにより、近年のLNGへの支援を正当化してきました。従って、フィリピンのクリーンエネルギー分野に米中両国が力を入れるのは当然のことと言えるでしょう。
 今年1月のマルコス大統領の訪中において、9人の中国人CEOはマルコス大統領と会談し、総額138億ドルのフィリピンのクリーンエネルギー分野への投資協定にサインしました。この中国企業のほとんどが国営企業です。

 一方、今月初めのマルコス大統領の訪米でも、米国政府はフィリピンへのクリーンエネルギー分野への投資に関する会合を設定していました。その目玉の一つがマイクロ原子炉です(原子力エネルギーがクリーンエネルギーかについて個人的に異論を唱えたいところではありますが)。その他、フィリピンのクリーンエネルギー分野への投資に興味を持つ企業との会談も準備されており、会談後にマルコス大統領は自信を持って会談の手応えをメディアに語っています。
 このマルコス大統領のワシントン訪問を契機に、エネルギー分野でもフィリピンは中国企業から距離を置こうとすると予想されます。米国もこれまで以上にフィリピンのエネルギー分野における中国企業のプレゼンスに注目することは間違いありません。しかし、他方で中国資本はフィリピン人資本と複雑に結びつき、その実態を容易には掴ませないでしょう。そして、米国とその同盟国である日本、韓国、台湾と中国とのクリーンエネルギー分野での投融資合戦は、既に水面下で始まっています。

〈Source〉
2 US senators hail De Lima acquittal; ‘not interested,’ says Duterte, Inquirer, May 14, 2023.
China adopts better way to annex Philippine energy – with $13.8 bn, Energy, January 11, 2023.
Hontiveros tells DOE, NGCP to ‘step up,’ be transparent with power outlook, CNN Philippines, May 10, 2023.
Kuwait shuts door on Pinoys, Manila Standard, May 12, 2023.
Migrante: Kuwait visa suspension stranding 130 OFWs daily, Malaya Business Insight, May 16, 2023.
Philippine court dismisses drug charge against fierce critic of ex-president’s ‘war on drugs’, CNN, May 12, 2023.
Philippines: Leila de Lima’s acquittal a long-overdue step towards justice, Amnesty International, May 12, 2023.
Senators want China investor out of NGCP, Inquirer, May 15, 2023.

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